// M→F //

09. ここはね、___の世界なんだ。
自分が誰かと恋に落ちて、その相手を抱き締める時が来るとすれば、それは今よりずっと遠い未来のことだろう。何となくそう頭に描いていた。それだけ俺にとって、恋とか愛ってのは良く分からないもので、人から話は聞くことはあっても自分には無関係だと蚊帳の外に置いていた。でも今は違う。唐突に訪れた彼との邂逅から何十日と経った今、俺は恋の味を知ってしまった。


希望ヶ峰学園の修学旅行で、狛枝 凪斗という人間に、俺は恋をしたのだ。


歌が、聴こえる。
囁くような吐息混じりの声が楽しげにメロディを奏でている。知らない、聴いたことのない歌だ。だけどどこか耳に残る懐かしい旋律。クスクスと笑い声が囀って、細い指が俺の髪を優しく梳く。体中がポカポカとあったかくて、何だかふわふわと空中に浮かんでいるようだ。気持ちが良い。身動ぎすると頬にスベスベとした何かが当たった。シーツか? いや、それにしては何だかしっとりしているような気がする。柔らかくてふにふにしてて、たまらない触り心地…。
「んっ……。ふふ、日向、クン…」
人肌の温度のそれにすりすりと頬擦りしていると、頭の上から歌を紡いでいたのと同じ声が降ってきた。あれ、今俺の名前呼んだよな? この声は…、狛枝だ。そう、狛枝…。………えっ!? 狛枝!?
「うお!!」
目の前のミルク色に驚いて、俺はバッと勢いよく起き上がった。「わっ」と小さな悲鳴がすぐ傍から聞こえて、その方向に視線をやる。シーツのハッキリとした白とは違う、ぼんやりと淡く滑らかな白が浮かんで見えた。
「…ひ、日向クン。いきなり起きないでよ! ビックリしたなぁ」
灰色の瞳を見開いて俺に形だけの文句を言うのは、ベッドに寝そべった狛枝 凪斗その人だった。気だるげに起こしたその体からするりとタオルケットが滑っていく。そこから現れたのは昨夜に散々抱き合っていた美しい肢体だ。
「あ……、」
呆けたような俺の声がコテージに響く。狛枝の色白の肌にはいくつもの赤い花が散っていた。首筋、肩口、腕、太もも、内股、脹脛。それから…、ふるんと膨らんだ2つの白い胸にも。狛枝は中央にある桃色の乳首をシーツで隠そうともしない。そのありとあらゆる所に所有の証を刻んだのは紛れもない俺なのだが、あまりにも厭らし過ぎて正視出来ない。というかさっきまで俺が頬擦りしてた場所って…、む、胸……。咄嗟に顔を逸らす俺を見て、狛枝はクスッと笑った。
「今更恥ずかしがっても遅いよ…、日向クン。ボク達、夜通し求め合ったんだよ?」
「………。も、求め合ったって……」
真っ白な頭で狛枝のセリフをそのままリピートするも、全くその通りなので反論のしようがない。彼―――今は彼女と言うべきなのかもしれないが―――を何度も何度も抱いた。唇が腫れるほどキスを繰り返して、吸いつくような柔肌を体中で堪能して、熱く潤った秘密の場所に俺のを挿れて。今も感覚が薄らと体に残ってる。蕩けて1つになってしまいそうなくらい気持ち良くて、夢中で腰振ってたんだっけ。

『あっ、ヤバい……、狛枝、また…ッ! 出るよ…うぁ……でる、くっ』
『ンぅ…日向クン、中に出して…! あぁんッ、はぁ…希望の種、もっと、もっとぉ…! あふぁっ、アッあっあああッ!』

