// Middle //

06.5日目・夜
5日目の学級裁判が終わり、左右田が処刑された。残り9人。

「はぁ、日向クンと2人…。最高だね…! もっとずっとこうしてたいな」
「…狛枝、くっつき過ぎだ」
他人の目を気にすることが無くなったからか、狛枝は大胆になった。日向の太ももの片方に自分の足を乗せて、横から抱き着くように身を寄せていた。狛枝に縋られた日向も振り払うことなく、それを受け入れている。恐怖心だけではない別の何かが日向の中に生まれた。好きか嫌いかという以前の問題だ。自分は狛枝なしではきっと生きていけない。人狼ゲームが進むにつれ、それが次第に形となって現れてきた。
「左右田もいなくなっちまったな…」
「彼も分かってくれてると思うよ。大丈夫。…また会えるさ。左右田クンの気持ちに報いるためにも、全力を尽くそうね」
そう言って、狛枝は幸せそうに日向に寄り添い、絡めた腕に力を入れる。掴まれた日向の左腕が少し痛んだ。
何故、狛枝は笑っていられるのだろう? 人狼ゲームで仲間達が次々と死んでいくことについては、モノクマにルール上そうだからと言われたこともあり、日向も段々慣れてきた。今の状況がもうどうにもならないことは良く分かってるし、途中でゲームを下りることも考えていない。
だけど最終日には必ず誰かが欠ける。それだけが未だに日向の心の中にしこりとして残っていた。村人、人狼、妖狐…。勝てる陣営はただ1つ。修学旅行メンバーの誰かが死ぬ。もしかしたら、それは自分達かもしれない。そのストレスで日向はここのところあまり良く眠れていない。きっと他のみんなも同じだろう。ただ狛枝は目の下にクマもなく、スッキリとした表情だ。
「狛枝、…お前ちゃんと眠れてるか?」
「日向クン! も、もしかしてボクのこと…心配してくれるの?」
パッと顔を赤らめて、狛枝は落ち着きなく言葉を口にする。彼にも純粋な一面はある。気遣ってやると、狛枝は案外簡単にそれを見せてくれる。狛枝は優しくされることに慣れてないらしく、日向が心配するといつもこんな調子だった。これもまた隠された彼の本性だと思う。日向は狛枝に優しくすることに、少しずつ快感を覚え始めていた。
「…ありがとう、しっかり眠れてるよ。裁判中に寝る訳にもいかないし、ボク頑張るからね!」
「狛枝…。すまない、頼むな」
日向が労いの言葉を掛けつつ微笑みかけると、狛枝はぱちぱちと瞳を瞬かせた後、幸せを噛み締めるようにふにゃりと表情を崩す。こんな顔を見せるなんて…。日向の心は狛枝の愛らしさにぐらぐらと揺れる。自他の死を厭わない彼の狂気ばかりに目がいっていた所為で気付かなかった。
「さてと、今日の噛み先はどうする?」
「左右田クンに…十神クンがクロを出して、ボクがシロを出した。ということは、日向クンも分かってるでしょ?」
「霊能…。花村を噛むってことか。ああ…だからお前、左右田にクロを出さなかったんだな」
占いCOは十神、狛枝の順だった。十神のクロ結果を聞いてから、更に左右田にクロの上塗りをすることも出来ただろう。しかし彼はそうしなかった。何故狛枝がシロを出したのか日向には分からなかったが、霊能結果を見れないようにするのならそれも納得である。
「…でも狩人がまだ生きてたら、絶対に霊能を護衛するはずだ。最悪抜けないかもしれないぞ」
「そうかなぁ。ボクの勘だと、狩人はもう死んでるんだけど」
「勘ってお前な…。死んでる中で狩人候補って、九頭龍と辺古山しかいないじゃないか!」
狛枝は「そうだよ」と軽快に頷いた。それを見た日向は思わず頭を抱える。命が掛かっているのにそんなに軽くて良いのかと…。七海、終里、澪田、小泉。生存中の狩人候補はこの4人だ。単純計算2/3の確率で狩人が残っていることになる。
「護衛してたらしょうがないってことで、やってみよう。選択肢は1つさ。悩んでいても仕方ないよ。どちらにしろ花村クン以外を噛んだら、霊能結果が出てボクは破綻するだろうね」
「お前が偽占い確定だったら、人狼は負けるぞ…」
「え〜、大丈夫だよ。1/3の確率くらい簡単だと思うけどなぁ」
「狛枝…、何でそんなに余裕なんだよ!」
「日向クン、ボクの才能忘れたの? 超高校級の幸運だよ? ボクは今、この殺人ゲームに駆り出されているという不運を担保に幸運を引き寄せている。だって輝かしい希望であるみんなの内、誰かは必ず死んでしまうんだ。それってかなりの不運でしょ?」
「その反動で、幸運が人狼側に舞い込むって言うのか? …それで勝てるんなら苦労しないぜ」
「……勝てるよ。絶対にね…」
どこか確信めいた声色だ。本当に危機感がないのだろうか。狛枝はクスリと笑みを浮かべ、日向に甘えるように更に体をくっつけてきた。昨日嗅いだのと同じ甘く痺れるような匂い。コテージ備え付けのボディーソープとは違う香りに、日向も我を忘れかける。
日向はもう1度、狩人候補を頭に思い浮かべた。七海は考察が鋭く、虚を突かれるような意見が多い。視野も広く、今1番人狼の脅威になっている。終里はあまり議論に参加出来ていないようだ。吊り先に困ったら、間違いなく吊られるだろう。澪田は中々面白い意見を出してくるので結構目立つと思う。だが意見がまとまってきた時に水を差すような所がある。小泉はマニュアルっぽい推理を展開している。常に明日を迎えられるような安定した考察だ。
「………」
多弁な人間ばかりで狩人っぽくはないが、万が一ということもある。言葉を詰まらせ悩んでいる日向を、狛枝は優しげに見守っている。意見を強要することは決してない。彼は日向の出す答えが1つであることを知っているからだ。狛枝の言う通り、花村以外を抜けば左右田の霊能結果が出て、狛枝の偽が証明される。狩人云々以前の問題だった。
「あはっ、考えは決まったかな?」
「………花村しかいないんだろ。はぁ…」
