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01.いつものパターン?
ガタガタと階下で物音がして、ボクは読んでいた本から顔を上げた。ああ、彼が帰ってきたんだな。そんなことを思い浮かべている内にドタバタと音は大きくなり、ものすごい勢いで誰かが階段を駆け上がってくる。スパンッと襖を開けるや否や、『彼』はボクの胸にぴょんと飛び込んできた。
「うわーん、コマえも〜ん!」
黄色い瞳を涙で潤ませて、ひな太クンがボクにぎゅうっと抱き着いた。ボクは溜息を吐きつつも、彼を受け入れるように背中のランドセルに手を回す。小学5年生になったばかりで、まだまだ子供のひな太クンはボクの腕の中にすっぽりと収まってしまう。えぐえぐとしゃくり上げる彼にボクは視線を落とした。
「どうしたんだい? ひな太クン」
「江ノ島に『とりあえず死ね』って言われたんだ…」
また同級生のいじめっ子にやられたらしい。「あは、いつものパターンだね!」と頭をぽんぽんと撫でると、唇を噛み締めて真っ赤な顔をしたひな太クンがこちらをじっと見つめてきた。
「頼む。何か道具出してくれよ」
「そうやってすぐボクに頼ろうとするー。全くこれだから予備学科は…」
ひな太クンは他力本願のダメ人間だ。希望の踏み台にすらなれない予備学科。江ノ島に立ち向かう前に誰かに助けを求めてしまう超小学級のヘタレだ。いつか立派に独り立ちさせるためにボクが来たのに、これじゃ逆効果だよね。ボクは本日2回目の溜息を吐いた。

【完】

「おい、ちょっと待て」
「ん? 何かな?」
「いやいや。『何かな?』じゃないだろ! 何だよ、【完】って。勝手に終わらすな!」
涙を散らしながら喚くひな太クンに「どうどう」と苦笑いでジェスチャーをする。どうやらバレてしまったようだ。
「えー、だってめんどくさいよぉ」
ガシッと掴んでいたひな太クンの手をやんわりと解いて、ボクは畳にゴロンと寝転がり、中断していた本の続きを再開しようとする。しかしそれを遮るように、ひな太クンはボクの頭の傍にスチャッと膝を突いた。そしてパンッと掌を合わせて、アンテナのついた頭を下げる。
「そこを何とか!」
「何か気分じゃないんだよね。あーあ、ブルーラムでもあったらな」
「あるぞ」
「あるんだ…」
ないと高を括っていたのだが、どうやらその予想は裏切られたようだ。ゴソゴソとコンビニの袋から出された缶飲料に、ボクの喉がゴクリと鳴る。大好きでお気に入りのジュースであるブルーラム。頭で考えるよりも先に体が勝手に動いていて、気がつけばボクは震える手で青い缶を掴んでいた。
「これで良いよな? 早速道具を…!」
機嫌が良くなったひな太クンの顔には『期待』という字がデカデカと書いてある。ボクがブルーラムを受け取った時点で、確かに取引は成立しているようなものだ。缶のプルタブに引っ掛けた自分の指をボクは恨めしく思った。どうしよう…。ボク、ひみつ道具なんて持ってないんだけど。そもそも四次元ポケットすらないんだよ!