うわぁああああ!! 思い出した記憶があまりにすご過ぎて、俺は頭を描き毟り、その場に突っ伏した。夢じゃない、現実だ! 俺…、狛枝と…、セ、セ……セックス…したんだ。いくら待っても心臓は落ち着いてくれなくて、ドクンドクンと体内に大きく鼓動を響かせている。色々と衝撃に打ち震えている俺を見て、狛枝はそっと肩に触れた。
「日向クン…、大丈夫?」
「えっ? あ、いや…。大丈夫だぞ。ありがとう、心配してくれて」
「………もしかして、後悔してる? ボクとセックスしたこと…」
長い睫毛を震わせて悲しそうにぽつりと告げる狛枝に、俺は反射的にぶんぶんと首を振った。後悔してるなんてとんでもない! 確かにキッカケはこいつが女になったことかもしれないけど。俺は狛枝と両想いになって、みんなの前で堂々と付き合えて、こうして裸で抱き合えるくらいに深い関係になれて良かったと思ってる。
「してないぞ! 誰がするか、後悔なんて。今のは、その…改めて恥ずかしくなったというか…」
「そっか。…それなら良かった。あはっ、日向クンもこれでめでたく童貞卒業だね! おめでとう」
狛枝はへらりと笑った。何だよ、童貞卒業って! 確かに狛枝とするまで童貞だったけどな。茶化すような言い回しに俺はムッとしてしまう。
「別に童貞卒業が目的じゃないから。狛枝を好きになって、好きになってもらって。お前の望みを叶えたいって思ったから、…したんだ。童貞だとかそんなの、狛枝と付き合えるならどうだって良い」
「日向クン……っ」
「俺はお前が好き。今まで誰かをこんなに好きになったこと、今までないんだよ。はじめて、なんだ。狛枝がすごく大事。誰よりも誰よりも、好きで……、あ、あ、あっ、あいしてる…」
また自然と体が震えて、湯気が出るほど顔が熱い。『愛してる』なんて、高校生には早過ぎる言葉かもしれない。でもこれが俺の正直な気持ち。死にそうなくらい照れ臭いけど、狛枝には分かってほしい。俺の言葉に狛枝はビックリしたように灰色の瞳を瞬かせていたが、やがてうるうると濡れた光を宿らせた。
「嬉しい…。日向クンにそう思ってもらえて、幸せ…だよ。ボクもキミを1番…、あっ、わわ…っ」
うっとりと目を細めた狛枝から零れ落ちていた音がふいに上擦る。何やらシーツを見下げて、慌てたように身を捩った。
「どうした?」
「…日向クン。シーツ……、すごいことになっちゃったね」
困ったように笑う狛枝の視線の先にはシーツの白い布地がある。良く見ないと分からないけど、微妙に一部が透けていた。彼に注ぎ込んだ欲望の詰まった精液が溢れて染みになっているのだ。その源となった狛枝の薄桃色の割れ目からは、たらりと白みがかった透明な液体が流れている。彼は残念そうにそれを見ていたが、やがて白い指先で精液を掬い上げ、ペロペロと舐め始めた。昨夜も顔に掛かったのが勿体ないとか言って舐めてたっけ。どんだけこいつはエロいんだ…。
「いや、謝るのはこっちの方だ。中に出したのは、俺なんだし」
何回出したのか途中から記憶が曖昧だから分からないけど、3回は確実だろう。それだけしてたら、子供が出来ていてもおかしくないよな? 俺だって覚悟は出来てる。中出ししたのはこいつが強請ったからって理由だけじゃないんだ。子供を作っても良いと思えるくらい、狛枝のことが好きだから。俺はすぅ…と息を吐いてから、ベッドの上で正座をして、狛枝に向き直った。
「あのな、狛枝。子供が出来てても出来てなくても、俺はお前とずっと一緒にいたい」
「ん? 責任取るってことかな? 日向クンは真面目だねぇ。そんなに堅苦しく考えなくっても良いんだよ。っていうか赤ちゃんなんて出来る訳ないじゃないか!」
俺の一世一代の告白に狛枝はニコニコしながら、辛辣な言葉を突き返した。え……。てっきり「ボクもキミと一緒にいたい」って言ってくれると思ってたのに、どうして…。さっきまでの甘ったるい空気が嘘のように掻き消えて、その変わりように俺は戸惑いを隠せない。
「な、何だよ! 俺は真剣に…っ。それに子供が出来る訳ないって、どういうことだよ。可能性は…」
「0だ。万に一つもない」
「万に一つもって、狛枝…。今のお前の体は女なんだぞ?」
「ああ、……日向クンは何も知らないんだったね。ここはね、___の世界なんだ」
「……は?」
狛枝の声が上手く聞き取れなかった。彼の唇は確かに動いているし、声を発しているのも分かる。だけど何だか壊れたレコードが早回しになったかのように、ある部分だけが音が飛んでいる。俺が聞き返したのを見て、狛枝はことんと首を傾げた。
「聞こえなかったかな? この世界は___だから、ボクとキミの赤ちゃんなんて、出来ないんだよ…」
すんなりと括れた白い腹を擦りながら、哀調を帯びた声で狛枝は言った。でもやっぱり聞こえない。不自然に抜け落ちているその単語に俺の胸がざわざわと騒ぐ。眉間に皺を寄せて黙っている俺の様子に、聞き取れなかったことを察知したらしい狛枝は肩を竦めた。
「どうやら情報をあまり広めたくないようだ。もう止めにしようか」
「………狛枝、お前一体…」
情報を広めたくない? …誰が? 狛枝は俺が知らない何かを知っているのか? 疑問が浮かんだが、何をどう彼に質問したら良いか分からず、咄嗟に言葉が出てこない。狛枝は俺に対して隠し事をしている訳じゃなさそうだし、下手に彼を責めるのは良くないだろう。それよりも…。
「子供が出来ないって、どういうことだ?」
「ウサミが言ってたことを思い出して、日向クン。ボクはこの島を出たら男に戻っちゃうんだ。妊娠、出来ると思う?」
すぐに男に戻ってしまうのなら、妊娠は不可能。狛枝の言いたいことはこれだろう。確かに一理ある。…もし子供が出来てたら、俺は嬉しかったんだけど。狛枝と家族になって、子供も一緒に3人で暮らすって幸せじゃないか? でも無理なんだよな。脳裏に家族になった俺達が楽しそうに笑っているビジョンが浮かんだが、それは光の粒となって消え去った。
「……子供が出来ないことは、分かった。だけど俺はそれでもお前と離れたくない」
「何、言ってるの? ボクは元々男なんだよ? キミがボクと一緒にいる理由はなくなる」
「ね?」と俺に同意を求めてくるその表情は、いつもののほほんとした笑顔。だけどそこから滲み出る狛枝の態度は泰然自若というか、どこか素っ気ない。何だか俺との間に温度差がある。それに我慢出来なくて、俺はすぐさま切り返す。
「っどうしてなくなるんだよ!? 俺はお前が男でも女でも構わないんだ!」
「…本当にそうかな? 道を外れることのないキミが、男のボクなんかに恋をするとは到底思えないよ」
腕を組んで、狛枝はそう吐き捨てた。違う、違う、違う…! 何でそんなこと言うんだよ。狛枝が男だった時に感じた胸の高鳴り。確かにあれは恋だった。そう主張したかったけど、それを裏付ける証拠なんてない。過去を取り繕っても何の意味もない。俺が目指しているのは狛枝と共にある未来だ。
「お前が、俺の気持ちを決めるなよ…!」
「決めてないさ。ただ今までのキミの行動と一般的な男子高校生の思考から、最も高い可能性を導き出しただけ」
「………っ」
理路整然とした狛枝の返答に俺は唇を噛んだ。多分、狛枝の言うことは正しい。男が男に恋をするなんてありえない。普通はそうだ。だけど、俺は違う。
「じゃあ…。修学旅行が終わって、狛枝が男に戻ったら、また告白する。それで良いか?」
これなら文句はないはずだ。男でも女でも狛枝が好き。その俺の気持ちが嘘偽りないことを思い知らせてやるにはそれしかない。問われた狛枝はひゅっと息を飲んだ。桜色の艶やかな唇が僅かに戦慄いたが、言葉を飲み込んだかのように喉がゴクリと動いただけだ。静かに目を閉じた彼はやがて言葉を吐露する。
「………日向クン、キミはどうしてそこまでして、」
「狛枝が好きだからだ! …分かれよ、何回も言ってるだろ?」
諭すように優しく声を掛けてから、俺は狛枝の体を抱き寄せた。触れられた瞬間、ビクッと狛枝の肩が揺れたけど嫌がる素振りは見せない。ふにょっとしたマシュマロのように柔らかい胸が俺の胸板に押し付けられて形を変えた。ドキドキしながら狛枝のすべすべの背中をあやすように何度も撫でる。段々と腕の中の体から力が抜けていった。
「……狛枝」
くったりと狛枝が俺に寄り添う。しなやかな体は力を入れたら折れてしまいそうなくらい細い。俺のこと、嫌いじゃないんだよな? 俺と同じ気持ちでいてくれてるんだよな? お前の全部を分かってやれたら良いけど、俺はそこまで器用じゃないから。でも頑張る。頑張って、少しずつでも理解していきたい。狛枝のことを…。
言葉を交わすことなく俺達は抱き締め合った。時間の感覚が分からないけど、しばらく2人とも動かない。くっついた所からじんじんと熱が伝わって、体が熱くなっていく。狛枝は「はぁ…」と熱に浮かされたような溜息を零した。
「日向クン……」
「…ん? どうした?」
「ひなたクン、ひなたクン……日向、クン…」
一言一言音を区切り、愛おしむように名前を呼ばれる。大丈夫。俺はここにいるから。狛枝はか細い声で俺の名前を紡ぎながら、ぎゅっと背中に強くしがみ付いてきた。俺もそれに応えるように腕に少しだけ力を込めつつ、彼の名前を呼ぶ。
「狛枝、…こまえだ、狛枝……っ」
狛枝が好きだ。好きで好きで堪らない。生まれて初めて自分より大事だと思える人が出来た。胸が張り裂けんばかりの想いを伝えて、その人からも同じように好きだと言われて。気持ちが通じ合い、最高潮に幸せなはずなのに。どうしてだろう、狛枝の心が掴み切れない。不確定な未来に確実なものが1つでもほしいんだろう。それじゃ俺に何が出来るんだ? 狛枝を好きな気持ちなら、誰にも負けない自信がある。だったら俺はその未来を信じる。
「男に戻っても、俺はお前のことを好きでい続けるよ」
「……そんなの、何の保証もない」
「確かにそうかもしれないな。だけど俺を信じて、待っててくれ。必ず、好きだって伝えるから…」
「………。…分かった。キミを…信じるよ。ずっとずっと、……待ってる」
背中に触れていた腕から力が抜けるのを感じて、俺は狛枝から体をゆっくりと離した。カーテンの隙間から細い光が差し込んでくる。どうやらジャバウォック島に太陽が登ったようだ。暖かな薄日が段々と強くなって、狛枝の髪や体を艶やかに照らしている。顔は逆行で見えにくかったが、灰色の艶麗な瞳が宝石のように煌めいている。筆舌に尽くしがたい美しさに、俺は思わず見惚れてしまった。狛枝が目尻を下げて、俺に微笑みかける。
「朝が、来たね……。キミとボクの、希望の朝…」
「そうだな。今日も1日、ずっと一緒にいような」
「………うん。時間の許す限り、ボクはキミと共にありたい」
長い睫毛を瞬かせ、狛枝は俺の唇を白い指でスッと撫でる。目を閉じた顔が近付けられ、俺も同じく目を閉じた。少し遅れてふわっとした優しい感触が唇に触れる。やがてキスを終えて僅かに唇を離すも、狛枝からの濡れた視線に訴えられ、またどちらからともなく口付け合う。名残惜しい。離れたくない。そんな想いを抱えながら、繰り返しキスをする。
「…狛枝、んっ、ん……ふ、」
「はぁ……、ひな、たクン…。あ…っ、…残念」
「え……?」
「もう、タイムリミットだ。キミはアナウンスが鳴る前に自分のコテージに戻った方が良い」
ほんのりと赤くした顔でそんなこと言うなんてズルいだろ。ますます離れたくなくなる。だけど狛枝の言う通り、ここには長くいられない。朝が早い奴―――朝食の仕込みをする花村やトレーニングに勤しむ弐大など―――は起きている時間だ。狛枝のコテージから出て行く所を見られないように、気をつけて戻らなければならない。
「じゃあ、また後で。…ロビーで待ってるからな。先に行くなよ?」
「あはっ、分かってるよ。一緒に朝ご飯食べよう。…まぁ、その前にウサミにする言い訳を考えなきゃいけないかもね」
「?」
狛枝はニコッとしたまま、俺の背後を指差す。その先は天井の方を向いていて、俺は何のことか分からないまま示す方向を辿って振り返った。
「あ………」
「多分、全部見られてたよね。過ぎたことは仕方ないし、録画してたらコピーでも貰おうか?」
楽しそうに話す狛枝の声を呆然と聞きながら、俺は天井にあるそれから目を離せない。角ばったフォルムと黄色いボディ、ツヤツヤとした丸いガラスレンズ。監視カメラが俺達を静かに視ていた。



俺は自分のコテージに戻り、熱いシャワーで体を清めた。新しい制服に着替えて、ドッとベッドに腰を下ろす。
「………」
後から考えると俺は色々なことを忘れていた。昨日の夜は猪突猛進というか、もう狛枝しか見えてなかったから。
監視カメラの存在が頭からすっぽり抜け落ちていたのだ。見られてた、…よな? 監視目的じゃなく、危険があってもすぐに分かるようにカメラを付けてるってウサミは言ってたけど、見ていることには変わりないはずだし。怒られたら素直に謝るか。
忘れていることはまだある。それは俺と狛枝の体に無数に散ったキスマークだ。狛枝はメイク道具としてファンデーションを澪田から譲り受けたらしく、それで上手く誤魔化すと言っていた。俺はといえば、隠れるように絆創膏を貼るしかなかった。普段からネクタイは上の方まで締めているし、大体はセーフだったけど、首筋の赤は完全にアウト。ペタリと絆創膏でキスマークを隠す。…これで大丈夫か?
「もうそろそろ行くか…」
みんなに気付かれないことを祈ろう。心配しても仕方ないことを考えつつ、俺はホテルのロビーへと向かう。顔を合わせた何人かにあいさつをし、ロビーのドアを開けるとそこには既に狛枝が待っていた。
「日向クン!」
「狛枝っ」
彼のほっそりとした手に指を絡ませて手を繋ぐと、一瞬ビックリしたように瞳を瞬かせる。別に良いだろ? 俺達が付き合ってることはみんなも知っているんだから、余所余所しくする必要はない。視線でそう告げると、狛枝はこくこくと真っ赤な顔で何度も頷いた。
寄り添って食堂への階段を登ると、窓際の風が良く通る席が空いていたので、狛枝と向かい合って座ることにした。まだ人が少ないな。料理担当の花村、作業場所を割り当てる十神はいつも早い。しっかり者の小泉と彼女にべったりの西園寺、几帳面な性格の九頭龍と辺古山は既に着席して、朝食を口にしている。
「飯取ってこいよ、狛枝」
「うん」
ビュッフェに先に狛枝を行かせて、戻ってくる彼と入れ替わりに俺も朝食を取りに行く。何だかこういうのって恋人っぽいよな? 生まれて初めて味わう『お付き合い』にテンションが上がってしまう。花村の前に並べられた美味しそうなメニューを端から順々に見ていると、向かいから「ンフフッ」と含み笑いが聞こえた。
「何だよ、花村。変な笑い方するなって」
「ええ〜? そりゃあ笑いたくもなっちゃうよ。恋人同士の君達が熱い逢瀬を交わしてたって、今さっき分かったんだからね!」
「な…っ!?」
「ぼくの目は誤魔化せないよ? 狛枝さんの首筋にちょっと違和感があってね。ファンデーションか何かで念入りにカバーしてるみたいだけど、あれは…キスマークだったんじゃないかなって」
「…、そ、それは…」
「そして今、君の首元に貼ってある絆創膏!! …その下には、一体何があるのかな? ん? ほらほら、遠慮せずにぼくに言ってごらん? 昨日の夜の出来事を事細かくね!」
「………」
完璧過ぎる解答に俺は言葉が出なかった。顔に陰影を走らせた花村はニヤリと微笑み、無言で大きな桃の皿を俺のトレーに乗せた。何故桃なんだ…。皮を剥いていないピンク色のそれを俺は訝しげに見ていたが、やがてそのシルエットが記憶の中の何かと重なっていく。背後からガツガツと突き上げていた時の、柔らかくもきゅっと締まった狛枝の…。ハッとして花村に視線を走らせると、奴は笑顔のままうんうんと頷いた。そういう意味か、ちくしょう。……そういえば、狛枝のトレーには立派過ぎるバナナが乗ってたな。こいつが乗せたのか! じっとりと睨み付けるが、変態はそれをどこ吹く風とさらりとかわし、ビュッフェにある皿をいくつか取り上げた。
「日向くん、それだけじゃ足りないよね? 狛枝さんのためにも精力つけなくっちゃ! 鰻のかば焼き、かぼちゃの煮付け、生牡蠣、レバニラなんかもおススメだよ。ビタミンE、鉄、亜鉛、セレン、マンガンは男には必須だから覚えておいてね」
「花村……」
「すまないけど、スッポンは用意してないんだ。また今度ね。あっ、お昼にはお赤飯炊いておくから!」
「〜〜〜〜〜っ!」
くそっ、反論したいのに出来ない!! 鼻息荒く俺のトレーにどんどん料理を乗せる花村。重くなったトレーを気合いで持ちながら、俺は狛枝の待つテーブルに戻る。狛枝は俺が戻ってくるのを待っていたようだ。料理でてんこ盛りになった俺のトレーを見て、目を丸くしていたけど「とりあえず、『いただきます』しようか」と可愛く小首を傾げた。


