// R-18 //

01.添い寝
俺が通っているこの男子高は全寮制であり、寮部屋は基本的に2人で使う。くじ引きの運が良かったのか、俺は今年から2人部屋を1人で使える数少ない内の1人になれた。でもそんな悠々自適の1人生活も、たった1ヶ月とちょっとで終わりを迎えてしまう。

初めて会った狛枝の印象は『白い』、『美形』、そして『不機嫌』だった。

「同じ学年の狛枝だ。春から部屋替えが多くてな。今日からお前の部屋を一緒に使ってもらうことになったから」
「はぁ…」
寮監の隣に佇んでいるのは、ふわふわと白い髪の毛を遊ばせた恐ろしく顔立ちの整った男だった。生返事を返す俺をチラリと見やったその男―――狛枝―――は、ニコッと笑うでもなく、自分の荷物が入った段ボールを大事そうに抱えている。僅かに眉間に寄った皺と半分ほど開いた目、そしてその下にくっきりと浮かぶクマ。ひょろりとした体型も相まって、彼はまるで不健康を具現化したような姿をしていた。
「ま、仲良くやってくれ」
「分かりました。狛枝…だっけ。よろしくな」
「……うん、よろしく」
狛枝は薄らと形だけの微笑みと共に頭を軽く下げる。不機嫌そうな顔してるな。でも悪い奴じゃなさそうだ。同じ学年だけど、一緒のクラスじゃないし、もちろん喋ったことはない。これから仲良く出来たら良いな。俺はそんな期待に少しずつ胸を膨らませていた。


何の変哲もない朝だ。狛枝が同室になって、1週間が経過した。俺は2段ベッドの下段から這い出すと、洗面所へと向かう。バシャバシャと適当に顔を洗い、タオルで拭いた。眠気が取れてきた所でぼんやりと狛枝のことを考える。
「今思うとあれは不機嫌じゃなくて、寝不足の顔だったんだな…」
もしかして初対面から嫌われてたんじゃないかって心配してたんだよな。どうやら杞憂に終わったみたいだけど。部屋に戻り、制服に着替えようとした所で、漸く2段ベッドの上段のカーテンがシャッと開いた。中から顔を覗かせたのは目が開き切っていない狛枝だ。目を瞑ったままよろよろと梯子へと手を伸ばしている様子を見兼ねて、俺は傍へと近付いた。
「おはよう、狛枝。…おい、寝惚けてるのか?」
「……んんんぅうう…、ひなたクン…。おはよ…」
欠伸を噛み殺しながら狛枝は俺にあいさつをしてくる。いつもの通り、彼は半目で眉間に皺を寄せていた。
「何だよ、また眠れなかったのか?」
「…うん」
「飯行こうぜ」
「…食欲……、ない」
「バカ。しっかり食わないからそんなヒョロヒョロなんだよ」
「………。今から着替えるからちょっと待ってて」
「おー」
クローゼットから制服の掛かっているハンガーを取り出し、狛枝はパジャマを脱ぎ始めた。俺と大して身長変わらないクセに体の幅は段違いだ。薄く筋肉はついているものの、肋骨が少し浮き上がって見えるし、腰は男にしては度が過ぎるってくらいに括れている。ハッキリ言ってガリガリだ。もやしだ。もうちょっと太った方が良いと思うんだけどな。


毎朝、食堂で俺と狛枝は一緒に朝飯を食う。狛枝は放っておくと何も食わないから、俺が無理矢理食べさせている感じ。それでもあんまり腹に入らないと言うので、大体狛枝の方が先に食べ終わる。
「日向クン、もうちょっとで学校始まっちゃうよ!」
急かす狛枝を横目に俺はガツガツと朝飯を口に入れる。時間を気にするなら先に行けばいいのに、狛枝は絶対に俺を置いていかない。そう、不思議と彼が俺から離れていくことはない。何だかひよこのお母さんになったような目線で、俺は狛枝を見ていた。180cmもある男を捕まえて、ひよこなんて笑っちまいそうだけど、その表現がしっくりくるんだよな。


「電気消すぞ」
「うん、お願い」
「おやすみ」
「おやすみなさい…」
ぶら下がった電灯の紐を引っ張り、室内は薄暗くなった。でもカーテン越しに外からの月光が透けているから、何も見えないってほど暗くはない。俺は2段ベッドの下に入り、ゴロンと寝そべった。横になった途端、昼間動いた分の疲れが体にどっと落ちてくる。目を閉じればすぐに眠れそうだ。俺は大きく息を吐いてから、寝返りを打つ。段々と意識が体の内側へと引き込まれていくのが分かった。


「、クン…。ひなたクン……。日向クン」
「んあぁー…?」
俺はいつもベッドにつり下がっているカーテンを開けっぱなしで寝ている。ゆっくりと目を開けると、そこに鬱蒼とした顔つきの狛枝が月の光を背負って、床に膝を突いていた。キッと開いた瞳が何だか怖い。
「ちょっとベッド替わってくれないかな…? ボク、下の方が良く眠れる気がするんだ」
「ふぁ〜…っ、何だよ…」
眠気が最高潮の時に起こすなよ。そう悪態をつきたい気持ちを抑えて、俺はゆらりとベッドから起き上がる。折角上のベッド譲ってやったのにな。座っている狛枝の横を通って、上段への梯子に足を掛ける。狛枝はいそいそと俺のベッドに潜り込み、カーテンを引いてしまった。
「日向クン、おやすみ…」
「…はいはい。おやすみな」
2段ベッドの上と下なんて、高さが違うだけで寝心地に大差なんてない。寝てしまえば同じだ。枕に頭を乗せると、5秒もしない内に深い眠気が襲ってくる。………。

「なたクン…、ねぇ、日向クンってば…っ」
「今度は何だ……」
「ボク、やっぱりこっちの方が良く眠れる気がする。替わって?」
さっきのベッド交換から多分10分も経ってないと思う。狛枝は梯子に足を掛けて、俺が寝ているベッドを覗いていた。人がわざわざベッドを交換してやったのにこれかよ。仕方ないな。俺は再び目を擦りながら体を起こす。ぼんやりした頭のまま狛枝をベッドに招き入れ、俺は入れ替わりに下の段へと逆戻りだ。ドサッとベッドに倒れ込み、「いい加減にしろよ、お前…」と欠伸混じりに文句を言うが、聞こえていないかもしれない。でも構いやしない。俺は眠過ぎて思考停止寸前だった。

「日向クン、日向クン」
「………」
狛枝、お前またかよ!!! 心の中で俺は力いっぱい叫ぶ。でも絶対に目は開けない。ここで奴の頼みを聞いてしまったら、また同じようにベッド交換のループが起こってしまう。無視だ無視。タヌキ寝入りを決め込んでいると、しばらくして俺の背中に軽い蹴りが入った。
「! おい、狛枝…!!」
「あのね、日向クン。ボクやっぱりこっちの方が…」
「絶っっっ対、嫌だ!! 俺はもう1歩も動かないからな! お前もさっさと寝ろよ、狛枝」
「………」
これで諦めてくれるよな? 一晩中ベッド交換繰り返して朝になってたとか最悪だ。狛枝も大人しく戻ってくれるだろう。俺は意地でもここから動かない! 狛枝に背中を向けて、ベッドから引き摺り落とされないように俺はぎゅっと体を丸める。狛枝は何も言ってこない。でも梯子を踏む音がしないから、上に戻っていないはずだ。何分経っただろうか。静寂の中、ギシリと俺のベッドが軋み、隣に誰かが入ってきた。………え、狛枝?
狛枝はぐいぐいと俺の体を押して、出来た隙間に体を滑り込ませる。大して広くもないベッドに平均より丈のある男が2人。くっ…。強引に来たって、俺は一歩も引かないぞ…! 出ていくのはお前の方だ、狛枝! しかし狛枝と戦う意志を固めた所で、背後からすぅすぅと安らかな寝息が聞こえてきた。
「……? !! 狛枝が…、寝てる…」
首を捻った先に見えたのは、目を閉じて穏やかに呼吸を繰り返す狛枝の姿だった。俺が体を動かしても起きる気配がない。相当深い眠りのようだ。軽くカールした長い睫毛。空気が鼻を抜けているのか、形の整った小鼻が僅かに大きさを変えている。唇はしどけなく開いていて、狛枝はすごくリラックスした表情で眠っていた。
「………」
俺はその晩、初めて狛枝の寝息を聴いた。


白い光が部屋に射し込み、朝がやってきた。珍しいことに俺が目を開けようとする頃には、狛枝は体を起こし、ぐっと伸びをしていた。
「んっ…! はぁ…。あ、日向クン、おはよう!」
いつも目を閉じたままあいさつをするのに。くっきりとした視線の狛枝にニコッと微笑まれて、俺は流れのままに「おはよう…」と呟く。狛枝の瞳ってこんなに綺麗だったっけ? 淡い緑の混じった不思議な灰色が朝日を浴びてキラキラと瞬いている。
「うーん。キミが一緒に寝てくれたからかな? 久しぶりに良く眠れたよ…。ありがとう、日向クン」
「……どういたしまして」
狛枝は今まで見せたことのないような柔らかい笑顔を俺に向けた。それは良かったな。爽やかな寝起きに恵まれた狛枝と違って、俺はものすごく眠かったけど。彼がすごく嬉しそうにしてたので、文句は言わないでおいてやった。


……
………

それ以来何となく、同じベッドで寝るのが習慣になった。そして俺達が一緒に寝るようになってから、変化があった。

テキパキと制服に着替えた狛枝が俺の方を向いて、ことんと小首を傾げる。その仕草にふわりと白い癖っ毛が揺れた。もう狛枝の眉間には皺は寄ってない。双眸も本来の綺麗な形を取り戻したし、あんなに濃かったクマもいつの間にかなくなっている。
「日向クン、早く食堂行こう?」
「お、おう…」
まず狛枝の顔色がこの通り、すっかり良くなったこと。それから…。

