// R-18 //

03.転
10月も半ばに差し掛かり、冬に向けてどんどん寒さが増していっていた。校舎の廊下を歩いていると、窓の向こうで通り雨が降った後の空に薄明光線が射していて、ボクは思わず「あっ」と声を上げる。天使の梯子と表したのは、確か旧約聖書の創世記からだっけ。本当に天使が下りてきそうな神々しい光景だ。溜息を漏らしつつ、いくつも落ちる白い光の柱に見惚れていると、雲がゆっくりと形を変えてしまい、間もなく空は翳ってしまった。
「消えちゃった…」
ボクは校舎の窓に手で触れる。ガラスに写った自分の顔は気味が悪いほど真っ白で、頬骨の所だけ薄らと紫色の痣が出来ていた。レイプされた時にリーダー格に殴られた痕だ。でも日向クンが後でタオルで冷やしてくれたから、あまり痛くはなかった。ネクタイの結び目を緩めてYシャツの襟元を捲ると、胸板には僅かに赤く鬱血している箇所がある。これも日向クンだ。ボクの体を夢中で舐め回して吸い上げ、彼はいくつもの赤い華をボクに散らした。刻まれた印に指を滑らせてから、ボクはネクタイを締め直す。
「……日向、クン」
焦点を外の景色へと移し、ボクは中央広場の向こう側にぽつんと建っている灰色の建物を眺めた。本科のある東地区から予備学科のある西地区までは、大分距離がある。日向クンも今頃はあの建物の中で、机に齧りついて勉強しているのかな。別に校舎が小さい訳じゃないんだけど、何だか『ぽつん』って感じの佇まいなんだよね、予備学科の校舎って。
本科と予備学科は何もかもが違う。本科を教えている教師陣は全員才能に関する研究を行ってきた専門家だけど、予備学科の教員は一般の教員資格を持った一般人だ。本科は全寮制で立派な寮部屋が用意されているが、予備学科の住居区なんてものは学園内には存在しない。南側のショッピングモールも本科生だけが利用可能な店がチラホラある。それ以外にも本科と予備学科は様々なことで区別されている。区別と言っても、限りなく差別に近い区別だ…。
成績が良ければ予備学科から本科に編入出来るらしいけど、そのシステムに準じて、本科に入ってきた予備学科生は今までに1人も存在しない。そのこともあり、予備学科生の鬱憤が溜まっているとは風の噂に聞いた。編入システムが予備学科を釣るための餌に過ぎないなんて、少し考えれば分かることだった。だって勉強したって、才能は手に入らないんだから。知識を頭に詰め込めば、才能を手に入れられるなんて考えがそもそも甘過ぎる。
ああ…、本当にバカで可哀想だな、予備学科って。持たざる者ならそれらしく身を弁えて、平凡な人生を送れば良いんだ。高校を卒業して、大学に入って、就職して結婚して、子供を儲けてさ。そんな当たり前のことが出来る幸せに気付かないで、才能を欲するなんて愚直の極みだ。だから希望の踏み台にさえなれないんだ。ボクはそこで思考するのを止め、窓から離れた。


その日も朝から呼び出しが入っていた。放課後になり、スマートフォンに送られてきたメッセージに頭痛を感じながらも、ボクはのろのろと体育用具室の前まで行く。西側の空はまだ茜色で、太陽が視界の端で橙色に蕩けている。今日は早く終わってくれると良いな。そんな思いを携え、ボクはガラガラと鉄の扉を開けて、中を覗き込んだ。
「……あれ?」
ボクが想像してたのは、薄暗がりに浮かぶ4つのシルエットと耳障りな嘲笑。それからぐっと伸ばされた真っ黒い腕がボクを捉えて、汚いマットへと押し倒すんだ。しかしそんな予想とは裏腹に、そこには床に体育座りで蹲っている1人分の影しかなかった。目が慣れてきて、改めてそこにいる誰かを凝視する。頭の先から飛び出ている特徴的なクセ毛…。日向クンだ。
「何で、キミ1人なの? 他の人は…」
「………」
「……? 日向クン…?」
「……大丈夫、だいじょうぶだよ。狛枝…。もう、あいつらは…来ない、から」
ゆっくりと顔を上げた彼はボクを捉えると、強張った表情で笑った。どんよりと濁った暗い瞳の色、くっきりと刻まれた目の下のクマ、カサついてひび割れた唇。どこかやつれた印象の日向クンに、ボクは訳が分からないまま首を傾げた。彼らは来ない? 何か他の用事でもあったのだろうか。ボクはとりあえず用具室の中に入り、日向クンの傍へと歩いていく。そして視線を合わせるようにしゃがみ込んで、初めて気付いた。日向クンの体がガタガタと小刻みに震えていることに。
「どうしたの? 日向クン…っ。寒いの?」
「こまえだ、よかった…。本当に、良かった…。……はは、ははは、は、ははは…」
壊れたように乾いた笑いを漏らし続ける日向クンに、形容しがたい真っ黒な何かを感じ、ボクは彼の肩に触れようとした手を止めた。様子がおかしい。体育用具室の隅で肩身狭そうに立ち尽くしてた彼とも、セックスに興奮し大胆に律動を繰り返していた彼とも、事後に優しく介抱してくれた彼とももちろん違う。本当に同一人物なのかと疑ってしまうほど、目の前の彼は変貌していた。
「大丈夫。俺が…狛枝を、助ける。もう、苦しまなくて良いんだ。怖いのも、痛いのも…全部俺が」
「!? ねぇ、日向クン…! どうしちゃったの? …ねぇっ」
ボクの呼び掛けに日向クンは顔色とは真逆のとてもたおやかな笑みを浮かべる。その下がった目尻からは一筋の涙が零れていった。
「ずっと…辛かったよな、1人で寂しかったよな…? 狛枝…」
「……ひなたクン」
「でも泣く必要は、ないぞ。………俺が、やっつけてやったからな…」
「…何言ってるの? 日向クン…。な、に……? 何のことを、」
「………。……あいつ、死んだから」
「え……っ」
一瞬、彼の言葉の意味を理解出来なかった。難しくない単語なのに日常生活では全く聞かないからだろうか。何故か知らない言語で言われたかのように、頭に入ってこない。キミは今、何て言ったの? 死んだ…?
「だ、誰が…?」
「集団心理、かな。リーダーがいなくなれば、その下も行動を起こさなくなる」
「ひな、」
「…何でこんな簡単なこと、出来なかったんだろうな?」
日向クンは「な?」とボクに無邪気に微笑んだ。嘘、だよね? とてもじゃないが、すぐには信じられない。掛かった時間は数秒かもしれないし、数分かもしれない。日向クンの言葉の表面のみを漸く理解し、あまりの事の大きさに…ボクは驚きを隠せなかった。背中にじっとりとした嫌な汗が浮かび上がるのが分かった。日向クンの発言を鵜呑みにするなら、目の前にいる彼は人間としての一線を越えてしまったことになる。背中の汗が乾き、ボクの体の熱を少しずつ奪っていく。日常から非日常へのシフト。怖い…。でも聞かずにはいられなくて、ボクは日向クンにおそるおそる質問をした。
「日向クン…。まさか、キミが彼を殺した…の?」
「………」
彼は虚空の一点を見つめたまま、何も言わなかった。どうして「違う」って言ってくれないの?
「…日向クン! 嘘、でしょ…? ねぇ、…ねぇってば! 日向クン…!!」
「………」
日向クンの肩を掴んで力任せに揺さぶっても、目の焦点はボクを捉えてくれない。ガクンガクンと人形のように体が揺れるだけで、その唇から言葉が紡がれることはない。何、これ…。…本当に? 本当に彼が殺してしまったの?

ボクの目の前にいるのは、殺人者…!?

