// Call of Cthulhu //

25.気狂
「あは…、あはは…っ、きれい…、血、…真っ赤…、赤い、あか、ふふふふふふっ」
「狛枝さん! どうしたの、急に!?」
いきなりフォークを自身の首筋に突き立てたことに、音無は「ひっ…」と引き攣ったような悲鳴を漏らした。狂ったように笑い出す狛枝に怯え、咄嗟に距離を置く。しかし首筋からの大量の出血にハッとし、すぐにテーブルに掛かっているクロスを狛枝に押し付けた。
「首から血が…。っとりあえずそれで傷口を押さえて! 急いで手当てするわ」
『カウンセラー・音無 涼子は狛枝 凪斗の行動に驚きました。しかし冷静さを失わず、狛枝 凪斗を心配し、手当てを試みます』
渡されたクロスで首元を押さえながら、狛枝は頭に響くナレーションに疑問符を抱いた。どうして音無は自分を助けようとするのか…。罪木の様子から見るに、音無がこの事件の元凶であるのは間違いないはずだ。しかしこの様子を見るに彼女は何も知らないような印象を受ける。まさか音無の後ろに潜む更なる黒幕の存在があるとでも言うのか…?
「ちょっと待っててね! 救急箱を取ってくるから」
音無は慌ててリビングを出て、他の部屋へと行ってしまった。あの妙なウガァ・クトゥン・ユフというおまじないを言わせたのは彼女だ。絶対に何かある。とりあえず自分はどうするべきか…。狛枝は首の痛みに歯を食い縛りながら考えた。1番気になるのはやはり丸テーブルの上のビロードの掛かった何かだろう。いや、しかし…。
「とりあえず日向クン達が心配してるかもな。今の状況だけ伝えておこうか…」
ポケットから携帯電話を出して確認すると、繋げっぱなしにしていた通話が切れている。どうやら途中から聞こえていなかったようだ。七海は<聞き耳>を持っていたが、一応念のためだ。狛枝は電話帳から日向の番号を呼び出すとコールボタンを押す。プルルルル…、プルルルル…。呼び出し音が耳元で鳴っている。狛枝は恋人が電話に出るのを今か今かと待ち、その音に集中した。
「狛枝さん、お待たせしま、……!?」
「カウンセリングの謎、まだ分かってないのに…」
『狛枝 凪斗が日向 創に電話を掛けている間に、音無 涼子が救急箱を持って帰ってきました。しかし狛枝 凪斗は電話に集中しているため、彼女がリビングに戻ってきたことに気付きません。
音無 涼子は狛枝 凪斗が漏らした一言により、全てを理解しました。彼女の表情が見る見る内に変わっていきます。その瞳は薄暗く、敵意の籠った色に染まりました』
プルルルル…、プルルルル…。狛枝の携帯電話からは呼び出し音が続くばかりで一向に取られる気配がない。
「んぅ…? おかしいな。日向クン、出ないみたい…」
「……………」


<戦闘のスポットルール:奇襲>
本当に思いがけない奇襲だった場合には、最初のラウンドでは奇襲を受けた者は何も攻撃が出来ません。背後から受けた際は<回避>も不可能です。


『背中側から何かが動くような気配を感じ取った狛枝 凪斗は振り向きますが、間に合いませんでした』
キラリと光る銀色の光。大きく腕を振り上げた音無が狛枝の目に映ったが、電話に気を取られていたので即座に反応することが出来ない。手の中の銀色が狛枝に突き立てられようとしている。
「あっ!?」

<カッターナイフ(こぶし)>
実行者名  技能名 技能   出目  判定
音無 涼子 こぶし (25) → 22  [成功]

奇襲により、<回避>判定なし。

<ダメージ>
実行者名  技能名 _範囲   出目
音無 涼子 こぶし (1D4) →  4

<耐久 現在値>
探索者名  元   _現在 増減
狛枝 凪斗 6 →  2  (-4)