……
………

チカチカとネオンが不定期に光る壊れた看板。古い型のパソコンや携帯、レコーダー、ゲームなどが雑然と置かれている寂れた店先。俺は他のメンバーと採集のため、電気街に来ていた。
「創ちゃん、創ちゃん!! 見て見てー! こんなに金が出てきたっす!」
横道に入って右側の店の中から、弾んだ声の澪田が電子機器を押しのけて出てくる。その腕にはいくつもの金の塊が抱えられていた。
「こっちは集積回路だな。日向ァ、こんなんで数足りっか?」
また別の店から左右田が手を上げた。持ち上げたプラスチックのカゴの中には、金色の電子回路が迷路のように巡った緑色の基盤が入っている。今まで採集した素材をチェック表で確認しながら、俺は声を張り上げた。
「澪田、左右田! サンキュー。金はもっと要るぞ。集積回路は後3つだな。田中、そっちはどうだ?」
「……先の時代に稼働していたと思われる古の魔法機械の残骸を見つけたぞ」
「ジャンクパーツな。数は…、これで大丈夫だ。田中、お疲れ様。悪いけど澪田を手伝ってやってくれないか? 俺も今からそっちに行く」
最後の学級目標であるモノミ型ロボットを作るため、人手を電気街チームとネズミー城チームと掃除チームに分けて、俺達はもくもくと作業をしていた。修学旅行は47日目を迎え、採集にも力が入る。先週は希望船ウサミ号を作れなかったから、今回は達成したい気持ちでいっぱいだ。ところで何でモノミなんだろうな。ウサミじゃないのか?
「ネズミー城チームはどうなってるんすかね?」
「そうだな。俺達は前回分のストックがあるけど、向こうは全然なかったからな。明日は掃除チームも加わるから平気だと思うけど」
狛枝は今何をしてるんだろう。俺のコテージの掃除してくれてるのかな? モップと雑巾で忙しなく掃除している彼の姿が頭に浮かぶ。バケツをひっくり返したりしてないだろうか、棚から物が落ちてきて怪我をしていないだろうか。徐にコテージのある島の方角を見やると澪田から「おやおや〜?」と声が掛かった。下から覗き見るように俺に顔を近付ける。
「創ちゃんってば、凪斗ちゃんのこと気にしてるんすかぁ? まーるでお家で待ってるお嫁さんが心配で堪らない旦那さんって感じっすね! ヒューヒュー、新婚さんはアッツアツ〜♪」
「っか、からかうなよ、澪田!」
新婚さんと言われて、カッと顔が熱くなる。澪田は俺の反応に「ひゃっほう!」と手を叩きながら飛び回る。その様子を見た田中が「ほう…」と意味深な呟きを漏らした。
「契りを交わした2人か…。ならば俺様に証明して見せろ! 2人の取り交わした契約を…」
「……契約の、証明? それってパンツのことか?」
「否。……貴様ら、証を持っていないのか? フハッ、フハハハハハッ! それで契約をしたとは、笑わせる!!」
何故か満足気に腕を組み、田中は不敵に笑う。破壊神暗黒四天王が服の中からぴょこっと出てきて、主人と共に嬉しさを分かち合うように肩の上で踊っていた。1匹寝てるけど。
「記憶を呼び覚ますが良い、日向。俺様と絆を至高まで高めた時のことを。あの時、貴様が俺様に渡した破邪のピアス…。あれこそが互いが互いの魂の伴侶となった証」
「あ……」
田中の言葉でふっと記憶が頭に蘇ってきた。棚に大事に仕舞った彼との友情の証を。

『田中、これ。ささやかだけど、プレゼントだ。…気に入ってくれると嬉しい』
『フ…フハハハハハハッ!! よくやった、我がしもべよ! 世界の5つ存在すると言われる至宝…。その1つを探し当てた事、礼を言うぞ…。ありがとうございます!』
『そんなに畏まらなくたって良いよ。友達にプレゼントするの、俺好きなんだ』
『そ、そうか…。………。このアーティファクト、どうやら魔力が高過ぎるようだ。だが魂を分けた片割れである貴様とこうして半分ずつ持てば…』
『…田中?』
『これで良い。貴様と交わした契約を破邪のピアスに刻み込んだ。これを持っていれば、ピアスに封じられた内なる力が互いを引き合わせる…』

俺がプレゼントした破邪のピアスを片方ずつお互いが持つことにしたんだ。箱に納められているピアスを見る度に、田中とのやりとりが思い出されて、和やかな気持ちになるんだよな。思い出が込められた品はずっと心に残る。狛枝にもいくつかプレゼントした物はあったけど、田中のようにすごく喜んでくれたことってなかったような気がする。
「田中! 気付かせてくれてありがとう。俺、狛枝にまだ『契約の証』を渡してなかったみたいだ」
「!? くッ…。俺様としたことが、敵に塩を送ってしまうとは…! ぐぅうッ、とんだ誤算だ!」
拳を握り締め、苦悶の表情を浮かべる田中を、破壊神暗黒四天王が集まって慰めた。心配を掛けさせまいと田中はすぐに表情をキリリとさせ、服の中へとハムスター達を送り返す。
「うひょー! 唯吹なら塩よりもケーキとか甘い物送ってほしいっすね!」
澪田はことわざの意味を良く分かっていないのか、田中の言葉にとんちんかんな合いの手を入れていた。何とも絶妙な掛け合いに、俺はぷっと吹き出してしまう。
「オメーら下らねぇこと言ってねーで作業しろよ! 真面目にやってるオレが惨めじゃねーかッ!」
店の外から涙目の左右田が突入してきて、俺は堪え切れずに腹を抱えて蹲ってしまった。

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10. まだ諦めるのは早い…かもしれない。
修学旅行49日目。今は課題提出を終えた自由時間だ。狛枝は西園寺と約束をしているようで、俺はジャバウォック公園で彼女達を見送った。それから1度コテージに戻って、引き出しに仕舞っていたモノクマメダルをかき集める。制服のポケットにメダルを詰め込んで、俺は外へ出た。足を踏み出す度にジャラジャラとポケットが金属音を奏でる。目的地は砂浜だ。