そのことを認識した瞬間、ボクは反射的に日向クンから手を離した。触れていた指先を守るように手で覆う。彼の体は軸を保てなかったのか、どさりとその場に倒れ込んだ。何も見ていない瞳が瞬きもせず、正面を向いている。
「……あ、あ、……っ」
もうそこからは頭で考えるより先に、体が動いた。本能的な恐ろしさだ。縺れそうな足で地面を踏み締め、ボクは一目散に体育用具室の扉を目指して走り出した。勢いよく扉を開き、後ろを振り返ることもなく全力で走る。息が切れて、肺が苦しくなっても足は止まらない。おどろおどろしい狂気がいつまでも背中にこびり付き、離れてくれなかった。


寮に逃げ帰ったボクはそのままベッドに寝転がり、何もしなかった。体は全力疾走で疲れているにも関わらず、眠ろうにも目が冴えて、眠ることが出来ない。夕食の時間になっても何も食べる気が起きなくて、真っ暗な部屋の中、電気もつけずにボクは天井を見ていた。頭を巡るのは日向クンのことだけだ。
「……日向クン…」
重い腕を持ち上げ、やっとのことでポケットを探る。指先に硬い感触が触れた。希望ヶ峰学園の刻印が入った黒いスマートフォンだ。電源ボタンを押すと、刻印と同じマークの待受画面が現れた。友達はいないからスマホを使う機会はあまりなく、電池の残量は十分に残っている。ボクは勇気を奮い立たせて、朝に送られてきたリーダー格のメッセージから、電話を掛けてみることにした。

―――お掛けになった電話番号は電波の届かない所にあるか、電源が入っていないため掛かりません。

「………ダメ、か」
耳に当てたスピーカーからは無機質な女性アナウンスが聞こえて、ボクは通話を切った。これだけじゃあいつが死んだかどうかが分からない。一緒にいた予備学科2人に聞いてみようかと考えたが、本科であるボクの端末には予備学科生のデータは初期登録されていない。あの2人の学番は愚か、名前すら分からない。明日、先生に聞くしかないか…と考え、寝返りを打った所で、机の上にあるパソコンのモニタが目に入った。
「そうだ…。何で気が付かなかったんだろう」
希望ヶ峰学園の生徒専用サイトを見れば良いんだ! ボクは早速ベッドから起き上がり、パソコンを起動した。皓々と光を放つそれにパスワードを打ち込んで、専用サイトにログインする。授業の選択や出欠席、課題、証明書類は全てここで管理している。学校側からのお知らせもあり、そこには本科と予備学科の情報が分け隔てなく掲載されるのだ。そのページに今日の日付で新しい情報が更新されていた。

―――さる10月18日に、校外にて生徒が死亡する事故が起こりました。
―――改めて、亡くなられた生徒のご冥福を心よりお祈りいたします。

短い弔いの言葉の下に書かれていた名前には見覚えがあった。リーダー格のあいつの名前だ…。額から冷や汗が吹き出すのを感じながら、ボクはその名前をドラッグでコピーし、今度は検索エンジンに掛けてみる。1番上に引っ掛かったニュースサイトをクリックすると、ずらりと文字が並んでいた。

―――18日午前7時半ごろ、東京都内の○○駅でホームから転落した16歳の男子高校生が
―――××行き普通電車に撥ねられ、病院に搬送されたが間もなく死亡が確認された。
―――警視庁○○署によると、死亡したのは私立希望ヶ峰学園に通う男子生徒で、
―――この件に関し、不審人物は目撃されておらず、同署は事件性はないと見ている。

「………」
ボクはイスの背凭れにドッと体を預けた。本当に死んだんだ…。ボクを笑いながら痛めつけていたあいつは、この世のどこにも存在しない。パソコンをシャットダウンさせて、ボクはフラフラとベッドに倒れ込んだ。日向クンがやったのかな? 事故に見せかけて、あいつを殺したの…? もしそれが本当なら、どうして日向クンはあいつを殺したんだろう? 個人的な恨みがあったという可能性が1番高い。でもリーダー格にパシリのように扱われていたようには見えないし、弱みを握られているようにも見えなかった。集団レイプに関わりたくなかったとか? それならば体育用具室に来なければ良いだけの話だ。

―――『大丈夫。俺が…狛枝を、助ける』

淀んだ瞳の光と共に、彼の声が脳裏に蘇る。
「ボクを……助ける、ため?」
その言葉を口にして、確証を掴んだような感覚が胸に広がった。同時に全身にぶわりと鳥肌が立つ。間違いない。彼はボクを助けるために、あいつを殺したんだ。ああ、これが幸運だったんだ。やっぱりボクの才能は無くなってなんかいなかった。今までの不運がこれで打ち消された。ボクの…、所為だ。

ボクの才能が日向クンを人殺しにしてしまった。


……
………

それから3日が過ぎた。つい最近まで男に集団でレイプされていたとは思えないほど、学園生活は平和だった。相変わらず小さな幸運と不運には見舞われたけど、あの鉄道事故も警察沙汰になるようなことは一切なく、実は嘘だったんじゃないかと思えるほどだ。予備学科が1人死んだくらいじゃ、希望ヶ峰学園は揺るがない。彼を置き去りにして、何事もなかったかのように学園は回る。当人にとってはそれが全てだったというのに、世界というものは時として残酷だ。
放課後。ボクは中央広場の芝生の上で、1人本を読んでいた。紙の上の活字を追って、理解もしているのに、何故かストーリーに入り込めない。理由は分かっている。…日向クンだ。あれから日向クンを見掛けることはなかった。予備学科のことが本科で話題になるなんて皆無だ。ここにボクがいる以上、彼の話が風に乗ってやってくることもない。
もう1度、日向クンに会ってみようか。ページを機械的に捲りながら、ボクはそんなことを考えた。以前は取り乱してしまったけど、今なら冷静に振り返ることが出来る。人間は理解出来ないものに恐怖を感じる。超常現象、死の世界、原因不明の病…。分かってしまえば、怖くはなくなるのだ。彼の口から直接理由を聞きたい。彼がボクの話を聞いてくれたように、ボクも彼の話を聞いて、理解したい。日向クンという不確かな要素を心残りにしたまま学園生活を送るのは、心身が落ち着かないのだ。ボクは読みかけの本に栞を挟んで、立ち上がった。
日向クンに会いに行こう。ボクらの唯一の接点である体育用具室。その方角へ向けて、ボクは固い決意を胸に歩き出した。