「ぐっ…!?」
首の傷も癒えぬまま、また首筋へと食い込む刃物に狛枝は息を詰まらせた。2度に渡る激しい痛みに体中が痺れて、そのままどさりと床に倒れ込む。襲ってきた音無は言葉もなく、その場に立ち尽くしていた。カタカタと震える右手にあるのはカッターナイフだ。恐らく救急箱に入っていたものだろう。
「折角、…綺麗な人だったのにね。嫌だな。次から次へと沸いてきて…。蛆虫みたいだわ」
音無は困ったように眉をハの字にし、ポイっとカッターナイフを投げ捨てる。ピッと床に血飛沫が飛んだ。
『狛枝、狛枝っ、頼む…。返事をしてくれ!!』
『狛枝くん、お願い! 聞こえてたら返事をして! どうしたの、狛枝くん!』
転がった携帯電話からは小さいが日向と七海の声が聞こえる。自分の所為だ。音無を警戒せずに背中を向けて電話を掛けようとしたから、こんなことになってしまった。白い床に柘榴の雫が1つ、2つ、3つ…。吹き出した鮮血が狛枝の白いワンピースをどんどん真っ赤に染めていく。
「まだ外に2匹…いるのよね。ああ、もう…気持ち悪い!」
「っ……ひゅー…、っ、ぅ……」
「ねぇ、蛆虫さん? 泡吹いてないでさ、外の2匹ウザいから追い返してよ。あんたが連れてきたんでしょ?」
「……ち、が…っ、……んっ」
「誤魔化そうとしたって無駄よ。全部分かってるんだから。ほら、電話」
音無は床に落ちた携帯電話を拾い上げて、ペチペチと狛枝の頬を叩いた。途切れかけた意識が強引に引き戻される。
「うっ…」
「自分じゃ掛けられないの? しょうがないわね。私が代わりに掛けてあげるね」
慣れた手つきでリダイアルを操作したらしい音無は、ニコニコした顔で携帯電話を狛枝の傍に置いた。プルルルル…、プルルルル…。再びコール音が携帯電話から聞こえてくる。意識が遠のき、目を閉じようとした狛枝の様子に気付いたのか、音無は狛枝の髪をウィッグごと引っ張って無理矢理起こした。
「ちょっと、何寝てんのよ!? 起きてってば! ゴミ袋に詰めて捨ててやるわよ!?」
凶器に満ちた形相で狛枝を罵倒する音無。その時、丁度携帯電話から声が聞こえた。
『狛枝……?』
「………。………」
『おい、狛枝! 聞こえてんのか? そっちはどうなってんだ!?』
必死な日向の声が狛枝に伝わる。ただそれだけで涙が出そうになった。死ぬ前にキミの声が聞けたなんて言ったら、日向クンは縁起でもないこと言うの止めろ!って怒るだろうな。絶体絶命の折にそんなことが思い浮かんでしまい、狛枝はふいに口元を緩ませた。何か言わなければ…。助けを求めなければ…。
『……………し、…………た………』
「した? 舌のことか? それとも下に何かあるのか? 狛枝っ!!」
「………。………」
『おい、こまえだ…っ!?』
(た、……す、ぇ…っ、た、クン…!)
言葉が出て来ない。もう限界に近い。音無はイライラと顔を引き攣らせ、狛枝を睨み付けた。
「使えない…! 電話も出来ないの? そんなバカは死ぬしかないわね。…ああそう、死ぬのね。それが良いわ」
ニヤリと笑った音無は通話中の携帯電話を手に取り、耳に当てる。そして言い放った。
「ばぁ〜か! バカバカバカバカバーカッ!! うっふふ、狛枝 凪斗は、死んだよ!」
それだけ言い終わると乱暴に電話を投げつけた。ガツンと硬い衝撃音と共に電話は床をスルスルと回転しながら滑り、壁にぶつかって動きを止める。狛枝はその様子をじっと見ていた。ぼんやりと霞む視界は白から赤へと瞬く間に切り替わっていく。

ああ…。何て美しくて、素晴らしいのだろう…。赤…、赤…、赤…。

自身から噴水のように吹き出す赤色が堪らなく尊いものに見えて、狛枝はフッと安心したように目を細めた。視界を埋め尽くす、希望の色。本当に綺麗だ。陽光を反射してキラリと光る傷1つない真っ白な床材に、じっとりと濡れた赤が広がっていく。ガーネットのように深く艶めいたそれが清純な白を犯していく様に興奮を覚えるのだ。ゆっくりと体から力が抜けていく。耳鳴りがいつまでも耳の後ろにこびり付いてうるさいのに、景色が段々と遠ざかっていく奇妙な感覚。
(ひ、な…た……ク…、おね、…が、い……)
狛枝はこの感覚を良く知っていた。右手の激痛に耐えながら、"彼ら"を待っていた時の感覚だ。意識は四散し、今にも気絶しそうだった。しかし散ってしまった自我を必死に掻き集めて、気合いだけでロープを握り締めていた。自らを絶命させるであろう槍を真正面に見据えて…。この世界が作り物であったとしても、絶望を許す訳にはいかない。せめて自分が絶望を根絶させられれば良かったものの、狛枝には為す術がなかった。希望を、守りたい…。その一心で絶望を皆殺しにする計画を実行に移した。
記憶がぐるぐると混濁し、記憶が周り巡る。殺人が起きたはずの修学旅行で、何故かみんなが仲睦まじく日々を過ごしている光景が蘇ってきた。ウサミから出される課題をこなしながら、超高校級の才能達と恐れ多くも寝食を共にする。
ウサミは言った。ここは平和で安全な南の島。誰も傷付くことなく楽しく過ごすことが出来る。ここでは狛枝の不運で誰かが命を落とすようなことはないのだ。他人と深く関わり合うことを避けていた狛枝にとって、それは久しぶりに悪くない心地を与えてくれた。初めて出来た友達…。砂浜で向き合って交わした会話を思い出す。友達になってほしい。その一言を言うのにどれだけ緊張したことか、相手は知らないだろう。
(あ、あ…、……っひ、な…ぁ…)
彼の名前を呼びたかったが、それは叶わなかった。口の中が生温かい血の味で満たされている。血液で喉を塞がれたのだろう、呼吸も上手く出来ない。吐き出そうとしても咳き込む力さえ狛枝には残っていない。唇の端からゴボゴボと泡立った液体が零れていく。死が近付いてきているのをハッキリと感じ取れた。ああ、あの時のように自分は死ぬ。狛枝はゆっくりと瞼を閉じる。閉じた真っ黒な世界にストロボのように映し出されたのは、日向だった。
全部覚えている。超高校級の才能を持つと信じて止まなかった彼は、何も持たない平々凡々などこにでもいる少年だった。希望の踏み台にすらなれない可哀想な予備学科。狛枝にとって、そんなものは取るに足らない無価値の存在だ。なのに何故だろう。どうして彼でなければならないのだろう。頭で考える拒絶感を置き去りにして、狛枝は日向に弱々しく手を伸ばす。いや、伸ばそうとした。
「は、…げほっ、……っ、…、ぐ、」
幻の日向はそれに逸早く気付き、心配そうな顔で手を差し伸べる。しかし後少しで届くという所で、それは霧のように掻き消えた。日向がいた同じ場所に少女が立っている。向かい合った瞬間、嫌悪感で狛枝の体中に鳥肌が浮かび上がった。自分は彼女を知っている。吐き気を催すほどの絶望。カツンと編み上げブーツのヒールを鳴らした少女は狛枝を見ると、ニヤニヤと楽しそうに唇を吊り上げた。ふっくらとした艶めかしいそれが動いて、何かを呟く。
『     』
彼女を許してはならない。消し去らなければならない。誰かが止めないと、自分が止めないと…。しかし奇妙な笑い声が響き渡り、狛枝の体は闇の奥底へと引き摺りこまれていく。もがこうともその力は強く、ものすごい勢いで押し流される。勝ち誇った笑みを浮かべた少女は大きく手を振って、闇に飲まれる狛枝を見送っている。そこで狛枝の意識はふつりと途切れた。