「左右田クンを囲う目的もあったし、彼がシロっていう可能性を少しでも残したかったからね。ボクが占った罪木さんの霊能結果が分かって、十神クンが占った左右田クンの霊能結果が分からない。つまりスケープゴートとなった左右田クンの結果を、狼が隠したがってる。それがみんなに伝われば、更に十神クンの信用を落とせるよ」
あくどい。賭けに出ているという部分を差し引いても、狛枝の作戦は綿密だ。勘というか、幸運に頼っている所が何とも言えず不安だが、今は噛みが成功することだけ祈ろう。
「占い先はどうするんだ?」
「えっとね…、次はキミにシロ判定を出そうと思ってるよ。そろそろ囲っておかないと、日向クンが十神クンに占われてしまうからね」
「分かった。一応シロを出されても、お前を妄信しないようにする」
あまり偏った考えを持っていると、すぐに吊られてしまう。人数が少なくなってきた今の村なら、日向が吊られてしまってもおかしくはない。
「その方が良い。キミと七海さんがリードするような形が理想的だ。ボクは仮にも占い師だし、サポートに回るよ」
「七海は残しておいていいのか? 明日くらいに噛んだ方が…」
村1番の脅威である七海。個人的に彼女には良い感情を抱いていたが、人狼ゲームとなれば話は別だ。鋭く切り込んでくる彼女に内心ひやひやしつつ、議論を繰り広げている。吊りに持っていくのは難しい。なのでなるべく早めに彼女を噛んでしまいたいというのが日向の考えであった。
「日向クン、安心して。明日のことはちゃんと考えてあるよ。ボクはキミを必ず生かしてみせる…」
「狛枝…」
「好きだよ、日向クン。本当に…、同じ陣営になれたことはボクの今までの人生で1番の幸運だ。キミと共に生き残る。それがボクの希望…。……ねぇ、旧館でのこと、覚えてる?」
旧館という単語を出されて、日向はバッと狛枝を凝視する。20日ほど前のことだ。普通なら記憶から消し去られていてもおかしくない過去の時間。だがあの時のことは今でも鮮明に思い出すことが出来る。テーブルクロスを捲って、しゃがみ込んでいる彼を見た時は一体何をしているのか分からなかったが、手の先にチラリと見えた鋭利なナイフにギクリと心臓が冷えた覚えがある。
「……お前が、その…誰かを殺そうとしてた時の…」
「この島に来た時から、何となく…ここがボクの死に場所だと思った。日向クンと出会えて、楽しくて、嬉しくて…。とんでもない幸運だった。こんなことは許されない。後で来る不運は、きっとボクを殺すだろうって」
「………」
狛枝はどこか遠い目をしていた。白い髪に白い肌を持つ彼は妖精のように神秘的で、瞬きをした瞬間に消えてしまいそうな儚ささえ感じる。
「でもキミはそんなボクの根源とも言える考えを壊してくれた。…それはもう見事にね。ボクの中にも希望はあるんだって、キミが言ってくれたから。だからボクは今ここにいる。日向クンの隣にいる。そしてキミはボクが隣にいることを許してくれてる。こんなボクなんかを…」
「狛枝、もう…いいから」
「分かってるよ。傍に置いてくれてるだけで十分だ。ボクは満足しているよ。キミの役に立ちたい。キミの願いを叶えてあげたい。…日向クン。キミはボクのことを決して好きにはならない。希望溢れるキミにふさわしい、素敵な女性と結ばれるだろう。だけどボクはそれでも…キミを愛している」
「っ狛枝…!」
「あっ」
気がついた時には狛枝を抱き締めていた。力の限り、きつく。見るからに華奢な体が日向の腕の中にすっぽりと収まる。抱き心地は良くない。骨っぽくて硬い男の体だ。だけどそんなことはどうでも良かった。一途な想いを口にする狛枝を放っておけなかった。ゆっくりと腕を外して、体を離す。狛枝は赤らんだ頬を携え、ぽぅっとした表情で日向を見上げた。
「…ひなた、クン。ボク…」
「狛枝、俺は…」
「いいよ。もっと利用して良いんだよ、ボクのこと。ボクはキミの奴隷。キミの言うことは何でも聞いてあげる。ボクの全部をキミにあげる…」
「奴隷だなんて…ッ!」
「ふふっ、思ってないって? キミは優しいよね。ボクの欲しい言葉を知っている。枯渇しないように、ボクに水を与えてくれる…。それだけでボクは生きていけるんだ」
理解出来るはずがないと思っていた。怖いという本能的な恐ろしさは今も変わっていない。だけど狛枝の気持ちを聞いてしまったら、黙っていられなかった。ただただ健気だった。確かに狛枝は心が読めないという不安はある。ただここ数日密な会話をするようになって、分かったことがある。狛枝には悪意がない。最初に殺人を犯そうとした時も、そこに悪意はなかった。純粋にみんなのためを思って、殺人を行おうとしていたのだ。
そして今は日向のためを思って、一心に人狼を導いている。彼を突き離すことは出来ない。やっぱり、自分は狛枝に堕ちる運命だったのだろうか。日向はゆっくりとした動きで、狛枝の顎に指を添える。
「……狛枝。もっと良く、顔を見せてくれないか?」
「日向クン…」
ゆらゆらと瞳を揺らした狛枝だったが、すぐにキスの合図だと察知してくれた。恍惚とした表情で、狛枝は言われるがままに顔を上げる。日向は僅かに口を開けて、舌で狛枝の唇をペロリと舐めた。
「ひゃっ!? …ひ、日向クン!」
「ご褒美…、ほしかったんだろ? やるから。もっと口開けろ」
「ん、うん…」
素直に頷いて、狛枝は口を薄く開いた。中に見えるピンク色の舌目掛けて、日向はかぶりつくようにキスをする。
「んっんん…んむ…んんぁ…ひな、たクン……ッはぁ……」
「…ダメだ。まだ終わりじゃない…。なぁ、狛枝。俺の言うこと、何でも聞いてくれるんだろ?」
「うん…、うん、ボク、何でも……、日向クン…! んぁ…んんッんぅ……」
日向にしがみ付いて、夢中でキスを交わす狛枝はとても可愛い。ああ、堕ちてしまった。好きにならないはずだったのに。だけど後悔はしてなかった。彼がいてさえくれれば、自分は満足だ。体をビクビクとさせ、狛枝はキスに感じ入っている。もっと長く、もっと深く…。互いを求め合う貪欲な口付けの音が、しばらくの間レストランに響いた。