俺は教室で頭を抱えていた。今は休み時間だ。俺の前の席に左右田が陣取り、隣にいる花村と楽しそうに喋っている。2人が何を話しているのか、さっきから全く頭に入ってこない。今、俺の頭の中にあるのは…、狛枝のことばっかりだ。
「なぁ、何か狛枝って…、すごく、綺麗じゃ…ないか?」
俺の一言に2人の会話がピタリと止まる。左右田も花村も何だか微妙そうな顔つきで、互いを見合わせた。途切れてしまった会話に俺は遅れてハッとする。ヤバい…っ。俺言っちゃマズいこと言ったぞ!
「え、いやっ…あの、今のは…!!」
「日向くん、今頃気付いたの?」
「え?」
「日向は高校からの編入だから知んねーだろーけど、中学ン時の狛枝の人気マジヤバかったんだぜ?」
「しょっちゅう男に告白されてたよね。ぼくも玉砕した1人さ!」
「オメーも告ってたのかよ…」
呆れたように左右田が花村を見下げているけど、当の花村は楽しそうに鼻血を出しているだけだった。というか今…男って言ったか? 男が、男に告白…!? 俺の表情を察したのか、左右田が溜息混じりに腕を組んだ。
「分かんねェとは思うけどよ、男子校はそーいうのあっから。女子の代わりに綺麗な男を押し倒したいって奴が」
「狛枝くんが春から部屋を転々としてたのも、表向きは不眠症ってことになってるけど、本当はルームメイトに襲われたって噂だよ」
「………」
「同室がこんなに続いたの、日向だけじゃねーか? 狛枝もオメーに相当懐いてるみたいだし」
「最近特に綺麗になったよねぇ、狛枝くん!」
「あー、みんな噂してるよな。美しさに磨きがかかったって。ったく男にモテてどうすんだよ」
また会話が遠のいていく。狛枝って周りの男子からそんな風に見られてたのか? 確かに狛枝は綺麗だ。どちらかと言えば女顔だけど、女々しいとかそういうのは一切ない。背も高いし、体つきは華奢とは言え、完全に男だ。そう、男。男の狛枝が男に…。
結局、俺は休み時間が終わっても授業が始まっても下校時刻になっても、狛枝のことを考え続けていた。


「おやすみなさい、日向クン」
「…狛枝、おやすみ」
壁を向いて横になっていると、程なくして背中側からすぅすぅと静かな寝息が聴こえる。寝るの早過ぎだろ。俺はそっと体を反転させる。普段の落ち着いた雰囲気とは裏腹の、幼さが残るあどけない寝顔だった。狛枝は綺麗なんだけど、やっぱりどこか可愛い。しかも何だか良い匂いがする…。俺は体の下に腕を入れて、上半身を少しだけ起こした。胸まで掛かった布団のすぐ上に、狛枝のパジャマの合わせがある。俺とは違う薄い胸板。それを目の当たりにした俺の内側にドクンと血流が流れる。
「う…っ」
そろそろと股間に手を伸ばすと、そこは緩やかに勃ち上がっていた。ダメだダメだ! 静まれ静まれ…。狛枝の顔から逃げるように体勢を戻し、どうにか熱を下げようと頑張っていると、狛枝が「ん…」と鼻に掛かった声を漏らす。ドキッと心臓が反応してしまう。………。ああ、今ので完全に勃ったぞ。どうしたんだよ、俺…。
肩越しに狛枝に視線を送ると、彼は俺の方を向いて眠っていた。両手を顔の傍で重ねているそのポーズも可愛らしくて、俺は何とも言えない気分になってしまう。大丈夫だ。狛枝は起きない。だから、今の内…。俺はパンツの中に手を入れて、熱くなったそれを扱き始めた。狛枝の無防備な寝顔を見ながら、少しずつ動きを速めていく。
「はぁ…、はぁ……んっ、…ふ」
夜の帳に紛れるようにして、熱い息を吐き出す。目の前にいる狛枝は深く寝入っている。俺が何をしているのか知りもせずに彼は睡魔に身を委ねている。その背徳感にゾクゾクと背筋が逆立った。じっと狛枝の顔を見つめ、くちゅくちゅと右手を動かす。中心にツンとした鋭い熱が集まっていく。もう、出る…! 唇を噛んで呻き声を漏らさないようにして、俺は手の中に熱を吐き出した。ビクビクと体が小刻みに震える。
「はぁ……、はー…っ…」
快楽の頂上から一気に突き落されて、俺は我に帰る。すぐ傍には、何も知らない狛枝が眠っていた。冷え切った頭に警鐘が鳴り響く。冷や汗が額からポタリと落ちた。

ヤバい。……俺は、ヤバい。

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02.距離
「日向クン…! 日向クン、日向クン」
斜め上方から狛枝の声が降ってきている。目を閉じていても瞼の向こう側が明るいのが分かった。朝が来たのだ。俺は狛枝の呼び掛けに、目を閉じたまま聞こえないふりをした。昨夜あんなことがあったのに、どんな顔してあいつと顔を合わせたら良いか分からないからだ。俺が中々起きないことに焦れたのか、「んんぅううう…」と狛枝が唸っている。
「日向クンってば」
「だっ」
苛立ったような彼の声と共に、唐突に枕を横から抜き取られ、俺の頭はシーツにボスッと沈んだ。狛枝はたまに容赦ない所がある。初めの頃はもっと遠慮がちな態度だったんだけど、俺が「気なんて遣うな」って言ったからか? 心を開いてくれたと考えれば、それはそれで嬉しい。
俺が頭を擦りながらベッドから上体を起こすと、「やっと起きたね」と溜息混じりの狛枝の声が投げ掛けられる。彼は既にきっちりと制服を着こなしていて、いつでも学校に行けるように準備が整っていた。
「早く食堂行かないと遅刻しちゃうよ?」
狛枝は眉をハの字にさせて、ベッド脇にしゃがみ込む。昨夜の秘密の行為を知らない狛枝。その無垢な瞳とガチッと視線がぶつかり、俺は慌てて目を逸らした。クソ…、マトモに顔を見れない。返事もすぐに返せない。黙ったままベッドから出てこない俺に、狛枝は首を傾げた。
「? 日向クン……、」
「…俺、良いよ。後で行く。狛枝は先に行ってろ」
「何で? 待ってるよ」
「良いって」
「……嫌だよ。ねぇ、日向クンも一緒に、」
「良いから!!」
押し問答の末に俺が声を張り上げると、狛枝はビクリと体を跳ねさせる。心配そうな顔で彼は小さく「日向クン…」と俺の名前を呼んだ。
「さっさと行けよ! 遅刻するぞ」
「………」
頑なに動かない俺を見た狛枝は静かに立ち上がった。カーペットを踏む微かな足音が窓際へ移動し、鞄を探るゴソゴソという音に変わる。制服を纏った長い脚が俺のいるベッドを横切り、玄関へと歩いて行った。
「日向クンも、早く…」
悲しそうな色を含んだ狛枝の呟きが聞こえた後に、パタンとドアは閉まってしまった。…何やってるんだよ。狛枝は悪くないのに。全部…俺が、悪いのに。あいつに当たるようなことして。自責の念に駆られながら、俺はドサッとベッドに再び寝転がった。布団から出した右の掌をじっと見つめる。ティッシュで拭き取って、綺麗にしたけど、事実が消えることはない。
俺は昨日、ルームメイトである狛枝で抜いてしまった。隣で眠っていた狛枝に欲情した。俺は友達として酷いことをしてしまったのだ。

『狛枝くんが春から部屋を転々としてたのも、本当はルームメイトに襲われたって噂だよ』

脳裏に蘇る教室での花村の言葉。このままじゃ俺も他の奴らみたいにあいつのこと押し倒しかねない。それだけは嫌だ。折角仲良くなって、心を開いてくれたのに。そんなことをしてしまったら、狛枝は深く傷ついてしまう。
「何とかしないと…」
欲望に薄汚れてしまった右手を俺は強く握り締めた。


「おー、日向〜! どうしたんだよ。珍しいな、遅刻なんてよォ」
「ああ」
1限が終わるタイミングで教室に向かうと、ちょうど廊下に左右田が出てきた所だった。白いギザギザの歯を見せ、声を掛けてくる彼に、俺は曖昧に笑って見せる。左右田は「そういやぁ」と俺の反応には特に構うことなく、話を続けてきた。
「狛枝の奴、ギリギリまで食堂で待ってたぜ。あんまルームメイトに心配かけんなよー」
「………。左右田、お前の部屋って1人部屋だったよな」
「あー? そうだけど。それがどーしたんだよ」
寮の1番西側の角部屋は建物の大きさの関係上、2人部屋より狭い部屋がある。屋根裏部屋のように天井が傾いてるため、2段ベッドが入らないのだ。左右田はその部屋を1人で使っていた。
「ちょっと、頼みたいことがあるんだ…」