<ルール:意識不明>
探索者の耐久力が2以下になった場合、その探索者は自動的に意識不明に陥ります。


……
………

「狛枝っ! 狛枝…!! くそっ、何があったんだよ!!」
ドアの向こうで恋人に何かが起こっている。しかも尋常ではない事態が。早く、早く…狛枝の元へと行かなければ…! 頭に血が昇り、焦りで視界が狭まる。何としてでも助ける。"あの時"は彼に追い付けず、先に逝かれてしまった。ゲームでも現実でも、もう2度とそんなシーンには出くわしたくない。面倒で捻くれた性格をしていると思った。希望が好き過ぎて得体がしれないとも思った。でもそこを含めた狛枝の全てが好きで、自分には彼が必要なのだ。
「日向くん、ドアには鍵が掛かってるよ」
ドアノブを捻ろうとした日向に七海が呼び掛ける。頭に血が上っている所為で、思考が短絡的になっていた。こんな時に狛枝がいてくれさえすれば、もう少し自分は落ち着いていたかもしれない。だがそれは今言っても仕方のないことだ。七海に下がっているようにとジェスチャーをすると、彼女は頷いて後ろへと2mほど下がった。邪魔をするものは何だろうと力で捻じ伏せる。
「こんなもん、ぶち壊してやる!!」

<キック&武道/空手>
探索者名  技能名 技能   出目  判定
日向 創  キック (75) → 23  [成功]
日向 創  空 手 (85) → 〃  [成功]

<ダメージ>
探索者名  技能名  範囲   出目
日向 創  キック _(2D6) → 7
日向 創  ボーナス  (1D4) → 3

安全靴のダメージボーナス:4
合計ダメージ:7+3+4=14

『ドアの耐久力は12です。ドアの破壊に成功しました』
「家の中に入るぞ!! 早く狛枝を探すんだ!!」
日向と七海は雪崩れ込むように室内へと走り出した。スタイリッシュな白で統一された玄関は小物の1つ1つが洗練されたものだったが、そんなものに目もくれず土足のまま駆ける。
『日向 創と七海 千秋の両名は室内に入ります。ここは音無 涼子の家の中です。玄関から入ってすぐのリビングルーム。部屋の中央には音無 涼子が狛枝 凪斗を踏みつけて立っています』
「狛枝っ!!!」
「…狛枝くん!」
狛枝は首から血を流して倒れている。顔は蒼白になっており、死んでいるようにも見えた。まさか…。
「っこの野郎…!」
狛枝を見下げていた音無がゆらりとこちらへ顔を向けた。元々はとても美しかったであろう美貌が目鼻立ちや輪郭、肌質から感じ取れる。しかし今では醜く歪み、狂気を宿すだけの女に成り果てていた。濁って輝きを失った瞳に貫かれ、日向は思わずゾクリと鳥肌を立てた。
「…この野郎はこっちのセリフ。何、人の家のドア壊してるのよ。…蛆虫!」
「むっ。蛆虫だなんて、失礼しちゃうね…! 狛枝くんは…!?」

<目星>
探索者名  技能   出目  判定
七海 千秋 (90) → 78  [成功]