ホテルからそう離れていない砂浜に辿り着くのに、さほど時間は掛からなかった。遠くまで見渡す限り、抜けるような青い空。そして濃紺の海は太陽光を反射しキラキラ輝いてとても綺麗だ。砂浜に着いた俺は中央にあるモノモノヤシーンへと近付く。確かモノクマっていう白黒の変なぬいぐるみが最初に出てきて、ウサミにやっつけられたんだよな。姿はそれ以来見ないけど、メダルの模様はモノクマになったままで、奴のモチーフで飾られているモノモノヤシーンも相変わらず砂浜に鎮座していた。
モノモノヤシーンはモノクマが置いていったガチャガチャの機械だ。電子ペットや学級目標のご褒美で貰えるモノクマメダルを入れると、景品が出てくる。景品の種類は様々で、コンビニで売ってそうな物だったり、アクセサリーだったり、マニア垂涎のレアアイテムや何に使うのかと首を捻るガラクタも出てくる。それはそれはカオスなガチャガチャだった。
「よし、やるか…」
俺は深呼吸を1つして、ヤシーンにメダルを入れた。煌びやかな光と共に騒がしく音を立て、ヤシーンから丸いカプセルがポンッと飛び出してくる。パカッとそれを捻ると、出てきたのはボールペンロッドだった。
「……外れ、か」
出てきた景品を傍に置いて、俺は再びメダルを投入する。以前から持っていたメダルと、学級目標を達成したご褒美に貰ったメダルが合わせて76枚。欲しい物があった。プレゼントのリストに『それ』を見つけた時、直感した。絶対狛枝は欲しがるだろう。あいつの喜ぶ顔がみたい。どうしても狛枝に希望ヶ峰の指輪をプレゼントしたくて、俺はメダルを次々とヤシーンに突っ込んだ。
「あの…、日向くん……」
ヤシーンに熱中している中、サクサクと軽い小さな足音と俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。くるっと振り向いてみるが、そこには誰もいない。…空耳だったか?
「こ、こっちでちゅ! もうちょっと目線下げてくだちゃいっ」
「何だ、ウサミか…」
言われて視線を下げると、フリフリの魔法少女のような衣装を着た白い太っちょのウサギのぬいぐるみが佇んでいた。俺の素っ気ない態度にウサミは「はわわ〜っ」と情けない声を上げる。
「あ、相変わらずの反応でちゅね。まぁ、ちかたないでちゅ。えっと…、……日向くんは何をちてるのでちゅか?」
「ん? ああ。狛枝に渡すプレゼントをな。…スクールリング、どうしても出したくてさ」
「そ、それはまさか…、エンゲージリングってやつでちゅか!? とってもらーぶらーぶでちゅね! 先生は嬉しいでちゅ♪」
俺の言葉にニコニコと微笑むウサミ。エンゲージリングか。そのつもりで狛枝には渡すべきなのかもしれない。他の人間なんて考えたこともない。俺は狛枝を一生好きでいるだろうから。
「なぁ、ウサミ。エンゲージリングなら、左手の薬指で良いんだよな?」
「そうでちゅね! 狛枝くんもきっと……。あ。ちょ、ちょっと待って下ちゃい! お2人はまだ学生なんだし、結婚はまだ早いでちゅよ。だから、えーっとえーっと、右! 右手の薬指でちゅっ」
「………右手?」
右手の薬指ってあれだよな? 恋人同士で指輪をつける時の指。左右の指10本それぞれに意味があるらしいって聞いたことはあるけど、薬指以外は全然知らないな。
「ウサミ、俺は男同士でも狛枝とずっと一緒にいるつもりだ。法律上、結婚出来なくてもな」
「べ、別にあちしは反対ちてる訳じゃないんでちゅよ、日向くん。あのでちゅね…、狛枝くんの左手は……」
「? …狛枝の左手が、何だよ?」
「…ごめんなちゃい。何でも、ないでちゅ。とにかくっ狛枝くんにも、考える時間をあげて下ちゃいね? 日向くんなら、狛枝くんが抱えている悩みも不安も解決出来るって、あちし信じてまちゅから…!」
しょんぼりと耳を下げたウサミはそれだけ言い残して、静かに立ち去って行った。考える時間か…。一生を誓い合うのは俺達にはまだ早いのかな。狛枝もそう思ってるのか? 考え事をしつつも、俺は次のメダルをヤシーンに投入した。


……
………

あんなに明るかった空が東側から群青色に染まっていく。西に落ちていくオレンジ色の太陽は輪郭が蕩けて、黒い海に滲んでいた。しっとりとした涼しげな風が俺の体を舐めるように流れていく。
俺はモノモノヤシーンの前に胡坐を掻いていた。周りには色とりどりのカプセルと景品が無造作に転がっている。そのどれもが外れだ。手に残ってるモノクマメダルは最後の1枚。俺はそれを両手の中でぎゅっと握り、念を込めた。どうかこの1枚で当たりますように! 投入口に入れようとするも手が震えて上手く入らない。やっと入れられたメダルがカシャンと機械に落ちていき、うごうごとヤシーンが妙な動きをする。
「………頼む、当たれっ!」
しばらくしてモノモノヤシーンからコロコロと赤いカプセルが落ちてきた。これが最後…。俺は逸る気持ちを押さえて、それを手に取った。ドキドキしながらカパッとカプセルを開く。
「……ダメだ、外した…」
中から出てきたのはスペクターリングだった。アイテムリストの番号順で言えば、希望ヶ峰の指輪と1つしか変わらない。惜しかったけど、別物なら全くの無意味だ。俺はドサッと仰向けに砂の上に寝転がった。砂がじんわりと背中に温かさを伝えてくる。空に浮かんだ透けそうなほど薄い色の雲が風に吹かれて、形を煙のように変えていく。終わった…。全て、終わってしまった。
世界に薄い膜が掛かったかのように意識がハッキリしない。ボーっと空を眺めて、ただ雲の動きを追う。あ、あの雲…狛枝みたいにふわふわしてるな。………。狛枝…。お前を喜ばせるプレゼント1つ渡せないのか、俺は。情けないよな。諦めて帰るしかないのに、体が重くて起き上がる気になれない。ふと頭の上でザッザッと砂を蹴る音がした。どうやら誰か来たようだ。でも俺はその方向に顔を動かす元気すら持ち合わせていなかった。
「日向くん、まだ諦めるのは早い…かもしれない」
「その声、七海か…?」
視界に入っていないので姿は確認できないが、その眠そうな声と独特の曖昧な口調は間違いなく七海だ。
「話は聞かせてもらったよ。ウサミちゃんがね、私の所に来て、もっと2人にらーぶらーぶになってもらいたいって言ってたんだ」
「……ウサミ、が?」
適当にあしらってしまったウサミの名前が出て、俺はゆっくりと体を起こした。声のする方を見ると、案の定七海が立っていた。紺色のカーディガンの下のベージュのスカートがヒラヒラと翻って、危ういアングルに俺は慌てて立ち上がる。
「七海……」
「君が頑張ってるのを見て、私も何とかしたいって思ったから。だからね…」
彼女はそこで言葉を切って、背中の猫型リュックをごそごそと探る。何やら探し当てたのか、カーディガンの袖から少しだけ覗く小さい手が握るような形になっていた。淡いピンク色の瞳をぽやっと向けた七海は俺にその手を差し出す。
「日向くんにこれを渡そうと思って来たんだ。私が持ってる全部のモノクマメダルだよ」
「えっ!?」
チャリンチャリンと俺の掌に落とされたのはブロンズの硬い感触。さっきまで俺がモノモノヤシーンに入れていたのと同じモノクマメダルだ。
「みんなも多分後から来るから、もうちょっとだけ待ってて」
「…みんなって……?」
「日向くんと狛枝くんには、幸せになってもらいたいから。私達で出来る精一杯のことを考えたんだ。あ、ほら…来たよ?」
七海がチラリと顔を横に向ける。島の方から砂浜に向かって、数人の人影が見えた。彼女の言うみんなは、紛れもない俺の友達。絆を深め合った仲間達だった。生温い海岸の風にキラキラと細い金髪が靡いている。その金糸の持ち主であるソニアはサファイアブルーの瞳を俺に向け、ニッコリと微笑んだ。
「日向さん! 黙ってるなんて、お水臭いです。プロポーズなんてファンタスティックで素敵なイベント…。わたくしにも是非協力させてちょんまげです!」
鼻息荒く死語を操る彼女の横で、小柄な少女が意地悪そうにせせら笑った。
「日向おにぃが狛枝おねぇにプロポーズって聞いたら、いても経ってもいられなかったからね! さっさと当たって砕けてこいよぉ。その時はわたしがおにぃをお婿に貰ってあげるから安心してー」
キャハハッと高らかな笑い声をあげる西園寺の背後で、落ち着きなくリズムを刻んでいる奴がいる。砂の上でくるりとターンを決めた澪田は俺にサムズアップしてみせた。
「結婚、結婚、ウェディング〜! 創ちゃんと凪斗ちゃんは運命の赤い糸で結ばれてるんすね! テンション上がりまクリスティ!!」
「夫婦(めおと)になるんなら、嫁に苦労は絶対掛けんなよ、日向…。男の甲斐性見せてやれ!」
澪田の隣で照れ臭そうな顔をしつつも、九頭龍がきっぱりと言い切る。4人は顔を見合わせてから、それぞれ俺にモノクマメダルを渡してくれた。
「ソニア、西園寺、澪田、九頭龍…! あ、ありがとう」
掌に足される重みに、思わず体が震える。4人は激励の言葉の後、すぐに戻って行ってしまうが、彼らと入れ替わるようにまた別のメンバーが現れた。
「日向、わりぃわりぃ! さっき自販機でメシ買っちまったから、こんだけしか持ってねーんだ。…ちょっとは足しになるよな?」
手をぶんぶん振りながら、能天気な声を上げるのは終里だ。ポケットから出した数枚のメダルを申し訳なさそうに俺の手に乗せる。間を置かずに更に別の誰かがメダルをジャラジャラと掌に落としていく。渡し主は左右田だった。
「あー、モノクマメダルなんて持ってても仕方ねーからなァ。ヤシーンなんてやってる物好き、オメーしかいねーぜ? 日向」
物好き、か。「そうかもな」とそれに苦笑いで答えていると、横から伸びた手が少し乱暴にメダルを置いた。後ろに手を組んだ小泉が恥ずかしそうにモジモジとしている。彼女は俺と視線が合うと、キッと睨み付けてきた。
「男子でしょ? しっかりキッチリ決めてきなさい! みんな、日向と狛枝を応援してるんだからね。もちろん、アタシもだけど…!」
「ふゆぅ、お2人の幸せのためにも、私も頑張りますぅ! えっとぉ、モノクマメダルでしたよね? 確かポケットに…っひ、あ、ひゃああああんっ、し、下着の中に入っちゃいましたぁあああ!!」
罪木は悲鳴を上げながら、砂の上で転んでしまった。誰にも真似出来ないような前衛的なポーズで。見てはいけない何かがチラリと見えて、俺はさり気なく視線を逸らす。「大丈夫か?」と罪木を視界から外したまま問いかけると、「大丈夫ですぅう…っ」と返事が返ってきた。どうやら小泉に助けてもらったようだ。
「ありがとう…っ。終里、左右田、小泉、罪木!」
手渡されたモノクマメダルの重みが増す。両手から溢れそうなくらい大量のメダルに俺は目頭が熱くなった。でもまだまだそれは終わらない。彼女達が引き返した先から、歩いてくる人物がいる。
「俺様の所為で、よもやこんな事態にまでなっていたとはな。まぁ…あの珍獣を飼い慣らすのには、さすがの貴様も骨が折れるだろう。奴を屈服させる呪いの指輪を手に入れるためにも、この聖なる金貨…くれてやる!!」
田中はざわりと周囲の気を騒がせながら、俺の手にメダルを円を描くように並べた。金じゃなくて銅なんだけどそれにはツッコまないことにする。
「ガッハッハ! お前さんの望む物がモノモノヤシーンで手に入るのなら、この弐大 猫丸っ、持っている限りのメダルを託す! 気合い入れて、一投入魂じゃああああッ!!」
弐大からバシバシと肩を叩かれて、体がじんじんと痺れる。耳を劈くような怒号と共にメダルを手渡された。
「良いよねぇ〜…、プロポーズ。愛し合う2人がこの先一生添い遂げる誓いを立てる。究極の愛だよね! ンフフッ、ぼくの下半身もハッスルしちゃってるよ!」
花村が鼻血を出しながら、てるてると震えている。彼はぎゅっと俺の手を握り込み、そこに何枚かのモノクマメダルを残した。それを静かに見ていた辺古山が赤い瞳を真っ直ぐに俺に向けてきた。ふっと垣間見せる柔らかい表情に、俺はドキッとしてしまう。
「友とは…助け合うもの。情けは人の為ならず。お前が困っているのなら、私は手を差し出そう。いずれ私が困っている時があれば、その時は頼むぞ。日向…」
辺古山の言葉に俺は大きく頷いた。そうだ。みんなが困ってたら、今度は俺が助けるんだ。修学旅行を共に過ごした大事な仲間。かけがえのない俺の友達。
「…田中、弐大、花村、辺古山! ありがとうな」
もう両手では持ち切れない。俺は持っていたハンカチに大量のモノクマメダルを乗せる。山のように積み重なったメダルが月明かりで眩く光っていた。こんなに大量のモノクマメダルを見たのは初めてだ。4人が戻っていった後に、ドスドスと重い足音を響かせて、こっちに突進してくる白い物体が見えた。あれは…十神!? 機敏な動きで俺の前まで走ってきた十神は、体温で温まったモノクマメダルを無言で俺の手に乗せた。
「ふんっ、愚民のクセにこの俺まで巻き込むとはな。大した男だ、日向」
メガネをくいっと上げながら、十神は俺に満足気な笑みを向けた。優に200枚はあるだろうモノクマメダル。さっきまで堰き止めようと頑張っていた涙腺が決壊して、俺の目からはポタポタと涙が零れた。白い砂浜に涙の染みが1つ、2つと増えていく。
「ありがとう、十神。ありがとう、七海。…ウサミも、ありがとう! みんな、本当にありがとう!!」
みんなの想いが詰まったメダルに指で触れる。こんなにたくさん…。みんなが俺と狛枝を応援してくれてる。ゴシゴシと目を擦るも中々涙が止まってくれない。七海は薄く微笑んで、見守っている。十神は若干イライラしながらも、俺のことを待ってくれていた。
「いつまで泣いているんだ、日向。さっさとしないと夕食に間に合わないぞ。俺は腹が減っているんだ…!」
「ごめん、十神。今からメダル入れるから」
「……良いか、日向。メダルは全て注ぎ込め。一発で当てろ。時間の無駄だからな」
「日向くん。モノモノヤシーンはね、たくさんメダルを入れるほどダブりの可能性が低くなるんだ。だから全部入れちゃおう!」
「分かった」
もう当てていない景品は2、3個しかない。その中に希望ヶ峰の指輪が含まれている。ハンカチを持ち上げて、七海の言う通りに全てのモノクマメダルを投入口に流し込む。モノモノヤシーンがアクロバティックな動きをするが、気にせずどんどん入れていく。やがて最後の1枚が機械の中に消え、俺は緊張しながらレバーを捻った。ピコピコとランプが灯り、賑やかなメロディーと共にカプセルがコロンと出てくる。ゴクリと生唾を飲み込んでから、俺はカパッとカプセルを開いた。
「あ……っ!!」
「おい、当たったのか? 良く見えんぞ」
「……日向くん、おめでとう」
ぐいっと俺の肩口に手を掛ける十神。ホッとしたように俺に祝福の言葉を送る七海。俺の手には銀色の小さな指輪があった。ペンと稲妻のエンブレムに王冠が乗った馴染みのマーク。俺の憧れでもあり、狛枝の希望でもある。待ち望んでいた希望ヶ峰の指輪を、俺はついに手に入れたのだった。