数日しか日が空いていないのに、久しぶりにここに来たような感じがする。コンクリートの冷たい壁に触れてから、ボクは横開きの扉の取っ手を掴んだ。もしかしたらここにはいないかもしれない。ガラッと扉を開いたボクは暗闇に目を凝らした。砂塵が空中に舞っている埃っぽい空気と土の匂い。窓から夕暮れが差し込む中、マットの上に膝を抱えて小さくなっている既視感のある孤影が見える。
「日向クン……」
「…こま、えだ?」
俯いていた顔がゆっくりと上げられる。以前会った時よりも、更にやつれた表情の日向クンがそこにいた。やっと彼と目を合わせることが出来た。日向クンはボクを捉えると泣きそうに瞳を潤ませる。ボクは冷たい目で彼を見下げた。希望の踏み台にすらなれない予備学科。ボクの体を犯して好きにした強姦魔。極めつけに事故に見せかけて人を殺めた殺人者。本当にどうしようもないね。最低。そんな人間が存在するのなら、今すぐ自決するべきだ。でもそれが彼であるのなら、ボクは…。
座り込んでいる日向クンに寄り添うように、ボクは隣に腰を下ろした。右肩に感じる彼の体温。やっぱりキミに触れているとボクは安心するみたいだ。
「ねぇ、…日向クン。キミのことを教えてよ」
「………」
「ボクの話ばっかりじゃ、フェアじゃないでしょ?」
「………」
彼は問いかけに答えない。ボクと同じくらいあるであろう上背を丸めて、再び視線を地面に落とすだけだ。彼の顔を良く見ると瞼は腫れぼったくなっていることに気付く。そして頬には涙に濡れたラインが浮かび上がっていた。
「キミはどうして、…希望ヶ峰学園に入ろうと思ったの?」
ボクの口から出た『希望ヶ峰学園』という語句に、日向クンはハッと息を飲んだ。茫洋としていた瞳に少しだけ光が戻ってくる。
「俺……、おれ、は才能、が…ほしいんだ。自分自身に……胸、張れるように、なりたい…」
「才能、か。それで…この学園にやってきたんだね」
「……ああ」
良かった。前よりも落ち着いているようだ。ボクは日向クンに質問を続けることにした。どんな家庭で育ったのかとか、どんな子供だったのかとか。今までで1番楽しかった思い出、あるいは悲しかった思い出。彼はぽつりぽつりとボクの質問に答えてくれた。それはもう…ビックリするぐらい、普通の人生だった。大きな怪我や病気をしたことはなく、死に掛けるような事件に巻き込まれたこともない。普通より裕福な家庭に育ち、両親が健在の中、ひたすらその期待に応えようと勉強と運動に日々打ち込んできたらしい。
何だ…。キミは持っているじゃないか。才能以上のものを。ボクが喉から手が出るほど欲しかった、平穏でつまらない人生を。どうして才能がほしいと思うの? こんなものがあったって、満たされる訳じゃないんだよ。本科の人間だって、ボクだって…。現状に満足がいっているのはきっと一握りにも満たない。日向クンはボクの気も知らずに、狂乱気味にぐしゃぐしゃと頭を掻き毟った。
「ほしい、…ほしい。どうしても、ほしい。ほしいんだよ、狛枝…っ。才能、才能…!」
「…日向クン」
血走った目で訴えられ、ボクは何も返すことが出来なかった。
才能の集合体である本科とその資金源である予備学科。予備学科にいる人間は、一般的に見れば優秀な生徒達ばかりが集まっていると聞いた。だけどそれも才能の前ではゴミも同然だ。希望ヶ峰学園には相応しくない。日向クンも普通の高校に通っていれば、それなりに良い人生が送れたかもしれない。でも彼は才能に固執して、高い金を積んで、予備学科生となることを自ら選んだ。
「才能なんて、そこまで良いもんじゃないよ。キミは身近にある幸せに気付くべきだ…」
「…ッそんなの、嘘だ! 才能はっ、絶対的に良いものなんだ! 狛枝、俺をバカにしてるのか!? 自分が本科生だからって、俺のこと見下してるんだろ!!?」
「……嘘なんて吐いてないよ、日向クン。本当にそう思ってるから言ったんだ。ボクは羨ましいよ…。ボクにないものを持っているキミが…」
「………。その言葉、そのままお前に返すぞ。狛枝…」
静かな声を響かせて、枯葉色がこちらを見た。意志の籠った力強い瞳だ。さっきまでの弱々しい姿とは大違いの。ボクは意表を突かれて、「え?」と呆けた返事をしてしまう。日向クンは眉を顰めて、ボクを恨めしそうに見ている。
「俺は、お前が羨ましい。俺にないものを持っているお前が、羨ましい。ずるいずるいずるい…、ずるいじゃないか…! どうして始めから持ってるのに、要らないなんて言うんだ!? …だったら、俺にくれよ…。お前の才能を…っ!」
喉の奥から声を絞り出し、頭を抱えて日向クンは喚いた。ボクは彼の言葉に反論が出来なかった。彼の言うことには筋が通っていた。彼に対して言った言葉は、ボクにもそのまま当て嵌まるのだ。ボクらは同じだった。相手が持っているものを欲しいと羨み、自分の持っているものを要らないと蔑んでいる。才能と平凡な人生。もしかしたら持っているものが逆だったら、上手くいったのかもしれない。日向クンとボクは正反対だけど、とても良く似ていた。
「どうすればいい? 俺は、どうすれば…才能を手に入れられるんだ?」
「………それは…、」
「なぁっ、狛枝、教えてくれよ…! 俺、俺は…! お前が…、おま、え、が…」
「ひ、日向クン?」
「………。そうだよ……。お前さえいなければ、俺が"超高校級の幸運"として、学園にいたかもしれないのに…!!」
「っ、ひな…! …っ」
手が伸びてきたと思った時には遅過ぎた。思いっ切り首を掴まれ、ボクはマットに押し付けられる。その衝撃で周囲には土埃が立った。ギラギラと殺気立った瞳がボクに真っ直ぐに向けられている。そこからぽたりと雫がボクの頬に落ちた。両手で首を締められ、息が出来ない。視界がぼやけて、色が滲んでいく。耳鳴りが遠くから聞こえて、手足が痺れてきた。
「……ぅぐ…、ぁ…」
強姦魔の予備学科に首を締められて殺される。本当は希望の踏み台になって死にたかったのに、何て惨めな終わり方なんだろう。でも他の予備学科に殺されるよりマシだと、心のどこかで思ったんだ。どんなやり方であれ、あの地獄のような苦しみから解放してくれたのは日向クンだから。力を振り絞り、彼の顔を撫でる。良いよ、ボクの最期をキミに決めさせてあげる。狂った人生をその手で終わらせて、幸運も不運も全て消してくれ。ボクの所為で人殺しにさせちゃってごめん。ここで終わっちゃうんだね、ボク…。ゆっくりと目を閉じ、体から力を抜いた時だった。喉の圧迫感がふっと消えた。
「ごめ、ごめん…!! 狛枝っ、大丈夫か…!? こまえだぁ…!」
「げほっ、ぐ、ハッ、はぁ…、はぁ…、………、ぁ、だいじょう、ぶだよ。あはは…」
朦朧としながらもボクが目を開けると、そこにはボタボタと汚らしく涙と鼻水を垂らした日向クンが見下ろしている。少し咳き込んだものの、呼吸が整うのにそう時間は掛からなかった。酸欠状態だった脳みそにも酸素が回ってきて、ボクは日向クンを安心させようと笑顔を作る。でも無理をしているのがバレバレだったらしく、彼は引き攣った声を上げながらボクに縋りつく。
「ごめん、狛枝…、ごめんごめんごめんごめん、俺は、何てことを…っ、うぁ、ああああ…ッ!」
「ひ、ッ……ひなたクン、落ち着いて! ボクは大丈夫だよ。何ともないから。…ね?」
気がふれてしまった彼を抱き締めて、あやすように背中を撫でる。子供のようにしゃくり上げ、日向クンはボクの腕の中で泣いていた。壊れる寸前の所に彼はいるのだ。才能なんてキミには必要ないんだよ。そう伝えたくても恐らく彼には通じないだろう。もしそれを日向クンが理解してしまったら、きっと彼の土台根本からバラバラに砕け散ってしまう。そんな気がした。
「……こまえだ…」
「もう平気? 日向クン…。…っ!? あ…っ!」
「狛枝…、狛、枝……っ!!」
パッと手首を掴まれ、ボクはマットに再び押し倒された。悲しみに暮れていた日向クンの瞳が一瞬にして、情欲の色へと移りゆく。羞恥で赤くなった顔と熱を孕んだ呼吸音。まだ10月だというのに、吐き出された熱い息が空中に白く散った。そのまま日向クンはボクの首筋に顔を埋める。
「ん、ぁ…、や、……やめ、て…。はな、して…、ひなた、クン…!」
「はぁ…、はーッ、ん…んんっ」
「いぅっ!! …い、たいよ……。あっ、…ふっ…、んぁ…」
ガブリと思いっ切り首筋を噛まれた。別にそこから血が噴き出してきた訳じゃないんだけど、日向クンはまるで吸血鬼のようにそこをじゅるじゅると吸い上げる。ボクのネクタイを乱暴に引き抜き、制服のボタンを手早く開いていく。
「なっ、…ぁ、嫌だよ、日向クン…! う…っ、はぁ、は、…っ」
シャツの合間から現れたボクの胸板を見て、日向クンの喉がゴクリと嚥下するのが聴こえた。Yシャツが開かれた先から手をするりと侵入させ、彼はボクの胸を乱暴に揉んだ。3日ぶりに感じる日向クンの体温。女の子でもないのに、散々予備学科達に弄られたお陰で、そこは敏感になっていた。両方の突起にじんとした痺れが集まってくる。少しささくれた指先が皮膚に引っ掛かって、それだけでもボクは感じてしまう。
「幸運、才能……! 俺も、ほしいよ…こまえだ…! ほしいほしいほしい…っ!!」
「あぁ、ンっ………ぁん、…アッ、あぁ……ッん、!! 日向、クン…そっちは、」
「良いだろ? 狛枝…。お前は才能を持ってるんだから。これくらい、…我慢してくれよ」
「………ひなた、クン…」
体の間に手を入れて押し返そうと頑張っていたボクだったけど、その言葉を聞いてやがて抵抗を止めた。これは諦めとは違う。言葉で表現するならば、これは憐れみを感じた彼に対しての、せめてもの恩返しだろうか。そんなボクの変化に日向クンは気不味そうに視線を合わせただけで、すぐに行為を再開した。上半身への愛撫もおざなりに、ベルトの金具を外そうとする。ズボンをパンツごと下ろそうとする時に、ボクは日向クンが下ろしやすいように腰を少し浮かせた。
「っ!? ……狛枝」
「…だって、ボクとセックスしたいんでしょ?」
日向クンはぽかんと口を半開きにしたまま、ボクを見つめている。何を今更驚いているんだろう。ボクは足に引っ掛かったズボンを脱ぎ捨て、少しずつ太ももを開いた。すごく、恥ずかしい…。ドキドキと心臓の鼓動が全身を包んでいる。天窓から入ってくる夕暮れの光の中、ボクのペニスは完全ではないにしろ勃起していて、先端は光沢を帯びて濡れていた。
「………」
それでも彼は呆然とボクの姿を凝視するだけだ。仕方ない。1度体を起こしたボクは、だらんと下がっている彼の指先を唇で咥えた。舌の先でチロチロと舐める。上目遣いで微笑みながら指の根元に舌を這わせると、ビクッと日向クンが痙攣した。
「…あっ…!」
ペニスを愛撫するのと同じようにわざとらしく音を立てて、ボクはちゅぷちゅぷと日向クンの指をしゃぶった。「日向クン…」と小声で囁き、ちゅっと指先に軽くキスをする。彼は固まったまま困惑している様子だけど、股間はしっかりと膨らんでいた。もう片方の手を伸ばしてやわやわとそこを擦ると、ズボンの下でビクビクと震えているのが伝わってくる。人間らしい反応にボクは段々と嬉しくなってきた。
「日向クン、おいで…」
日向クンの手を引くと、彼はボクに誘われるがまま体を近付けてきた。「来て…」と小首を傾げると、ぼんやりと熱に浮かされたような顔つきの日向クンがボクに覆い被さってくる。
「さっきまでの勢いは、どうしたの…? 日向クン」
「…え、でも……」
日向クンの視線は迷うようにボクの顔と胸を行き来していたが、やがてそっとボクの胸に再度手を滑らせた。
「…ん、ンンっ、んぁ……っ、ひぁ、たクン…! あ、ぁ…っ」
「狛枝…っ? 嫌じゃないのか?」
「う…ん、きもちいぃよ、…っ、もっと、触って…。ふっ……、んぅ、」
彼の熱い手がボクのまっ平らな胸を中央に寄せるように揉んでいる。日向クンに触れられた所から快楽が体中を駆け巡り、ボクは深く溜息を吐いた。そうだ、思い出した。キミに触れられると、ボクの体はまるで自分のものじゃないように反応してしまう。漏れる厭らしい声、ビクビクと痙攣する体、コントロール不能の快楽。このまま日向クンにめちゃくちゃにされたい。
「乳首、立ってる…。そんなに気持ち良いのか? すごい…エロいぞ、狛枝…!」
「んッ、あ、ゃ……んぁ、りょ、ほう、は…、あぅうっ…はぁ、…ハァ、ん」
両方の乳首をきゅっと抓まれて、ボクは強烈な刺激に喘いだ。指で弾いて、引っ張られて。少し痛みも混じるけど、それすらも気持ち良いのだ。日向クンはレロレロと舌で左の乳首を突っつき虐める。面白いようにボクの体は跳ね、下腹部の熱も次第に上がっていった。
「ひぅ、ひなたクン…! アンっ、下も…、ねぇ、ボクの…っ」
「ああ! …分かってる。今、触ってやるから…。狛枝…、ハァハァっ」
暑いのだろうか。日向クンはネクタイをしゅるりと解いて、制服を脱いだ。その下から現れたのは、均一の整った無駄のない筋肉質の体だ。高校生だからか、まだまだ成長の余地がありそうな体つき。胸筋が張っていて、胴回りの腹筋も逞しい。スポーツでもやっていたのだろうか。予備学科にしておくには勿体ない体だ。ボクはガリガリでモヤシのようだと自分でも思うから、同じ男として少し悔しさもある。
日向クンの目は爛々と輝いていた。ボクの太ももを優しく撫でながら、その中央にあるペニスに顔を近付ける。勃起しかけのボクのそれをまるで愛しいものでも見るような目付きで眺め、それを迷わず口に含んだ。
「ふぁあ……んッ。あはぁ…、あっ…あっあぁッ、や、やぁ…! ふ、んぅうう…ッ」
「んん…、触る前から大きくなってたな。…可愛い。こまえだ…っ。チンコ、泣いてるみたいだ…」
先走りをちゅるちゅると舐めとって、おかわりを催促するように日向クンは鈴口にぐりぐりと舌を突き刺す。ボクの体もそれに応えるようにドクドクと蜜を溢れさせた。にゅぷにゅぷと口の中で亀頭を揉みこんで、裏筋を舌先で擽ってくる。ペニスに纏わりつく日向クンの舌のざらつきが堪らなくて、ボクは意識を保つのがやっとだ。
「あっ…アン…っ、ボク…、からだ、が…ひぁたクン、ン…んッ、あ、あぁ…っ」
「狛枝のチンコ、ビクビクしてる…っ。腰も動いてるな。ん、ん…出そうか? ほら、我慢するなよ…」
淫靡な笑いを見せる日向クンはとても厭らしい。意地悪そうに目を細めた彼は下生えを撫でながら、ボクのペニスを再び口へと飲み込んでいく。
「はっ、はふ…ん、ん、あぁ……、あ…、ひぅ、ひぁたクン…っ。ボク、とけちゃう…!」
日向クンの口内は熱くて、ありえないほど気持ち良かった。更に双球も緩やかに揉まれてて、それが快楽に拍車を掛ける。絡み付く舌の動きが絶妙で、体がゾクゾクしっぱなしだ。もうどうしていいか分からない。ビクッビクンと体は跳ね、為す術がないまま翻弄されていく。自然と涙が出てきた。全身の中でペニスの感覚だけがハッキリしている。丁寧に芯に舌を這わせていた日向クンだったけど、ボクの涙声を聞いて、じゅぼじゅぼと喉の奥深くにペニスを飲み込み始めた。
「あ、あ、出る…っ! まって、ひ、た…クンっ、んなにッひたら、ほんとに…っ」
「ぷはっ、はは…っ出せ、出せよ、こまえだ…。んっ、んっんんっ! んむっ」
「あぁっ…! あはぁ、あっ、ひなた、クンの舌……っ、ボクの、にぃ…っ、まき、ついて、あっあっ」
気持ち良過ぎて、涙が止まらない。体は沸騰するほど熱いのに、鳥肌が治まってくれない。日向クンは上気した顔でボクのペニスを美味しそうに食べている。
「…すごいぞ、狛枝…! っチンコがヒクヒクする度に、んんっ、カウパー、たくさん出てる…。はぁ、おいしい…」
「ふ、んぁああ…。あふっ、やっ、でちゃ、っ…! かぁだ…あぁ、んッ、じんじん、する…っ!」
「んぐ、…はぁ…、超高校級の、幸運の精子…! 全部、飲むから。そしたら俺も…ッ」
「ひぃっきもちぃいっ、あっ、あつい、あついぃ…あっ、も、ダメぇ…っ。ああ、あぁあッああぁぁあッ!!」
ビクンビクンと体を痙攣させ、ボクは日向クンの喉の奥目掛けて勢いよく射精した。彼は「ん…」とくぐもった声を漏らしつつも、ボクのペニスから唇を離さなかった。久しぶりだったからか、射精が中々終わらない。日向クンはじゅうっと尿道に残った精液を吸い上げ、舌先で丁寧に丁寧に最後の1滴まで舐めとる。そして嬉しそうにボクに白濁に塗れた舌を見せてから、それをゴクリと一気に飲み込んだ。狂気染みたその行動にボクは怖気を感じてしまう。
「ありがとう、狛枝…。お前の精子、すごくすごく…美味しかったよ。はぁ…、こまえだ…」
「……っ日向、クン…」
「これで俺も少しは…、本科に近付けたかな? はは…、才能…手に入ると良いな」
彼はそれはそれは幸せそうに微笑んでいた。輝くような笑顔を携えたまま、今度はボクのアナルに中指を埋め込んでいく。肉壁への心地好い刺激にさっきまでの怖気が一瞬の内に吹き飛び、ボクは涎を垂らしながら喘いだ。
「…ふ、あぅ…、ん、ぅう……はぁ、やっ、や、あ…っ〜〜〜ッ、ん…っんっ」
「? …何でこんなに柔らかいんだ? 狛枝…」
「んァ……ぁ…なんで、って…、んっ……ひなたクン…」
「……他の奴と、セックスしたんじゃないか…? だからこんなに、解れてるんだろ?」
日向クンは鬼気迫る表情でボクをじっと見た。冷淡な声色だったが、相当憤っているようだ。内側に入れた指をぐっぐっと乱暴に動かし、ボクの顔に吐息が掛かるほど近くに顔を寄せてくる。
「ち、違う…! ボクは…そんなこと、したりしない!」
「………。そうか。他の男に抱かれたら、許さないぞ…? だって、お前は俺の才能なんだから」
「…ねぇ、何言ってるの? ボクが、キミの…才能?」
日向クンの言っている意味が良く分からない。聞き返したものの、彼はボクの問いかけを笑顔でスルーして、アナルに入っている指を増やした。確かにおしりを弄られるのは気持ちいいけど、そこじゃない。アナルのずっと奥…。そこを擦られると、電気ショックを受けたかのような強い衝撃が走るんだ。ダメだよ、日向クン。指じゃ届かないんだ。もっと長くてもっと硬いモノで、頭がおかしくなるくらい突き上げてほしい。
「狛枝の…襞が薄ピンク色で綺麗だな。柔らかいけど、きゅうきゅう締めつけてきて、それに…あったかい…!」
「はぁ、…ん、ハァ…! 日向クン…、も、指、いい…から。分かってる、でしょ…?」
「……何がだ?」
「〜〜〜〜〜っ、だから、キミの、……お、おちんちん…、早く、挿れて…よ」
「狛枝って、本当にエロいな。…可愛い。良いぞ、チンコ挿れてやる…」
予備学科の分際でふてぶてしい態度だけど、別にもう気にならなかった。ボクの視線は日向クンの手元に釘付けだったからだ。ベルトを外して、ズボンのチャックがジジジ…と下がっていく。盛り上がった股間からパンツの布が下がり、ぶるんと日向クンのペニスが現れ、ボクは思わず息を飲んだ。何回も見てきたけど、改めて思う。彼の一物は同年代に比べてかなり大きい。どす黒く太い芯にどくどくと血管が脈打ち、カリは大きくエラが張っている。一見すると入らなそうだ。
「ん? しりの穴がヒクヒクしてきてる…。俺のチンコ、見たからか?」
「はぁ…、ちが、うよ…。もう、そんなの…どうでも、いいから、早く…!」
ここまで来て焦らされるなんて…。ボクは両手でアナルを広げて、日向クンに涙に塗れた顔で懇願した。体の奥の疼きを何とかしてもらいたくて必死だったんだ。急かすようなボクの態度に日向クンはさすがに悪いと思ったらしく、「ごめんな」と一言謝って、ペニスの先端をボクのアナルにグッと押し込んでいく。身を裂くような鋭い痛みがビリビリと頭へ突き抜ける。
「ああっ!! んんんぅぅうう…うううッ! あっ、…い、たぁぃ…!」
「う…、何だ…!? 指入れた時は、あんなに柔らかかったのに…。すげぇ、キツい…っ!!」
「…はぅ…、お腹、苦しいよ……! ん、ん、…ふ、ひぁたクン、助け、て…」
「こまえだ…、まだ半分しか、入ってない…。もう少し、辛抱…してくれっ」
これで、まだ半分…!? 額に汗を浮かべながら、日向クンは目を瞑ってボクの中へと体を進めさせる。抉じ開けられた箇所が重々しく鈍痛を訴えてきた。でもそれだけじゃない。痛みと一緒に覚えのある感覚がボクの体を支配していく。じんわりと体が熱くなり、ふわりと体が軽くなった。
「はぁ…、はぁっ、全部…入った…! 狛枝、痛くないか? …平気、か?」
「あっ、日向クン…! …も、突いてっ、ついてよ…っ。キミので、ボクのこと、…あッ!」
「淫乱だな、狛枝…。嫌ってなるくらい、いっぱいシてやるからな…! あっ、あ、」
日向クンに腰を掴まれて、激しいピストンが始まった。奥の感じる1点をペニスでズンズンと突かれ、ボクの視界に火花が飛び散る。すごい、すごい、すごい…! この気持ち良さがずっと続くのなら、ボクはもうこのまま狂ってしまっても構わない。
「うはぁ、ア、……きもちぃ。…んひぃ、そこ、そこ…、ひぁたク、んぁ、アっあぁ、ああん…」
「ここか!? 狛枝…! ここだけ、ザラザラしてる…。ヤバい、ア、すごい、ぞ…。チンコが…!」
「あっ、あッ…。あひぃっ…いいッ…あんっ、奥が…、あぁんッ。あはぁあ…ッ」
ボクの望み通り、日向クンのペニスが奥まで突き上げてくれる。指とは比べ物にならないくらい太くて硬いそれに、ボクは涎を垂らし、善がり狂う。我を忘れて咽び泣きながら、彼の律動に合わせて無我夢中で腰を振った。日向クンから離れたくない。ボクは足で彼の背中にしっかりしがみ付いた。
「…っああ、あああ、きもちいよ、狛枝ぁ…! 最高だ…! お前も、いいか? ん、ふっ、…くぁ、」
「いい…、うぁあっ、あ、…すごぃ、感じるよ…、ひぁたクン、もっと、もっと…ッ」
「く、……どこが良いんだ…、こまえだ…!? ふっ、ふぅ…、聞かせて、くれよ…!」
「んんぅううッ…ボクの、おしりの奥だよ…。すごい、きもちい…っ。中…、擦れてる…」
アナルから生じた快感が全身を流動し、最後にペニスに向かって雪崩れ込んでくる。日向クンは乱暴にボクへとペニスを突き入れる。雄の顔をした日向クンが必死に汗塗れの体を揺らしている。ちゅボっじゅぼぢゅぶ…っと響き渡る濡れた音が鼓膜に届き、ボクの体からは青臭い精子の臭いが香り、それが日向クンの肌の匂いに混じった。ぽたりと落ちてきた彼の汗が口に入って塩辛い。何より抱き合った彼の体は火のように熱い。五感全てが日向クンで埋め尽くされ、それは確実にボクを快楽の終着地点まで導いた。
「あっ! あぁああ…ッ、や、日向クン、も、イっちゃ、ふぁ…、ボク…、んぅう…っ」
「!! …あ、締まった! 狛枝、俺も…イきそう、だ…! ヤバい、あっ、出したい…!!」
「〜〜〜〜〜ッ! ゃぁあああっ…アンっ……あはぁあ…、ひぁたクンの…ふぁ、イイっイイぃ…。んやぁっイ…クぅ、ボクせいし、でひゃう…! あっあぁ……っァアぁああ……ッ」
びゅくっびゅるるっ、びゅっびゅぷぷっどぷどぷ…、ぴゅるっ…! ボクは嬌声を上げ、思いっ切りペニスから白濁を散らした。遅れて日向クンが「うっ…」と呻き、ボクのアナルにじわりと熱い何かが広がる。体に染み渡るような感覚にボクはぐったりと体をマットに沈めた。
「…は、ハァ…ぁ…はぁーはっ、こまえだ…」
「はふっ、はっ、あぁ……、ひなた、クン…」
アナルからずるりとペニスが抜かれ、そこからドロリとした液体が零れ落ちるのが肌に伝わってきた。2人とも自分の息が落ち着くまで、何も話は出来なかった。