『七海 千秋は注意深く狛枝 凪斗を観察しました。狛枝 凪斗は音無 涼子の足置き状態です。目は閉じていますが、良く見ると胸が上下に動いていることから息はあるようです。意識は不明。首から夥しい量の出血をした形跡があり、辺り一面血の海と化しています』
狛枝はまだ死んではいない。そのことに安心はしたものの、告げられた凄惨な光景に日向はドクドクと動悸が止まらない。初めて死体を見た時と同じだ。死体…? 死体なんていつ見た…? 狛枝の助手として過ごしてきたが、今まで死体と出くわすような事件に巻き込まれたことはない。でも確かに見たことはある。テーブルの下に隠された…、
「日向くん!? しっかりして!」
何かを思い出しそうになったが、それは七海の声によって遮られた。いつもの眠そうな彼女とは裏腹の緊張した面持ちで、日向に話し掛けてきている。手には既に拳銃が握られていた。戦闘も辞さないと判断したのだろう。日向は深呼吸し、ポケットからメリケンサックを取り出すと両手に装着した。
「七海…。…分かってる、まだ…最悪の事態に陥った訳じゃない」
「うん。でも狛枝くんを助けるには、あの人をどうにかしないとダメ…だと思うよ」
七海の言う通りだった。全くふざけている…。小泉を消失させ、罪木の症状を悪化させ、狛枝をこんな目に遭わせた。血に塗れたこの現場が決定的だ。何もなくて人を襲うなんてこと一般人は絶対にしない。音無 涼子が全ての元凶である。許せない…。日向は込み上げる怒りで体が震えてきた。
「手加減してもらえるなんて思うなよ、外道…!」
「はぁ? 騙して、忍び込んで、盗み聞きして、物壊して…。外道はどっち? あなた達のことじゃないの!?」
音無はそう激昂しながら狛枝の腹を加減なしに踏みつける。
「ひぐぅッ!!」
「っ止めろ!!!」
狛枝は踏みつけられ、口から血の塊を吐き出した。その瞬間、狛枝の口から出た血液は丸テーブルの上に置いてある、ビロードに吸い込まれていった。
「!? 狛枝の血が…! 何だ…っ、今の…?」
「あの…ビロードに、…吸い込まれたの?」
日向も七海も摩訶不思議な光景に思わず驚きの声をあげる。良く見ると床に流れている血溜まりの色が段々薄くなり、ビロードへ水音のような何とも形容しがたい音を立てて動いているのだ。
『夥しい血の海、狛枝 凪斗の危険、音無 涼子の狂気。そして物理法則を無視してビロードに吸い込まれていく血液。常軌を逸した、複数の事象を目撃した、日向 創と七海 千秋…』
一旦頭に響く声が途切れたかと思えば、『うぷぷぷぷ…』と耳障りな笑い声を漏らす。その声を聞くだけで怖気が走った。頭で理解するより先に体が反応する。楽しそうに笑っていたその声は『めんごめんご』とこちらに軽く謝ってきた。
撒き散らされた鮮血のリビングに、ぼうっととある人物が姿を現す。頭に響いていた声の主だ。何の変哲もない制服の下にパーカーを纏った小柄な少年だった。そして胸に白黒模様のクマのぬいぐるみを抱いている。童顔で人懐っこそうな顔立ちだが、浮かべている表情はとても禍々しい。日向は直感した。彼こそがこの場の支配者―――GMであることを…。
『0/1D3のSANチェックだよ。うぷぷぷぷぅ〜、久々で胸が躍るよね? 正気度ロールに失敗したら正気度減少。さぁ、どうぞ…?』
左目を赤く光らせたGMはぎゅっとぬいぐるみを抱き締めて、日向達にダイスロールを促した。

<正気度>
探索者名  技能   出目  判定
日向 創_ (83) → 91  [失敗]
七海 千秋 (62) → 65  [失敗]

<正気度 失敗>
探索者名  範囲   出目
日向 創_ (1D3) → 2 (残り81)
七海 千秋 (1D3) → 2 (残り60)

<正気度 現在値>
探索者名  元    現在_増減
日向 創_ 83 → 81 (-2)
七海 千秋 62 → 60 (-2)

『……………、うぷぷぷぷ! キャハハハッ、ハハハハハハハハハハッ! おっと失礼…。ふふっ。耐えるねぇ、キミ達。いやでも、この程度で飛んじゃっても困るよね…』
「……すごく嬉しそうだね、GM。あなたが用意したシナリオがどういうものか、私理解出来た…かもしれない」
七海は静かにそう言った。彼女の言いたいことは日向も何となく分かった。GMの不気味な破顔。最早探索者を導いて、シナリオをクリアさせようなどとは考えていないのだろう。
「GM、お前親切だけど…味方じゃないんだよな?」
『んん? そんなこと、よーりーもー。気になるものが、あるんじゃないのかな??』
クスクスと笑ったGMは視線でわざとらしくそれを指し示した。もちろんそれは紫色のビロードだ。血液が吸い込まれていくだなんておかしい。尋常ならざる何かを感じる。しかし日向1人ではどうするべきか何も浮かばない。七海に考えを聞こうと口を開いた所だった。
「ウガァ…クトゥン…ユフ…」
「あ…?」
「ウガァ・クトゥン・ユフ…、ウガァ・クトゥン・ユフ…」
「え…、狛枝くん!?」
その声の発生元は狛枝だった。意識不明で倒れているはずの狛枝が声を発したのだ。しかしその声色は良く聞いていた彼のものではなく、およそ人間が出せるような音ではない。とても低く底知れない深みを持つ声だった。出血で顔が青白くなりかけている狛枝が口だけ動かし、あの奇妙な言葉を続けざまに紡ぐ。そしてそれに同調するように音無も同じ言葉を口にし始めた。
「ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ!」
「…ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ!」
「!? 何だよ…!」
「ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ!」
「ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ!」
狛枝が音無に刃物で刺され、紫色のビロードはゴボゴボと飲むように血を吸収する。そして耳が痛くなりそうなほど繰り返されるウガァ・クトゥン・ユフという呪文。現実離れした奇怪な現象に日向も七海も言葉が出ない。
「………、く……っ」
「ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ!」
「ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ!」