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11. ボク…待ってるから。
修学旅行50日目。希望ヶ峰学園の修学旅行はとうとう最終日を迎えた。
今日は作業もなく、丸1日休み。狛枝と付き合い始めてからほとんどの時間を彼と過ごしてきた。今日も午前は一緒に図書館で本を読んで、午後は砂浜で砂の城を作って完成させた。デートを終えて送ってやったコテージで、「さて今日も終わりだな」と言うと、彼は色っぽく微笑んでこんなことを口にした。
「まだ、離れたくないよ。日向クンと…部屋でイチャイチャしたいな…」
言葉の裏側に隠されたその意味を理解してしまい、俺は恥ずかしさに顔が沸騰した。この間初めてセックスをして以来、俺と狛枝は行為に及んでいない。狛枝がシたいって言ってこなかったから、俺も特に何も言わなかった。がっついてると思われたくないしな。もしかして俺が下手で、痛くてもうしたくないんじゃないかって心配もしたけど、狛枝曰くそうじゃないらしい。
「優しくキスを交わして、抱き合って、愛の言葉を囁き合いながら眠る。セックス以外にも愛を伝えられることを教えてくれたのは…日向クン、キミなんだよ。ボクはただキミと触れ合えるだけで嬉しい」
「狛枝……」
「だけどね、それが全てじゃないんだ。人間って本当に邪な生き物だよね。それともボクだけなのかな? ……体が疼いてしまうんだよ、どうしようもなくね。誰よりもキミを近くで感じたい。心も体も魂ですらキミに渡してしまいたい。ボクの全てをキミのものにしてほしい。…分かるかな? そういうの」
悩ましげに吐息を零しながら、狛枝が俺の首にしな垂れかかってくる。誘うように開かれた桜色の唇から赤い舌が覗いているのが見えて、俺の理性が一瞬で吹っ飛んだ。腰をきつく抱いて、激しく舌を絡め合いキスをする。息継ぎをするために唇を離すのが嫌で、はぁはぁと荒い息のまま狛枝の唇を貪った。縺れ合うようにベッドに倒れ込み、緩やかに狛枝の体を撫でていく。
「あっ、ん、……日向、クン、お願い、もっと…、さわってぇ…ッ! アッ、あぁ…っ」
「く…、こま、えだ……っ、好きだ…好きだ、好き…、狛枝…!」
いつも着ている深緑色のコートをずり下げると、狛枝はもぞもぞと体を動かし、それをベッド脇へと押しやった。やや乱暴な仕草に狛枝も余裕がないのが分かった。俺と同じだな。首筋に唇を当てて、優しくチロチロと舐めると、狛枝の呼吸が更に浅くなっていく。感じ入るように目を閉じて、「あんっ…あ、ンぅ…」と切なげに喘いだ。下方にTシャツをツンと押し上げる2つの突起が見えて、俺は思わず体を起こす。
「お前…、結局最後までノーブラだったな」
「ん、ぁ…ッだって……胸、くるしい、んだもん…。いらないよ…っ」
「バカ。ここ、こんなに尖らせて…。俺以外の誰かに見られたらどうするんだよ?」
「そ、それは…」
ちょっと拗ねたように文句を言うと、狛枝は面目なさそうに伏し目がちになった。白いTシャツの頂点を指先で突っついて、クニクニと摘まむと、狛枝は「はぁああッ、ぁンっ」と小さな悲鳴を漏らす。赤い顔で涙目になりながらも、もっと触ってほしいのか胸を俺の方へと擦り付けてきた。本当に厭らしい。とろんと潤んだ灰色の瞳、薄桃色に上気した頬、しどけなく開いた唇から漏れるハスキーボイス。その全てが俺の体をどんどん火照らせる。
「ヤバい。何か、焦りそうだ。……もう、服脱ぐ」
「うん…」
切羽詰まった俺の声に、狛枝は小さく首を縦に振った。俺は狛枝から体を離して、急いでネクタイを解いた。首元が解放されて多少息苦しさは引いたけど、それでもまだ体が熱くて堪らない。思考回路もオーバーヒート寸前だ。Yシャツのボタンを1つ1つ外して、その下の肌が見えてくると、狛枝は恍惚とした表情で俺の体をじっと見た。
「やっぱり、キミの体は綺麗だね…」
「……そうか? 俺に対して綺麗って、ちょっとおかしくないか?」
「ふふっ。綺麗や美しいは女性を称えるだけの言葉じゃないよ、日向クン」
「んー。まぁ…、お前は男の時も綺麗だったから、それは分かるんだけど」
中性的で整った顔立ちの狛枝ならしっくり来るけど、平凡をそのまま具現化したような俺を表現するにはあまりにも勿体ない言葉じゃないか? そう思ったから素直に口に出したんだけど、何故か狛枝は唇を噛み締め、俺から視線を逸らしてしまった。あれ…、俺 変なこと言ったか?
「狛枝…?」
「何でもないよ。……ねぇ、それよりもさ。早くしてくれないかな? ボク、待ち切れないよ…」
セクシーな猫撫で声が俺の耳を刺激する。狛枝は震える手付きでベルトの金具を外し、するりとズボンを下ろしていく。中からツヤツヤとした魅惑の脚線美が現れて、俺は目が回りそうだった。美脚に釘付けになっている俺に見せつけるように、狛枝はスッとその白く長い脚を持ち上げた。クスリと口元を綻ばせて、「日向クゥン…」と砂糖菓子のように甘ったるく呼び掛ける。
「…はぁ、はぁ……ッ、こまえだ…!」
興奮と愛しさ。本能のままに狛枝をめちゃくちゃにしたい気持ちと、大事に大事に優しく抱きたい気持ちが混ざり合って、頭の中がぐるぐると掻き回されている。朦朧とする頭の中に一欠片の理性が残っていた。見られないように念のためYシャツを監視カメラに引っ掛けて、ガチャガチャと急いでベルトを外してズボンも脱ぐ。パンツ1枚で俺は再び狛枝の上に圧し掛かった。狛枝は唇を吊り上げ、俺の下半身に爛々と瞳を輝かせる。そこにはパンツの布地を歪ませている半勃ちのペニスがあった。
「あは…っ、…キミのおちんちんったら、こんなにおっきくなって……」
「っしょうがないだろ。狛枝とこうしてるんだから…っ!」
狛枝が熱い視線で俺の股間を見つめている。ねっとりとしたその視線がパンツを通り抜けて、ペニスに直接絡み付いているようにも感じた。
「はぁ…ん…ッ! 触ってないのにビクビクしてるね…。もう、ボクに挿れたい?」
口元からたらりと涎を垂らしながら、狛枝が上擦った声で問いかけてくる。正直、すぐにでも挿入したかった。記憶に新しい狛枝との初体験。とろとろと止め処なく蜜が溢れ、熱く絡み付く秘部の感触が脳裏に蘇って、ゾクリと全身の肌が一瞬粟立つ。突き上げる度に肉が解れて、逃がすまいと中へ誘い込む狛枝の厭らしい薄桃色の穴。1度射精してなかったら、速攻でイきそうなほど気持ち良かったんだよな。
「後で、な…」
耳の傍で囁いてから、ふっと息を吹きかける。ピクンと狛枝の体が揺れた。感じたのかな? 相変わらず敏感だ。ミルクのような良い匂いのする耳の裏に、俺はそっと舌を這わせた。
「あっ……ぁ、……ん、んぅッ…は、あぁ…っ」
溜息と共に小さな喘ぎが狛枝の唇から漏れる。息を切らせるその姿は苦しそうに見えた。耳たぶを甘噛みしてから、喉元に歯を立てる。左手をTシャツの裾からそっと差し入れて、上へ上へと移動させる。狛枝の肌はふわふわしていて、触っているだけでゾクゾクしてくる。灰色の瞳を細めた狛枝の顔は期待に満ちていた。吸いつくような感触の肌を優しく撫でていると、柔らかく膨らんだなだらかな山の麓へと辿り着く。
「日向クゥン…、あっ……んふぅ…っ…ハァ、はふッ」
狛枝は俺の手の行く先を想像したのか、こくりと喉を鳴らした。彼の望むままにそのふにふにした胸を揉むのも良いんだけど。
「………」
一瞬考えてから、俺は手の進路を変えた。脇に向かって掌をするりと滑らせると、狛枝は小さな声で「何で…っ」と呟いた。
「…狛枝? どうしたんだよ」
「どうしたも何も…、日向クン…意地悪、しないでぇ…っ! ああッ…ボク…ぁんっ」
「感じてるじゃないか。気持ち良いだろ? …何が不満なんだ?」
涙目で喘ぐ狛枝にわざと恍けてみせる。すると彼は力なく首を横に振った。何か言いたげに口を動かすも、そこからは引き攣った鳴き声しか聴こえない。分かってる。肝心な所に触れてもらえなくて、じれったいんだ。小さな快楽が生まれては消えるもどかしさ。俺が触れる度に投げ出された四肢がピクピクと震える。
「言えよ、狛枝…。俺に、どうしてほしい?」
俺に問われ、狛枝は悩ましげにこちらを睨み付けてきた。しかし快楽に染まっているその視線に嫌悪は微塵も感じられない。
