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01.Trick and Treat!! 訪問
時間は夜の10時を過ぎたくらいだろうか。同じドアがいくつも並んでいる学生寮の廊下を俺は歩いていた。蛍光灯の光が皓々と辺りを照らしていて、少しばかり目に痛いくらいだ。
「………」
ある1つのドアの前で立ち止まり、俺はしばし考える。隣にある自分の部屋に戻ってもいい。だけど狛枝が今何をしているのか何となく気になって、俺は木製のドアを軽くノックした。
コン、コン、コン…
乾いた音が無人の廊下に空虚に響く。しばらくすると中からパタパタと足音が聞こえてきて、静かにそのドアが開かれた。ふわふわと揺らめく薄い色の髪に、中性的で整った顔立ちの少年が顔を覗かせる。狛枝だ。無表情で取っ付きにくそうなその顔も俺を認識したのか僅かに柔らかくなり、目を細めて笑いかけてきた。
「日向クン? こんばんは。こんな時間にどうしたの?」
「トリックオアトリート! お菓子くれなきゃ悪戯するぞ」
「………」
まぁ、その場のノリだ。今日は10月31日。ハロウィンである。俺達が暮らしている寮では、この日は仮装して軽いパーティーを仲間内でやるのが恒例だ。消灯時間も普段より1時間遅くなって、1階の談話室も11時まで開いている。そんなハロウィンの決まり文句を言ってみたはいいものの、当の狛枝は目をパチクリとしたまま俺を見つめていた。
何か言えよ。お願いします。そんな祈りを込めた視線で訴えかけると、狛枝は合点がいったのか「ああ」と声を漏らした。やがてニッコリと笑った彼の一言が、
「是非お願いするよ!」
「『お願いするよ!』じゃねーよ。…ったく、開き直られるとは思わなかったぞ」
「仕方ないじゃない。キミのことが好きなんだから」
さらりと言う狛枝の言葉に俺はドキッとした。彼はこうしてふいうちのように甘い言葉を囁いて、俺の心を揺さぶる。こいつはそういう奴だ。でも分かっていたとしてもいつも突然言うもんだから、俺は未だに慣れないでいる。
「今日ってハロウィンだったよね。日向クンは仮装してないの?」
「さっきまで着てたけど、食ってる時に染み作っちまってさ。小泉に脱がされたんだ」
「あははっ、そうなんだ」
「…狛枝、談話室来ないのか? 料理残ってるし、みんなもいるぞ。まだ仮装してる奴ばっか。女子の衣装、結構気合入ってたな」
「ボクは…」
「今部屋にいるのって、多分お前だけじゃないか?」
俺がそう言うと、狛枝はふっと表情を曇らせた。機転も利くし、器用なクセに人付き合いとなるとこれだ。狛枝は1人でいるのが好きなのか周りと距離を取りたがる。俺はそんな彼が心配でちょくちょく声を掛けるようにしていた。今日は折角のハロウィンだし、誘ったら談話室に来てくれるかもしれない。そう考えて、俺は狛枝の部屋をノックしたのだ。
「…ボクなんかが行っても、きっと白けるだけだよ。みんなに迷惑が掛かるようなことはしたくないな」
「誰が迷惑だなんて思ってんだよ。お前だけだって、そんなこと考えてるの。とりあえず中入っていいか?」
結構粘るな。狛枝を引っ張り出すのも一苦労だ。でもそのために来たんだから、ここで諦めて帰る訳にもいかない。俺は上がり込んで狛枝を懐柔させようと、部屋の中を指し示した。
「日向クン…。先週ボクが言ったこと忘れた訳じゃないよね?」
「…ああ、忘れてないぞ」
俺が答えると、狛枝は眉間に皺を寄せる。
「どういう、つもりなのかな。とにかく部屋には入れられないよ」
