// Mirai //

57.果実の話 : 10/19
貰い物のグラタン皿はやや小振りだった。料理が盛られていたとしたら女性なら丁度良いサイズなのだろうが、俺や狛枝のような男には少し物足りない大きさだ。その所為か長いこと使わず食器戸棚の中に入りっ放しだったが、今日の昼食にめでたくテーブルに並び、食器としての役割を果たすことが出来た。
「日向クン、これだけ?」
少食な狛枝がこんなことを言うのは珍しい。グラタン皿を覗き込むと、マカロニもブロッコリーも玉ねぎもホワイトソースごと綺麗になくなっている。まだまだ食べられるのに…と言った表情の狛枝に俺は傍らの段ボールからある物を取り出した。テーブルに並べられた色とりどりの果物を見て、彼も納得がいったようだ。ふわりと微笑みを浮かべて、俺の手先をじっと見つめている。
「どれが食べたい?」
「ふふ、どうしようかな…? 選り取り見取りだね」
狛枝の灰色の瞳が端から順に1つ1つを捉えていく。柿、梨、林檎、無花果…。全て俺の実家から送ってきたものだ。父や弟とは不仲なものの、母との関係は良好でたまにこうした旬の季節の野菜や果物を送ってくれる。
「栗も一緒に入ってたから、今夜は栗ご飯だぞ」
「わぁ! お夕飯が今から楽しみだよ」
目を輝かせて喜ぶ狛枝はとても可愛い。見ているだけで幸せな気分になるんだよな。「これが良いかな」と彼は中央にある鮮やかな赤い林檎を指差した。紅玉。少し小さめで酸味が強く爽やかな味わい。煮崩れしにくい品種だから、もうちょっと数があれば林檎ジャムが作れたんだけどな。
林檎を手に取って包丁を入れようとすると、狛枝がテーブルに頬をくっつけて上目遣いでこっちを見上げる。悪戯っぽいその表情にドキッとして手元が狂うが、どうにか包丁は落とさずに済んだ。さっきから何なんだ!! か、可愛すぎだろ…。俺の心の内を知ってか知らずか、彼はニコニコと「ねぇ、日向クン…」と甘えた声を出す。
「それさ、うさりんごにしてよ」
「……無理だって」
「ケチ…」
「いや、ケチとかそういう話じゃなくて出来ないんだって!」
「…そうだよね。日向クンって不器用じゃないけど、特に器用でもないもんね」
「………」
狛枝は片目を瞑って、さらりとそんなことを言う。何だかバカにされたような言葉のアクセントに俺は少しムカッとしてしまった。確かに狛枝は手先でも考え方でも俺より器用だ。だからって負けっぱなしは腹が立つ。……1度も成功したことないけど、やってみようか。
林檎に垂直に立てていた刃を水平にして、慎重に剥いていく。表皮が艶々と光っていて、その見た目に違わず滑りやすい。皮がやや厚くなってしまうのはこの際致し方ないか。途切れないことが重要なんだ。俺が等分に切る前に皮を剥き始めたのを見て、狛枝はうさりんごの希望を失ったのかつまらなさそうにひっそりと溜息を吐く。しかし赤いラインが包丁から皿へと垂れてきて、俺の考えが分かったようだ。
「日向クンって負けず嫌いだよね…」
「良いから黙ってろよ」
「そうやって…ボクの言葉にいちいち反応しちゃう所、可愛くて好きだよ」
「っ…!」
クスクスと妖艶な微笑みと吐息交じりの色っぽい声にカッと顔が熱くなる。狛枝はなおも楽しそうに林檎の皮が長く伸びていくのを眺めていた。林檎の周囲を3周ほど回って、漸く半分くらい皮が剥けた。一息吐くがまだまだだ。最後まで切れることなく続けたい。狛枝を見返すためにやっていた皮剥きが単純に達成するためへと目的がシフトしている。
「後ね、今みたいに真剣な顔してる日向クンも…カッコよくて好き」
「〜〜〜っ! お前わざと失敗させようとしてるだろっ!」
「あ、バレた?」
狛枝は肩を竦めておどけてみせる。くそっ、こんな分かりやすい手に引っ掛かるなんて…! でも狛枝にうっとりとした表情で「カッコいい」とか「好き」とか言われたら、それだけで心臓が高鳴るんだ。パブロフの犬もビックリな条件反射。深呼吸を交えて、何とか落ち着きを取り戻し、包丁は林檎の下方まで到達する。
「! …日向クン、お見事!」
「お、おう」
狛枝の弾む声も右から左に、俺は皿に弧を描いた赤いラインに視線を落とす。出来た…。初めて出来たぞ。切れずに林檎の皮剥きが最後まで!