「信じ、られない……! キミって、ン……こんなに、性格悪かったんだ……ひぅ…ッ! でも…」
「こういうのも悪くないかもね」と狛枝はふてぶてしく笑った。臍回りを漂っている俺の左手を見下げながら、彼は着ていたTシャツをゆっくりと捲り上げていく。括れた細い腹が見え、体を撫でる俺の手が見え、2つのふっくらとした胸が見えた。厭らしい桃色の乳首がツンと尖っていて、まるで俺に食べてほしいと主張しているようだ。
「あぅ…ねぇ、日向クン…。お願ぃ…、ボクのおっぱい……触ってぇ…! もう、焦らされるの、やだぁ…っ」
長い睫毛を震わせながら、狛枝は両手で自分の胸をきゅっと寄せた。うわ…っ、これはエロい…。自分から「触って」って言うのも、その大胆なポーズもヤバいくらいにクる。大きく盛り上がる真っ白な山に俺は堪らず吸いついた。
「…ん、こまえだ……ぁ…はっ…、ん、ちゅ……っ…ンん、」
「はぁあああッ、んぁあッ、……ふぁ…、アンっ、あぁんっ、おっぱい、きもちいぃよぉ…、ん、ァ…」
はぁはぁと真っ赤な顔で、狛枝は快楽を素直に伝えてくる。俺は潰してしまわないように優しく胸を揉んだ。ほどよい弾力を秘めた柔らかい感触が俺の手を押し返そうとする。口に含んだ狛枝の肌は甘い味がする。べっとりと胸全体を舐めてから、ちゅうっと乳首を吸い上げる。先端を舌先で突っついてやると、狛枝は一層気持ち良さげな声を上げた。
「あぁぁ…、いい…ッ、ひぁたクン、いいよぉ…。感じる…、乳首、痺れちゃうよぉ…!」
「…お前の、…すごい、やわらかくて……。ああ、こまえだぁ…っ」
「ひぃ…っ、んんっハァ…っ、く…っはぁ…! ひ…ふぁぁ…ッ、んんっ、は…くぅう…!」
乳首からの敏感な快感に抗えず、狛枝は身を捩って耐えようとする。だけど無駄な抵抗だ。俺は更に舌の動きに緩急をつけて、狛枝の胸を責める。むにむにと掌で揉みながら、ピンとした乳首を虐めてやる。狛枝はただただ切なげな嬌声を漏らすだけだった。汗でしっとりと濡れた体を揺らして、俺の名前を呼び続ける。
「はぁ…、日向クン…ッ、ひぁたクン、アンッ、日向クゥン、…もっと、もっとぉ…ひな、た、クン…!」
「…ん、もっと? いいぞ、こまえだ。……いくらでも、してやるからな…!」
「ボクの体…、じんじんして…、あ……ひなたクン、すごい、感じて……あっ、あっ、あぁン…! こんなに、…う、ふぅ…、はぁ…あ、ふっ、んん…」
「はぁはぁ…、おいしい、狛枝の……舐めてるだけなのに、俺も、感じる……っ」
「んひぃいいいッ、いやぁ…、あっ、んぁ、……ひぐッ、はぅううっ、くりくり、しちゃ、らめぇ…っ」
狛枝は気持ち良いのかポロポロと涙を流していた。それでも俺に舐めるのを止めてほしくないらしく、もっとしてとおねだりしてくる。あまりの淫猥さに、俺は夢中で狛枝の乳首をしゃぶった。しばらくの間、俺が狛枝の胸を舐め回す水音と、吐息混じりの狛枝の喘ぎがコテージ内に響いていた。
「ん……あぁ…ッ、はぁ、ひぁああ、…ふっ、あ、はぁぁあ……、あ、…んッ」
肩で息をして必死な顔をしていた狛枝も少しずつ快感に慣れてきたようで、余裕のある表情を見せるようになった。息を荒げながらも、「いい子いい子」と俺の髪を梳いてくれる。頬はポッとピンク色に染まっていて、だらしがなく開いた唇は涎でてらてらと光っていた。
「んぁ、……あは。ひなたクン、…ふっ、ぁ、キミは、本当に…、かわいい、ね…っ」
子供に呼び掛けるような声色で、狛枝は俺に言葉を投げた。胸への快感は慣れてしまったようだ。そろそろ先に進むか。俺は乳首から唇を離して、白い乳房にキスマークをいくつもつけた。腹と腰骨にも同じように所有の証を刻んでいく。いつも狛枝が履いている灰色のチェック柄のボクサートランクス。良く良く見ると、股の部分は湿って染みが出来ている。奥にあるだろう蜜を滴らせる欲望の穴を想像して、俺はゴクリと喉を鳴らした。でもまだだ…。
「んぅうううう! またスルーするの…? ひどいよッ、ひなたクンの、ばかぁ…! ドS…っ!」
涙声の罵倒を無視して、俺はパンツを飛び越えた先に待つ狛枝の美しい脚に口付ける。スラッとした理想的な曲線を描くその脚は俺の心を掴んで離さなかった。手触りはとてもすべすべしていて、上質なシルクを思わせる感触だ。むっちりとまではいかないが、そこそこ肉がついていて柔らかい。太ももにちゅっちゅとキスを落として、膝から脹脛まで舌でレロレロと舐める。狛枝は足も感じてしまうようだ。ビクッビクッと痙攣しながら、自身を落ち着けるように大きく息を吐いていた。
「ん、んんっ…ひなたクン……ッ、そんなにしつこく、んぁ…ッなめる、なんて、キミって…」
「何だ? ん…っ、俺が、何だって?」
踵からするすると舌を登らせ、桜色の爪先にキスをする。親指から順々に足の指を口に含んでいくと、狛枝は「ひゃうぅ…!」と悲鳴を上げた。
「んはぁ…んッ、へんたい、だね……。あっ、や、ゆびぃ、ふふっ…くすぐったい、ってばぁ…!」
くすぐったいと文句を言いながらも、狛枝の唇から出る吐息は相変わらず甘いし、怒って俺の体を押し返すような素振りもない。足の指は小刻みに開いたり閉じたりしている。開いたその隙に指の間に舌を差し込み、唾液で丁寧に濡らしていく。
「ふぁああッ、ねぇ、ひな、……んっ、ひなたクン、お願い…ボク、うぁッ、」
懇願するような狛枝の声が聞こえて、俺は足から口を離した。潤んだ灰色の瞳が悲しげに歪んでいる。これは本格的に泣きそうになってるな。ちょっと虐め過ぎたかも。内心反省しつつ、狛枝を宥めようと俺は彼の鼻先にキスをした。至近距離で顔を見合わせた後に、今度は唇に。舌をくるくると動かして、深く深く口付ける。
「ごめんな、狛枝。もう意地悪しないから…」
「…ほんとう? はぁ…っ、ボクのおねがいどおりに、してくれる?」
「ああ、するよ。何て言うか、その…。狛枝の必死な顔が可愛くて、つい…な」
「〜〜〜〜〜っ!!」
俺の言葉に狛枝はカッと耳まで赤くして、顔を手で覆ってしまった。体をぎゅうっと縮こませて、そのまま動かない。可愛いって軽い気持ちで言っちまったけど、やっぱり嫌だったかな。見た目は女でも、中身は男なんだし。
「…悪かった。俺に可愛いって言われても、嬉しくないよな」
「日向クン、それは違うよ…!」
声を張り上げて、狛枝はすぐさま否定した。両手を胸の前で組んで、狛枝は震えた声で言葉を続ける。
「ボクなんかのことを、…か、可愛いだなんて。…そんな勿体ない言葉、キミがくれるって思わなかったから。嬉しくて…」
「勿体なくなんかない!」
まさか喜んでくれるとは思っていなかった。狛枝は可愛い。可愛いんだよ! くっ、もっと早く言ってれば良かった。過去の自分にイライラしながら、俺は狛枝のパンツに手を掛けた。下げようとする時にパンツと股を繋ぐ細い糸のようなものが見えて、ドクンとペニスが膨らむ。パンツをポイッと放り投げて、狛枝の脚を割り開いた。
「いやっ…日向クン……! 恥ずかしい、よぉ…。あん、そんなに、見ないでぇ…!」
「………」
返事をする余裕もなかった。さわさわとした若草を思わせる淡い灰色の下生え。その下に隠された狛枝の薄桃色の割れ目を俺はじっと凝視した。そこはありえないくらい大量の愛液を纏わせて、厭らしくひくついている。呼吸をするように肉襞がうねうねと蠢いていた。
「え…っ? ひなたクン、な、何…っ、………っ! や、さわっちゃ、やんッ、……んやぁ、うぅ…!」
固く閉じていた割れ目を指で引っ張って、むちぃっと開いた。薔薇を思わせるような綺麗な淡いピンク色の肉が、ひくひくと濡れて息づいていた。ドキドキしながら、そこに指先を当てる。
「ッひぃん……!!」
俺の指が秘密の場所に割り入った瞬間、そこから熱い愛液がぴゅっと噴き出してきた。すごい…。狛枝、こんなに感じてるんだ。狛枝の内側を愛液でぬるぬるとした指先でこねくり回す。蜜は擦り込まれるほど量を増して、やがてぐちゃ…ぐちゅ…と卑猥な音を立て始めた。
「あぁんッあんっアンっ、日向、クン…ッ! ひぁっ、んやぁッあ、あ、あああッ、はぁあッあ、ん、…ッ!」
狛枝は引っ切り無しに霰もない声を上げ続けている。濡れそぼった秘部からは、愛液が留まることを知らないかのようにとろとろと流れていた。シーツにはとっくに染みが出来ている。顔を近付けて、スンと蜜を零す淫らな穴の匂いを嗅ぐ。少し鼻に突くような刺激臭にゾクゾクと興奮した。ダメだ、我慢出来ない…!!