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04.結
「殺すつもりなんて、なかったんだ…」
マットに向かい合うように横たわると、日向クンはぽつりとそう呟いた。ボクの手に自分の手を重ね、存在を確かめるように彼は撫でる。行為を終えた後だからか、どこか表情はぼんやりとしていた。
「朝…駅のホームにさ、あいつがいたんだ。だから俺、声…掛けようと思って…、後ろから近付いた。向こうは全然気付かなくって、それで………犯されてドロドロになってる、お前の画像見て、ニヤニヤ笑ってた…」
「………」
「その時にな、何か…切れたんだよ。俺の中で。プチッてさ、音がした。そこから先は覚えてない。…あいつの背中、押したんだっけ? 電車がいつの間にかホームに来てて、周りの人が線路見て叫んだりしてて、それで、」
「もういいよ、日向クン…。……ボクのため、なんでしょ?」
話を続けようとする日向クンをボクは言葉で遮る。キミは優しいから。ボクを助けるためにあんなことをした。ボクがさせてしまった。でも日向クンはボクの質問にふるふると首を振る。
「違う。…狛枝のためじゃない。俺のため、だ」
「? 自分の…ため?」
「……そうだ。お前は俺の憧れなんだよ。…俺がずっと欲しいと思ってた、"才能"を持ってるんだ。あんな奴らにお前を渡したくなかった…! 俺のなんだ! どんな手段を使ったとしても、俺は才能が欲しいんだよ!!」
「っ! 日向クン…」
日向クンは力一杯叫んでから、ボクをきつく抱き締めた。ああ、漸く理解出来た。日向クンはボクのことを"才能"として見ている。"才能"として、ボクを欲しがっている。彼はボクのことなんか、見てもいなかったんだ。