Back 〕  〔 Menu 〕  〔 Next 〕 



07.6日目・夜
6日目の学級裁判が終わり、十神が処刑された。残り7人。

学級裁判も5日が過ぎ、16人いた修学旅行メンバーも半分以下の人数になった。幸いなことに日向も狛枝もまだ生きている。そして狛枝の予想通りに花村は噛まれ、左右田の霊能結果が表沙汰になることはなかった。狩人は恐らく死亡している。何もかもが狛枝の手の上で面白いように転がっていた。
後何人死ねば、平穏が訪れるのだろう。日向はそればかりを心待ちにしていた。敵の陣営のメンバーがどうなろうと自分の知ったことではない。もう心は麻痺してしまっていた。学級裁判で疑わしい者を処刑する。まだ死んでいないとはいえ、本当に自分達の手で死を導いているような気がするのだ。言外に「死ね」と言われて、顔を強張らせる村人を見るのが何だか楽しくなってきた。
早くゲームを終わらせたい。そうすれば狛枝とずっと一緒にいれるのだ。自分と狛枝の邪魔をする村人が憎くて仕方なかった。
「狛枝!」
レストランへの階段を駆け上がり、テーブルに視線を向けると狛枝は既に席についていた。ただ彼はどことなく浮かない顔つきだ。日向は首を傾げつつも彼の右隣に座る。そして、下から覗き込むように美しい彼の顔貌を観察した。
「やぁ、日向クン…」
狛枝は日向を見て、薄らと微笑む。偽占い師として参加しているだけあって、狛枝も生き残りの中では中心人物だ。目まぐるしく展開する裁判に疲れ切っているのだろう。少しやつれたような印象があった。
「…大丈夫か? 狛枝。顔色悪いぞ。裁判で疲れてるのか?」
「平気だよ。裁判に疲れたのとはちょっと違う理由で落ち込んでいるんだ。これはゲームで、死なないのは分かってるんだけど、キミと別れるのはやっぱり辛いなって…」
狛枝の溜息混じりの言葉を聞いて、日向は血の気が引いた。自分と別れる…。彼はハッキリと言った。狛枝は人狼を、日向を絶対に裏切らない。だとすれば、それは…。言葉の意味を理解し、日向は顔を真っ青にして震えあがった。
「俺と別れるって、…まさかっ、占いローラーか!? ほとんどの奴が狛枝を真で決め打ちしてたんだぞ? だから今日は十神が吊られたんだ。お前を吊る必要なんてないだろ!」
「そうじゃない。ローラーは意見が別れてるから、正直ボクが吊られるのは半々って所かな。アピールで吊りを回避することも出来るけど…」
「狛枝…?」
「…日向クン、今日の噛みはボクでお願いするよ。占いが破綻して疑うような人間が出てくる前に、シロとして死んだ方がまだ良い」
狛枝は冷静に言い放つ。その後に続く理論も整然としていて、軸はぶれていない。人狼ゲームがシミュレーションだから落ち着いているというのもあったが。だがそれでも日向にとっては衝撃だった。仲間である狛枝を噛み先に指定するなんて。唯一の味方がいなくなってしまう。しかも自分の手で狛枝を殺めるのだ。日向はガチガチと小さく歯を鳴らしながら、首を大きく振った。目の奥がジンジンと痺れてくる。
「い、嫌だ…。嫌だよ、お前を殺すなんて…! 俺には、出来ない…」
「…日向クン、泣いてるの?」
「なぁ、狛枝。俺を置いていかないでくれよ…。もっと別の方法があるだろ? お前だったら違うやり方だって、」
必死な形相でかしずく日向を見て、狛枝は困ったような表情を浮かべた。緩慢な動きで日向の背中に腕を回し、日向の頭を抱き抱えた手で優しく撫でる。温かい…。狛枝の体温を感じ、日向の心は凪いでいく。離れたくない。そんな想いを瞳に乗せ、狛枝を見やると、彼は苦しそうに目を閉じ、唇を噛み締める。綺麗な桜色のそれは血色を失い、真っ白になっていった。
「大丈夫、ボクは死なないから。ゲーム上、噛まれるだけだ。お願い、…日向クン。もう占えそうな場所がないんだ。今の所、ボクは村人に対してクロを出していない。だから真占いの可能性がある。だけど明日ボクが生きてたら、十神クンが占った先を占わなければならない。澪田さんか七海さん。どちらかにクロを出さないとボクは破綻する。終里さんを占ってもみんなの反発を買うだけだしね」
「別に破綻したって…!」
「ダメだよ。いずれにしろ、そうなったらボクは吊られる…。ボクを疑う人間は残したくないんだ。ボクがシロを出したキミにも影響が及んでしまう。村に命を委ねるくらいなら…、キミに殺された方がマシだ!」
「………」
「日向クン…!」
決意の籠った灰色の瞳、言葉の強さから滲み出る強い意志。ふわふわと柔らかい彼の雰囲気とは対照的な力強さに、日向は言葉を失った。狛枝を噛む…。彼の言うことだから、きっと間違いはない。自分は狛枝を信じている。諦めたように「…分かった」と短く返すと、狛枝はパッと輝くような笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、日向クン…」
「………ああ」
「ねぇ。キミが本当に人狼で、ボクが狂人だったら…どうなってたのかな。キミがボクに噛みついて殺してくれるのなら、ボクはきっと喜んでそれを受け入れるだろうね。心酔する対象である人狼…、しかも大好きなキミに殺されるだなんて、考えただけでも体の震えが止まらないよ。ああっ、素晴らしいよね…!」
日向には理解しがたい狂った妄想を膨らませ、狛枝は生き生きとした表情で語っている。まさに、狂人。だがただの妄想で終わらなさそうなのが狛枝のすごい所だ。現実に彼が日向に噛まれることがあっても、両手を広げてその牙を甘受するだろう。
「人狼ってどうやって人間を食い殺すのかな? 喉笛に噛みついてって感じかな? それとも骨も残さず食べちゃうのかな? ボクだったら全部食べられたいな! 肉があんまりついてないし、おいしくないかもしれないけど…。日向クン、ボクのこと全部食べてね? 目玉も脳みそも内臓も血管も食いつくして、余す所なく骨までしゃぶって…。残したら、嫌だよ? そしたらボクはキミの血となり、肉となる…。キミと1つになれるんだ!」
ゾクゾクと肌を粟立てて、狛枝は蕩けた顔で口の端から涎を垂らす。荒くなった息を徐々に抑えて、狛枝は最後に大きく「はぁぁあ…」と息を吐いた。日向は浮かない顔つきで、彼をじっと見ていた。
「狛枝…、もし負けたら、次に会うのはおしおきの時かもな。だから…」
「日向クン、ボクは負けるなんて考えてないよ。大丈夫、キミならきっと出来る。一応、ボクの考えを全部キミに伝えておくね」
現実的思考を持つ狛枝は気休めを言わない。どんなに絶望的な状況でも、彼がそう言ってくれるだけで日向の気持ちは上向きになる。狛枝はニコッと笑って、日向に灰色の瞳を向けた。