狛枝は静かに首を振った。ピリリと緊張した空気が一瞬走る。狛枝が言いたいことは分かってる。1週間前、狛枝は俺のことが好きだと告げてきた。友情とは違う『好き』ってことだ。今までも懐かれてる自覚はあったけど、まさか告白されるとは思ってなかった。俺はその時の答えを今も出せないでいる。
「…その、入るからなっ」
「あっ、日向クン。……後悔しても知らないよ?」
狛枝を押し退けて 部屋に足を踏み入れると、少し焦ったような彼の声が背後から聞こえた。男同士が異常なのは分かっている。だけどすぐに断れなかったのは、断ったら狛枝が俺から離れてしまう気がしたからだ。失くしたくない。俺はどうしても狛枝のことを嫌いになれなかった。気持ち悪いと感じたなら距離を置くべきなのに、何故か離れることが出来なくて、俺は今も狛枝と不思議な友達関係を築いていた。
「本当に物が少ない部屋だなー…」
狛枝の部屋は俺の部屋と左右対称の構造をしていた。右手側に2段ベッド、左手側には勉強机、手前側にタンスがあるだけの何の変哲もない寮部屋。少し違うのは狛枝がここを1人で使っているということだろうか。本来は2人で使う部屋だが、この学年の男子生徒は奇数だ。1人部屋になる生徒を毎年くじ引きで決めているが、中等部からそれを引き当てているのがこの部屋の主である狛枝なのだ。
「ん?」
綺麗に整えられたベッドの枕元に、お菓子が入ったカゴが置いてあるのに気がついた。ハロウィンっぽいオレンジと紫の包装紙に包まれたそれはチョコレートだろうか。他にも適当な感じの市販のチップスや煎餅、クラッカー、駄菓子なんかが詰め込まれている。狛枝が用意したのか?
「これ、食べていいか?」
「どうぞ」
狛枝は苦笑して、カゴを差し出してくれる。俺はチョコを包んでいた包み紙をピリピリと破って、中から出てきたそれを口に放り込んだ。ドライフルーツでも入っているのか、味わったことのない噛みごたえに、俺は他のお菓子にも手を伸ばす。
「日向クン、キミには危機感ってものがないのかな? それとも…ボクが言ってる意味、まだ分かってない?」
「え?」
狛枝の声がすぐ傍から聞こえる。ベッドがギシリと沈み、振り向くと彼の顔が目の前に迫っていた。…いつの間に。近過ぎるぞ。間近で見る狛枝は息を飲むほどに美しく、男なのが信じられない位に色っぽい。ふっと蕩けるような微笑みを向けられて、今更ながら心臓がドキドキと高鳴ってくる。俺が緊張したまま狛枝の顔を窺っていると、彼は今までで1番綺麗な笑顔でトドメを刺してきた。
「トリックオアトリート。お菓子くれないと悪戯しちゃうよ?」
「あっ」
マズイ。逆は全然考えてなかった。何か渡せる物ないか!? ベッドにゆっくりと乗り上げてくる狛枝から視線を外さずに、慌ててポケットを探ったけど、入っているのは自販機で買ったジュースのお釣りの30円。…こんな時に限って何もないのかよ!
「うぅ…」
「何で来ちゃったんだろうね。…自分に告白した男に自ら近付くなんて、馬鹿の極みだよ。日向クン」
ジリジリとベッドを後ずさる俺と、それに合わせて差を詰めてくる狛枝。バカの極み? いや、そうじゃない。既に答えは出てるんだ。俺はもう、彼のことが…。きっと無駄な抵抗だ。狛枝の想いから逃げられる気がしない。不安げに狛枝を見つめるだけの俺に、彼は少し悲しそうに笑った。
「…キミは本当にお人よしだね。そんなに優しくされたら、ボクは…」
冷たい指先がそっと俺の頬を撫でる。狛枝は察しが良い。だから俺に逃げる気がないのも分かってるはずだ。逃げようと思えば、俺は狛枝から逃げられるのだ。狛枝は俺より華奢で、力もそんなに強くない。部屋のドアだって、鍵はかかってない。狛枝が優位に見えて、主導権は俺が握っている。