それからというもの、ボクと日向クンは毎日放課後になると体育用具室で落ち合って、外が真っ暗になるまでセックスをしていた。不思議な関係だった。恋愛では決してない。ボクは日向クンのことをそういう目で見たことはない。それは向こうも同じだろう。最初は同情だったけれど、それも今では少し違うかもしれない。
日向クンは自分にない『才能』への憧れを、ボクを抱くことで補っていた。ボクはボクで、ずっと欲しかった『平穏な人生』を持つ日向クンがボクを必死に求める姿を見ていたくて、彼に抱かれていた。快楽、嫉妬、傲慢…。憧れの存在が自分にひれ伏す様は、見ていてとても気分が良い。要するにこれは…つまらない優越感に浸るための、利害が一致した関係だ。
そして何故かは分からないけど、ボクの幸運も不運もそこからパッタリと来なくなってしまった。
「ん…、日向クン…、いくよ? よく見ててね、ボクの中に…キミのおちんちんが入ってくとこ…」
仰向けに寝転がった日向クンの上に跨って、彼のペニスを手で支える。硬くそそり立ったそれをボクは自身のアナルへと当てた。日向クンは息をはぁはぁと乱しながら、ギラギラした目付きで結合部を凝視している。ボクはペニスの先端をアナルの入口でくにくにと擽った。襞が僅かに濡れる感覚を感じ取り、そして深呼吸をしてから、一気に腰を落とした。
「あっ、狛枝…! あぁ、…あ、ンッ、ふ……ん…っ、くぅ」
「んふ…っあ、おっきいよぉ…。日向クンので、おしりが…」
「こまえだ、…はぁ、っどうした…。手伝うぞ?」
「ひぅうう…ッ! やぁ、だ、めぇッ…ひなたクン、あ、あぁああ…っ」
日向クンがボクのおしりを掴んで、下へとグッと下げた。ずず…ずず…と少しずつ芯が体内に押し込まれる。ズブリと全てが収まり、ボクは深く入り込んできたペニスに絶叫した。体を後ろに倒して、上下前後に一生懸命ボクは腰を揺らす。ちゅぐんちゅぐっじゅぷっぐぷっぐぽぐぽ…。交わった所から聴こえる水音はどんどん大きくなっていく。日向クンのペニスをわざとぎゅうぎゅうとアナルで締めつけると、彼も対抗意識を燃やしてかボクを下から激しく突く。
「ンッ…あぁ、んっ。あぁ…ああッ……あ、はぁん…。だっ、めぇえぇ…そこ…! ンっぁん」
「……良いぞ、狛枝。出してくれ…、お前の精子…! 本科の、幸運の…精子っ!」
「…あっ…。んぁあッ…はぁ、あッアっああっ…! 出るよ…、ボクの…〜〜〜〜〜ッ」
ボクはビクンと体を痙攣させ、ぴゅぴゅっと勢いよく吐精する。日向クンもボクの中にどくどくと精液を注ぎ込んだ。そしてお腹に散ったボクの精子を掬い上げ、美味しそうに舐めとっていく。いつものことだった。才能に恋焦がれ、才能を渇望し、彼は狂ってしまった。きっとこのまま希望ヶ峰学園にいたら、彼は壊れてしまうだろう。何が彼を狂わせたのか? いや、それを考えるよりも先にするべきことがある。
「はっ…はァっ、…ねぇ、日向クン。キミに、話があるんだ…」
「ん…、ふ…、……? 何、だ…?」
「……ボクと一緒に、希望ヶ峰学園を辞めないか?」
その瞬間、日向クンは敵意の籠った瞳でボクを突き飛ばした。マットにどさっと倒れてしまったが、どこも打ってはいない。よろりと体を起き上がらせようとしたボクを、日向クンは真っ赤な顔で睨み付けている。キリキリと吊り上がった双眸を見るに、どうやら彼の逆鱗に触れてしまったらしい。
「何でっ、そんなこと言うんだよ、狛枝!! 学校を、辞めるだって…? そんなこと出来る訳ないだろ!!」
「日向クンが学校を辞めたくないのは分かってるよ。でもキミはここにいるべきじゃないんだ!」
「…俺が希望ヶ峰学園に相応しくないからか? はは…、そんなの身に染みて分かってる! それでも、俺は…」
「違うっ、そういう意味じゃないんだ。才能なんて、要らないんだよ。キミはそのままで良いんだ。これ以上この学園にいたら、キミは壊れてしまう…っ。だからお願い、ボクの言うことを聞いて!」
「煩いッ! うるさいうるさいうるさいうるさい!! 本科は黙ってろ…!!!」
「あっ…!」
ボクが伸ばした手を振り払い、日向クンは立ち上がった。パンツとズボンを穿き、制服のボタンを手早く留めていく。マットに投げられたネクタイを手に取ると、彼は裸のままでいるボクにギッと恨みがましい視線を投げつける。そして無言のまま体育用具室の扉へとスタスタ歩いて行ってしまった。行かないで、日向クン! ボクは最後の力を振り絞って、声を上げる。
「まって、…待ってよ、日向クン!」
ピタリと彼の足が止まる。振り返りざまに枯葉色がボクを射抜いた。
「バカにするのもいい加減にしろ! 今に見てろよ…。俺だって才能を手に入れられるんだ! 絶対に出来る!! それで…本科に行って、そしたら…俺は自分自身に、胸を張って…生きていける…!」
ブツブツと呟きながら日向クンは扉を開き、外へと出て行った。用具室に籠っていた体を重ねていた時の熱が、扉から入ってきた外気でさっと掻き消される。日向クン、日向クン、日向クン…。やり切れない気持ちを抱えたまま、ボクはドッとマットに倒れた。漂う空気は冷え切って、彼の熱はどこにもない。汗と精子と土の臭いはするものの、彼の肌の匂いは嗅ぎ取れない。
「ひなたクン…」
もうボクの声は彼には届かない。その日は窓の外に久しぶりに月を見た。ホッと心が落ち着くような柔らかい光。でも何だか悲しい気持ちになって、ボクは月を見ながら1人で泣いた。