授業が終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴る。机の上の教科書類を片付けて、一息吐いた。いつもなら購買部の前で狛枝と待ち合わせて、一緒に昼飯を食べる。だけど今日は最初っから行く気はなかった。あいつの傍にいちゃダメだ。狛枝を見ていると、すごく変な気分になるんだ。滑らかな白い頬に手を伸ばして、緩く口角の上がった桜色の唇に…。そこまで考えて、俺はぶんぶんと頭を振った。危ない。また勃っちまう所だった。
腹は減ってない。狛枝のことを考えると、それだけで胸がいっぱいなんだ。やっぱり俺はおかしい。机に突っ伏していると肩をトンと叩かれた。
「おい、日向…」
「…? 九頭龍?」
「呼んでるぜ? 狛枝の奴。ほら…」
くいっと九頭龍が親指を向けた先には、購買部の紙袋を腕に抱えた狛枝が立っていた。まるで捨てられた子犬のような瞳を俺にじっと向けている。教室まで来られたらさすがに行かなきゃならない。俺は気乗りしないまま席を立ち、廊下へと向かう。
「…購買部の前で待ってても、中々来なかったから…。来ちゃった」
「………」
「何してるの? 早く行こうよ!」
「悪い。俺、これから用事あるんだ。狛枝1人で食ってくれ」
「……ボクと、ちょっと食べる時間もない…のかな?」
唇を噛み締めながら、狛枝は俺に上目遣いを送る。彼の健気な言葉といじらしい態度に、俺はぎゅっと胸が痛む。ああ、死ぬほど可愛い。何でこんなに可愛いんだよ、狛枝。込み上げてくる想いを押し込めて、俺は努めて平静を装う。
「ああ。ないな」
「朝も、全然食べてないのに…」
ポツリと狛枝の声が地面に落ち、そのままその場は沈黙に包まれる。ごめんな、狛枝。ダメなんだよ、俺。お前と一緒にいると変なことしちまいそうでさ。お前を男だって分かってる。自分がおかしいのも知ってる。でも今の俺には抑えられる自信がない。
「狛枝……、ぶっ!」
狛枝は腕の中の購買部の紙袋を勢いよく俺の顔にぶつけてきた。そして踵を返し、早歩きで去っていく。
「ちゃんと食べないと倒れちゃうんだからねっ!」
振り向きもせずにそう言い残して、狛枝は廊下の向こうへと消えてしまった。受け取った購買の袋の中には、おにぎりやパンが詰め込まれている。狛枝、心配してくれたのか…。見覚えのあるラベルにハッとする。…いつも俺が好き好んで買ってるやつばかり入っていた。


「え…っ? 日向クン、今から行くの?」
「そうだよ。遅くなるから、一応窓の鍵開けといてくれ」
「………」
俺の言葉を聞き、狛枝は言葉もなく俯いた。パジャマを着た彼の手には枕があった。毎日一緒に寝ていたから、今日も俺と一緒に寝るつもりで自分のベッドから持ってきたのだろう。俺は部屋着にジャケットを羽織って、窓の鍵を開けた。これから俺は左右田の部屋へ向かう。狛枝と一つ屋根の下なんて、耐えられるはずもない。だからしっぽ巻いて逃げるんだ。
「…何時頃戻ってくるの?」
「分からない。狛枝は先に寝てろよ? あ、カーテンは閉めとけ」
窓は勉強机の先にある。靴を持って机の上に上がり、窓をガラリと開けた。ここは1階だ。下りるのは容易い。左右田の部屋は2階にあるけど、部屋の前に誂えたように登りやすい大きな木が生えているので何の問題もない。今までも夜中に何か用事がある時には、寮監に見つからないように窓から出入りしていた。
「ほっ」
膝を曲げて着地すると、ガサッと草が踏まれる音がした。軽く振り向くと、狛枝が窓から身を乗り出して俺の行く末を案じている。悪いけど1人で寝てくれよ? 「じゃあな」と手を振ってから、左右田の部屋の方へと身を潜めて歩いていく。段々と寮部屋の窓の光が遠のき、俺の周りはすっかり暗くなった。暗いのはあまり得意じゃないのに、何故かホッとしてしまった。
ぐるりと寮を回ると、すぐに西側に辿り着いた。手探りで足を掛けられそうな枝を探し、力を入れて木を登っていく。明かりの点いている窓をコンコンと軽くノックすると、左右田がカラカラと窓を開け、「よっ」と手を上げた。
「悪いな、泊めてもらって」
「それは別にいんだけど。つーか、オメーらケンカか?」
「そういう訳じゃないんだけど…」
まさか狛枝にドキドキムラムラしちゃって、一緒の部屋にいたくないですだなんて、口が裂けても言えない。俺は靴を脱いで、左右田の部屋にお邪魔する。2人部屋より気持ち小さいってだけで、特に狭くはない。ベッドは1つしかないけど、布団は余分にあるから、それを床に敷いて寝ることにする。
「ふーん? じゃ、電気消すぞ?」
「ああ」
パチリと明かりが落とされる。俺は用意された布団にゴロンと転がった。いつも狛枝が隣にいたのに、今日は久しぶりに一人寝だ。そんなに長い期間一緒に寝てた訳じゃないんだけど、いざ離れるとなるとちょっと落ち着かないかもな。
「これで、良いんだよな…?」
半ば自分に言い聞かせるように呟いて、俺は寝返りを打つ。もう寝てしまおう。俺は大きく息を吐いて、目を静かに閉じた。


夢を見ることなくあっという間に朝になった。左右田に礼を言って、部屋に来たのと同じように窓から木を伝って外に出る。狛枝は眠れたかな。寝てたら起こさないようにしないといけないよな。鍵の開いていない窓をそろそろと動かして、なるべく音を立てないようによじ登る。しかしサッシに足を乗せて、部屋の中に入ろうとすると、勉強机の上に乗っていた教科書やノートを蹴ってしまい、バサバサと大きな音が室内に響いた。
「わ…っ」
ヤバい、今ので狛枝が起きるかもと焦った時だった。ベッド上段のカーテンがシャッと引かれ、中からクマを拵えた狛枝が顔を覗かせる。
「……悪い、起こしたか?」
「…ううん。ずっと、起きてたから…。朝帰り、か…」
どんよりとした狛枝の低い声。俺はそれに何も返さずに、ハンガーに掛かっていた制服を手に取り、さくさく着替える。いつになったら、この煩悩が消えるのかは分からない。でも正気に戻るまで狛枝の近くにはいられない。
「じゃあ、俺…先行くから」
「え!? ちょっと待ってよ。まだ7時にもなってないのに…っ」
「狛枝。悪いけど、今日も昼は別々な」
「何でっ、日向クン……! ねぇ、」
狛枝の声が部屋のドアを閉めることで途切れた。ドアに寄りかかり、肩の力を抜く。これで、良いんだ。


……
………

そんな日が5日ほど続いた。朝も昼も別々に飯を食べ、夜は左右田の部屋に転がり込む。完全に俺と狛枝の生活は真っ二つに別れた。ルームメイトのはずなのに、クラスメイトよりも希薄な関係に落ちていっている。
「今日も、出掛けるの…? 日向クン」
ベッドに寄り掛かって、狛枝は膝を抱えて小さくなっている。また不眠症に逆戻りしたのか、目は半分ほどしか開いておらず、頬もこけて辛そうな表情だった。
「ここ最近ずっとだね……」
「そっか? じゃあ、行ってくるな」
蚊の鳴くような細い声だった。ズキズキと胸を痛めつつも、思い切ってそれを無視する。俺がここにいたら、狛枝を傷付けちまうから。カラリと窓を開けて、外へと飛び降りようとする。その寸での所だった。くっと服の裾が軽く引かれる。腰元に見える骨っぽい白い手。狛枝だった。
「ボクと同室は…嫌?」
「何言って…」
「嫌ならハッキリ言ってくれないと、ボク…」
痛々しいほどに狛枝は顔色が悪かった。一緒に寝て起きた時の弾けるような輝きはくすんでしまい、最早見る影もない。今にも泣き出しそうな表情で、狛枝は言葉を紡ぐ。
「………」
「ボク、寮監に頼んで部屋替えてもらうよ。今日は無理だけど、明日朝一で…」
「ちょ、ちょっと待て、狛枝! そんなことしなくていいから! 俺は別に嫌だなんて思ってないぞ!」
「じゃあ、どうして…最近ボクのこと避けてるんだい?」
「避けてないって…」
狛枝の縋るような灰色の瞳に心臓がドキンドキンと脈動する。彼の視線に込められた願いはただ1つだけだ。俺の傍で眠りたい。不眠症の彼が安心して眠れる唯一の方法だ。俺はもう1度狛枝の顔を見た。出会った頃のような不機嫌そうな顔。辛いんだ。狛枝1人ではどうしようも出来ない不眠症が、俺が傍で寝てやるだけで解決する。
「…やっぱり出掛けるの止める。俺もたまには部屋で寝たいし」
「本当!?」
俺の言葉を聞いた途端、狛枝の表情はパッと明るいものに変わる。希望に満ち溢れた笑顔で狛枝は俺に微笑みかける。ああああ、何て心臓に悪い…。いやでも、いつまでも逃げ回ってる訳にもいかないよな? ただこのまま狛枝が何も知らないのはフェアじゃないような気がした。ベッドの上段から自分の枕を引っ張って、ウキウキと梯子を下りてくる狛枝。俺はベッドの下段に腰掛け、下りてきた彼を見上げた。
「狛枝。寝る前に話がある」
「ん? 何かな?」
「お前、これからも俺のベッドで寝るつもりだな?」
「うん! もちろんだよ」
ニッコリと狛枝は綺麗に笑った。俺の傍で眠れることが相当嬉しいらしい。緊張で忙しなく指遊びしながら、俺は短く息を吐いた。
「…だったら、俺はお前が同じベッドで寝る度に、…キスする」
狛枝は何も言わない。ああ、何だか妙に喉が渇くな。
「キスの先は、どうなっても知らない。それでもいいならベッドに入れ」
「…日向クン、どうして急にそんなこと言うの?」
「俺はお前のことが……好きだからだ」
「………」
俺の言葉を最後に場は静寂に包まれる。とうとう、言った。狛枝に好きだって言った。これで俺が狛枝に対してどう思ってるか、あいつは理解してくれたはずだ。これでもう2度と狛枝と一緒のベッドで眠ることはない。いや、それ以前に狛枝とは話が出来なくなるかもな。
狛枝は抱えた枕をぎゅっと抱き締める。そして彼は1歩踏み出した先は…。
「ちょ、おい!! 狛枝っ」
上段のベッドではなく、下段の俺のベッドだった。自分の枕をポンと俺の枕の隣に置き、狛枝はもぞもぞと布団に潜り込む。
「狛枝!」
俺が呼び掛けるのも聞かず、彼は横になって目を閉じてしまった。おいおい、…嘘だろ? 俺は頭をガシガシと掻き毟る。ハッキリ言ったよな? 俺のベッドで一緒に寝るのなら、キスするって。これって…。電気の紐を引っ張ると、室内は暗くなる。俺のベッドに横たわる狛枝。
ギシリとベッドの中に入り、狛枝を近くで見る。白いふわふわの髪と整った美しい顔立ち。この世のものとは思えないほどに、彼は綺麗だ。眼球が僅かに動いた。目は閉じているが、眠っている訳じゃない。狛枝は起きている。俺は狛枝の頬に手を添えて、ゆっくりと撫でる。寝不足の所為で少しカサついてはいるが、シミ1つない雪のような肌だ。
狛枝の薄い唇をしばらくじっと見てしまった。可愛い。綺麗。好きだ。狛枝が、好き。全身が心臓になったかのように鼓動が体中に響き渡る。顔を少しずつ近付けていく。もう5cmもない距離に狛枝の唇がある。俺の動く気配に若干身構えているらしく表情が僅かに歪んでいたが、彼は逃げようとはしなかった。俺はそっと狛枝の唇に、自分のそれを合わせる。ピッタリと重なった。唇の柔らかさと温かさが直に伝わってきて、俺は倒れてしまいそうだった。
「………ん、」
くちづけを終え、体を離す。狛枝は居心地が悪いのかモジモジと体を揺らしている。キス、してしまった。狛枝と。俺は半分空いたベッドに横になり、狛枝に背中を向ける。唇の感触はいつまで経っても消えてくれなかった。