……
………

狛枝が想定する全てのケースを聞き終わり、日向は肩から力を抜いた。これほどまでに多くのことを考えていた彼はやっぱりすごい。1時間通して話し続けていた狛枝もさすがに疲れたようで、綺麗な形の瞼がやや落ち気味になっている。
「ありがとう、狛枝。これなら何だか勝てそうな気がする」
「完全じゃないけど、ボクが言えることは全部キミに伝えた。ボクは絶対勝てるって信じて、…ううん、確信してる。だからキミとの最後の会話になるなんて心配はしていない。ボクの想定通りにゲームが進むことを祈ってるよ…」
日向は狛枝の体をそっと抱き寄せた。会議を終えた後の恒例になった、日向と狛枝の口付け。しかしそれを遮るかのように狛枝は日向の胸板を押し返した。
「狛枝…?」
拒絶されたのかと一瞬ショックを受けたが、そうではないらしい。その証拠に狛枝は顔をほんのりと赤らめたままだった。
「あの、ね…。ゴミムシであるボクが言うのもすごくおこがましいんだけど、キミにお願いがあって…」
「何だ?」
「今じゃなくて、狼が勝った時に…。あ、無理なら良いんだよ! ボクはキミのものだけど、キミはボクのものじゃない。そんなの身に染みるほど分かってる。キミが嫌なら、受け入れる必要はないことさ。だけどね、キミは優しいからもしかしたらって夢見てしまうんだ…」
「? …狛枝? 遠慮なく言ってくれよ」
優しく促してやると、狛枝は迷っているのか視線を左右に揺らした。日向はその唇から零れる言葉を受け止めようと、じっと待つ。やがて狛枝は体をずらし、日向の耳に顔を近付けた。恥ずかしいのか手で口元を覆い、内緒話のように耳打ちをしてくる。
「キミと、1つになりたい」
「………」
言われたことを理解するのに数秒を要した。本気か?という意味を込めた視線を狛枝に投げかけると、彼はこくこくと何度も頷く。
「……ダメ、かな?」
可愛らしく小首を傾げる狛枝に、日向はすぐに返事を返せない。もし勝てたら、自分は狛枝と…。その光景を想定して、日向はゴクリと喉を鳴らす。
日向は狛枝をまじまじと見た。妖美な灰色の瞳、スッと通った鼻筋、薄く色付いた綺麗な唇。その顔立ちは完璧なまでに整っていて、彼が男であることなど小さな問題に思えた。病的なまでに白い肌。その体が華奢なのは何度か抱き寄せたことで分かっている。細い腰のラインなど堪らなく性的だ。そんな彼と深い関係になるなんて…。考えただけでも頭が熱くなる。
狛枝は日向の返事をただじっと待っている。今ここで断っても、狛枝は明日の人狼ゲームに参加しないので何の影響もない。狛枝に依存する必要も、恐怖に支配される不安も感じなくて良いのだ。縛りはない。全ては日向の意思である。今初めて、狂人は人狼にひれ伏している。その絶対的な征服感に日向は背筋を戦慄させた。
「狛枝…」
日向は狛枝に体を近付ける。ふわりとした彼の柔らかい髪が日向の頬に触れた。狛枝の耳が見えるように髪をかき分け、そこに唇を寄せる。彼がしたように、日向も彼に耳打ちをした。

Back 〕  〔 Menu 〕  〔 Next 〕 



08.7日目・夜
7日目の学級裁判が終わり、終里が処刑された。残り5人。

明日が最終日だ。今回の学級裁判後に、ゲームの終了を告げるアナウンスが響くことはなかった。村人達はまだ人狼が残っていることに慄いていることだろう。
日向はコテージから出て、レストランの方へと歩き出した。何となくの習慣だろうか、自然と足がそちらへと向いてしまう。夜時間は毎日ここで他の人狼達と囁きを交わしていた。レストランは狛枝と自由に会話をすることが出来た唯一の場所。日向はロビーから階段を上がり、レストランフロアへと足を踏み入れた。
「………」
誰も、いなかった。当たり前だ。人狼陣営はとうとう日向1人になってしまったのだ。
『あれあれあれあれ〜? 日向ク〜ン? 人狼会議はもうないよ!』
「モノクマ…」
いつの間にか背後から現れたモノクマに、日向は沈んだ言葉を返す。心のどこかで期待していた。昨日までと同じように、ここに狛枝が来ているのではないかと。でもいくら見回してもモノクマ以外の人影はない。白いふわふわとした髪の愛しい彼の姿はどこにもない。
「……モノクマ、狛枝はどこだ?」
『それは言えません! 諦めて、コテージでおねんねしなよ。日向クンが探しても絶対に見つからないし』
「狛枝に、会いたいんだ…。頼む、…会わせてくれよ! モノクマ。なぁ…!」
『無理だって。あのねぇ、ボクはルールには公平なんだよ? ゲームが終わったら会わせてあげるって。そこはちゃんと信じてくれてもいんじゃない? ボクの可愛さに免じて!!』
狛枝に、一目会いたかった。しかしモノクマはそれを許さない。狛枝には、…会えない。分かってはいたが、その事実が日向の心を不安定にさせた。名前を呼んで、微笑んで、隣にいた彼が…消えてしまったのだ。日向はブツブツと狛枝の名前を呼び続ける。
「こまえだ…、こまえだ…、狛枝狛枝狛枝…ッ!」
『ん? 狛枝クンの片想いだと思ってたけど、実はそうじゃなかった系?』
「どこにいるんだよ、狛枝…。こまえだ、こまえだ…、」
『日向クンって意外と鬼だよね! キスとスキンシップだけで狛枝クンを骨抜きにして利用して、彼の気持ちには一切答えないだなんて。カワイソーな狛枝クン! まぁ、彼もそれは分かってて、キミに尽くしてたんだろうけど!』
「…うるさいッ!! 狛枝はどこだ!!!」
『んもう! 話の分かんない奴だなぁ。絶対に会わせられませーん!』
モノクマの絶対の返答に日向は唇を噛み締めた。何を言っても、狛枝には会わせてくれないのだろう。日向は締め付けるような胸の痛みに耐えながら、レストランから足早に出て行った。