膠着した状態の音無 涼子の室内で、ただ1人…GMだけが愉快そうににんまりと笑った。

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26.避戦
「ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ!」
「ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ!」
吐き出される言葉、繰り返す共鳴、渦巻く恐怖。日向は指先の震えを七海に悟られまいと、もう片方の手で押さえた。人間という常識の皮を剥いだ時に初めて現れる純粋な狂気だ。人間性などありとあらゆるものを全て削ぎ落とした後の、薄汚れた鈍色が室内に蔓延する。
「狂ってる…」
「ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ!」
「ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ! ウガァ・クトゥン・ユフ!」
日向が忌々しく吐き出した言葉に耳を貸さず、音無も狛枝もひたすら同じことを叫んでいた。放たれ続ける言葉の波に圧倒される日向と七海。しかし終わりなく永遠に続くと思われたこの状況は、突如静寂を迎える。ふっと口を閉ざした2人にビクリと七海の体が跳ねた。
「どうしたの…?」
「こ、狛枝…?」
「ゲホッ、…うっ、ガハッ…う、うう…うげぇ…ッ、ぶはっ、はぁ、はぁ…うぐっ…!」
狛枝はのたうち回りながら腹を押さえて、口からビチャビチャと何かを吐き出した。黒い液状の物体だ。息も絶え絶えに苦しそうにしている狛枝を今すぐ助けたかったが、吐き出された訳の分からない黒い液体に日向が本能的に足が竦んでしまう。黒い液体を見たGMは鼻を摘まみながら大袈裟に手を顔の前で振り、『臭い』というジェスチャーをしてみせた。
『硫化水素の腐乱臭、家畜の糞尿臭、死骸の腐敗臭…。吐き出された"黒いもの"は、この世のどんな悪臭をも凌駕する凶悪な臭いを放っているね。それでいて妖しく光るその表面は、入念に磨かれた黒曜石の如く美しく、沼のように底が見えず宇宙のように果てが知れない…。吸い込まれそうな、深い黒だ。
狛枝 凪斗から吐き出されたそれは人間の常識の範疇では測れないほど、名状しがたいものでした』
「これは…、あのレントゲンの時のやつか…!」
病院で見た狛枝の胸に映っていた黒い影。鼻が曲がりそうな臭さに胃の中の物を嘔吐してしまいたい衝動に駆られた。だがそんな猶予などなかった。狛枝の口から吐き出され、床に落ちた黒い液体は寄せ集まり、1つの塊となり、そして…ざわざわと無数の触手のようなものを蠢かせながら、どんどんと膨らんでいった。
「あっ…あ、…日向、くん…!」
七海が真っ青な顔で日向の裾を掴んでくるが、それを気遣う余裕はなかった。2mもない距離で起こる異常から視線を外すことが出来ない。やがて動きが静かになった黒いものは体の表面を波立たせると、黄色味がかった大きな目玉を体の奥から出した。ぎょろりと開眼しているそれに声も出せずにいると、後から後から無数の目玉が表面に現れる。目玉達はここがどこなのか分からないといったように、キョロキョロとそれらを動かした。
かと思えば黒いものは勢い良く中央が裂けて、大きな口を出現させる。たくさんの牙を剥いたその口は噛まれたら痛そうなどというレベルではなく、確実に体を引き千切られることは容易に想像がついた。開閉する口の中は内臓のようなグロテスクな赤色をしており、まるで人間を食った後のような色だと日向は思った。
『下腹部に何十本もの短い触手を生やし、蛇のような鎌首を擡げ、のっぺりとした黒い塊のてっぺんに木の杭のような歯が並んだ巨大な口が開きます。体のあちこちには黄色い光を発する濁った目玉が見開いていました』
「うっ……」
『液体の性質を持ったままの体からは、ドロドロと雫のように体の一部が溶け落ちていますが、時にはそれが触手のように意思を持って動き、空中をまさぐることもありました。狛枝 凪斗の体から出てきたのにも関わらず、その"黒いもの"は3、4mはある巨体です』
「危ない…っ!」
口を大きく開けて動きを見せた黒いものに、日向は咄嗟に隣の七海を庇う。バリッ…ミシミシ…!と軋むような音に目を開くと、巨大な近くのテーブルをクッキーのように噛み砕いていた。無数の黒い触手が振り払われたかと思えば、戸棚がいとも簡単に薙ぎ払われ破壊される。液体状の体にも関わらずその力は凄まじく、人間の作り出した物など軽く壊してしまう。どうやら暴れているのではなく、この部屋は黒いものにとって狭いらしい。
「……、あ、あぁ……」
「…こ、んな……、」
ショックを受けて茫然としている日向と七海に、GMは腹を抱えてゲラゲラと笑い出した。
『気分は如何かな…? 探索者諸君。呆気に取られているようですが、クトゥルフ神話では、こんなもの…序の口に過ぎないのですがね…』
「ふざけんなよ…。……これで、これで…序の口だって…?」
「………、覚悟はして…。ううん、違う。私達は甘かったんだよ…」
『うぷぷぷ、うぷぷぷぷぷ〜! ああ、堪らないよ…。その顔を待ってたんだよ、ボクは! あっはぁ…。圧倒的な恐怖を前に為す術もなく絶望する、その表情!! ねぇ、今どんな気持ちかな? 楽しい? 楽しいよね!? ボクはすっごく楽しいよ! これがさ、GMの醍醐味ってやつなんだよねぇえええ!! キャハハハハハハッ!!』
一頻り笑ったGMはふぅ…と大きく深呼吸をして、元のような真面目で落ち着きのある顔付きに戻る。
『名状しがたい異形の生物を見た、日向 創と七海 千秋。その精神に、これまでとはケタが違う衝撃を受けます。
1/1D10のSANチェックだよ。うぷぷぷ…もちろん、耐えてくれるよね? 正気度ロールに失敗したら正気度が減少する。ここからが本番だよ。さぁ、ロールどうぞ?』

<正気度>
探索者名  技能   出目  判定
日向 創_ (81) → 83  [失敗]
七海 千秋 (60) → 72  [失敗]

「っ失敗、だと…? 何でこんなにダイス目が悪いんだよ! GM、お前が何か細工してるんじゃないのか!?」
『ちょっとちょっと〜、自分の運が悪いからってGMに当たらないでくれないかなぁ〜? そういう風に何でも人の所為にするの良くないよ? ボクは公平に公正にゲームを進行させてるだけなのになぁ…』
「80もあるんだぞ!? かなり高い数値なのにそれ以上の目が出るなんておかしいだろ!?」
2回も連続で失敗するだなんて、どう考えても確率的にありえない。指をビシッとGMに向けて反論するも、当人はゴキブリでも見るような目付きで日向を見下している。
『っグダグダうるさいよ…!! そんな器の小さいことばっかり言ってるから予備学科にしかなれねぇんだよ、雑魚が!! え? GMに逆らっちゃうの?? んーんー、どうしよっかなぁ。別に止めても良いんだよ?』
「待って! ダメだよ、日向くん。この人に逆らっちゃダメ!」
「でもっ、七海…!」
『ゲーマーちゃんは良く分かってるねぇ。その通りだよ、ボクに逆らっちゃダーメ! ゲームマスターであるボクこそがこの場を支配しているんだ。全てがボクの意向で動くんだよ。みんなを、助けられなくても良いの…?』
上目遣いで唇を尖らせるGMに日向は「くそ…っ」と呟き、拳を握り締める他なかった。