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03.恋心
「おはよう、日向クン」
「はよ…」
ベッドの奥側にいた狛枝は目を擦りながら、手前側の俺を跨いでベッドの外へと出て行く。昨夜キスをしたというのに、あまりにもさらりとした態度だった。快眠出来たことも影響してるのか? そんな狛枝とは正反対で、俺は隣に好きな人が眠っているという緊張からあまり深く眠れなかった。俺はボーっとしたまま、こちらに背中を向けて身支度をしている狛枝に視線を向ける。
「なぁ…」
「うん?」
「昨日キス、したよな?」
「………」
狛枝はYシャツのボタンを留める手をピタッと止める。しばらくして、聞き取れるか聞き取れないかの小さな声で「うん…」と返事が返ってきた。うねった柔らかい髪の毛の向こう側に、桃色に染まった頬が垣間見える。俺は言葉がすぐに出て来なかった。狛枝はどういうつもりで俺のキスを受け入れたんだろう? ベッドから出ることも忘れて1人考え込んでいると、狛枝が少し赤らんだ顔のまま振り向く。
「日向クン、…早く着替えないと遅刻するよ?」
「あ、ああ…」
モヤモヤと胸の内に広がるそれが一体何なのか、答えが出せない。一先ず思考を止め、俺は狛枝に促され漸くベッドから降りた。


食堂で朝食のトレーを受け取り、狛枝と並んで席に座ろうとしている所だった。左右田が欠伸を噛み殺しながら、食堂の押し扉から入ってきた。一緒にいる俺達に目敏く気付いた彼は「よォ」と力の抜けた声を出しながら手を振る。
「日向、おはよーさん。お、…何だ仲直りしたんか?」
「わわっ!」
左右田の口から飛び出て来た『仲直り』という単語に、俺は慌てて奴の口を塞ぎにかかる。狛枝は俺の挙動に目をパチクリさせていたが、深く突っ込む気はないようだ。箸を手にとって、「いただきます」と頭を軽く下げている。俺は左右田を引っ張って、狛枝に聞かれないような少し離れた場所まで移動した。
「悪かったな、左右田。迷惑掛けて」
「あー? いーっていーって。ま、仲良くしろよ」
バシッと肩を叩かれて、前につんのめる。…仲良く、なんだろうか。今の俺と狛枝の関係は。胸を張って「任せろ」と言えない自分が憎い。


学校が終わり、寮部屋に帰ってきた。俺も狛枝も何となくキスのことには触れないまま、いつも通りの時間を過ごしている。今思えばあのキスは幻だったんじゃないだろうか? そんなことが一瞬頭を過ぎる。だってあまりにも普通じゃないか。男同士キスしたっていうのに、狛枝の俺に対する態度は普段と全く変わらない。同室の奴らに襲われて逃げてたんだろ? 俺のことだって嫌って思って当然なのに…。
ぼんやりしていると、すぐに就寝時間になった。狛枝はギシギシと2段ベッドの梯子を上がっていく。その様子を見て、俺は心の中でそっと息を吐いた。今日は自分のベッドで寝てくれるのか…。だがそう思ったのも束の間だった。狛枝はベッドから自分の枕を掴むと、ストンと綺麗に床に着地した。そして俺に一瞬だけ視線を投げかけた後、無言で枕を下段ベッドへと放り込み、自らもその中へと入っていく。
「………。狛枝…」
俺は口の中で呟いた。狛枝はベッドの奥側に寝そべっている。こちらに背中を向けているので、表情は分からない。狛枝はバカじゃない。これから俺にされることを理解して、敢えて俺のベッドに入ってきたんだ。『お前、本当にそれで良いのか?』と問いかけをする俺とは別に、もう1人の俺がいる。『また狛枝とキスが出来る』と歓喜に打ち震えている俺だ。狛枝の綺麗に色付いた可憐な唇に口付けられる。鳴り響く鼓動を携えながら、俺は電灯の紐を引っ張った。
狛枝の隣のスペースに体を横たえ、横目で彼を観察する。気配で分かる。やっぱり狛枝は完全に寝てはいない。俺はゆっくりと上半身を起こし、狛枝の肩に手を掛ける。ピクリと彼の体が跳ねた。体をこっちに向けさせると、ぎゅっと目を瞑った狛枝の顔が見える。潰してしまわないように彼に覆い被さって、薄い唇に顔を寄せる。
「……ん、…」
唇を合わせると、狛枝は溜息のような声を漏らした。ああ、堪らない…。ゾクゾクする。昨日より長く狛枝とのキスを堪能してから唇を離した。狛枝は口をもごもごと動かしながら、俺から恥じらうように顔を少し逸らす。こいつ、一体どういうつもりなんだ? 目を閉じたままの狛枝を俺はマジマジと見てしまった。ふわふわとした髪と透き通るような白い肌。本当に綺麗な顔をしている。同室になった奴が襲いたくなる気持ちも少なからず分かる。狛枝が男であることを理解していたとしても、この美しい人間を自分の好きなようにしてみたいと思ってしまう。
「………」
俺はパジャマの襟元を開き、狛枝の首筋にキスをした。狛枝は体を僅かに揺らすが、押しのけたり逃げたりしなかった。ちゅ…ちゅ…とリップ音を立てながら、キスを繰り返す。狛枝からはミルクのような甘い良い匂いがする。…ダメだ、我慢出来ない。俺は震える手で狛枝のパジャマのボタンを1つ1つ外していく。胸下まで全て外し、ゆっくりとパジャマの合わせを開いた。
「……っ!!」
俺とは違う薄い胸板。それでも最初の頃よりは大分健康的な体つきだ。「ちゃんと食え」って俺がうるさく言ってたからな。浮き上がった鎖骨にも優しいキスをして、2つある胸の飾りにドキドキしながら舌を伸ばした。チロチロと突っつくように舐めると、狛枝は「んぅ……っ」と色っぽい声を漏らした。唾液を絡めて、チュバチュバとわざと音を立ててやる。吸ってない方の乳首も指でこねくり回して、きゅっと軽く抓む。
「はぁ……、は…、ぁ……」
狛枝は眉を下げて、悩ましげに呼吸をしていた。でも目は瞑ったままだ。呼吸で上下を繰り返す胸板をするすると撫でると、彼はビクビクと体を痙攣させる。感じやすいのか? 薄らと割れている腹筋を掠めて、俺は布団を捲り上げる。綺麗に括れた細い腰のその先。パンツの中に手を忍び込ませ、半分くらい大きくなった狛枝の欲望を取り出した。親指を人差し指で輪を作り、クチュクチュと緩慢な動きで擦る。
「こまえだ……」
「ん、ぁ……ハぁ、…ッはぁ、はぁ…っ」
段々と狛枝の息遣いが荒々しくなっていく。でも彼は全然抵抗しない。何でだよ、狛枝…! 何で…。
感じている狛枝を間近で見て、俺も頭が沸騰してくる。首筋をペロリと舐めながら、狛枝自身の先端をグリグリと押し、尚も激しく擦り続ける。くちゅくちゅ、ぐちゅぐちゅ…というネットリとした水音と、「はっ、はっ…!」と短く繰り返される狛枝の苦しげな呼吸音。半開きの口からはツヤツヤと光る雫が滴っている。
「ぁ……あ、ハァ、…ん、…ふっ」
ビクビクッと狛枝が震えて、俺の掌に生温かい液体が飛び出してきた。狛枝が俺の手で感じて、イったんだ。しばらく切羽詰まったような吐息が聴こえていたけど、呼吸を整えることが出来たのだろうか、狛枝からは安らかな寝息が漏れていた。枕元にあるティッシュで手を拭いてから、狛枝の着衣の乱れを整えてやる。布団を肩まで掛けて、俺はふぅと一息吐いた。
「………」
色白の穏やかな寝顔を少しの間眺めてから、俺も布団に入り直す。今日もそのまま俺達は一緒に眠った。