……
………

そんなことがあってから、日向クンは体育用具室に姿を現さなくなった。当たり前だよね。ボク達の関係は完全に破綻していた。日向クンは"才能"としてボクを手元に置いておきたかったのに、その相手が希望ヶ峰学園を否定するようなことを言ってしまった。だったらこの関係を続ける理由はない。ボクもそこで見切りをつけるべきだった。たかが予備学科1人だ。どう足掻こうと何を喚こうと、彼には才能がないのだ。放っておけばいいのに、ボクは何だかんだ理由を付けて、放課後の体育用具室に足を運んだ。
「もう、来ないのかな…」
ガランとした空間に寂しくボクの声だけが響いた。ここで夜まで考え事をしながら日向クンを待つのが、ボクのここ最近の日課だった。もう1週間以上経ったかな。白いマットの上にちょこんと座り、膝を抱えて小さくなる。ここは相変わらず埃っぽい。雑然と用具が置かれた体育用具室をボクはぐるりと見回す。予備学科に集団でレイプされた記憶より、日向クンに優しく抱かれた記憶の方が頭には色濃く残っている。

『はぁああ、ひな、クン…。ん、ボク…また、また…イっちゃうよ…っ。いいっ、ひぃん…ッ』
『こまえだ…、んっんっ、俺も…おれも、イクから…、一緒にイこう?』
『うんっうん。いっしょ、ボク…っひぁたクンと…イくぅ…。あっ、あっ…んぁああっ、ふぁ…』