「綺麗に繋がってるね。…すごい集中力だったなぁ」
白くほっそりとした指で皮を摘み上げた狛枝は、感心するように林檎の皮の頭からしっぽまでを辿った。6等分…、いや4等分で良いか。サクサクと切り分けて皿に林檎を並べると、狛枝は1番大きいのをすぐに手に取る。そしていそいそと俺の隣までやってきて、肩口にすりすりと猫のように顔を押し付けてきた。
「! おい、狛枝。あ、危ないだろ?」
「分かってるなら早く包丁置いてよ。ほら…、イチャイチャ出来ないでしょ?」
「イチャイチャって…」
「日向クン…。こっち向いて、口開けて? ……あーん」
テーブルと俺の体の隙間に入り込んだ彼は膝の上に大胆に跨った。遠慮することなくグイグイ体を押し付けてきて、薄い胸板や下腹部が俺に密着する。狛枝から伝わる仄かな体温とふんわりと香る肌の匂いにドキドキと鼓動がうるさくなった。切ったばかりの林檎をチラつかせながら、彼は空いてる手でツンツンと俺の唇を突っつく。見下げるような視線に背筋がゾクゾクし、頭の芯がジン…と痺れてきた。言われるがままに口を薄く開くと、狛枝はたおやかに微笑んで、『もっと開け』という風に指を口内に侵入させる。
「林檎の皮剥きをやり遂げるなんて、日向クンはすごいね…」
「……あっ」
「はい。たいへんよくできました」
入ってきた指とは違う硬い物に歯を立てた。林檎だ。シャクリと軽快な音と共に瑞々しい果汁が唇を濡らし、甘酸っぱい風味が口の中に広がる。シャリシャリと咀嚼してゴクリと飲み込むと、今度は狛枝から口づけが落とされた。
「んっ……、狛、枝…」
「林檎味のキスも、悪くないね。ふじだったらもっと甘いのかい?」
「多分、な」
狛枝は「ふぅん」と俺の食いかけの林檎をしげしげと見つめてから、口の中に放り込む。薄ピンク色の形の良い唇からたらりと果汁が零れてきたので、俺は思わずそれを舌で舐め取った。
「あは…。くすぐったいよ、日向クン」
「…逃げるなよ。もっとさせろ」
細い腰を抱き締めて逃げられないようにしてから、狛枝の唇にしゃぶりついた。頬を染めてそれに一生懸命応えようとする狛枝。初めは余裕ありげに構えていたが、段々と苦しそうなくぐもった声を漏らし出す。俺の舌に自分のを絡めて角度を変えながらキスを続けていたが、やがて彼の体はビクリと震えて力が抜けていった。唇を離し息継ぎをした時には、くたりと俺に凭れ掛かってしまう。
「……っも、…ひなた、クン……、やだ」
「? 何が嫌なんだ?」
「はぁ…、んん、いつの間に…そんなにキス、上手くなっちゃって…」
「お前が教えてくれたんだろ?」
「むぅ…」
頬を膨らませて狛枝がぎゅっと抱き着いてくる。俺と大差ない体を縮めてしがみつく姿は普段の大人っぽさが嘘のように愛らしい。狛枝は俺から離れてくれない。まだ林檎が残ってるんだけどな。林檎以外にも柿や無花果や梨が自分の出番はまだかと俺達を見ているようだ。
晩御飯のメニューは栗ご飯の他にさんまの塩焼き、油揚げと豆腐の味噌汁、いんげんの胡麻和え。今日は思いっきり狛枝に食わせて満腹にさせて甘やかしてやるか…。彼に気付かれないように俺は密やかに頬を緩めた。

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58.薬指の話 : 10/26
「お前の指って、本当に綺麗だな…」