……
………

コテージのベッドの上。ようやく落ち着いた日向は、明日の学級裁判についての思考を巡らせていた。今夜1人噛んだ後、もう1人吊れば、人狼の勝利だ。もう少しで狛枝に会える…。残っているのは日向、七海、ソニア、澪田、小泉の5人だ。
「明日は確定シロを噛む…。ソニアしかいないな…」
七海も澪田も十神からシロを受けて生きているので、妖狐の可能性はゼロ。村人だろう。小泉は十神からシロを貰っていないが、言動から見て妖狐はありえない。誰が人狼なのか…? 明日は自分を含めた4人の殴り合いとなる。もう我武者羅に進むしかない。綺麗事など言っていられないのだ。かつての仲間を吊って、勝利を手にする。残った村人を手八丁口八丁で騙し、一緒に1人を処刑しなければならない。目頭が熱くなり、目尻から涙が流れ落ちる。それを日向は乱暴に拭った。
「ごめん、みんな…。ごめんな」
村人のふりをして、陥れる残酷な人狼。それは紛れもない自分だった。今まで人狼ゲームを進めていて、泣いたことは1度もない。なるべく考えないようにしていた。負けた陣営がどうなるのかを。おしおきを受けるのは村人か人狼か…。

狛枝が噛まれ、この日の学級裁判は波乱に満ちた。人狼に噛まれたということは、狛枝は少なからず人間であったのだ。その話で裁判場は持ち切りだった。霊能とラインが繋がっていたことも踏まえて、狛枝を真目に見る人間は多かった。ただ七海だけはその結論を出すのを最後まで渋っていた。
「狛枝は七海をラストウルフにしろって言ってたけど…」
結構、無茶なことを言っていると思う。七海は人狼の脅威となる存在だ。だが狛枝はそこを逆手に取るという考えを打ち出してきた。『脅威となりうるのに、何故噛まれないのか=それは彼女が人狼だからだ』。今の内からその思考を周囲に広げなくてはならない。だがそれをあまり強く言うのは良くない。さり気なく今日の学級裁判で「鋭い七海が残っていてくれて良かったよ」と言ってみたが、その言葉の裏を探ってくれる人間が果たして何人いることやら…。

「こまえだ…」
1人残ったラストウルフ。日向はベッドに寝っ転がり、狛枝のことばかり考えた。早く会いたい…。少しの間だけ会えなくなるだけだ、と彼は笑った。しかしたった1日狛枝と離れただけなのに、日向は既に限界に近かった。乾いた心を潤したくて、体が狛枝を求めている。
狛枝も自分と同じようなことを今考えているのだろうか…。ぼんやりと日向は思いにふける。きっと1人では生きていけない。最初に出会った時からは想像もつかないくらい、日向は狛枝を欲していた。こんなにも彼を渇望するとは思っていなかった。
「………」
ふとモノクマに言われたことを思い出す。自分は狛枝に対して、好意を口に出したことがなかった。それに今更ながらに気付き、少しばかり後悔する。狛枝は何度も日向に『好きだ』と言ってくれた。だけど自分は彼に何も返していない。今まで狛枝はどんな気持ちで自分の隣にいたのだろう。次に会えたら、例え彼と共に死ぬことになっても、愛してると伝えたい。好きだ、好きだ、狛枝が好きだ…。誰よりも愛してる。…愛している。
「狛枝、狛枝、…こまえ、だ……」
既に日向の中で、人狼を勝たせるという目的は二の次になっていた。ただ狛枝に会いたい。そのために人狼を勝利させる。彼の微笑みばかりが日向の頭に浮かぶ。ずっとずっと、狛枝は日向を助けてくれた。自身が持っている全てを差し出して、愛してると言ってくれた。ならば自分も狛枝に全てをあげたい。血でも肉でも骨でも…、全て彼のものにしてほしい。

『日向クン、ボクのこと全部食べてね?』

今なら分かる、彼が望んだことが。人狼と狂人。もし逆の立場なら…、自分も狛枝に食べてもらいたい。妖艶に微笑んだ狛枝の牙が自分の肉を引き千切る光景を想像して、日向は股間を勃起させた。全身が熱を持ち、意識が朦朧としていく。膨らんだ欲望に恐る恐る手を伸ばした日向は、ズボンからそれを取り出し、ゆっくりと扱き始めた。
「んん…はっ……」
狛枝の指が体に触れるその感触を記憶の中でなぞった途端、突き抜けるような快楽が込み上げてくる。耳元で彼の艶っぽい声が響いた気がして、日向はビクビクと体を痙攣させた。もし彼が自分を触ってくれたなら…。昨夜に交わした約束を思い出し、日向は顔に熱が集まるのを感じた。人狼ゲームで抑え込んでいた分、その欲情は荒々しい。既に宥めようもない程に分身は熱く勃ち上がっている。
「あっ…、ふっ…ん、こま、えだ……はぁ…」
無意識に狛枝の名前を呼んでしまう。自分は彼しかいらない。他はどうだっていい。心も体も、魂でさえも…。狛枝の全てが日向のもので、日向の全ては狛枝のものだ。日向の世界には狛枝しか存在しない。自慰なのだから早く解き放ってしまえばいいのに、幻の狛枝をもっと感じていたくて、日向はぐずぐずと絶頂の瞬間を引き延ばしていた。
「くっ、狛枝……、あ、ダメだ、んぁ…っ」
狛枝の全てを許すような穏やかな微笑みを思い浮かべる。段々と日向の下腹部に熱が集まってきた。我慢が出来ない。慌てて分身を手で握り込み、日向は小さく呻く。掌に生温かい液体がぬるりと垂れ、シーツにぱたりと落ちた。
「………っ」
じっとりと絡む汗が乾いて、日向の体温を冷やしていく。その冷たさが日向を現実へと引き戻した。久しぶりに得た快楽だったが、気持ち良かった分だけ心には酷く虚しい想いだけが残る。彼と離れてから、初めて理解出来た。狛枝があの時囁いた願いは、日向が望むことでもあったのだ。
「1つになりたい…」
ぽつりと零れた呟きはコテージに散り、消えていく。日向は胸を噛む激しい痛みに、背中を丸めて小さくなった。
「狛枝…」
日向は目を閉じかける。早く、早く、会いに行かなければ…。狛枝に、会いたい。狛枝、狛枝、狛枝…。心の中で名前を呼び続けている内に、瞼が下がり、日向は深い眠りへと落ちていった。