今までひな太クンが泣きついてきたことは数知れずある。だけど大体はフェイクで誤魔化したり、ボクが裏で解決したりと適当にやっていたのだ。迷うように視線を揺らしたボクに、ひな太クンは純粋な瞳をくりくりさせながらふと呟いた。
「ってかお前ってどこにポケットあるんだ?」
ギクッ。ボクの体が小刻みに揺れたことに気付いていないのだろうか。きょとんとした顔のひな太クンが黙ったままのボクをじぃっと凝視してくる。
「?? あ、さては隠してるんだな? 出せよ!」
口を開かないボクの反応に早合点してしまったらしい。ひな太クンがずいっと身を乗り出す。そしてその小さな手がとんでもない所に突っ込まれた。
「ひゃんっ! あっ、やだ、ひな太…クン! どこに手突っ込んでんの!?」
「どこって…、お前の服の中?」
ひな太クンはボクの問いかけに無邪気に答えた。ゴソゴソと探るように動く右手が、Tシャツの下のボクの皮膚をするりするりと這い回る。堪らない心地にボクは体から力が抜けてしまう。ボクのお腹をペタペタと触り、ひな太クンの手は上へと進んでいった。そして胸元の突起に辿り着き、それをきゅっと優しく抓む。
「やぁ、あ…アンっ、そこ、抓っちゃダメぇ…!」
「コマえ、もん…?」
ひな太クンは初めて見せるボクの表情に驚いていたようだったけど、手を離してはくれなかった。ほんのりと顔を赤くして、ボクの体を隅から隅まで探っていく。
「んぅううう! あぁッ…う、」
ゾクゾクと突き抜ける快楽に身を捩らせているボクを、ひな太クンは完全にスルーした。上半身にポケットがないと判断した彼はTシャツから腕を抜くと、今度はズボンをペロンと捲る。
「ないな…。こっちか?」
「あぅッ、ぁンっひな、ひな太クンッ…そっちは、ぁ…」
「ズボンの中にもないな。となると…」
難しい顔をしたひな太クンだったが、すぐに何かを思いついたようだ。パッと明るい表情でズボッと他人に触れられたことのないボクの秘密の場所に手を入れる。押し寄せてくる性的興奮にボクはびくびくと悶えながら、悲鳴を上げてしまった。
「きゃううぅッ! やだやだやだぁ、ホントに、ダメだって…んぁあッ」
「パンツの中だろ! どこだよ、コマえもん」
「ないっ、ないから! 手、抜いてよぉ…」
はぁはぁと息を切らしながら反論するも聞き入れてくれない。下腹部をやわやわと触っていたひな太クンの手が、欲情で膨らみかけたボクのペニスに触れた。
「!? 嘘吐けよ。今、何か触ったぞ」
「ひぐっ…あ……はぁッハッ、うぁあッ」
「何だこの熱いの…。これがひみつ道具か?」
そうだよっ秘密だよ! 正体不明のその物体を確かめるように、ひな太クンの手が恐る恐るボクのペニスを揉みこむ。ふにゃふにゃだったそれはひな太クンに弄られて、どんどん硬さを増していった。あぁん…、きもちぃよぉ…。体の温度が上昇して、心拍数も上がる。全身が痺れて、指先すら動かせない。でも自由が利かないのに不思議と心地が好いんだ。
「ちがっ…それは、違うよぉ…!! お願、い、ひな太クゥン…も、やめて、あ…」
「何かヌルヌルしてきたぞ! この道具どうやって使うんだ!?」
ひみつ道具に興味津々といった表情で、ひな太クンはキラキラとした瞳をボクに向けてくる。だけどその手はボクのペニスをしゅっしゅと擦ったまま。カウパー液を纏っている所為か、剥き出しの気持ち良さがボクに襲いかかってきた。
ああ、もう…限界だ。
「あっ、はあっ、やあああ…ッ!」
とうとうボクは大きく体を撓らせ、ひな太クンの手にぴゅくぴゅくと白濁を零してしまった。


「…すまない」
「……ううん、ボクの方こそ…ポケットないの黙っててごめんね」
「………」
謝り返したボクの言葉を最後に、室内はシンと耳が痛いくらいの静寂に包まれてしまった。ひな太クンは本当に反省しているようで、正座で両手を太ももの上に乗せて俯いている。可哀想なことをしちゃったかもな。ポケットがあると勘違いさせた上に、ボクの股間についている薄汚い男のナニを触ってしまったなんて、純情な小学5年生であるひな太クンにとってはトラウマものだ。