まどろみの中で後頭部から日向クンの声が響いた。ぼんやりと辺りを見回すと、アパートの室内は薄闇に包まれている。布団から出されたボクの指先を付け根の方から日向クンのそれが愛しそうに撫でている。節が太くて男らしい彼の指がボクの小指から順に触れていく。そして最後にぎゅっぎゅと軽く握りしめて、手はそのままパタリとシーツに倒れた。
「ボクの指なんて、触っても楽しくないだろ?」
「……俺は楽しいよ」
温かい大きな手に包まれているボクの生白い左手。温かいのは手だけじゃない。筋肉のついた腕がボクの肩にかかり、逞しい胸板が直に背中に密着し、足はボクに執着するかの如く絡んでいる。その全てが温かいのだ。心地好さにボクはまたうとうとと瞼を落としかける。
いつもの週末、彼と生まれたままの姿で何度も愛し合った。元々体力に自信がないボクは日向クンからの激しい攻めに消耗してしまい、回った倦怠感によりすぐさま深い眠りについてしまった。体に残るべたつきが一切ないことから、日向クンが綺麗にしてくれたんだと考えが行き着く。
「お前ってアクセサリーの類ってつけないよな?」
「うん…? 装飾品は腕時計だけだね」
「……指輪、とかもか?」
「んぅううう…。女性はともかく男性は身に着けるの、一般的じゃないと思うけどね」
「そう、だよな」
何だろう? 少し残念そうな声色だ。ボクはごろんと寝返りを打って、日向クンに真正面に向き直った。ピタリとくっつき、半開きになっている彼の無防備な唇にキスをする。あ、ちょっと濡れてる。涎かな? ぺろりとそれを舐めとってから唇を離すと、日向クンはじとっとした目でボクを見ていた。
「煽るの止めろよ、お前…」
「え? 別に煽ってなんか、……あっ」
言葉の続きを発する前に日向クンの体がグッと押し付けられる。硬く勃ち上がった欲望がボクのお腹を抉った。ボクが寝てしまった所為で、恐らく彼は満足な回数をこなしていない。絶倫に何度も泣かされた時もあったけど、今では慣れてしまった。発情して熱に浮かされた瞳にアイコンタクトを送って、ボクは布団に潜り込んだ。光が入らないから布団の中は真っ暗だ。日向クンの割れた腹筋を指先で辿り、お臍を擽るとビクッと体が揺れる。そして間もなくチクチクとした下生えに行き着いて、熱くドクドクと脈打っている本能に触れた。
「ふふ…、もうこんなにおっきくなってる」
もうはち切れそうなくらい膨らんでるそれにボクは心の中で『いただきます』と呟いて、舌先で先端をちょんと突っついた。…あはっ、先走りが出てるね。本当に限界が近いみたい。鈴口に舌を突き立ててグリグリと苛めてから、横からカプリと優しく食む。人の体は食べる物じゃないから味がどうこうなんて考える方がおかしいんだけど、ボクにとって日向クンはとても美味しく感じるんだ。
「日向クン、どうかな? はぁ…、んっんぅ…」
愛しいそれを指で丁寧に撫でてから、舌と唇で念入りにしゃぶる。もちろん彼にボクの声は届かないし、彼の声もボクには聞こえてこない。でも触れた先端からトロトロと体液が零れてきて、ボクの喉を潤す。日向クンがボクで感じてくれている…。その事実が更にボクを興奮させ、大胆にさせる。喉の奥まで咥え込んで、舌を敏感な所に纏わりつかせる。ごめんね、日向クン…。もうちょっと時間をかけて可愛がってあげたかったけど、キミのが飲みたくて堪らなくなっちゃったんだ。
「………! …〜〜〜っ」
布団の向こうで日向クンが何か呻いたようだけど、聞き取れなかった。激しいフェラに反射的に逃げようとする彼の腰に腕を回して捕まえる。バタつく足に自らの胸を擦りつけて、快感を高めるボクの体はもう男として残念なレベルだろう。密閉された空間は良く水音が響く。熱く燃えるような日向クンの逞しい欲望の味とクチャクチャと鳴る濡れた摩擦音。