ボールが入っているカゴを手で掴んで、後ろから獣のようにピストンされたこととか、飛び箱の上で正面から抱き合いながら挿入したこととか、壁を背後にして寄り掛かっているボクを抱き上げて、立ったままセックスしたこともあった。日向クンは良くボクの名前を呼んでくれた。彼のクセなのだろうか。ボクもそれに応えるように、日向クンの名前を呼んだ。それが嬉しいと感じ始めたのはいつだったかな。
そういえばあいつが死んで、ボクが体育用具室に行かなくなった間、日向クンはここに1人でいたんだっけ? あれってボクのこと待ってたんだよね? そうでもなければ、こんな汚らしい場所にいつまでもいるはずはない。キミはどんな気持ちで待ってたんだろう。今のボクと同じ気持ちだった? …日向クン、会いたいよ。キミと会って、話がしたい。ボクと日向クンは似た者同士。もしこんな出会い方をしていなかったら、ボク達は…。
「……狛枝…?」
その時、体育用具室にボク以外の声が響いた。ハッとして顔を上げると、開かれた扉の先に1人の少年が立っている。逢魔が時の青紫に、スラリとした体躯とツンと飛び出た特徴的なクセ毛のシルエットが浮かび上がっていた。その影の中からふわりと2つの枯葉色がこちらを見ている。
「…えっ? ……あ、日向クン…?」
「ここに、いたのか…。もしかして、毎日来てたのか?」
「うん……」
ボクがこくんと頷くと、彼は薄らと微笑んだ。「ありがとな」と礼を言われて、ボクは何と言ったら良いか分からずただ首を振る。だってあの時のキミもボクを待ってくれてたじゃないか。来るかどうかも分からないのに、1人ぼっちで膝を抱えて、それでもキミはボクが来ることを信じてくれた。
「待ち草臥れたよ、日向クン…」
「そっか。……俺のこと、待っててくれたのか…」
そう言って、彼は笑った。柔らかく穏やかな微笑みだ。久しぶりに彼の心からの笑顔が見れたような気がして、ボクはじんわりと胸が温かくなる。何だか憑き物が落ちたかのように、日向クンは落ち着いていた。ガラガラと用具室の扉を閉めると、ボクの隣に黙って腰を下ろす。日向クンが近くにいる。ボクの隣にいる。視線を移すと視界に入る新しい色―――彼の制服の色に、ボクは安堵感から大きく息を吐いた。日向クンはそのまま何も言わない。やっと会えたんだからそれだけで十分だった。だからボクは口を閉ざして、日向クンの言葉を待つことにした。ややあってボクの隣から「あのさ…」と戸惑い気味の声が響いた。
「この間は悪かった…。俺、つい…カッとなって」
「ううん、別に良いんだ。そんなことよりも、またキミに会えて…嬉しい」
お世辞でも何でもない、これはボクの素直な気持ちだ。自分でも笑っちゃうよね。日向クンはただの予備学科なのに…。強姦魔で、その手は汚れているのに…。どうしてキミは…、こんなにもボクの心を占めるの? ねぇ、どうして?
下から覗き込むようにして目を合わせると、彼は恥ずかしいのかさっと顔を赤くした。唇をパクパクさせ、視線を左右に泳がせている。
「俺も…そ、その、狛枝に会えて……あっ、そうだ! 今日はお前に話したいことがあったんだ!」
言葉を途中で区切り、日向クンは輝かんばかりの笑顔でボクに向き直った。いつもは口元だけで笑うような笑い方だったのに、今はニコニコと満面の笑みを浮かべている。どうしたんだろう、何か良いことでもあったのかな?
「狛枝に最初に聞いてほしくてさ…。本当は他言無用って言われてるけど、お前は口堅いもんな」
「うん? まぁ、キミとのことを話すような相手もいない…っていうのが正解かな」
「……ははっ、本当に捻くれてるんだな、お前。……俺さ、今日…霧切学園長から呼び出されたんだ」
「学園長から…?」
日向クンの口から予想だにしない名前が出てきて、ボクは驚きのあまり復唱してしまう。希望ヶ峰学園の学園長である霧切 仁。予備学科である日向クンに彼の方から声を掛けるなんて、余程の理由があるに違いない。ボクは視線を鋭くして、日向クンに言葉の続きを促す。
「……そう、それで?」
「予備学科から本科に編入出来るシステムあるだろ? その編入を促進させるために、予備学科の生徒に特別なプログラムを受けさせることが決定したらしいんだ。…その名誉ある候補の1人に、俺が選ばれたんだって!」
「キミが、本科に入る…?」
「そうなんだよ、狛枝! でも俺以外にも何人かに声が掛かってるみたいでさ、なるべく早めに返事を欲しいって言われてる」
喜々として話してくれる日向クンとは反対に、ボクの心には暗雲が立ち込めてきた。何だか嫌な予感がする。今まで予備学科から本科に編入出来た人間は1人もいないと聞いている。そもそも学園側が無理に編入を促す必要はない。プログラムというのなら、もちろんタダではない。才能が発現するかどうかも分からない予備学科に手を掛けて育てるよりも、外から才媛をスカウトしてくる方が何倍も楽だ。
「どうして…キミなの? 何かのテストでも受けたのかい?」
「ああ、身体測定とテストの成績で選出してるみたいだ。学園長は、俺が…誰よりも希望や才能への憧れが強かったからだって言ってた。認められたんだ、やっと…! 分かってくれる人がいたんだよ、狛枝。俺のこと、ちゃんと見てくれてたんだ!」
「………。それで返事はしたの?」
「本当はその場で返事をしたかったんだけど、親の了承とか他にも色々あって…。返事は明日することになってる。親が反対する訳ないさ。散々俺のことを虐げてきたクセに、本科に編入出来るかもって電話で伝えたら、目の色変えて『やりなさい』って。笑っちまったよ…。今までの俺は、…一体何だったんだろうな」
グシャグシャと髪を掻き乱した日向クンだったけれど、その顔はくつくつと愉快そうに笑っている。日向クンの才能への憧れはそれこそ身を持って知っている。ここまで来たらもう、彼はそのまま進んでいくんだろう。それでもボクは日向クンを止めたかった。
「……日向クン。ボクはね、今のままのキミで良いと思ってる。無理してそんなことをしなくても、」
「もう、決めたんだ」
力強いハッキリとした声だった。凛とした枯葉色の瞳と目が合う。それを見て、理解してしまった。日向クンは後ろを振り向くつもりはないのだと。ボクは彼の言葉に「分かったよ」と返す他なかった。
「明日返事をしたら、すぐにプログラムが始まる。狛枝と会えるのも…、きっとこれが最後だと思う」
日向クンはしんみりとそう言うと、ポケットから何かを取り出した。小さく銀色に光るそれには…、見覚えのあるペンと稲妻のエンブレムが刻まれている。希望ヶ峰の指輪だった。
「! 日向クン、それ…」
「あの時にさ、お前の指輪…あいつに取られちまっただろ? 取り返したんじゃなくて、これは俺が持ってたやつなんだけど。今まで酷いことばっかりして、ごめんな…。謝って許してもらえるとは思ってない。物で取り繕うなんて最低だけど、これくらいしか俺がお前にあげられる物がなかったから…」
「だっ、ダメだよ! キミの大事な指輪を、ボクなんかがもらう訳にはいかない!」
「良いから! 黙って受け取れよ。……俺が渡したいんだ、狛枝に…。俺…お前に出逢えて、良かった」
「っ日向クン…?」
「才能がない俺のことを…そのままで良いって言ってくれたのは、お前だもんな。初めてありのままの俺を、認めてくれた。…狛枝はさ、俺の希望なんだ」
日向クンはボクの右手をそっと取り、希望ヶ峰の指輪を握らせる。手の中の硬い感触に心臓がぎゅっと締め付けられた。何だよ、これ。こんなのまるで…、2度と会えないみたいじゃないか! 目頭がツンと痛み、ボロボロと涙が出てきてしまった。優しい優しい日向クンの顔が涙で滲んで、見えなくなっていく。
「…っだったら、ボクと一緒に学校辞めてくれたって、良いじゃないか!」
「それは出来ない。捨てられないんだ、どうしても…。チャンスが目の前にあるんだよ。才能が手に入れられるのなら、俺は悪魔にだって魂を売ってやる…!」
「……日向クン」
涙を零すボクを見て、日向クンは困ったように笑った。瞼から落ちる雫を指先で拭い、ちゅっと唇で吸う。ボクはすんすんと鼻を啜りながら、掌を広げて希望ヶ峰の指輪を見つめた。銀色の円に収まった馴染み深いエンブレム。日向クンはこの学園に憧れていた。この指輪だってすごく大切にしてきたんだと思う。それをボクに渡したってことは、ボクのこと…嫌いじゃないんだよね?
「ありがとう、狛枝。指輪、嫌だったら捨ててくれて構わない。どうしても受け取れないっていうなら、預かっててくれないか? 俺が才能を手に入れて、本科に編入出来たらさ…、そしたら返してくれ」
「また…、会える?」
「ああ。必ず、会いに行くよ…狛枝に。…それと」
「ん?」
「お前にもう1つ…その、伝えたいことが、あるんだけど…」
さっきまでと一転して、日向クンは歯切れが悪い。顔をほんのり赤らめてボクへと視線を向けるが、目が合うとサッと逃げてしまう。口をモゴモゴさせ、語尾に近付くにつれて声が小さくなった。ソワソワと体の動きも落ち着きがない。ボクに伝えたいことって何だろう? 気になったボクは小首を傾げて、彼に「…なぁに?」と問いかける。
「あのっ、俺達…こういう始まりだったけど、もっと違う出会い方してたらって思って…」
「ああ、そうだね。ボクもそれは考えたよ」
「つ、つまり、…俺が言いたいのは、あ…、えっと…。うぅ…」
日向クンはしどろもどろになっているのか、中々『伝えたいこと』を口にしてくれない。「日向クン…?」と穏和に名前を呼び掛けると、彼は更に赤面して、頭をぶんぶんと大きく振った。
「〜〜〜〜〜っ! やっぱり、また今度にするっ!!」
「…え、何で? 気になるから、今言ってほしいなぁ」
「予備学科相手じゃ、お前も嫌だろ? 本科に入って、自分に自信が持てるようになったら、…その時に言うよ」
「? うん…」
日向クンは耳まで真っ赤だった。気になるけど無理に聞くのは止めておこう。指輪の他に、彼に会える要素が増えるのは嬉しい。自然とボクの涙は止まっていた。日向クンもボクが泣き止んだことに安心したらしく、目を細めて微笑んでくれる。ボクの髪を優しく撫でてから、日向クンの腕がボクの背中へと回った。
「あっ」
一瞬の内に彼の熱い体に抱き込まれる。ドクンドクンと体を通して伝わる彼の鼓動。巻き付いた腕に一層力が入り、耳元で「狛枝…」と名前を囁かれた。日向クンに抱き締められるのは気持ち良い。人の体温って良いものだね。体がぽかぽかとあったかい。昔、お母さんが教えてくれた。『幸せはあったかいのよ』って。ふふっ、日向クンは"幸せ"なのかもね。
ボクも日向クンの背中に腕をそろそろと回す。きゅっとYシャツを掴んで、彼の肩口に頭を預けた。
「日向クン…」
「……狛枝」
きもちいい。ずっとずっと、こうしてたいな。いつまでも離れたくなくて、ボクは中々抱き着いた手を離せなかった。日向クンとは少しの間、お別れだ。でもまた会えるんだ。ボクのことを日向クンは希望だと言ってくれた。キミの希望であり続けるためにも、また再び会える日を支えに、これからもボクは頑張る。手の中の指輪を確かめるように、ぎゅっぎゅと握る。
早く日向クンに会えますように。抱き合っている間、ボクは心の中で何度も願い続けた。