「本当に悪かった。嫌がってるお前を無理矢理…」
消沈したようにひな太クンが呟いた。この反応を見た限り、ボクのナニをアレしたショックよりも、申し訳なさの方が上だったようだ。それにホッとしつつ、ボクは「ひな太クン、気にしなくて良いんだよ!」と声を掛けた。
口では嫌だと言ったけど、本当に嫌だった訳じゃない。自分じゃ制御出来ない快楽に混乱してしまっただけだ。実は久しぶりに気持ち良かった。なんて、彼には言えないよね。
「……っていうかお前、男だったんだな」
「えっ、ひな太クン…ボクのこと女だと思ってたの?」
「いや、ロボットだから性別ないのかと…」
ひな太クンはボクの問いかけに目をうろうろと泳がせた。そういうことか。ひな太クンの時代の一般的なロボット―――対話機能を搭載していない汎用型―――の外見は雌雄の区別をつけていないものが多い。だけどボクのいた22世紀はアンドロイドで溢れ返っていて、人型となると大体が用途に応じて性別が設定されている。ボクのような性的に奉仕するセクサロイドとなると、無性別の個体は存在しない。
「…あはっ、何か複雑な気分だよ」
「だってコマえもん、見た目も声も男っぽくないし、すごく綺麗だし…」
真っ直ぐなひな太クンの瞳がボクに向けられて、少し鼓動が速まった。真顔で綺麗とか言われるとちょっと照れる。というか今まで結構長い間一緒に暮らしてたのに、男だって気付かれてなかったんだね。お風呂も一緒に入ったことないし、裸を見られたこともなかったっけ。ボクは今までの生活の記録をざっと見返しつつ、そう考察した。
「とりあえずボクは男だから」
「じゃあ、俺が触ったのってお前のチn」
「うわああああ、わあああああっ!!」
突然奇声を発したボクに、ひな太クンはびくっと体を跳ねさせてから、キッと睨み付けてくる。
「!? っ何だよ、いきなり!」
「あ、えっと、何か分からないけど反射で…」
今のは何だろう。思考回路を抜けて、動作回路に直接反応が飛んで行った。今までこんなことなかったのに。そういう設定でもしてあるのかな? ひな太クンは眉間に皺を寄せて、「うるさいぞ。近所迷惑だろ」と注意を投げてきた。全くもってそうだね! ごめんね、周りに気を遣えないゴミクズで!
とりあえずボクの性別については解決したようで、ひな太クンはすっきりとした顔をしていた。これで終わりかな? しかしそう思ったボクの予想を裏切る発言がひな太クンの口から零れる。
「…なぁ、お前ってトイレ行かないよな?」
「? うん、そうだけど」
当たり前の質問にボクは素直に答えた。オプションで排泄機能をつけることは可能らしいけど、そこまでリアリティーを求めるユーザーは極少数だ。当然ボクにはそんな機能はついていない。一般的な飲食物や人間の体液は体のエネルギーとして余すことなく使用され、体外に不要物が排出されることはない。ボクの返答にひな太クンはますます難しい顔をする。…どうしたんだろう? じっと待っていると、ややあって彼は口を開いた。
「何でチンコついてんだ?」
「………」
核心をつく質問。排泄をしないロボットに何故ペニスがついているのか? 子供なら疑問に思って当然だ。
「え、何でって使うからだよ」
「……お前、ロボットだろ? トイレしないんなら、何に使うんだ?」
「ロボットと言っても、ボクはセクサロイドだからね。もちろんそれ用さ」
「? …おう」
「肉体の作りだけはアンドロイドの中でもトップクラスで精密だよ!」
得意気に胸を張って答えた。人間の思考能力はさて置き、肉体を再現したという意味では、セクサロイドには業界でも最高峰の技術が随所に盛り込まれている。より完璧な人間に近付けるために、日々研究が進められているのだ。
ひな太クンはボクの自慢に首を傾げている。
「あのさ、前から気になってたんだけど…。せくさろいどって何だ?」
「!?」
え……。え!? んぅううう! 何を言ってるのかな、ひな太クン! 初めて会った時にボク自己紹介したよね? 『ボクはポンコツセクサロイドだよ』って。あれ、あれあれあれあれ? …もしかして、セクサロイド自体何なのか分かってなかったのかな!?