「んッんっンっ…んぅうう…はっ、もう少し…!」
息継ぎをしてまた飲み込んだ。ジュルジュルと吸い上げて、夢中で舌を巻きつける。頭を前後に動かして、抽挿を繰り返す。いつまでも舐めてたいって思うの変かな? でも日向クンもボクのを飽きもせずしゃぶってるからお互い様だよね! その時、日向クンの体がビクビクッと揺れた。ズボッと布団に侵入してきた手がボクの頭に力なく触れた。出して、出して…。ちょうだい、ボクに。大好きな日向クンのを…。
「っ!! ん、んん〜…。っ、ふぅ…。零して、ないよね?」
先端から弾けたとろりとした液体を全て飲み干す。ジュウっと最後に吸って、ペロペロと鈴口に残ってそうな蜜も綺麗に掃除してあげる。長い間布団に籠ってると流石に暑い。浮上しよう。もぞもぞと体を動かし、ボクは布団から顔を出した。室内も相変わらず暗かったが、雨戸の隙間から陽光が差していて、少しは視界が広くなってるみたいだ。
「狛枝、……お前っ…!」
「何? 日向クン、ボクの口…気持ち良かったかな?」
「…いつの間にそんな上手くなったんだよ」
攻めるような物言いとは裏腹に体を抱き込む腕は優しい。人肌の温かさって本当に気持ちいいね。暖を取るのに1番最適な方法が裸でくっつくことって前にどこかで聞いたっけ。うーん、一仕事終えたらまた眠くなってきちゃった。
「いつの間にって、嫌だなぁ…。キミとしかシてないよ?」
「それは、知ってる…けどっ、こんなにだなんて」
「はぁ…、忘れたの? ボクが舐めて気持ち良くなった後、キミすぐ挿れたがるんだもん」
「あ………」
呆れたように返すと彼は思い当たる節があったのか黙り込んでしまった。日向クンがフェラでイった回数はあまり多くない。
「とにかく、狛枝のフェラ…うま過ぎだから…っ」
「それはどうもありがとう。日向クンのだな…って思ったら、自然とね」
「………。…舌もそうだけど、指で触られるのも…すごく」
「…感じちゃった?」
日向クンの頭をいいこいいこと撫でて問い掛けると、小さく頷き返される。いつもは男らしく先陣切ってくれるんだけど、ふとした時にこんな感じで子供っぽくボディランゲージをしてくることがあるんだよね。日向クンはボクみたいに捻くれてなくて感情表現がストレートだ。素直なことは良きことかな。
「……狛枝」
「ん、日向クン…」
唇にキスされるのかと思ったら、左手を取られてすりすりと頬擦りされる。そしてちゅっと軽いリップ音を立てて、指にキス。何度も何度も。満足したのか唇を離し、さっきと同じようにボクの指を撫でていた彼だったけど、「うーん…」と悩ましげに唸り声をあげる。
「…そんなにボクの指がお気に入りなんだ?」
「あ、悪い。もう触らないから。………あー、時間は…まだ4時か。もう一眠りするよな?」
「うん。そうしようかな? じゃあ、日向クン…おやすみなさい」
「おやすみ、狛枝…」


……
………

手を伸ばした先にあったぬくもりが消えていて、ボクはハッと目を開いた。体を起こすと室内は明るく、スッと清涼感のある風が流れている。日向クン、どこ行っちゃったんだろう? 寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見回す。まだ暖房を点けるには早過ぎる季節だけど、裸じゃ流石に寒い。ボクの腕にはふつふつと鳥肌が立ち始めた。擦ってそれを消そうとしていると、カチャリと寝室のドアが開く。