「…いいのかい?」
「狛枝、俺…」
頷いて、抵抗しないことを視線に乗せると、狛枝は薄らと俺に微笑みかける。
「今夜はハロウィン…。お菓子を忘れたのは日向クンだよ?」
密着する狛枝の体から熱を感じる。さっきまで冷たいと思ってた指もほのかに温かくなって、どこか人間味のない彼もやっぱり人間なんだなと変なことを考えていた。
「…これから悪戯するから、大人しくしててね」
「………あ、ああ」
上目遣いで微笑まれて、ふわりと抱きつかれる。悪い気はしなかった。俺は早鐘を打つ心臓のまま、狛枝をそっと抱き返した。

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02.Trick and Treat!! 悪戯
「大丈夫…。無理はさせないよ。大丈夫、だから」
狛枝はまるで子供にでも言い聞かせるように、優しい声で囁いた。耳たぶに唇が少しだけ触れて、さっきよりもドキドキしてくる。…どうしよう。俺、このままで良いのか? 逃げないことを選択はしたが、未知の領域に足を踏み入れることに心が落ち着かない。
「狛枝。やっぱり…、俺…」
「お願い…。キミの……ほんの少しで良いから。欲しいんだ…」
腕を離した狛枝が顔を真正面に近付けてきた。すごく、近い。さっきまで普通に接していたのが嘘みたいだ。見間違いかもしれないけど、狛枝の顔が赤いような気がする。男にしては長い睫毛。しどけなく開いた口。目がいつもより潤んでいて、淫猥な空気を纏っている。狛枝は、男だ。男なのに…っ、こんなに厭らしい顔をするなんて…! 俺は見ていられなくて、狛枝から視線を逸らした。
「日向クン、ここ…勃ってるよ。もしかして、発情してる?」
「……ぁッ、っ…狛枝も、だろ……!」
「ボクはキミのことが好きだからね。…しょうがないでしょ?」
耳たぶを甘噛みしながら喋るから、息が耳に当たって鳥肌が立つ。俺に跨った狛枝は耳元から首筋に、ちゅっちゅと軽いキスを落としていく。
「日向クンっていつもはカッコイイのに、こういう時は意外と可愛い反応するんだね」
「べ、別に…っ、カッコよくないし…可愛くもないっ…。こ、こまえだ…もう、」
俺が体を離そうとしても「ダメだよ」と楽しそうに手を握ってくる。いつもと違う無邪気な笑い方で少しホッとした。色っぽい仕草ばかり見せつけられると別人みたいで怖い。
「なぁ、これから何するんだ? …んぅ、」
服の上から乳首を抓られて、思わず声を漏らす。狛枝は何度も俺の体を撫で回しながら、反応を窺うように顔を見てくる。くすぐったいけど大丈夫。というか何だか変な気持ちになってきた。
「ふふふっ、まだ秘密だよ。言ったら日向クン、多分逃げちゃうし」
何する気だ!?と言いたかったけど、体から力が抜けてきて、まともに喋るのが億劫になってくる。とうとう支えてた手がガクリと果て、壁に背中を預けてしまう。そんな俺の様子をチラリと見ながら、狛枝は満足そうな表情で指を俺のシャツの合間から滑り込ませた。ゾクゾクするような妖しい手付きで。
「ねぇ、触っていい? すごい…。もう熱いよ?」
左手で俺の体を弄りながら、右手でソコを撫でる。うわ…! 今、触られたら、俺は…。解放したいと急ぐ本能を、必死に抑える。もう目を開けてられない。そんな中で冷静な脳の一部が、全然関係ないことを心配している。今、何時だ? 誰かに気付かれて、ドアとか開けられないか?