「狛枝ぁ…!!」
「あ、ひっ、んはぁあああッ! ぬるぬるってぇ、んぁッ…、やっ、んっ、ンぁ、舌がぁ、ひゃあうう…っ!」
ふにゃふにゃとふやけてしなやかな舌触り。味は酸っぱいような気がする。あんまりおいしくないけど、狛枝が気持ち良くなって出した液体だと思うと舐めるのを止められない。じゅるじゅると蜜を吸って、俺の唾液を膣へと送り込む。口周りが濡れてベトベトしてきたけど、気にせず我を忘れて舐め続けた。狛枝は声にならない声をあげて、腰をビクビクと跳ねさせる。
「ひなた、クン…もう、ほしいよぉ…! キミので、ボクの中、いっぱいにして…」
「分かった。今、挿れるから……、く…っ」
最後の最後まで俺はパンツを脱いでいなかった。勃起したペニスに引っ掛かりながらもそれを乱暴に下げる。ギンギンに固く熱い怒張が現れると、狛枝は歓喜の吐息を漏らす。力なく腕を伸ばし、指で俺のペニスに優しく触れる。
「あっ……こま、えだ…」
「ふぁ、ああッ……すごい、日向クンの…おちんちん…!」
狛枝はドクドクと脈打っている俺のペニスに白い指先を添えて、自らの秘所へと導いていった。くちゅっと柔らかい肉壁に包まれる感触がして、亀頭が内側にめり込んでいく。
「いっはぁぁ…ッ! ひはぁ…っ、んんっはぁあ、ん、ぐうぅぅ…、ふ、…んぁあッ」
狛枝は全身から汗を流して、ぶるぶると小刻みに震えている。小さな穴が痛々しくぎっちりと俺のペニスの形に拡がって、柔らかく受け入れていた。狛枝の膣内は何とも言えないほど気持ちが良い。まるで天国だ。締め付けもさることながら、熱さとうねりが最高だった。きゅんきゅんと締め上げられて、とても狭い。体を動かそうにも自由に動けない。狛枝がペニスをぎっちり咥え込んで、離そうとしないからだ。痛いほどの摩擦に俺の額に脂汗が浮かんできた。
「あはぁ……はは、あははははっ、相変わらず、おっきいね…!」
蕩けた顔で狛枝は絶賛する。両手でふとももを持って、大きく足を広げた狛枝は結合部に視線を落とした。ぬらぬらと潤った桃色の膣が俺のどす黒いペニスを貪欲に飲み込んでいる。セックスのことを男が女を『食べる』だなんて揶揄するけど、これって俺が狛枝に食べられてるみたいだよな。
「…んっ、日向クン。ボクとセックスしてから、1人でシた…?」
「っ…? 1人でって…」
「オナニーだよ。おちんちん…、自分で擦って、精液出したかな?」
狛枝の問いに首を振ると、彼は満足そうに「そっか」と笑った。
「それじゃ、…キミのおちんちんからは…っ、濃厚な精液が、出るってことだよね? ふふっ、素晴らしいよぉ…! 濃縮された、日向クンの希望が…ボクの中にいっぱいいっぱい出されるんだ…っ。はぁ、はぁ…ッ」
「……もう動く、からな」
「ん…、ゆっくり、ね…!」
言われた通り、緩やかに腰を動かし始める。狛枝から溢れ出る蜜で、少しずつだが摩擦は弱まってきていた。だけど締め付けは未だに強く、最初からあまり激しく突くことは出来なかった。体勢を整えて、俺は狛枝の体内に雄を埋めていく。ぐちゅっじゅぶっちゅぶっと繋がった所から体液が飛び散った。
「はぁ…ぐぅう…っ! んぐっ、ふ、ふぐぅぅ…! 日向クンっひ、はっ、あ…はぁあっ! んはぁああッ!」
「…う、狛枝、…痛くないか?」
「うぅーっ、あはぁ…ハァ、ハァ、お腹、くるしい、…けど、だい…じょうぶ…っ、はぁぁ…んア、あっ…アアっ!」
「ハ…ッ、いい…ッ…あったかくて、湿ってて…からみついて、……狛枝ぁ…!!」
「んぁ、はぁうぅ…ンッ、んくっ、うっ、ひぅ…あっ! ひゃあ…っああぁぁぁ〜ッ! んぅううう!」
快感に悶える俺と狛枝の喘ぎ声、秘部からの厭らしい水音、パンパンと肌を叩く音。コテージを占める音はこれだけだ。俺に突かれて、ぷるんぷるんと狛枝の胸が揺れる。目についたそれを揉んでいると、狛枝の肉壁はきゅううと更に締まった。
「あひぃっ…ひぅうう! ひゃぁああ…ッ、あっ…あっ、ひぁああッ、うッ、ひぃっ!」
「…どうだ、きもちい、か…?」
「あッ! んぁあっ、きもちぃッ…! 日向クン、ひなたクン…! あっふぁあんッ、日向クン、好きぃ…!」
狛枝は激しく突かれながらも俺を見つめて、一生懸命想いを告げる。その健気さに心を打たれ、俺はきつく狛枝を抱き締めた。
「おれも……! 狛枝、すきだ…好きだ、好きだよ…! こまえだ、っあいしてる…! あっあっ…!」
「あ、あ、あッ、ダメぇ…アンっあぁんッ、きちゃう…! からだが、ふぁって…ッあっ、はぁああッ、あ、ひぐぅッ! 日向クン、あっやらぁ、出ちゃう、出ちゃうぅ…っ」
「うぁ……こまえだ、きつ…っ! 俺も、出る…っ、くっ」
ぐぐっと狛枝が背筋を反りかえらせる。狛枝が雄叫びめいた声をあげる中、俺は子宮口に密着させた鈴口からこれでもかと言わんばかりに大量に精子を注ぎ込んだ。ぜぇぜぇと肩で息をしながら体を引いた。抜き出した俺のペニスと狛枝の秘裂の間には、どろりとした白みを帯びた粘液の糸が伝っている。
「日向クン…、これじゃ、足りないよ…」
自分で割れ目を拡げて、狛枝は俺を誘った。こんなに激しくしてまだ足りないのかよ。その貪欲さは最早呆れを通り越して、驚愕の域に達している。俺は狛枝をうつ伏せにして、精液と蜜の滴る女性器にペニスをぐりっと押し当てた。ぬぷりと先端が入ると、後はスムーズに中へと入り込んでいく。最奥のザラザラした内壁を一突きすると、狛枝は喉を大きく仰け反らせた。
「んぁうううっ! ひぁたクンの、奥ぅ、当たって…! あはぁああんッ、あっあっあアアっ…はぁっ、日向クン、んぁあッ…! ふぁぁッ、んっン〜〜!」
「あ…、何か、カリが……ひっかかって、くっ、ふっ、ふ…!」
「日向クン、からだ、熱いぃ…っ! おちんちんが…、ボクのおなか、やぶっちゃい、そうだよぉ…。ひぃっんぁああっ、ひぁああッ、はげしぃッ、あ、やだっ…! ん、くぅ…っあふっ、あんッ、ああっ!」
狛枝は俺に合わせて腰を前後に揺らした。ぴちぴちとした白い尻を撫で回して、中央にあるきゅっと窄まったアナルを指でくにくにと解す。すると狛枝の声に更に艶が増した。
「いやぁ、ああんッ、おひりは、ダメだよ、ひぁらク…ン! らめぇ、触らないでぇ、きたないよぉ…!」
「汚くない。…っきれい、だぞ。あ…、指……入りそうだ…。中、ぬるぬるっ…してるな」
「あひぃいいいっ、だめ…、日向クゥン! ひぁっ、ボク…、ああっあ、ふぁああんッ…イっちゃう、ぁ、また…イくよぉ! ひぃっ、いっ、うぁッ!」
狛枝はシーツをぎゅっと握り締めて、涙混じりの悲鳴を上げていた。ペニスに纏わりつく膣壁がざわざわと蠢いて、俺を絶頂へと導いていく。すごい…!
「ん……っ、い、く…!!」
何度か突き上げて、俺は狛枝の中にびゅくびゅくと精液を吐き出した。最後の最後まで絞り取られながら、ペニスをやっとのことで引き抜く。そしてそのままどっとベッドに倒れ込んだ。
「はぁ、はぁっ……あ、すごかった、よぉ…、ひなたクン…」
狛枝が溜息をついた。くしゃくしゃに乱れた白髪の隙間から、うっとりと目を細める仕草がすごく色っぽい。その顔に光の帯が浮かんできた。ブラインドからの太陽の光。ジャバウォック島に新しい朝が来たのだ。
「朝が、来たね……。キミとボクの、希望の朝…」
あの時と同じセリフを狛枝が呟く。だけど消え入るような物哀しい音色に、何だか無性に落ち着かなくなる。胸が掻き毟られるような言い知れない不安だ。
「狛、枝…?」
「多分ウサミが集合のアナウンスを掛けるんじゃないかな? 日向クン、仕度しようか」
慣れた仕草で狛枝は俺の唇にちゅっとキスをした。気だるげな動作で身を起こす彼を、俺は腰元を支えて手伝う。「ありがとう」と笑う狛枝の声は明るくて、さっき聞いた悲しい呟きは嘘だったんじゃないかと思えてきた。
「…狛枝」
「ん、何かな?」
「好きだ」
「ふふっ、知ってるよ。ボクもキミが好き…」
微笑んで俺に「好き」と言う狛枝に、安心する。ずっと離さない。島を出ても、男に戻っても、お前のことを好きだから。その気持ちを忘れないように、俺は何度も胸にその言葉を刻み込んだ。