「狛枝、起きたか?」
顔を出したのはもちろん日向クンだ。すっきりとした佇まいを見るに、顔を洗って完全に目を覚ましているみたい。トレードマークのアンテナもピンと鋭く曲がっている。
「あ! 日向クン、おはよう〜」
「…っと、お前! 枕元に服出しといたのにまだ着てなかったのかよ!」
「え? …あ、気付かなかった。ありがとね」
ベッドヘッドにあるのはキチンと畳んで置いてあるボクの部屋着だ。少し厚手の物を用意してくれるなんて気が利いてるな。パンツを穿いて部屋着に袖を通してると、日向クンは頭を掻いてこれ見よがしに溜息を吐いてみせた。
「お前って俺がいない時、どんな生活してるんだよ?」
「…別にそこまで酷くないと思うけど。まぁまぁ普通、かな?」
「あのな、狛枝の普通は自分で思ってるより普通じゃないからな!」
「はいはい。ボクが周りと毛色が違ってるのは自覚してるよ」
「そうじゃなくて! お前は…1人で何でも出来るし、生きていけるけど。やっぱり今のままじゃ俺は落ち着かない…!」
あーあ、始まった。日向クンってたまにお説教し出すんだよね。ボクのためを考えてしてくれてるんだと思うけど、寝起きにそれは意外と辛いよ。ボクは着替え終わって、ストンとベッドから降りた。床を蹴って、日向クン目掛けてずんずん向かい、5cmも距離がない位置から彼の琥珀の瞳を睨み付ける。
「もう! 一体キミは何が言いたいの?」
「お前を1人にしたら心配なんだ。俺の目が届く所にいてほしい…」
「あれあれあれあれ? さっき言ったことと矛盾…してないかな? ボクは『1人で何でも出来るし、生きていける』んじゃなかったのかい?」
「そうだな。生活面では何も問題がない。だけど俺が言いたいのはそういうことじゃなくて…」
いまいちハッキリしない。日向クンもどう言葉を選んで良いものか考えあぐねているようで、何かを言いかけては飲み込みを何度も繰り返している。しかしやがてキッとボクを真正面からがしっとボクの肩を掴んだ。キリリと吊り上がった彼の真剣な瞳からボクが目を逸らせない。
「あの…? ひな、」
「今まで理由つけてはぐらかされてきたけど、もうお前を逃がさない…!」
「えっと、日向クン…?」
何のことか分からずボクが聞き返すと、日向クンは覚悟を決めたかのようにすぅっと大きく息を吸った。
「俺はっ…、……お前と、…結婚したい!」
「………は?」
今、何て言ったの? ボクは日向クンの言葉が瞬時に理解出来なかった。彼の口から飛び出た単語は今のボクらから1番縁遠い言葉だ。どちらも男同士で、世間には認められない関係。なのに…ボクと、結婚だって…?
「な、何言ってるの…、日向クン。そんなの…」
「出来る訳ないって? 俺は本気だぞ!!」
「あ…っ!」
ボクの左手首をパッと日向クンが掴む。咄嗟に振り解こうとも離してくれない。日向クンは力を入れてボクの手を引っ張り、もう片方の手で大事そうに包み込んだ。そしてあのまどろみの時と同じように指を優しくなぞり、薬指の付け根にキスを落とす。
「この指に…誓いを立てる」
「!? ま、待ってよ! 急にこんなの…ボクっ」
気障ったらしい彼の仕草と胸の奥底にまで響く低い声に、ボクはカーッと顔が熱くなった。向けられた吊り気味の瞳は熱を孕んでいて、その視線に焦がされてしまいそう。頭が沸騰して、クラクラと眩暈がする。目の前の男は一体誰…? ボクの知ってる日向クンじゃない!