Back 〕  〔 Menu 〕  〔 Next 〕 



09.最終日
8日目の学級裁判が終わり、七海が処刑された。学級裁判、閉廷。

『はいはい、オマエラご苦労様〜。汝は人狼なりや?はここで終了となります!!』
ぴょんと議長イスから飛び降りたモノクマは、裁判場の中央まで来ると大きな声でそれを宣言した。しゅうりょう…。終了? その言葉をトレースした日向は目を見開いた。終わったのだ。この狂気のゲームが…。どんよりと暗い裁判場にいるのは日向と小泉と澪田だけだ。
「終わった…? ……やっと、終わったの? もう、全部?」
日向が口を開く前に、隣にいる小泉が両手を胸の前で組みながら、恐る恐るモノクマに問いかける。その声は恐怖からか揺らいでいた。モノクマは彼女の問いにデレっと笑って、感慨深げに言葉を放つ。
『その通りです。長かった戦いについに決着がつきました。ハラハラドキドキしたし、ボク満足!』
「………終わった、のか」
「……終わり…? じゃあ、もう裁判……、やらないんすよね…!?」
澪田の上擦った声が裁判場に響いた。その言葉に、小泉はゆっくりと表情を崩す。まるで春の訪れに雪が解けるかのように。証言台から日向にニコッと笑いかけた彼女の目尻には嬉し涙が浮かんでいた。
「…あははっ、……やった! 勝ったんだよ、日向! アタシ達…、村人の勝利!」
「………」
小泉は声を震わせて、日向の手をパッと取った。その手は指先まで冷たく、裁判中ずっと緊張していたのが簡単に分かる。彼女はどうやら勘違いしているようだ。日向が人狼であるとは、微塵も疑っていないらしい。キラキラと輝く小泉の瞳は日向を信じ切っている色だ。ここから突き落としてやったら、彼女はどんな顔をするのだろう? どんな絶望を見せてくれるのだろう? 日向は嘲笑を浮かべる。想像するだけで失禁してしまいそうだ。
「小泉。……俺を信じてくれて、ありがとう」
「当たり前でしょ! アンタは……、この修学旅行に必要不可欠な存在なんだからっ!」
小泉は照れたように頬を赤らめた。日向の言った言葉の意味を知りもしないのだ。何故自分のことをこうも信じられるのか、本当に不思議だった。修学旅行と人狼ゲームは全くの別物なのに。日向は嬉しそうに笑う小泉の顔を無心で見つめていた。そういえば狛枝はどこにいるのだろう? 早く彼に会いたい。会って、抱き締めて、キスをして…。全てをもらい、全てを捧げるのだ。彼と1つになる…。日向の思考は今いる場所を飛び抜けて、狛枝へと及んでいた。
「どうしてこうなっちゃったんだろうね、こんなんで生き残ったって……、アタシ達…」
「………」
「日向、どうしたの? 何だか元気ない…。あ、…ごめん。アタシって無神経だよね。千秋ちゃんが狼だったのに……、これで人狼と妖狐はおしおき決まっちゃったのに…。はしゃいじゃって……」
「………ぷっ、……ははっ、…くくくっ、……あっははははははははははっ!!!!」
もう無理だった。腹を押さえて、日向は笑い崩れる。苦しくなるまで笑うなんて、久しぶりかもしれない。
「っ!? ひ、日向…? 何よ、いきなり笑い出して…っ!」
「何ってお前が笑わせるからだろ? 小泉……」
「え…っ」
「あ……、あっ……、真昼ちゃんっ! 真昼ちゃん…!!」
少し離れた場所にいた澪田がヒステリックな声を上げた。カッと開いた目は血走っていて、焦点が定まっていない。彼女は見てしまったようだ。皓々と光るスクリーンに映された残酷な結末を…。
「………日、向? いくら嬉しいからって…」
上目遣いに見上げてくる小泉は、背後にある巨大なスクリーンに映っているその文字にまだ気付いていないようだった。日向は黙ったまま、後ろを指差してやる。敵陣営とはいえ、いつまでもぬか喜びを味わわせるには酷だと思ったからだ。小泉はきょとんと首を傾げた後に、日向の指し示す方向に振り返る。サラサラした短い赤い髪が日向の視界の下で揺れた。