<正気度 失敗>
探索者名  範囲   _出目
日向 創_ (1D10) → 6 (残り75)
七海 千秋 (1D10) → 7 (残り53)

<正気度 現在値>
探索者名  元    現在_増減
日向 創_ 81 → 75 (-6)
七海 千秋 60 → 53 (-7)

『うぷぷぷぷ…! 良いですね、良いですね! 2人とも1回の正気度ロールで、正気度が5以上減ったね。ここで<一時的狂気>について説明するよ。初心者のみんな、しっかりついてきてね〜』


<一時的狂気>
1度の正気度が『5』以上減った際に<アイデア>ロール(直感力のロール)でどのようにショックな出来事を感じ取ったかをテストします。(今までも何回か<アイデア>ロールを行っております)
この<アイデア>ロールに『失敗』した場合は今目撃したものを直感で理解出来なかったあるいは理解出来る範疇を超えていたので、『一時的狂気』は発生しません。人間に備わった自己防衛の1つかもしれません。
<アイデア>ロールに『成功』してしまったら残念ながら、今目撃したものを直感力で理解してしまったということになり、『一時的狂気』が発生します。一時的狂気の症状は今回は1D10の出目によって決定します。

@1回の正気度ロールで正気度が5以上減る
A一時的狂気判定
B<アイデア>ロールを行う
Cロール失敗で狂気回避、ロール成功で一時的狂気
D失敗した場合の一時的狂気の症状は1D10で決定


七海が以前言っていた<アイデア>ロールには成功しない方が良いと言っていたあのことか、と日向は実感した。無茶な展開を進めてくる割にはGMの説明は丁寧だし、本人の言うように判定は公平なのだろう。しかし日向にはどうにも敵意しか感じられなかった。
『これで一時的狂気がどういうものか、分かったかな? それじゃ…日向クン、七海さん。<アイデア>ロールお願いします』

<アイデア>
探索者名  技能   出目   判定
日向 創_ (50) → 65   [狂気回避]
七海 千秋 (70) → 28  [一時的狂気]

『七海 千秋は優れた直感力が仇となり、目の前の異形のものから受けた強烈なショックにより一時的狂気に陥ります。では、症状の種類を決めるロールをして下さい』

<七海 千秋の『一時的狂気』ロール>
探索者名  ロール  _出目
七海 千秋 (1D10) → 5

<『一時的狂気』による症状>
極度の恐怖症:その場に釘づけになり、一定時間動けない。

「あっ…、うぐ……。あああ、く…っ、……!」
『七海 千秋は極度の恐怖症でその場に釘づけになってしまうという一時的狂気に陥りました。一定時間、何も行動をすることが出来ません』
「くそっ、七海…!」

<精神分析>
探索者名  技能   出目  判定
日向 創  (70) → 75  [失敗]

『日向 創は<精神分析>を試みましたが、自身も危機的状況に晒されているためか上手くいきませんでした』
「……っ、ダメか…!」
非常にまずい事態だ。<医学>の心得を持つ狛枝が倒れている以上、<応急手当>の値が高い七海まで動けないとなると体力を回復する術がなくなってしまう。GMの言う一定時間はどれほどの長さなのか? 何秒、何分…。何時間ということはないはずだ。
「GM、どのくらいで七海は元に戻る!?」
『…そうだね。正確な時間が答えかねるけど…時間にして数分間、戦闘だったら数ラウンドって所かな?』
日向の思った通り、数時間ということはないようだ。しかし、どうすれば良いのか…。相手はテーブルを砕く強さを持った化け物だ。真正面から戦うのは死にに行くようなものだ。狛枝は負傷して意識不明、七海も動くことは出来ない。従って今は逃げて再戦という手段も取れない。2人を危険に晒す訳にはいかないのだ。
ポケットの中の携帯電話の存在に気付き、警察に通報ということも考えたが、化け物が出たなんて話はきっと誰も信じない。<説得>で何とか出来なくもなさそうだが、時間は掛かりそうだ。そもそも電話をしている間はどうするのか。どう見ても話しながら対処出来るような相手じゃない。
『日向 創が躊躇していると、音無 涼子はその隙を狙って部屋の外に逃げ出しました。手に何かを持っています』
「何っ!?」

<目星>
探索者名  技能   出目  判定
日向 創  (25) → 10  [成功]

『音無 涼子が手に持っているのは、血を吸い込んだ紫色のビロードです』
「……分かったぞ! それを何とかするんだな!? 待てっ、お前を逃がす訳には…!」
日向が音無の方へと意識を向けると、日向の前に異形のものが回り込んできた。どうやら邪魔をしているようだ。音無の元へは行かせまいとしているのか、ざわざわと触手を動かし大きな体でどっしりと立ち塞がる。

<アイデア>
探索者名  技能   出目  判定
日向 創  (50) → 34  [成功]