「ひ、なたクン…、手…離して」
「好きだ、狛枝。愛してる…ずっと、ずっと。だからお願いだ、俺を受け入れてくれ…!」
「あっ、あっ…」
まともに声も出なくなってしまった。キスを落とされた指をボクはじっと見つめるだけ。
左手の薬指。心臓からその指に掛けて血管が真っ直ぐに走っているという古代神話は、誰でも知っている有名な話だ。心臓、つまり心。愛する人の心を繋ぎとめようとするために、結婚指輪は左手の薬指につけられる。
「ねぇ、日向クン。逃げない、から…、お願い」
「………分かった」
主張が通ったのか、日向クンは掴んでいた手首を離してくれた。圧迫されていた手首に血が通い、ジンジンと痺れる。
「悪い、狛枝。痛かったか?」
「…ううん。大丈夫だよ! キミの気持ちは嬉しいし、キミと別れるつもりもない。だけど、その…突然、だったから。少し、待ってくれるかな? 考える時間が欲しいんだ」
「いつまで?」
間髪入れず返答が返ってくる。日向クンってせっかちだよね。どうしよう。答えなんて、本当は1つしかない。ボクには日向クン以外考えられないんだから。でも"結婚"って単語を聞いてしまうとつい踏み止まってしまう。
「ごめんな。俺つい興奮しちまって…。じゃあ…、年末にまた聞くからその時に答えを聞かせてくれ」
「日向クン…」
「…頭冷やしてくる。朝飯出来てるから、お前も早く来いよな!」
眉根を寄せて笑った彼は寝室から出ていった。ドアがパタンと静かに閉まり、ボクはその場に崩れ落ちる。今のって、何? 視界に入るのはいつもと何もかもが変わり映えのしない日向クンの寝室。壁時計の秒針の音が聞こえる以外は何の音もしない。数分前までは全く意識していなかったのに、急に部屋に残る日向クンの香りにドキドキしてきた。待って、待って…。冷静だった頭が段々と乱れてくる。ねぇ、キミは本気なの? ボクとずっと一緒にいてくれるの? さっきのは、一体何だったの? ボクは夢でも見ていたんだろうか。……いや、そんなことはない。これは現実。彼は確かにこう言った。

『俺はっ…、……お前と、…結婚したい!』

キリリと上がった眉、真っ直ぐボクを射抜く力強さを感じる瞳、唇から揺るぎなく放たれたその言葉が…ボクの頭の中でくるくると輪唱しながら回っている。日向クン、日向クン、日向クン…。見知った室内がぼんやりと滲んできた。ボクの目からポタポタと雫が落ちて、フローリングに透明な水溜りが広がっていく。
「うっ…ふ、……ん、うぅ…っ」
日向クンが、日向クンが…ボクと"結婚したい"って言ってくれた。"一緒に住みたい"じゃない。嬉しくて涙が止まらないよ…! 零れる涙を服の袖で拭っていると左手の薬指が目に入った。そこをぎゅっと握りしめて、ボクはその場に突っ伏してしまう。ありがとう、日向クン。ありがとう、ありがとう、ありがとう…!