「ハァ…ハァ……っ、ぅ…ぁ…、こま、え、」
「…キモチいい? 日向クン…。どうかな?」
分かってるようなこと聞くなよ。狛枝の右手はゆっくりとした動きで、布越しに俺の中心を撫で上げている。形を変えて、大きく起立するそれに目を輝かせて。もうそこまで登り詰めてきている興奮を我慢して、俺は薄目を開けた。余裕のあるセリフとは裏腹に、狛枝は縋るように俺に微笑みかけた。愛しいものでも見るような顔つきで、俺の下半身に右手を纏わりつかせている。俺の吐息と共に、手の動きが段々激しく大胆になってきた。
「んぅ…。もう、ダメ。…ボクが、…我慢できないよ…っ! はぁッ、ごめん…、日向クン」
「うぁ? …アぁっ」
一瞬何が起こったか分からなかった。ただ、今まで熱く湿った場所に、空気が流れ込んだのは感じた。
「おい…、まてって……あぁアアッ」
ニュルリと、熱い敏感な部分に何かが纏わりついた。狛枝の指だ。グチュグチュと音が体の中に響き渡る。いけないことだと分かってるのに、体が言うことを聞かない。むしろその指を止めてほしくないかのように、体の奥から欲望が止めどなく湧き出てくる。熱い、熱い、熱い…。腰の辺りがジンと痺れて、感覚が消えていく。
「ぅ、あっ、出る、出る…。やめろって、こまえだぁ…っ。待って…」
「いいから、だして。ん、…ぜんぶ飲むよ。日向クンの、精液…っ!」
「あ、あ、あっ、やっ、ぅあぁぁああッ!!」
指よりもねっとりとしたモノが俺自身を包み込んだ瞬間、俺は体を震わせて、達した。あいつがゴクゴクと戸惑いなく飲んで行くのが分かる。嚥下する度に喉が動くのが繋がった部分から響いてくるからだ。俺が出し切っても名残惜しいのか、狛枝は入口にペロペロと舌を這わせている。
「ぁぅ…もう、やめろよ……」
力なく狛枝の髪の毛を撫でると、チュルと音を立てて、やっと体を離してくれた。そして目の合った俺に軽く口を開いて、舌を見せる。俺の出した白濁はなく、赤い色が見えるだけだ。本当に、飲んだんだ…。
「ごちそうさま。何ていうか、悪戯というよりお菓子だったかな」
俺を愛しそうに見るその笑みは色気を増していた。あまりの衝撃に俺は頭が深く沈んだまま、動くことが出来ない。
「大丈夫?」
「………。悪い。まだ立てない、かも」
「うーん、とりあえず体拭いた方がいいかもね。ちょっと待って、タオル持ってくるよ」
タンスから持ってきたタオルで軽く拭いてくれたけど、狛枝が全部飲んだ挙句、綺麗にするように入口を舐め上げていたからあまり意味はない。狛枝がズボンを上げようとするのを拒否して、自分で服を整える。やっと怪しまれない場面に戻れた。壁に掛かっている時計を見ると、15分も経ってない。濃密だったから1時間くらい経ってたような気さえした。
「おいしかったよ。日向クンのお菓子。また飲ませてもらえたら嬉しいな」
「……そうか」
のほほんと笑顔で話しかけてくる狛枝。さっきまで感じた妖艶な雰囲気は掻き消えて、爽やかさすら感じる。脱力している俺とは違い、その姿は余裕綽々だ。くそ…、何か仕返ししたい。俺は目を皿のように動かして、何かないかと部屋を探した。
「お」
「ん? どうしたの?」
ベッドに無造作に置かれた色とりどりのお菓子が入ったカゴが目に入った。本当に色々な種類のお菓子が入っている。誰に見せても、好きなお菓子が必ず見つかるようなセレクトだ。
「おい、狛枝。談話室行くぞ」
「え……、何で?」
「勿体ないだろ、そのお菓子。みんなに配りに行くんだよ。お前、本当はハロウィンに参加したかったんじゃないのか?」
「………」
狛枝は口を噤んだ。そうじゃなかったら、何でお菓子なんか用意したんだ? 誰かが扉を叩くのを待っていて、訪ねてきた奴に渡そうと準備していたのかもしれない。寧ろ、そうとしか思えない。俺は元々狛枝を連れ出そうと思ってここに来たんだ。目的は達成しないとな。俺は黙っている狛枝の腕を掴んだ。抵抗もなく引かれて、狛枝はよたよたと俺の後に続く。
「日向クン…」
「行くぞ、狛枝」
「…ぅん」
はにかむような笑顔に、俺の心臓がドキッとした。何かまた体が熱くなってきたような気がするけど、考えないことにする。もうどうなってもいい。こいつの傍にいられるなら。漠然とそう思った。


数日後、俺が狛枝の想いを受け入れて、付き合うことになったのはまた別の話である。

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