『最後の1人を食い殺すと、人狼達は次の獲物を求めて村を後にした…』
『「人 狼」の勝利です!』


裁判場のスクリーンに浮かんだその言葉を、小泉は茫然と見ていた。信じられないといった表情のそれが、段々と恐怖に滲み、カタカタと小刻みに震え出す。知ってしまった事実を受け入れるのは、想像を絶する辛さなのだろう。
「どういう、ことよ…! だって、千秋ちゃんを吊って、…お、終わりなんじゃ」
彼女はバッと勢いよくモノクマに視線を向けた。白と黒の邪悪なぬいぐるみは『うぷぷぷぷ!』と楽しそうにせせら笑う。
『分かりにくくてごめんね! 本来なら人狼が生きてたら、誰かを噛むために朝まで待たないとダメなんだけど、まぁそこは省略ってことで! ……日向クン、一応聞くけど誰を噛む?』
「どっちでもいいんだけど。…じゃあ、今目の前にいるから、小泉」
『オッケー! と言う訳で明日は小泉さんが無残な死体となって発見されますっと。それにより村人と人狼の人数は一緒になるね。つまり、人狼の勝利!! ぶっひゃひゃひゃひゃ〜!』
「え…、……、何よ……、これ。アタシ達、……ひなたを、信じて…」
小泉の泳いだ視線がスクリーンとモノクマを行ったり来たりしている。澪田は既にガクリと膝を落とし、静かに涙を流していた。
「小泉」
「っひぃ……!!」
日向は彼女の名前を呼んだ。しかし引き攣ったような声を上げて、小泉は後ずさってしまう。涙を浮かべ、頬の筋肉がピクピクと動いている。さっきまでの和やかな笑顔が消え、まるで凶悪な殺人鬼と対面したかのような顔だ。ガクガクと震えた足が床に引っ掛かったのか、その体はバランスを崩し、彼女は呆気なく尻餅を突いた。パクパクと口を動かすも、中々言葉が出てこないようだ。
「な、なん……で、おかし、い……だって、アタシは…」
「………」
「……ひ、日向、アンタが…最後の狼……、だったの?」
「ああ」
「…嘘、うそよ……。こんなの、だってアンタは、」
混乱し、たどたどしく言葉を並べる小泉。瞳を涙でいっぱいにし、視線は真っ直ぐに日向を向いている。瞬きをすると、パタリと透明な粒が目尻から零れていった。その様子を日向は静かに見据える。だが悲しみは湧いてこない。ゲームに勝って、自分達が生き残った。ただそれだけのこと。敗者は死ぬだけだ。
「うぁああっ、アタ、アタシ……何で……、千秋ちゃん…っ!」
小泉は顔を覆い、呻くように泣き出した。何と憐れな村人か。彼女達はこれからおしおきを受けるのだろう。はぁはぁと息を乱したモノクマが、小泉の背後からゆっくりと近寄っている。だが彼女は泣きじゃくるばかりでそれに気付かない。もう自分がここにいる必要もないだろう。早く外へ出よう。狛枝に会いに行くのだ。
「すまない、小泉、澪田。……さよなら」
死にゆく者に何を言ってもきっと意味はないのだろうけど、死に追いやってしまった負い目はある。形だけの謝罪の言葉を口にした日向は裁判場から出ようと、エレベータの上ボタンを押した。
「ごめんごめんごめん、ごめんね、みんなぁ…アタシ…負けちゃ、って…。うぁあ、うわあああああっ!!」
「ひっぐ、唯吹……死んじゃうんす、か…? ううっ、白夜ちゃあああん!! ぅええええええん!!」
背中から泣き叫ぶような小泉と澪田の嗚咽が聞こえる。だが気にすることはない。人狼は勝利したのだ。日向がエレベータに乗ると、背後から聞こえていた2人の咽び泣く声はぷつりと途切れた。ゴウンゴウンと轟音を響かせて、エレベータは上へ向かう。上階を示すランプが順々に点灯するにつれて、日向の胸がドキドキと高鳴っていった。


……
………

扉が開く。その先のモノクマロックの砂浜に、人影がぽつんと立っていた。白いふわふわの髪と深緑色のコート、黒いズボン。視界に入れるだけで安心感が心を満たす。彼だけがモノクロの世界に鮮やかに色付いている。
「…日向クン!」
「狛枝!!」
狛枝の優しい微笑みに、日向は胸がキュンとなる。込み上げる喜びを胸に、大きな声で名前を呼んだ。やっと会えた…! 狛枝の元へ駆け寄ろうとすると、彼も嬉しそうに破顔して日向に向かって走ってくる。1日しか空いていないのに、久しぶりに感じる。勢いよくぶつかってきた狛枝を受け止めて、日向は力の限り抱き締めた。鼻腔を擽る彼の甘い匂いを胸一杯に吸い込む。
「え…、ちょ…オメーらって」
抱き合う日向と狛枝に、外野から声が掛かる。その方に顔を向けると、驚愕している左右田と泣いている罪木が立ち尽くしていた。人狼陣営の2人である。最初から狛枝以外にもいたようだ。何故気付かなかったのだろう? 頭に疑問符が浮かんだ日向だったが、とりあえず2人にも明るく声を掛けた。
「左右田、罪木…!」
「ついでみてーな言い方すんじゃねーよ! 何か傷付くだろッ。つーかマジホモ? くっついた?」
「ふゆぅ…、日向さぁん! 勝ったんですね、私達…。ふええええんっ、良かったですぅ、ずっと信じてましたぁ…」
「ボクも信じてたよ。日向クンはボクらの希望だもん。絶対勝てるって思ってた」
目尻を下げた柔和な狛枝の笑みが、日向の目の前にある。この瞬間をどれだけ待ち侘びていたことか…。もう1度ギュッと強く狛枝を抱き締めると、彼は「痛いよ、日向クン!」と笑いを含んだ声で楽しそうにそれに答えた。
「勝ったんだ…、俺達。生き残ったんだ…!」
「チーム人狼の勝利だぜ。へへっ、マジで死を覚悟してたけど、やったな!!」
『うぷぷぷぷ〜ぅ。とりあえず人狼陣営のオマエラ、勝利おめでとー』
喜びを分かち合う4人の前に、モノクマが砂を巻き上げながら派手に登場した。ビクリと罪木が体を痙攣させ、日向の後ろにさっと隠れる。その様子に狛枝はチッと舌打ちをするが、特に咎めることなくモノクマに視線をやった。
「何しに来たの?」
『何しにってヒッドイなぁ〜! ボクは仮にもゲームマスターなんだよ。オマエラのセッションの世話をしてきたのは全部ボクだってこと忘れないでよねっ、ぷんぷん! …でも、ま・いっか! 勝ったんだし〜』
ムキーッと両手を振り上げるモノクマだったが、すぐにぽややんとした顔に戻った。気まぐれなようだ。
『オマエラに今後の予定を伝えようと思いましてね。今日と明日は丸々フリーだよ。殺し合うなりハメハメするなり好きにしてね!』
「誰が殺し合うかっつーの!!」
『そんで明後日は卒業試験になりまーす。時間になったら集まる場所をアナウンスするから、ちゃんと来てね☆ これから村人陣営と妖狐陣営のおしおきをするけど、見たい人は見物していってもいーよ。それじゃーねー!』
言いたいことだけ言ってしまうと、モノクマはぴゅんとものすごい勢いで走って行ってしまった。1秒しか経ってないのに、もう見えなくなっている。
「………」
「………」
「………」
「……あのぉ、帰りましょうか」
罪木が声を発して、左右田が「おう」と小さく呟く。罪木と左右田がモノクマロックを後にし、ざくざくと砂を踏み締める音が響いた。おしおきなんて見たくなかった。日向もそうだ。仲間が死ぬのが悲しいから、残酷だから…という理由ではない。時間の無駄だからだ。
「狛枝、狛枝…!!」
「日向クン、会いたかったよ…!」
「今までごめんな。狛枝…、好きだよ。俺にはお前だけだ。愛してる…」
「! 日向クゥン…! ボクも好き、好き…! ッ大好きだよ」
再び狛枝を抱き寄せて、激しい口づけを交わす。舌を絡めて、吸い上げて、ちゅっちゅと音を立てる。狛枝の細い腰を撫でて体を密着させると、日向の熱くなった下半身が相手に伝わった。狛枝は驚いたように一瞬顔を離したが、またすぐに日向に抱き着き、ねっとりとした深いキスを再開した。
「はぁ、はぁ…狛枝…、んっあ、んんッ! あ…」
「ひ、なた…クン…、ああっん、ン…やぁん…はっ、ん」
ぐりぐりと下半身を押し付けていると、狛枝のも同じように腫れて熱を持ってきたのが分かった。勃起したそれをお互いに擦りつけ合いながら、貪り尽くすようなキスは続く。離れてしまった時間を埋めるように、それは止まる気配がなかった。
「んぁっ…ハァ…はぁ……日向クン、ひなたクン…」
「んちゅっ、んむっ…狛枝ぁ…、ははっ、狛枝だ…!」
「はっ、んん、…ねぇ、日向クン。そろそろ行こうよ」
「狛枝? 行くって、どこへだ?」
パッと場所が思い浮かばず、日向はきょとんとする。それに狛枝はぷぅと膨れて、日向を上目遣いで見やった。
「もう…、忘れちゃったの? ボクのお願い、聞いてくれるって言ったじゃないか!」
「!! あ、ああ…」
「ふふっ、可愛いね。顔が真っ赤だよ、日向クン」
狛枝が日向の頬に触れる。その白い指先は冷たかった。いや、冷たいのではない。日向の顔が熱くなっているのだ。狛枝が耳打ちした彼の願いをこれから叶える。全てを差し出し、全てを受け取る。互いが互いを求め、愛し合うということ。