「どういうつもりだ?」
次の日の夜も狛枝は俺のベッドに枕を持って、入り込もうとしていた。髪を乾かし終えた俺は、その背中に疑問をぶつける。狛枝は「え……」という声と共に徐に振り向いた。灰色の水晶のような瞳に見つめられ、ドキッとしつつも俺は次の言葉を続ける。
「俺は、好きだって言ったんだぞ。お前のこと…。一緒に寝るとどうなるか、分からないとも言った。だから、昨日…」
「……っ!」
サッと狛枝は頬を朱に染めた。腕に抱えた枕をぎゅうと強く抱き締める。
「どうしたいんだよ、狛枝は。ただの同級生でいたいなら、もう…俺に構うなよ」
「………」
狛枝は俺のベッドにちょこんと座って、俯いている。妙な沈黙が走って落ち着かないけど、まずは彼がどう考えているのか聞きたい。俺は静寂にじっと耐える。すると狛枝は何かを決意したかのようなキリッとした顔で、俺を見据えた。
「そんなの分からないよ。ボクはただ…、キミの傍にいたいだけ」
「どうして傍にいたいんだよ?」
「だって日向クンの傍にいると、落ち着くし、安心するし…。こんなの、キミだけなんだ!!」
「なっ!!」
狛枝に真剣な顔でそう言われて、俺はカッと顔が熱くなった。今、俺…ものすごいこと言われたんじゃないか?
「狛枝…。昨日、どうだった? その…俺に触られて」
「え……っ。ビ、ビックリした…けど。きっ、気持ちよかった……よ」
狛枝は枕で顔を隠しながら、切れ切れに答えた。ほんのり桃色だった頬がタコに負けないくらい真っ赤になっている。
「嫌な感じはしなかったか?」
「? どうして?」
「………」
そこで『どうして?』って言うのかよ。俺がじっと狛枝の顔を凝視すると、彼は分かっていないのかコトンと小首を傾げた。お前、それは…『好き』っていうんじゃないのか? もしかしてこいつ、好きだって自覚ない? それが分かった瞬間、胸の中のモヤモヤがパッと弾け飛んでしまった。
「狛枝。俺は逃げないぞ」
「日向クン…?」
「お前とちゃんと向き合う。恋人同士に、なる…!」
「え、…ちょ、ちょっと。日向クン!?」
「これからすげー可愛がってやるから! 覚悟しとけよ!!」
ビシッと指を突き立てると、狛枝はポカンと口を開いたまま小さく頷いた。狛枝は多分俺のことが好きだ。だったらなるべく恋人っぽく振舞って、俺のことが好きだって気付かせてやる! でも狛枝ってそこまで鈍い奴だったのか? 寧ろ気遣いは出来る方だと思うんだけど。もしかして…自分の気持ちには鈍感なタイプなんだろうか。
「寝るぞ、狛枝」
「あ、うん…」
狛枝はベッドの奥の定位置に収まり、目を瞑った。電気を落とし、俺もいつものように同じベッドに入る。もう3回目だ。彼も俺の動きが分かっているらしく、昨日までより安らいだ表情に見えた。俺の唇に押され、ふにっと形を変える狛枝のそれ。唇にキスをし終えると、彼は静かに目を開いた。キラキラと潤んだ薄色が俺に縋るように向けられている。俺はその美麗さにフッと微笑んだ。
「おやすみ、狛枝」
「おやすみなさい…」
「あ…。言い忘れた」
「ん? なぁに?」
「好きだ」
「………っ、うん…」


狛枝と恋人っぽくなりたい。俺のこと好きだって自覚させたい。それから俺の戦いが始まった。

「狛枝、トマト分けてやろうか?」
「いらない」

「鞄重いだろ? 持ってやるよ」
「いらない」

「髪乾かしてやろうか? 狛枝」
「いらない」

………。どうすれば上手くいくのだろうか? 腕を組んでうんうん唸っていると、狛枝はベッドに寝ながら、「日向クン!」と俺の名前を呼んだ。
「…狛枝?」
「もう、良いよ。そこまでしなくても…」
「そこまでって…」
「ボクは女の子じゃないんだよ。お姫様みたいに扱われてもね…」
言葉尻にいくにつれて、声が小さく聞き取りづらくなる。迷惑だったのかな、俺がしたこと…。電気を消してから、ベッドを見ると、狛枝は空いてるスペースをポンポンと軽く叩いた。どうやら隣に来いと言っているようだ。指図されるがまま狛枝の横に寝そべってから、俺はふわふわと柔らかい彼の髪を優しく撫でた。狛枝はしみじみと目を瞑ってから、すすすっと俺に体を近付けてくる。
「ごめんな、狛枝…」
「ううん、怒ってる訳じゃないんだ。あのね…、ボクも最近分かってきたことなんだけどさ、」
「うん…」
「ボクはやっぱりキミと一緒にいると安心する…。日向クンの手に触れられると、もう離れてほしくなくなるんだ」
「…っこま、」
「これって、日向クンのこと…好きってことだよね?」
切なげに細められる瞳にキュンと胸が締め付けられる。狛枝、狛枝、狛枝…!
「多分、ボクはキミのこと、ずっと前から好きだったんだ」
狛枝はそう言うと、俺の手をきゅっと握り締めた。その感触に驚いていると、続けて狛枝は俺の肩口にもう片方の手を置く。近付いてくる狛枝の整ったシンメトリー。「え?」と思った時には、俺は狛枝に唇を奪われていた。目を閉じる時間なんてなかった。目の前に長い睫毛が見えて、それが数秒置いてからゆっくりと離れていく。
「同じベッドで寝たら…、キスするって約束…」
そこで力尽きたのか狛枝はくったりとベッドに倒れ込んでしまった。握られた左手はそのままだった。
「……、狛枝…!」
胸いっぱいに張り裂けんばかりの想いが広がっていく。ありがとう、狛枝…。俺のこと、好きだって言ってくれてありがとうな。俺は狛枝の白い手をきつく握り返し、その手の甲にキスを落とした。

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04.懐抱
ミンミンと煩いセミの鳴き声をBGMにうだるような暑さの中、俺は歩いていた。後、もう少しだ。額に浮かぶ汗を拭って、真正面を見据える。すぐそこの坂を登れば、寮の門が見えてくる。夏休みに実家に帰ってたから、ここに戻ってくるのは3週間ぶりくらいかな。鍵の開いている門を潜って、寮のガラス扉を開くと、エアコンのひんやりとした空気が体を撫でる。外の猛暑とは裏腹の涼しさに、俺は肩から息を吐いた。
「こんにちは。日向、戻りました」
「ああ、お帰りなさい…」
受付の窓をカラッと開けて、管理人のおっさんがにこやかに出迎えてくれた。俺の顔は覚えられているので、間を置かずちゃりんと音を立てながら部屋の鍵を差し出される。「どうでしたか? 夏休みは」「あー。楽しかったですよ!」なんて軽い会話を交わした。
帰ってくるのが少し早かったかもしれない。人の気配がしない寮内を俺はぐるりと見回す。まだ夏休みは2週間ほど残っていたけど、俺は狛枝のことが気になって、お盆が明けてからすぐに荷造りをした。こっちが早く帰っても、向こうがいるとは限らないのにな。狛枝も夏休みは寮に残らないで、帰省するって言ってたから。
「いる訳、ないよな…」
結局誰とも会わずに自分の寮部屋の前まで辿り着いてしまった。きっと狛枝はいないだろう。そう思いながら鍵穴に鍵を差そうとしたのだが…。
「あれ? …鍵、開いてんのか?」
鍵の方向が逆になっている。ドアノブを回すと案の定鍵は掛かっておらず、すんなりと開いてしまった。ドアを開くと、外の熱気を纏った風がふわりと揺らいだ。窓を開けて外を見ているすらりとした後ろ姿に、俺は「あ…っ」と思わず声を漏らしてしまった。相手は気付いたのか、ゆっくりとこちらを振り返る。灰色の瞳が俺を捉えた瞬間、大きく見開かれる。滑らかな頬に纏わりつく髪をスッと優雅に耳に掛け、狛枝は「日向クン…」と甘い声で呼び掛けてきた。
「お、おう」
「ふふっ、久しぶりだね。元気だった?」
「もちろん。狛枝こそちゃんと飯食ってたか? 夏バテしなかったか?」
「心配してくれるのかい? ありがとう、日向クン。でもこの通り、平気だよ」
「そっか」
ひらりと手を振って、狛枝はニコッと笑った。ああ、久しぶりだな。こいつの顔を見るのも。狛枝と両想いになってから、すぐに夏休みに入った。夏休み中、2回ほどデートをしたっきりだ。日差しが強かったにも関わらず、狛枝は相変わらず色が白かった。元々日焼けしない性質なのか、日焼け対策が万全なのか。いずれにしても俺は彼の透き通るような白い肌が好きだから少し嬉しかった。まぁ日焼けしてても、俺がこいつを好きなことに変わりはないんだけどな。
「狛枝、随分早かったんだな! 俺の方が先だと思ってたぞ」
「…うん、さっき着いた所だよ」
「あれ? でも何かもう荷物片付いてる…?」
キョロキョロと室内を見渡したが、帰省する時に持って行った生活用品は全て元の位置に収まっている。俺の言葉に狛枝は少し俯き、カーッと顔を赤くした。
「何だよ、早く俺に会いたかったのか?」
「自惚れないでよ…」
「……俺は会いたかったぞ。狛枝に…」
そう、会いたかった。勉強机の上に旅行用バッグを置いて、中から荷物を取り出していると、狛枝が後ろからぎゅっと勢いよく抱き着いて来た。
「おっと」
手に持っていたお土産の饅頭の箱を取り落としてしまうが、背中に感じる熱に言い表すことの出来ない幸せを感じてしまう。すぐ後ろに必死な顔で俺にくっついている狛枝が見えた。狛枝も俺に会いたいって思ってくれてたのかな? だとしたら嬉しい。胸の前に回された腕を解いてやり、真正面から狛枝を抱き締めた。彼の方からもぎこちなく俺の首に腕を回してくれた。鼻を掠める懐かしい匂い。うん、狛枝の匂いだ…。
「ただいま」
「おかえりなさい」
どちらからともなく、腕を離した。うっとりと夢心地の狛枝の顔に手を添える。そして徐々に桜色の唇に俺の唇を近付けていき…。
「日向ーっ!! 帰ってっかァーー!? 談話室でお土産交換すっぞー!!」
空気を読まない外からの呼び掛けに、俺はガクリと狛枝の肩に頭を乗せた。ちくしょう、左右田の奴! 折角、狛枝とキスしようとしてたのに…! 仕方ない。俺は狛枝を抱き寄せたまま、「今行く!!」と大声で返事をした。
「あー…。とりあえず、あいつらの所行こうか。何か煩そうだし」
「日向クン…」
「ん? 何だ?」
「………。ううん、何でもないよ。左右田クン達、待ってるんだよね?」
狛枝ははにかむように笑ってから、廊下へと出て行く。俺もその後に続いた。