「ずっと聞こうと思ってたんだ」
「ひ、ひな太クン…。知らなかったんだ」
「ああ。教えてくれないか?」
良く考えたら、ひな太クンまだ小5だったんだ…。知らないに決まってるよ! 汗という名の純水を額からダラダラ垂れ流し、ボクは焦燥に駆られた。どうしよう。18禁なこと話したらさすがにマズいよね…。ボクは窺うようにチラリとひな太クンに視線を走らせた。
「子供には理解出来ないから話さないってのはナシな!」
逃げ道を塞がれた…! 退路を絶ったひな太クンは、ボクから出される答えを希望に満ちた瞳で待ち構えている。うーん、ピュア過ぎて眩しいよぉ。彼からは逃げられない。ボクは観念した。生々しく伝えるのは却下だ。だからと言って、嘘は吐きたくない。ボクは大きく息を吸って、ひな太クンに向き直る。
「どう言えば良いのか分からないけど、…セクサロイドは人を悦ばせるロボット、だよ」
「へぇ〜、人を喜ばせるのか。何か良いな、そういうの!」
「あはは…」
誤魔化せた安堵感からボクは乾いた笑いを漏らした。嘘は吐いてないよ、うん。
「ってことはお前芸人だったのか…」
「………」
「意外だけど、ちょっと納得だな。俺、コマえもんと一緒にいると楽しいしさ」
「ひな太クン…!」
思ってもみないことを言われて、ボクはハッとした。キミはボクなんかと一緒にいて楽しいの…?
ぐーたら押し入れで寝てると布団ごと引き摺り出したり、お菓子のカス食い散らかすなとか空き缶はちゃんと分別して捨てろとか口うるさかったキミが! ひみつ道具を頼んでも適当にあしらって、ブルーラムを気まぐれにおねだりして、ひな太クンの分の草餅まで摘み食いしてたボクを!
「お前は? 俺と一緒で楽しいか?」
「…うんっ! 楽しいよ。すごく…幸せ…」
「なら、良かった!」
ニカッと白い歯を見せるひな太クンに、ぎゅううと心臓部位が変な痛みを訴える。おかしいな、故障かな。でもこの感じ、嫌じゃない。ニコニコしているひな太クンに笑い返して、ボクは良く分からない痛みに無意識に目を閉じた。


……
………

「そういやお前ポケットないって言ってたけど」
ビクリと体を痙攣させるボクにひな太クンは笑って、「怯えるなよ」と言った。
「別に怒ってる訳じゃないんだ」
「??」
「前に俺が『頭が良くなる道具出して』って頼んだ時、飴出してくれたじゃん。あれは?」
そんなこともあったなぁとボクは記録を引き出す。テストで0点を取って、教室でみんなが見てる中で先生に怒られて、江ノ島や松田にもバカにされたって、ひな太クン大泣きしたんだ。確かここに居ついて、2週間くらいした時だった。ボクは予備学科の世話なんて冗談じゃないと内心不貞腐れてたっけ。でも命の恩人である誠クンが言うことだから渋々従ってた。
「ああ、あれはただのミントキャンディーだよ」
「!? じゃあ、舐めると脳細胞が活性化して云々は?」
「あれはデタラメなんだ」
ボクの言葉にひな太クンの顔が見る見る内に歪んでいく。
「嘘だ…。だって俺、その時テストで100点取ったんだぞ?」
「100点はキミの実力さ。ひな太クン、もっと自信を持って?」
「でも俺…」
「『自分は予備学科だ』って卑屈にならなくて良いんだ。キミの中には希望があるんだよ」
嘘の道具を使って満足な結果を出せなかったひな太クンが『嘘吐き! お前なんかいらない!』って言って、ボクを追い出す展開を望んでいたんだけど、実際そうはいかなかったんだよね。何の効果もないキャンディーを舐めたひな太クンは、何故か勉強に集中することが出来たらしく、テストで見事満点を取ったのだ。
そのことがあってボクのひな太クンを見る目が変わった。この子は本当は出来る子なんだ。ボクがその可能性を信じて、応援してあげなきゃいけない。彼の味方でいないとダメなんだって。
「……ありがとう、コマえもん!」
「ふふっ。ボクは何もしていないんだから、礼には及ばないよ。…ひな太クン、いいこいいこ」
短めに切った焦げ茶色の髪をなでなでしてあげると、ひな太クンは気持ち良さそうに目を細めた。
「コマえもん、大好きだ」
「ボクもひな太クンが大好きだよ〜!」
ひな太クンは照れ笑いをしながら、ボクにぎゅーっと抱き着いて来た。ああ…。可愛いよ、ひな太クン。大好き。ずっとずっとボクが傍にいてあげるからね。………未来に、帰りたくないなぁ。

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