『日向 創は<アイデア>ロールに成功した結果、異形のものが音無 涼子の持っていた紫色のビロードのかかったものを守ろうとしているのではないか…?と直感します』
GMの言葉に日向の脳裏に1つの突破口が導き出された。恐らくそういうことだろうと何度も今まで見てきたことを思い出しながら頷く。それで解決するかどうかはハッキリとは分からない。だがこれに賭けるしかない…!
『さて、探索者…日向 創。あなたはどうしますか?』
「化け物を回避して、音無 涼子を追う。化け物は音無の持っている物を守るために俺を追ってくるはずだ。そうなると狛枝と七海は一応こいつの脅威から遠ざかる。問題はこいつを潜り抜けることだけど、やってみるしかないよな…」
『ふぅん…』
GMは日向の発言に興味深そうに片眉を上げてみせた。
「音無 涼子の持っている物を守っているってことは、俺の目的はその逆の破壊になる!」
『……了解したよ。でも異形のものを潜り抜けるとは言っても、戦闘自体を回避することは難しいだろうね。だから異形のものを潜り抜けるのに1ラウンド消費することにしよう。そしてその後は、日向 創と異形のもののDEX(敏捷)を抵抗ロールに掛けて、異形のものから逃げきれるかどうかを判定するけど、それで良いかな?』
「…ん? 音無 涼子との抵抗ロールはないのか?」
『必要ないよ。理由は明かせないけどね…』


……
………

日向は震える体を落ち着かせるために大きく深呼吸をした。1人だ…。誰も助けてはくれない。可哀想に血に塗れて横たわっている狛枝と、真正面を見つめたまま座り込み微動だに出来ない七海。俺が守らなきゃならないんだ、2人を…。この化け物を何とかして掻い潜って、引き付ける。それが今日向が考えられる唯一の突破口だった。
『異形のものとの戦闘になります。行動順は…、異形のものの方がDEX(敏捷)が高いから、日向クンは後になるね』
「向こうが先攻か…。確か『化け物を潜り抜ける』のに1ターン必要なんだよな? 具体的にはどういうことなんだ、GM?」
『ごめん、説明が足りなかったね。正確には【1ターン、異形のものの攻撃を<回避>】出来れば、異形のものを潜り抜けたものとみなすよ』
「なるほどな。攻撃を潜り抜けるってことは俺が先攻でも向こうが攻撃しない限り無理だから、嘆く必要はなかったか…」
日向の<回避>はかなり高い。戦闘に特化させた所為で探索では力を発揮出来なかったが、戦闘となれば独壇場だ。運が良ければ1ターンで掻い潜ることは可能だった。
「よし、来い!!」

<鞭>
実行者名  技能名 技能   出目  判定
異形のもの  鞭  (90) → 57  [成功]

ひゅんっと風を切る音と共に異形のものが体の一部を鞭のように変形させ、日向に攻撃を仕掛けてきた。当然、<回避>しか選択はない。

<回避>
探索者名  技能   出目  判定
日向 創  (85) → 49  [成功]

「ははっ…遅いな、化け物! 力は強いみたいだけど当たらなきゃ意味ないぞ?」
化け物が言葉を理解出来るかどうかは怪しかったが、精一杯の挑発を浴びせて日向は床を蹴った。
「逃げるからな!? さぁ、俺を追って来いよ! 音無が持ってる物が、お前には大事なんだろ!?」
『では、日向 創が逃げ切れるかどうかロールで判定しよう。成功率は…』

<敏捷抵抗>
探索者名  DEX    対象者名 DEX
日向 創   13  VS 異形のもの 16
成功確率:35%

探索者名 目標値  出目    判定
日向 創  (35) → 99  [ファンブル]

「何だと!?!!?」
『ぷっ…、ふふっ、ははは、あははははははは!! やってくれるね、やってくれるね、やってくれるね!!! ああ、何という翻弄。何という蹂躙。何という…、愉快…!』
「う、そ……だろ…?」
『失敗ならまだしも、大・失・敗!…とは。うぷぷぷぷ…。失敗しただけならもう1ラウンド追加する程度だけど、大失敗…大失敗…。そうだねぇ…』
ここまで来たのにファンブル判定を突き付けられるとは…。日向は状況を飲み込めずにその場に立ち尽くす。一方GMは顎に手を添えて、邪悪な笑みを浮かべながら何やら思案している。
『じゃあ、こうしよう。日向 創は逃走に失敗したので、再び回り込まれてしまった。異形のものの攻撃をもう1度回避しなくてはならない。…それに加え、逃走に失敗した際に日向 創は派手に転んでしまい、足を強く捻ってしまったようです。これにより一時的に足を使う能力値が低下します』
「ってことは俺は…!」
『焦らない焦らない。…ふふっ、具体的には<回避>とDEX(敏捷)が1/2になるよ。<武道/空手>は足技の威力が半減します。元々攻撃を2倍にする技能だからそれがなくなったと考えてね。安全靴キックをロールする場合、1D6+2+dbとなるかな』
「<こぶし>より攻撃力が下がるってことかよ!」
威力の方は化け物に攻撃はしないので置いておくとして、<回避>とDEX(敏捷)が下がるのはかなり痛い。<回避>を1/2にすると45%だ。何としてでも化け物の攻撃を避けなければならないのに。
『さてと、行動順は日向 創に回ってきました。どうする…?』
相手から攻撃されない限り、<回避>は出来ない。こちらが無理に攻撃しても逃走の糧にはならないだろう。大事なのは回避することだ。だったら…。
「……GM、1ターン使って相手をじっくり見定めて<回避>の成功率を上げることは可能か?」
『うーん、そうだね。回避率45%はあまりにも可哀想だし、ちょっとくらい張り合いがなければこっちもツマラナイもんなぁ。…良いよ。じゃあ戦闘だし、<武道/空手>でロールに成功したら+5%進呈してあげるよ』
「たった5%かよ…」
『キミって本当我儘だなぁ。文句言うなら振らせてあげないよ? それとも<目星>に成功したら<回避>に+20%しようか?』
「!? いや、やっぱり<武道/空手>で振る!」