ずっと傍にいるのが当たり前だった生活から、こうして狛枝と離れてみて、一緒にいる時間は大切なんだと改めて実感した。
「日向クン、電気消すよ?」
「あ、ああ…」
パジャマを着た狛枝が電灯の紐を引っ張った。パッと暗くなる室内。カーテン越しの月明かりに、この部屋の夜はこうだったなと俺はどうでもいい記憶を蘇らせた。狛枝のぼんやりとした黒いシルエットが、俺の寝ているベッドの方へと近付いてくる。ベッドが軋んで狛枝が俺の隣へと入ってきた。布団を捲って迎え入れると、彼は慣れたような動きでそこに横たわる。今日は俺が奥側で、狛枝が手前側だ。
「何か、久々だな…。ははっ」
「…そう、だね」
夜で声を抑えているから余計なんだろうけど、狛枝の声は腰に来るような艶めかしさを秘めている。更に上目遣いで見られて、俺の心臓はさっきからドキドキと鼓動が煩い。狛枝は安心したように笑って、スッと目を閉じた。キスの合図だ。覆い被さって唇を近付けると、背中に狛枝が手を回してきた。
「……ふ…っ」
「…おやすみ、狛枝」
「おやすみなさい、…日向クン」
程なくして狛枝は目を閉じて、穏やかな寝息を立て始める。俺はその寝顔をしばらく見守り、幸せな気分に浸ってから目を瞑る。こうして、再会した夜も更けていった。


好きな相手とあんなにくっついて寝るのは、正直拷問に近い。俺だって、男なんだ。それなりに性的欲求もある。でも手を出しても良いんだろうか? 狛枝は俺の部屋に来る前に同室の奴に襲われたって聞いたし。俺も…両想いになる前に、狛枝に色々しちまったし。俺は狛枝のことが好きだ。だからそういうこともしたいと思ってる。でもあいつのこと、傷付けるのは絶対に嫌だ。だって好きだから。………。さっきからぐるぐると堂々巡りしてる気がするぞ。

明かりの落ちた寮部屋。今日も俺は狛枝と一緒に寝る。それに関しては何の問題もない。いや、問題どころか大歓迎だ。そこまでは良いんだ、そこまでは。
「日向クン、もうちょっと…くっついても良いかい?」
横向きの体勢で、狛枝は俺にヒソヒソと話しかけてくる。狛枝は夏休み中俺と離れていたのが寂しかったのか、やたらとくっつきたがるようになった。「おお」と答えると、狛枝は嬉しそうに枕を引っ張って、俺のすぐ隣まで寄り添ってきた。くっ、俺の心臓と下半身よ…、保ってくれ!
「ねぇ、日向クン。もう1つお願いがあるんだけど…」
「何だよ?」
「腕枕してもらえないかな? 良く眠れる気がするんだ」
「いっ、良いけど…」
そんなもんしなくったって、お前朝まで爆睡してるだろー!? そう思いつつも狛枝のためなら何でもしてあげたくて、俺は考えるより先に彼の方へと腕を伸ばしてしまう。狛枝は「ありがとう」と礼を言って、俺にピッタリと体を密着させた。二の腕に感じる狛枝の頭の重さは小顔だからかそこまで重くない。ギリシャ彫刻のように整った美しい目鼻立ち、ふわふわの髪の柔らかい感触、近くから香り立つミルクのような肌の匂い。俺の心臓がバクバクとはち切れんばかりに鳴り響く。
うっ、これは…、ヤバい…っ!! 勃ちそう。狛枝はすぅすぅと寝息を立て始めている。無防備な狛枝の寝姿に、ますます全身がドクドクと血流を送り出した。
「…うーん、日向クン。やっぱりゴツゴツしてて寝にくいからいらないや」
「!!!」
パッと目を開いた狛枝に腕を退けられて、俺は挙動不審な動きをしてしまった。狛枝は呑気に「やっぱり枕だなぁ」などと言っている。ちょっと自分勝手過ぎないか? でも助かった…。俺はもう、限界だ。