『キミと、1つになりたい』

あの時囁かれた言葉が脳裏に蘇る。自分も同じ気持ちだ。こういう経験は初めてだし、少し恥ずかしさはあるけれど、狛枝となら大丈夫だ。日向は頬に触れている狛枝の手を取った。
「狛枝、行くぞ」
「うん! 今日は1日中、日向クンがボクを可愛がってくれるんだよね?」
とろんとした顔で はしたなく涎を垂らす狛枝に、日向の全身が興奮に包まれた。
「……明日も、な」
「あはっ、それじゃ行こうか。ボク達の愛の巣へ!」
狛枝は綺麗に笑う。2人はコテージのある島まで手を繋いで歩き出した。とても幸せな気分だった。狛枝と一緒にいられる。これ以上ない満足感と幸福感が日向の心を満たしていた。それは狛枝も同じらしく、道中「日向クン、日向クン」と甘えた声で名前を呼びながら、ずっとニコニコしていた。
並んで歩く2人の背後からは、鋭い銃撃音と少なくない人数の悲鳴が聞こえる。その音は島全体に響き渡り、日向と狛枝の耳にも届いた。
「逃げろ!! みんな…、くっ、何故……!」
「…やめろ、やめろおおおおお!!」
「ぐあああああッ、ぐぐっ、あがっ」
「……坊っちゃん……、がはっ、」
喉から絞り出すような慟哭。悲痛さを滲ませた叫び。空を劈くような悲鳴が鼓膜に響く。ああ、誰の声だっただろう。聞き覚えはあった。日向は声の主を探ろうと記憶を辿ってみたが、良くは思い出せない。
「ぐっ、んのやろおおおおお!!」
「ごめんねみんな、ごめんなさいっ、あ…」
「おねぇ! いやあああっ、やだやだやだッ」
「うぇえ、痛い…っす、いたぁい、ぅああ…!」
まぁ、どうでもいいか。隣にいる最愛の彼の頭を撫でて、その髪の柔らかさを堪能する。狛枝は猫のように日向に擦り寄ってきていた。じっと灰色の瞳に見つめられ、またどちらからともなくキスを交わす。
「止めて、ください、もうっ、いやです…!」
「死にたく、ないよ! しにたくないいいいッ!!」
「お願い…、お願い…もう…、」
「うああああっ、ああああああ!!」
日向は笑っている。狛枝も笑っている。幸せそうな2人は見つめ合いながら、弾むような足取りでコテージへと向かった。

Back 〕  〔 Menu 〕  〔 Next 〕 



+.おまけ
2日目
噛み:初日
占い:狛枝→辺古山○ 十神→花村○
吊り:西園寺
残り15人 日向、狛枝、左右田、罪木、七海、田中、ソニア、弐大、終里、辺古山、九頭龍、十神、澪田、小泉、花村

3日目
噛み:九頭龍(狩人)
占い:狛枝→罪木● 十神→九頭龍○
吊り:罪木(人狼)
残り13人 日向、狛枝、左右田、七海、田中、ソニア、弐大、終里、辺古山、十神、澪田、小泉、花村

4日目
噛み:田中(共有)
占い:狛枝→小泉○ 十神→澪田○
吊り:弐大(妖狐)
残り11人 日向、狛枝、左右田、七海、ソニア、終里、辺古山、十神、澪田、小泉、花村

5日目
噛み:辺古山
占い:狛枝→左右田○ 十神→左右田●
吊り:左右田(人狼)
残り9人 日向、狛枝、七海、終里、ソニア、十神、澪田、小泉、花村

6日目
噛み:花村(霊能)
占い:狛枝→日向○ 十神→七海○
吊り:十神(占い)
残り7人 日向、狛枝、七海、終里、ソニア、澪田、小泉

7日目
噛み:狛枝(狂人)
吊り:終里
残り5人 日向、七海、ソニア、澪田、小泉

8日目
噛み:ソニア(共有)
吊り:七海
残り3人 日向、澪田、小泉

Back 〕  〔 Menu 〕