……
………

ウサミが集合を掛けた場所は、みんなが最初に出会った砂浜だった。太陽は照っていたけどそれほど暑くはなく、そよそよと気持ちの良い朝の風が軽やかに吹いていた。初めは初対面だったんだよな。狛枝はもちろん、他のメンバーとも。それが修学旅行を過ごす内に仲良くなって、今では全員が気の置けない仲間だ。みんな最後の別れを惜しんでいるのか、中々会話を止めようとしない。それをウサミは急かすことなく優しく見守っていた。
「………」
俺は隣に立っていた狛枝とさり気なく手を繋いだ。きゅっと握り返してくれる小さな右手。俺は深呼吸をしてからゴソゴソとズボンのポケットからそれを狛枝に気付かれないように取り出した。希望ヶ峰の指輪。みんなからメダルを貰って、やっとヤシーンで当てた狛枝へのプレゼント。これが最後じゃないんだ。俺が狛枝を心の底から好きだってことと、またこれからも一緒にいられること。その誓いを指輪に込めた。
「狛枝、ここ出たら…何がしたい?」
「え? 何って…。………。うーん、そういえば…あまり考えたことなかったかも」
顎に指を添えて、狛枝は神妙な面持ちで悩ましげに唸った。体が女の子で今まで精一杯だったようだ。無理もない。俺は結構考えてた。先に続く未来を想像するのはとても楽しい。
「多分、学校に通うんだよな。登下校、一緒に出来るかな。休み時間も会いに行くし、昼休みもお前の傍にいたい。学校がない日にはさ、どこか出掛けて…。考えといてくれよ、俺とデートしたい場所!」
「………日向クン。…出来もしないことを言って、ボクを惑わすのは止めて。ボクは……女の子じゃなくなるんだ」
「…何だよ、狛枝。あの時は『信じる』って言ってくれただろ。男でも良い。俺は狛枝がいい」
繋いだ手を持ち上げて、白魚のような指に持っていた希望ヶ峰の指輪をスッと通す。その銀色の輝きを見た途端、狛枝は目を丸くした。
「……え、日向クン…、これ…」
「本当は左手の薬指が良かったんだけど、狛枝の答えを待ってからにしようかと思ってさ。島を出て、俺の告白を受け入れてくれたら、その時は左手につけたい」
俺は狛枝が男の時から意識してたけど、彼の方は女になった影響で俺と恋人になったのかもしれない。狛枝が男に戻って、心変わりしている可能性もある。その時は仕方ない。友達でいよう。明け透けなく自分の想いを伝えられたことに俺はホッとした。ボーっと指輪を眺めている狛枝に手を伸ばし、そっと抱き締める。狛枝も応えるように俺のYシャツの背中をぎゅっと掴んでくれた。
「………ッ、……っ」
「こ、狛枝…!? ……おい、泣いてるのか?」
間を置かず、鼻を啜る音がすぐ傍から聴こえ、俺はギクリとした。慌てて体を離そうとするも、狛枝がきつく抱き着いているから顔を見れない。
「こまえだ…っ?」
「ひぁたクン…! ボク、はじめてだよ…。こんなに嬉しいプレゼントは、はじめて。ありがとう…!」
「…そうか。良かった、喜んでもらえて。指輪、みんなも協力してくれたんだ。俺達のこと、応援してるからって」
「うっ……しあわせすぎて、なみだが、出ることなんて…今までなかった。…からだの震えが、止まらないよ…」
「うん…。俺も、幸せだよ。狛枝と一緒にいられて…」
泣き続ける狛枝の背中を撫でてやる。やがて狛枝の腕から力が抜けて、俺は漸く彼の顔を見ることが出来た。泣き腫らした目元が痛々しかったが、狛枝は幸せそうに笑っていた。花のように愛らしく。ぽたぽたと涙は後から後から落ちていく。それを拭う俺の指先もどんどん濡れた。
「ありがとう、ありがとう…。日向クン…! ボクを好きになってくれて、ありがとう。ボクを、愛してくれて…ありがとう。ボクを幸せに、してくれて…っ、ありがとう。っ…キミと、出逢えて…良かった、本当に」
「狛枝……、俺も、お前に会えてよかった。…狛枝、」
頬を優しく撫でて、唇を近付ける。狛枝もうっとりと目を閉じた。だけど口付け合うその直前、甘い空気をぶち壊すかのごとく間抜けな声が響く。
「ミナサーン! おでかけばっかりしてちゃダメでちゅよ〜。希望のカケラが全然集まってないんでちゅ! 先生、悲しいでちゅよ…。『次』はらーぶらーぶなエンディングを目指して頑張りまちょうねー!」
「は? …何だよ、次って。…あれ。みんな、どこ行った? おーい!」
さっきまで砂浜はみんながお喋りをして騒がしかったのに、今は人っ子1人いない。ここにいるのは俺と狛枝の2人だけ。ウサミの声は聴こえるけど、その姿はどこにも見当たらない。どういうことだ…? 面食らって取り乱す俺とは逆に狛枝は冷静だった。さしてうろたえる様子もなく、辺りに視線をゆっくりと動かしている。
「やっぱり…、そういうことか」
「そういうことかって、どういうことだよ!? 全然分かんないぞ! おい、ウサミ!! 何がどうなってるんだっ?」
周囲の景色が白んで、霧のように溶けていく。真っ青だった海の青が水色になり、空は真っ白に色を失くし、踏んでいるはずの砂が違う感触を訴える。いや、周りだけじゃない! 俺の体も段々色が薄くなっていた。俺は自分の手をまじまじと見る。嘘だろ…!? 両手が透けて、向こう側に微笑みを携えた狛枝の顔が見える。
「日向クン、ボク…待ってるから。好き、大好き、日向クン。…だいすき」
泣き笑いの狛枝がどんどん白く薄くなっていく。俺は彼を捕まえようと右手を伸ばした。だけど何故かすり抜けてしまう。
「狛枝、狛枝…っ! ダメだ、消えるなよ! 待てったら…、狛枝ぁ!!」
愛してるよ
「何だっ!? 聴こえない、嫌だっ! 狛枝ーーー!!」
狛枝は唇を動かすが、何を言っているのか分からなかった。フッと笑った優しげな顔がさらさらと砂のように崩れて、掻き消える。俺は絶叫した。だけど声が喉から出てこない。狛枝に向かって伸ばしたはずの右手も、目の前から音もなく蒸発する。視界がぶれる。色々な意識が混ざり合って、たくさんの世界が同時に見える。砂漠、街、研究所、廃墟、海の中、空の上…。何だ何だ何だ!? そのおかしな空間に聞き覚えのある声が木霊した。


―――リセットでちゅ! 全部やり直しでちゅ!


何だよそれ、いみがわからないどうしておかしいだっておれはここにいておれはおれはおれは… …… ………_

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