……
………

「彼とは…、それっきりだよ。きっともう2度と会えないんだろうね…」
ボクはそこで言葉を切った。鉄の壁に囲まれた四角い箱の中で、ボクと彼は数時間前と変わらない位置を保ち続けていた。ぐらりぐらりと船は揺れている。不規則な動きに身を任せながらも、目の前の彼は最後まで黙ってボクの話を聞いてくれた。どうして分かるかって? 真紅の瞳がボクの話に合わせて、細められたり下を向いたりしていたからだ。
「ボク…ずっと待ってたんだよ、彼が帰ってくるのを。でも…、キミも知ってるよね?」
「……希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件、ですか」
「そこから全てがおかしくなったんだ。いや、もしかしたらその前から始まっていたのかもね…。日向クンは帰ってこなかった。予備学科が全員集団自殺したって話を聞いた時はさ、不思議と泣けなかったな。あんまり実感が湧かないんだ。彼が本当に死んじゃったなんて…信じられない」
ボクはシャツの下に忍ばせた指輪を取り出した。日向クンにもらった希望ヶ峰の指輪だ。落とさないように大事に鎖を二重にして、首から提げている。どんなに危険な目に遭おうと、これだけは絶対手放さなかった。人差し指で銀色の輪郭を確かめるように撫でていると、その様子を向かいに座る彼がじっと見つめてきた。
「その…、指輪は…」
「ああ、これ? 日向クンに最後に渡された指輪だよ。ふふっ、いいでしょ? あげないよ!」
自慢げに指輪を見せびらかすと、彼は少しだけその赤い目を見開いた。ボクはニッコリ笑ってから、シャツの中に指輪を守るようにして仕舞い込む。どんなに辛いことがあっても、この指輪を見ていると不思議と元気が出てくる。初めて家族以外の人からもらったプレゼントだからね。それに予備学科だとしても、ボクにとっては日向クンは特別なんだ。
「あれからさ、ずっと1人で生きてきたよ。色んな男に抱かれた。大体酷い扱いをされたけど、優しくしてくれる人もいたかな。でもね、違うんだ…。日向クンの時のように感じた温かさは、誰も持ってなかった」
そう、誰も日向クンになれなかった。酷いよなぁ、日向クン…。また会えるって言ってくれたのに、約束破っちゃってさ。本当、予備学科ってどうしようもないよね。最後に見た日向クンの笑顔が頭に浮かび、目に涙が溢れてくる。気付かれないようにボクが目尻を拭いていると、赤い瞳の彼から抑制のない声が放たれた。
「彼が…あなたに最後に伝えようとしたことが何だったか、分かりますか?」
「日向クンが、ボクに…?」
それって次に会えた時に伝えるって言ってたことかな? それなら何となく分かるよ。きっとボクも同じ気持ちだったから。
「多分…、日向クンはボクに『友達になってほしい』って言おうとしたんじゃないかな? ボクと違う出会い方をしていたらってその前に言ってたし。…本来なら、予備学科と友達になんかなりたくないんだけどね。あはっ、彼がどうしてもって言うなら、友達になってあげても良いかな」
「……あなたはバカですね」
ほとんど正解とも言えるようなボクの完璧な回答を、彼は一言でバッサリと切り捨てた。
「な、何で…? バカって…。え、ボクの答え、合ってるよね? …もしかして、間違ってるの?」
「間違ってます。今までの話を聞いたら、誰でも分かりますよ。話し手であるあなたが何も分かっていないなんて…」
彼は呆れたとばかりに顔を横に逸らした。うーん、ボクにはこれ以外に考えられないんだけどな。てっきり答えを教えてくれるのかと思って、じっと彼の顔を見たけど、どうも話してくれる雰囲気ではない。
「これは…あなた自身が気付かなければ、意味がありません」
「…そっか。キミがそう言うのなら、違うのかもね……。あ、窓の外を見てよ。ようやく着いたみたいだよ!」
蒼ばかりだった窓枠に島影がフェードインしてくる。切り立った山と生い茂る緑が確認出来るけど、細かい所までは見えない。ボクはワクワクしながら、窓に顔を寄せた。とても綺麗な島だった。あそこがボクの死に場所になるかもしれない。もしボクが死んだら、キミに会えるのかな?
「ね、見えてきたでしょ? あれがジャバウォック島だよね? これから、あの島で何が起きるんだろうね? ドキドキしちゃうね?」
子供のようにはしゃぎながら彼が座っている方へと振り返るけど、彼は退屈そうに視線をこっちに向けるだけで、島には欠片も興味を示さない。
「…何が起きるかって? そんな事くらいは予想がつきますけどね」
「…え?」
「才能に愛されてる僕には、それくらいの事は分かります。でも…何が起きようと、僕には関係ないんですけどね。どっちにしろ…僕はこの先のイベントには参加できないはずですから」
「ん? そうなの…? 良く分かんないけど…。じゃあ、しばらくお別れなんだね? 残念だな…せっかく仲良くなれたのに。…ね、また会える?」
「会う意味なんてありませんよ。だって…あなたはツマラナイ…。あなたの才能もあなたの思想も、その何もかもが僕にとってはツマラナイ…」
「…………つれないね」
そんな会話をしていると、船がゆっくりとしたスピードで島のすぐ近くまで近付き、その動きを止めた。漸く着いたみたいだね。船室に案内してくれた人が来るのかな? ボクがチラチラとドアを気にしていると、彼がふいに口を開いた。
「あなたは彼に会えますよ…」
「? …何言ってるの。彼って…。……っ!! それってもしかして、日向クンのこと!? どうしてキミがっ」
「才能に頼らないくらい簡単な、ツマラナイ"予想"です」
そう言って立ち上がったと同じタイミングで、船室のドアが開かれた。案内してくれた時と同じ、小柄な体格の人の良さそうな男…いや、まだ少年と言っても良い顔立ちの子だ。ボクと彼に視線を投げ掛けた少年は、案内するようにドアへと掌を向ける。
「島に着いたよ。長い間、お疲れ様。さぁ、こっちへ」
ニコニコと笑う少年に続き、彼は長髪を揺らしながら船室を出て行ってしまった。ボクは呆然としたまま、その黒いスーツの背中を眺めるだけだった。日向クンに、…会える? 彼の言葉を信じて良いのだろうか? ボクは無意識に胸元にある希望ヶ峰の指輪をシャツの上からぎゅっと握った。






水彩絵の具で塗り潰したような瑞々しい空と海の青。そこにもくもくと綿のように膨れた入道雲の白が美しく際立つ。キラリと輝く太陽からは虹を纏った光の帯が降り注いでいた。南国独特のカラッとした空気と、白い砂が波に揺られサラサラと流れる綺麗な砂浜。青々とした葉を茂らせる背の高いヤシの木の下に、ボクと彼はいた。
「ねぇ、本当に大丈夫?」
真っ青な顔の彼にボクは声を掛けた。砂浜で倒れてしまった人を置いていく訳にもいかず、こうして日陰へと彼の体を引き摺っていったが、幸いなことに彼は自力で立ち上がることが出来た。何の変哲もない白い半袖のYシャツにネクタイ、そして黒いズボン。焦げ茶色の短髪に尖ったクセ毛が頭の先から飛び出ている。枯葉色の瞳がボクを鬱蒼と見た後に閉じられる。
「………放っておいてくれ」
怪訝そうに返し、彼はふらりと歩き出した。ボクはおろおろしながら、その後をついていく。


これがボクと日向クンの"最初"の出会い…。

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