<日向 創の回避成功率上昇判定ロール>
探索者名  技能名   技能  _出目  判定
日向 創  武道/空手  (85) → 62  [成功]

<回避 現在値>
探索者名  元    現在_増減
日向 創  45 →  50 (+5)

<目星>は25%しかないので振ってたら失敗していただろう。たった5%だが数字はあればあるほど良い。
『日向 創は回避率上昇に成功しました。次は異形のものの行動です』

<打突>
実行者名  技能名 技能  _出目  判定
異形のもの  打突  (20) → 17  [成功]

『異形のものは体の一部を突剣のように鋭く尖らせ、日向 創目掛けて攻撃を仕掛けます』
「もちろん、かい…いや、待て。…打突って言ったか? ……GM、俺の<回避>は今50%だよな?」
『うん、そうだけど。どうかしたかな?』
「………」
技能を戦闘に特化させても、それをきちんと生かせなければ意味はない。空き時間にルールブックを読んでその時に得た知識が役立つ時が来たようだ。
「…<回避>は、宣言しない。それよりも数値の高い<武道/空手>で<打突>を<受け流し>させてもらう!」
『っ!?』


<武道での受け流し>
技能<武道>を持つ者が使用出来る。素手攻撃、ナイフ、小さな棍棒、武道などの技能による攻撃を受け流して回避が可能。
銃器、特殊な近接武器、触手などは<武道>で基本的には<受け流し>は出来ない。
ただしゲームの進行役が状況に応じて許可を出せば、本来受け流せないものに対してそれを使用出来るものとする。


『……へぇ、考えたね。受け流しは触手には不可能だけど…。空手には手刀受けという相手の攻撃を内から外へと受け流す防御法があるようだ。良いだろう。異形のものの<打突>に関してのみ、受け流しを許可します』
「GM。<受け流し>は<回避>とは違うが、それに成功した場合『相手を潜り抜けた』ことにはなるか?」
『…ふむ。どちらも"相手の攻撃を避けている"という点では共通するね。潜り抜けることは可能としよう。では、ロールどうぞ』

<武道/空手による受け流し>
探索者名  技能   出目  判定
日向 創  (85) → 89  [失敗]

日向はひゅっと喉を鳴らす。判定は失敗。まだだ…。まだ相手からのダメージがどのくらいかは分からない。希望は残っている。この攻撃を耐えれば、もう1度チャンスはあるのだ。日向は祈りを込めて、GMの振るダイスを見守った。

<異形のものの攻撃>
実行者名  技能名  範囲   出目
異形のもの  打突  (2D6) →  10
異形のもの ボーナス  (1D6) → _4

合計ダメージ:10+4=14

<耐久 現在値>
探索者名  元    現在_増減
日向 創  15 →  1 (-14)

GMは口元を歪めて、小さな声で何かを呟いた。音は全く聞こえなかったものの、日向には何と言ったかすぐに分かってしまった。『バイバイ』。それは運命から投げ出された日向への贐の言葉だった。
鋭い黒が空間を引き裂き、一気に日向へと突き出される。ドスッと肉を貫く音がし、腹部に尋常ではない激痛が走る。吹き出す血に日向は言葉もなく呻いた。化け物の不気味な咆哮が室内に響くが、段々とそれも遠くなっていく。痛みを抱えたまま、景色がブラックアウトしていく。

終わり…? これで終わり、なのか? 狛枝も、七海も、助けることが出来なかった。このまま、全てが終わる…?


……
………

静まり返ったリビングからは少年の姿をしたGMは消え、1人の少女が立っていた。ピンクベージュの髪をツインテールにした少女はクマのぬいぐるみを抱きかかえ、血塗れの室内を何の躊躇もなく歩く。ぴちゃんぴちゃん…と赤い水滴が靴底で跳ねた。
彼女はリビングの中央に転がる赤いワンピースの人物に近付いた。夥しい血が体を中心にして赤い花を咲かせているようだ。色っぽい唇と細い首筋を彩る艶やかな赤。その芸術的な美しさに少女はほぅ…と熱く溜息を漏らす。そして靴が血で汚れるのも気にせずにしゃがみ込んで、象牙のように白く透き通った肌に指先を擽るように滑らせた。

探索者:狛枝 凪斗
状 態:音無 涼子の奇襲により耐久力減少、意識不明。行動不能。

次に少女は壁際に寄り掛かるように座り込んでいる黒いスーツの女の方へと歩いていった。カタカタと震える手にある拳銃を取り、あらゆる方向からそれを観察した後、また女の手に戻す。視線を合わせようと頑張ったが、どうやら女は少女を見ていないらしい。涙を浮かべたまま開きっぱなしになっている女の目を優しく手で閉じてやった。

探索者:七海 千秋
状 態:一時的狂気、極度の恐怖症。行動不能。

ごうごうと唸り声をあげる化け物のすぐ傍に男が倒れている。少女が近付くと男はギッと敵意を剥き出しにした視線で睨み付けてきた。絶対に許さない…。その金色の目はそう言っているが、睨む以上のことは瀕死の男には出来ない。所詮、負け犬の遠吠えである。少女はツンツンとした男の髪を『良く出来ました』とガシガシ乱暴に撫でた。

探索者:日向 創
状 態:異形のものの攻撃で耐久力減少、意識不明。行動不能。


『……全員、行動不能。ここまで、ですね。では、これでセッションを終了します』

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