……
………

「俺、今日から抱き枕で寝ようと思うんだ!!」
「は?」
眉間に皺を寄せた狛枝が蔑むような視線を俺に投げ掛ける。まるで女王様のようだ。その手の人間からしてみれば最高のご褒美だろう。…いかん、話が逸れてしまった。
「俺、今日から抱き枕で寝ようと思うんだ!!」
「は?」
大事なことだから2回言ったのだが、狛枝に同じポーズで同じ返事を返される。いや、負けたらダメだ。俺は後輩から借りた、萌え系美少女キャラが描かれた抱き枕を狛枝にぐっと突き出した。彼はまるでゴミでも見るような目付きで、抱き枕を上から下まで観察している。俺が思いついた方法はこれだ。寝る時にこの抱き枕を俺と狛枝の間に挟んで、防波堤になってもらうんだ。我ながらナイスアイデアだと思う。
「いや、あのな! 何か最近寝る時、手持無沙汰で…、っておい!!」
俺が言い終わる前に、狛枝は抱き枕にバスッと強烈な蹴りを入れて吹き飛ばす。一瞬の、ことだった…。憐れにも萌え系美少女はニッコリと可愛らしい微笑みのまま部屋の壁に叩きつけられた。キッと狛枝は俺を睨み付ける。
「日向クン…。……抱き枕なんて必要ないよ」
「え…?」
「あんなのじゃなくて、ボクを抱き締めたら良いじゃないか。…付き合って、るんだし」
「……狛枝」
俺は狛枝が顔を赤くしているのに弱いらしい。彼は男でカッコ良くて綺麗なのに、そういういじらしい表情を見せた時は可愛さのメーターがグングン上がってくるから。そのギャップにやられてしまう。頬を赤らめた狛枝の肩に俺はそっと手を置く。何となく良い感じの雰囲気だ。このままキス出来そうな…。しかしそのムードに反し、部屋の外からドタバタと騒がしい足音が響いてきた。続けざまにバンッとドアが勢いよく開く。
「日向 創殿ーー!! 僕のハニーを返したまえ!!」
「わっりぃ、日向センパイ。ブーデーに勝手に抱き枕貸したの、バレちったぁ〜」
涙声で突撃してきた太めのシルエットの持ち主は後輩の山田だ。それと彼のルームメイトである桑田がヘラヘラと後から顔を覗かせる。山田は部屋の隅でぐんにゃり曲がっている抱き枕に縋りつき、悲痛な嗚咽を零した。
「ひぁっ! こ、こんな姿になって…! 何て可哀想なっ。先輩とはいえ、人の彼女を誘拐するとは…許せませんぞ、日向 創殿!!!」
「はいはい、ブーデー。ごめんごめん〜。そんじゃ、センパイ! お邪魔しましたぁー」
「いや、悪かったな…」
「ま、待ちたまえ、桑田 怜恩殿! まだ話は終わっていな…ッ」
パタンとドアが閉まり、騒がしい嵐は去っていく。再び部屋には静寂が戻ってきた。
「えっと…寝るか」
「うん」
抱き枕なくなっちまったけど、大丈夫かな? 狛枝と向き合うように横向きになり、おやすみのキスを交わす。お互いに抱き合うような体勢だ。更には狛枝が背中にぎゅっと手を回してくるお陰で、俺の体は段々と火照ってきた。
「………。日向クン…」
「はい」
「………、その、当たってる、よ…」
「うわっ!!」
狛枝に指摘されて、俺は布団から跳ねるように起き上がり、壁際に体育座りで縮こまる。俺が興奮してるの、バレた…? 緩慢な動作で体を起こし掛ける狛枝に、俺は慌てて言い訳しようとする。とりあえず何か言わないと!
「…こ、これは、その…」
「………」
今更どう言い訳しても遅いよな? 聡い狛枝相手に嘘を吐いても、すぐに見破られてしまうだろう。誤魔化しようがない。だったら認めた方がいっそのこと楽だ。狛枝と一緒に寝るには、熱くなってしまった下半身を自分で慰めるしかない。「ちょっと、俺…トイレ、」と呂律が回らない口調で言い、そそくさとベッドから出ることにした。
「!? …こまえだっ?」
床に足を着いた所で、Tシャツをくんっと引っ張られた。振り向くと狛枝が唇を噛み締めながらモジモジしている。窺うような視線を俺に向けた彼は、おずおずと口を開いた。
「ねぇ、どうして?」
「どうしてって、お前…」
「………しない、の?」
「おまっ」
『する』って、そういう意味の『する』だよな? そわそわと落ち着かない動きの狛枝。消え入りそうな言葉の弱さとは裏腹にTシャツを掴む力は強い。頬を赤らめ泣き出しそうな顔で、彼は震える唇から言葉を紡ぎ出す。
「ボクはしたい…。日向クンと」
「…っ! でもお前…、前の同室の奴に襲われたって…。だからこんなの嫌…だろ?」
「もちろん、以前迫られた時は殴ったけど。そいつと日向クンは全然違うよ…」
「………」
「日向クンは、ボクの恋人…でしょ?」
布団に置いてある俺の右手に狛枝の白い手が重ねられる。伝わってくる狛枝の体温はほんのり温かい。
「好きなら欲しいって思うのは、当たり前じゃないか」
「……こまえだ」
「何か、ボクばっかりキミのこと好きみたい」
拗ねたような愛らしい狛枝の素振りに、俺の理性がガラガラと崩れ落ちた。重ねられた手を握り返して、そのまま狛枝をベッドに押し倒す。「あっ」という小さな悲鳴と共に、力の入ってなかった狛枝の体はいとも簡単に俺の下へと収まってしまった。
「どうなっても、知らないからな…!」
狛枝からの応答を聞く暇を与えず、すぐさま彼の唇にキスを仕掛けた。舌を出して唇をなぞっていると、狛枝も答えるように薄く口を開く。ぬるりと中へ舌を滑り込ませて、狛枝のと絡め合う。くぐもった吐息を漏らしながら、彼は必死に答えてくれた。にゅちゅ…くちゅ…と合わせた唇から厭らしい音が聴こえてくる。
「…んっ……んん、ぁ…」
頤から喉仏へと順にキスを落とし、パジャマのボタンをプチプチと外していく。やがて姿を現した淡い色の乳首にツンと触れた。軽く触っただけなのに感じてしまうのか、狛枝は「…ン……っ」と顔を歪める。
「狛枝のここ…、可愛いな」
「やめてよ、そういうこと言うの…。ふ、……あ、ん…ッ」
「だって本当のことだし」
舌で両方の乳首を可愛がってやると、狛枝は鼻に掛かったような声を出した。羞恥心が勝っているのか、一生懸命口を閉じて、声が出るのを我慢しているようだ。ふと視線を右に移すと、狛枝の股間部分が盛り上がってるのに気付いた。
「…狛枝のも、勃ってるな。気持ち良いか?」
「あっ!? …わ、ボク……っ」
「そんな驚くことじゃない。…俺もだから。触って、狛枝…」
狛枝の手を取って、熱くなっているその場所に導いてやる。彼は硬いその輪郭を確かめるように撫でた後、戸惑ったように俺を見つめた。
「…ひなたクンの、おっきく、なってる」
「うん。狛枝とキスして、触ったりして、嬉しいし気持ちいいからさ…」
狛枝のパンツをパジャマごと下ろすと、膨らんだ彼自身がぷるんと飛び出て来た。前に触ったことはあるけど、見るのは初めてだ。大きさは普通か? 全体的にくすんでなくて、先端部分は濃い目のピンク色をしている。芯の色の薄さと先端の色の濃さがコントラストになっていて、何だか卑猥だ。生殖の他に排泄する器官でもあるから、汚いってイメージがあるけど、狛枝のはそうじゃなかった。口に入れても良いと思えるくらい、形も色も綺麗だ。窓からの月明かりを浴びて、先端がツヤツヤとした光を反射させている。周囲には髪より少しだけ暗い色の下生えが生えていた。
「ねぇ、…ボクだけじゃ、嫌だよ。…はぁ…、日向クンのも、見せて…?」
「わ、…分かったよ」
浅く呼吸を繰り返しながら狛枝に懇願されて、俺も自分自身をパンツから取り出した。もうこれ以上ないくらい大きくなって、ドクドクと脈打っている。狛枝に無言でそれを見せると、彼は不安げな顔で俺の顔を窺ったが、そろりそろりと白い指先を近付けた。
「うっ……!」
「ご、ごめんね、日向クン…。大丈夫?」
「……っああ、感じ過ぎた…だけだ。謝らなくて、いいから」
狛枝に先端の割れ目を撫でられて、あまりの気持ち良さに一瞬出してしまいそうになったが、何とか凌いだ。
「狛枝の…、触っていいか?」
「……あ、うん。じゃ、ぁ…ボク、日向クンの、触った方がいい、かな…?」
「えっ、……ああ、頼むな」
まさか狛枝が俺のを触ってくれるなんて…。予想外の提案に俺は驚きを隠せなかった。彼は体を起こしてから、俺のをじっと見て「おっきい…」とポツリと呟く。そして繊細な手付きでゆっくりと先端から芯へと撫で始めた。俺も狛枝のぷるぷると可愛らしく震えているそこを柔らかく握り、優しく擦る。狛枝はビクビクと体を痙攣させて、白い喉を仰け反らせた。
「んっ、ふ……あ、ん……ッ、〜〜〜っ」
「っ! あ、すご…、…こまえだ、痛かったら、すぐに言えよ?」
「だい、じょうぶだよ…。あっ、アァ、…んぅう…きもひ、いぉ…ひ、なた、クン…! アっ」
狛枝の先端の割れ目からは、ぬるぬるした液体がどんどん溢れ出てくる。それは芯にまで及んで、扱くのに一役買っていた。息も絶え絶えな狛枝が俺にしがみ付いてきている。あまりにも気持ち良いのか、俺のを触る手が覚束ない。刺激が強くないので、俺も熱を解放するまでには至っていなかった。
「はっ、あ……ん、ひぁた、クン…ひなたクン…! んぁ……、ふぅう…ン、」
「狛枝…、こまえだぁ…っ! あっ、…一緒に、擦っても…いいか?」
「ひぅ…はぁあッ…! …ぇ…な、に? 一緒に、って…?」
「こう、するんだよ」
狛枝のひくついている欲望に俺のをくっつける。狛枝は「ひゃ…っ!」と悲鳴を上げて、潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
「ぁん…、日向クン、の…すごく熱くて…ドクドクって、してる…。あ…、これ…?」
「狛枝、手を俺のに重ねてくれるか…? 一緒に触って、気持ち良くなろう?」
「はぁ…はぁ…ッ! ひぁたクンのと、…ん、ボクの、…ッ、…2つ一緒に……!」
力の入っていない狛枝の綺麗な手が俺の手の上に被さってきた。両側から押されて、2つの欲望がくっつく。狛枝自身から感じる熱に俺の快楽のボルテージが上がっていった。上下する俺の手の動きに合わせて、狛枝も息を切らせながらもぎこちなく手を動かす。裏筋は多分、狛枝も気持ち良いと思う。だけど欲望は互いの蜜でたっぷりと濡れていて、カリの形的にも上手に合わさってくれなくて、その快感も一瞬掠めては消えていく。
「ん…、あっ、そこ、…イイ、のに…っ! ……んっ、はぁっはぁっ…! 日向クゥン…」
「ごめん、こまえだ…。うまく、できなく、て…っ」
「違うよ…。キミの所為じゃ、っない。あぁッ、うぁ…ボクが下手だから、いけない、んだ…」
もどかしい。腹の間で踊っている2つのそれを俺は朦朧とした頭で見つめた。狛枝が右からくっつけようとしても、俺のが左へと逃げる。俺が2つを握って擦れ合わせようとしても、滑ってしまい、離れ離れになってしまう。それでも裏筋が擦れ合った刹那の突き抜けるような快感を求めて、俺と狛枝は必死だった。
「んっ、ぁ、あ、あ…! ふぁあっ……ひぃ…、いぅ…!」
狛枝はやがて揺ら揺らと腰を動かし始めた。引き攣った色っぽい声が室内に響く。熱に浮かされたその顔はもう登り詰めることしか考えていないように見えた。彼が律動してくれたお陰で、さっきより気持ち良いと感じる時間が長くなったような気がした。ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てる俺達の欲望。ひくひくと開閉を繰り返す2つの鈴口からは、透明な汁が泉のように湧き出てきて、互いの手を濡らしていった。俺と一緒に狛枝の手が熱に触れて、気持ち良くさせようとしてくれている。改めてそれを思い知った途端、腰からゾクゾクと何かが這い上がってくるのを感じた。
「あっあ、ぁ、こま、えだ…ぁ、も、俺、イく…。でる、…はぁっ…!!」
「あぅ…! ボク、も、でちゃ、あ……っ、んッ、ふぁ……ッ、んぅっ!」
「っ好きだ、狛枝…。すき、好き…。狛枝…! お前が、はぁ、大好きだ…!」
「んっ、日向クン、ひなたクン、アンっ、ボクも、好きぃ…! 大好きっ、ボクは、キミが、あっあぁあ……!」
狛枝の涙ながらの必死な告白が決定的だった。頭の中が弾けて、薄暗い室内がパッと真っ白に染まった。ドクンと全身が脈動し、先端から勢いよく白い液体がぴゅっと吹き出す。狛枝も「あ…、はぅ…っ!」と熱っぽい吐息を漏らし、体をぶるぶると戦慄かせ、同じように大量の熱を解放させた。ドロドロとした2人分の粘液の飛沫が腹にまで飛んでいく。
「はぁ…っ、は、ハ…、ふ…はぁ…、狛枝…ッ」
「あ、ふ……う、ひなた、クン……、んっんん、ァ…」
指先1つ、動かせなかった。カッと火傷でもしたようなほど熱くて、同時に氷のようなキンとした冷たさも感じる。狛枝と俺の絡み合った手の間には、くたりと萎えた白濁塗れの欲望があった。狛枝はビクッビクッと体を痙攣させ、口からは涎を垂らしていた。まだ解放の余韻が残っているらしい。
「ひ、なたクン…。はぁ…っ、ボク、きもち、良かったよぉ…! ふ…、すご、い…」
「俺も、よすぎて、はっ、ははは…、もう、何も…考えられないな」
狛枝は目を細めて、俺に優しく笑いかけてきた。出会った時の作り笑顔とは違う、うっとりと見惚れてしまうほど美しい微笑みだ。
「日向クン、好きだよ…」
「俺も、狛枝のことが…好きだ」
間近で見つめ合って、どちらからともなくキスをする。今までのキスの中で、1番甘いかもしれないな。舌を絡めたそれはしばらく離れることはなかった。

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05.幸せ
「そろそろ…いいか? 狛枝…」
「ふ…んっ、はぁあ…うん。ボクも日向クンの…ほしぃ…。ちょうだい…ッ」
俺に全身を弄られてトロトロになった狛枝が真っ赤な顔でおねだりをしてきた。あれから何度も肌を重ね、この間とうとう俺は狛枝と1つになることが出来た。本来受け入れる場所ではない所に俺の熱を受け入れ彼はとても苦しそうだったけど、全てを収めた瞬間には「嬉しいよ…、日向クン」と俺に甘えてきた。それ以来、夜になると狛枝の体力がなくなるまでセックスするのが日課となった。
狛枝が淡白に見えて、結構厭らしいと分かったのがつい最近のことだ。今みたいに俺のを欲しがって腰を揺らすだなんて術まで覚えて、本当にエッチだ。俺もそれには逆らえないから、彼の望むままに蕾に本能を突き立てて腰を振るんだけどな。ローションを馴染ませた指で後ろを解そうとするが、毎晩シているからかすごく柔らかくて一気に指が3本も入った。
「あんっ…ひなたクン…、はぁ…きもちいぃよぅ…! んっんっ…アアっ」
「はっ…はー…、すぐに挿れてやるからな…」
うつ伏せになった狛枝の尻から指を引き抜いて、ペニスをぐずぐずに解れた中心の蕾に近付ける。ヒクヒクと収縮を繰り返しながら待ち侘びる淫靡な穴にずちゅう…とペニスを一気に突き立てた。
「あぁああ…ッ! う…、ひなたクンの、が…っ、あっあふ…んぃい…!」
「くっ…キツいぞ、狛枝の中…っ、それに、すごく熱い…ッ」
堪らない心地に俺は深く息を吐いた。きゅっきゅと良い具合に締め付け、ペニスを咥え込んで離さないのだ。ローションの滑りを利用して俺は腰を動かし始めた。狛枝もシーツにしがみ付いて、必死に腰を揺らす。
「いいっ…あはぁ…、いいよ、日向クン…! すごい、すごいぃ…」
「狛枝、こまえだ…ヤバい、あっあっ…くっ、バカ…締めんなッ!」
「はぁ…っ、あ、アンッ…、ひぁたクン、や、やぁ…ひぃいいっ」
「…ああ、ダメだ……ッ! く…こまえだぁ、俺…イきそ…っ」
「んっぅうう、ボクも…イっちゃう、はっ…んぁあああ…っ!」
ぎゅううと痛いほどに狛枝のアナルが俺のペニスを締め上げる。それが決定打となって、俺は狛枝の中にドクドクと射精した。精子を搾り取るように尚も穴はきゅうきゅう収縮している。タイミングを見計らって、俺はペニスをずるりと引き抜いた。そして狛枝の体を裏返して、彼の白い顔に優しくキスを落とす。
「狛枝…、大丈夫か?」
「…う、ん。日向クン、すごくきもちよかったよ…」
満足気に目を細めた狛枝。彼の言う通り、俺に責められて気持ち良かったらしい。狛枝自身からも吐精されて、シーツにべっとりと白い染みを作っていた。狛枝の額からは汗が噴き出ていた。体力のない彼のことだ。相当疲れたのだろう。体を清めるのは後にして、俺は狛枝を抱き寄せてしばし眠ることにした。
「日向クン…」
狛枝もその意図を察してくれて、甘えるように俺に擦り寄ってくる。お前は本当に可愛いな。ふわふわの淡い髪を撫でながら、俺はいつしかウトウトと眠りについていた。


……
………

俺は部屋に掛けているカレンダーを外した。3月も半ばを過ぎ、終業式も目前だ。くるくると丸めたそれを段ボールに突っ込んで、画びょうをケースに仕舞う。部屋を片付ける俺と同じように背後では狛枝が自分の荷物を段ボールに詰めていた。
「はぁ……」
狛枝は朝から元気がなかった。それも無理はない。今日でこの部屋とはお別れなのだ。そう、俺と狛枝の共同生活は終わりを告げる。
「狛枝、次ガムテープ貸してくれ」
「……あ、うん。………。ねぇ、日向クン。次の部屋替え…どうなると思う?」
潤んだ瞳で心配そうに告げてくる狛枝に俺の胸は少し痛んだ。2年連続で同じルームメイトになることはまずない。俺と狛枝は普通に考えれば、別々の部屋になるだろう。そう、普通に考えれば…。これに関しては俺の方で既に手を打ってあるから心配ないんだけど、狛枝はまだその事実を知らない。本当は今すぐ言いたくてうずうずしている。だけど狛枝のしょんぼりした様子が健気で可愛らしくて、俺はどうしても真実を伝えられなかった。…俺ってSなのか?
「いや…、多分大丈夫なんじゃないか?」
「………。日向クン、真面目に考えてくれてる? ボクは結構運には自信あるけど、キミとまた同じ部屋になる確率は極めて低いと思ってるよ…」
膝の上で手をぎゅっとさせて俯く狛枝はとても哀れだ。うう、言いたい…。言いたいぞ。しかし口を開く前に、部屋割りを談話室で発表するとの校内放送が流れた。
「行こうぜ、狛枝」
「うん…」
悶々とした様子の狛枝の手を引っ張り、立たせてやる。グレーの瞳がきらりと光った。う…、こいつ泣きそうになってるじゃないか。まるで死刑台に立たされる前の囚人のごとく悲痛な面持ちで、俺の後ろからフラフラと歩いている。そんな狛枝を何度も振り返りながら俺は談話室へと入った。大きな液晶テレビを囲うようにソファーが並べられている談話室は、寮の中でも憩いの場となっている。そこは部屋割り発表を見るためにいつもより多くの寮生が集まり、とても混み合っていた。
「これより部屋割り貼り出しまーす」
寮長が大きく手を振ってから、ホワイトボードにマグネットで白い用紙を貼っていく。ざわりと談話室の喧騒が大きくなる。狛枝も興味津々に身を乗り出した。振り分けが分かっていて落ち着いているからか、俺はすぐに自分の名前を発見した。そしてその下に書かれている恋人の名前に思わず口元を緩める。
「あ! 日向クン! また一緒だよ!!」
「お、おう…」
狛枝も自分の名前を見つけられたらしい。緑灰色の瞳で部屋割りを見つめたまま俺の腕を掴み、ぶんぶんと力任せに揺らした。相当興奮しているらしく声が上擦っている。いつもの冷静沈着さなんて皆無だった。
「あはっ、ボクの運の良さも捨てたもんじゃなかったってことかな? すごいねっ、2年連続キミと一緒だ!」
「そうだな」
無邪気に笑う狛枝は本当に可愛い…。俺の手を握ってニコニコと破顔する彼に俺は平静を装って返事をした。こんなに喜んでくれるなんて、根回しした甲斐があったな。狛枝の頭をポンポンと撫でてやると、彼はハッと我に返って俺の手をするりと離してしまった。
「えっと、…知らない人と同室よりはマシってことだからね」
「お前なー…」
そんな赤い顔して言っても、照れてるのがバレバレだろ。部屋に戻る時も狛枝はずっとハミングしていた。そんな彼を俺は忍び笑いを漏らしながら追いかける。さっきまで真っ青な顔して荷物纏めてたのにな。あっという間に元気になっちまった。封をした段ボールを持って廊下を歩いている時も、狛枝は「日向クン、日向クン」って嬉しそうに俺の名前を呼ぶんだ。ああ…何だろう、胸がキュンってするぞ。
寮長から手渡された新しい鍵を鍵穴に挿して、割り当てられた部屋に入ろうとする際に俺の担任が肩を叩いてきた。寮の引っ越しで何人か先生が手伝いに来てるから、多分その内の1人だろう。彼は俺の隣にいる狛枝に気付き、「おお」と声を上げた。
「ああ、狛枝。部屋割りはどうだった?」
「はい。また…日向クンと一緒でした。ホッとしました」
「そうかそうか。日向がしつこかったからな。お前が満足してくれて、日向も本望だろうよ」
「…えっ?」
「じゃあ、先生急いでるから。またな」
他の寮生に呼ばれて、足早に去ってしまう先生の背中を狛枝はきょとんと見ていた。しかしすぐに彼の言葉の意味を理解し、俺に素早く向き直る。
「日向クン…!」
「はい」
「……もしかして、ボクのために…同室にしてほしいってお願いしたの?」
「だってお前1人じゃ寝れないだろ? 前みたいにどうせたらい回しになるんだ。俺と同室になればさ、その手間も省けるじゃん」
「………」
狛枝はきゅっと唇を噛んだ。俺を見つめるグレーの瞳からポロポロと涙が零れてきたのを見て、俺は慌てて狛枝を新しい部屋へと押し込む。段ボールを床に置いて、狛枝は静かに泣き始めた。服の袖で涙を拭っているのが見ていられなくて、思わず肩を抱く。もしかして、俺…酷いことしちまったのかな?
「お、おい。狛枝…、泣くなよ」
「うっ…ふ…、っん、ひぁたクン…」
目尻から涙を零していた狛枝は、俺の首に腕を回してぎゅっと抱き着いてきた。俺は彼の細い腰に同じように腕を回す。しゃくり上げる狛枝の背中を優しく撫でて、泣き止むまでそのままにしておいた。
「狛枝…、泣き止んだか?」
「…うん、ごめんね。もう平気。……季節外れの部屋替えで、」
「ん?」
「日向クンに会えて良かった…。日向クンを、好きになって…良かった…」
目元を赤くしながらも狛枝は一生懸命笑った。うん、俺もだよ…狛枝。お前と同じ部屋になれて、一緒に過ごせて、良かった。これからもいたい、ずっと一緒に。狛枝の不眠以前に俺が彼と一緒にいたかったのだ。だから先生に無理を言って、同室にしてもらった。
「…狛枝! 俺も、お前と離れたくなかった…。好きだよ、狛枝」
「日向クン…、ボクも好き。ふふっ、また1年よろしくね」
「ああ、よろしく」
桜色の薄い唇にそっとキスを落とす。男なのにふわっと柔らかくて優しい感触をしている狛枝の唇。ちゅっちゅと音を立てて、何度も何度も角度を変え、俺は狛枝に口付けた。名残惜しくも唇を離した俺に、狛枝は安堵したようにすぅと目を閉じる。そしてしみじみと呟いた。
「幸せ…、だね」
「そうだな」
また始まるんだ。新しい2人部屋で、狛枝と一緒に過ごせる幸せな1年が…。
この先に訪れる2人の生活に胸を躍らせながら、俺達は互いに微笑みあった。

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