ボクはキミに愛されて、幸せです。

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59.旅行の話 : 11/2
「お部屋はこちらでございます。どうぞごゆるりと…」
仲居らしき年配の女性は三つ指を揃えて深々とお辞儀をした。俺も狛枝も何となく軽く会釈を返してしまう。狐色の畳からはふわりと新品の藺草の香りがした。俺達が通された部屋は障子を挟んで地続きで2つあって、2人部屋にしてはとても広い。床の間には掛け軸と壺が置かれていて、何とも風流だ。奥の部屋には年輪が浮かび上がっている大きめの座卓があり、両側に置いてある座椅子は素人の俺でも一目見て安物ではないと分かった。
入口で仲居が揃って「ようこそ、いらっしゃいました」と出迎えてくれた時点で「場違いかもしれない…」という印象が頭の片隅を過ぎったが、あれは気の所為ではなかったようだ。見栄を張ってかなり高めの温泉旅館を予約した。11月の貴重な3連休だ。働きづめな狛枝を労おうと、夏の終わり頃からひっそりと企画していたのだ。
「あれ? もしかしてこの外って…」
荷物をポンと床に乱雑に置いた狛枝が窓の外に何かを見つけ、そちらの方へと歩いていく。やっぱりすぐ気付くよな。彼がどんな顔をするのか想像するだけで胸が躍る。声を掛けたいのを我慢して、俺も浮足立って彼の後に続いた。狛枝は窓際に近付き、ハッと息を飲む。
「え、何これ…! 部屋についてるの!?」
俺に問い掛けながらも狛枝は振り向かず、視線に捉えた"それ"に戸惑い気味に凝視した。カラカラとガラス戸を開けて、屋外にある石造りの床をひたひたと進む。2人分の木製の長椅子。その横にあるのは円形に組まれた檜の湯船だ。日差しを遮る屋根は太めの柱がしっかりと支えていて、周囲は低めの塀に囲われてはいるが、外の景色は十分に見渡せるロケーションである。
「露天風呂が部屋についてるなんて…っ。すごいよ、日向クン」
「あ、ああ。まぁ…そうだな」
ワクワクと湯船の周りを回って、無邪気な笑顔を見せる狛枝に俺は平静を装いながらさり気なく返す。そうだろうそうだろう! 露天風呂付きの部屋なんて俺もテンションが上がる。それも半端なくだ。狛枝も俺と同じようで、冷静な彼にしては珍しくはしゃいでいる。「ねぇねぇ、日向クン。これ見て?」と気になった箇所を指差しながら俺に同意を求めてきたりした。…大枚叩いて良かった。俺は密かに胸を撫で下ろす。数人の諭吉と引き換えに狛枝の笑顔を買えたと考えれば安いものだ。
「……もしかして、これって源泉かけ流し?」
「お湯が出てるんならそうじゃないか?」
湧き出るお湯を掬って嗅いでみると少し硫黄っぽい。どこかに効能は書いてないものかと辺りを見てみたが、説明書きなどはなかった。…それにしても静かだな。普段いる場所が煩過ぎるのか? 少しだけ慣れないぞ。
この旅館は山奥に建っているから、麓へは旅館の送迎ワゴンを使わなければならない。交通に関してはとにかく不便な場所である。その代わりと言っては難だが、景色は筆舌に尽くしがたいほどに綺麗だ。俺は空を仰ぎ見た。木々に囲まれて視界はほとんど林だが、葉と葉の僅かな間から澄み切った青い空が覗いている。太陽の煌めきが葉を茂らせた樫の木に当たり、黄金色の光を運んできていた。さらさらと風に木の葉が揺れ、耳に優しい音色を奏でている。時たま鳥達が囀り、下方にある川のせせらぎも良く聴こえた。
そういえば登山コースもすぐ近くらしい。後で行ってみても良いかもな。ロビーにパンフレットくらいあるだろう。そんなことを思案していると、一通り温泉の観察が終わったらしい狛枝がくるりと振り向いた。
「何か…思ってたより、良いね」
「思ってたよりって…。どういうことだよ、狛枝!」
「だってさ…、温泉だよ? ボクの中だと温泉に行く世代ってお爺ちゃんお婆ちゃんなイメージなんだよね。だからキミに温泉旅行って言われた時、率直に『日向クン、爺臭いなぁ』って」
「………」
何だよ…良いじゃないか、温泉。家で風呂だとそんなに長く浸からないけど、温泉は別だ。周囲の景色を楽しみながらのんびりと入るのがまた良い。狛枝には温泉の良さが分からないのか?
「ここなら大浴場行かなくても好きな時にいつでも入れるぞ。…今、入りたいか?」
「えっと…」
狛枝は俺をチラリと見てからサッと顔を逸らした。腕を組んで考え込むような素振りを見せたかと思えば、しどろもどろになりながら「今は、いいよ…」と蚊の鳴くような声で返す。何だ? 急にそわそわし出して…。俺は俯く彼の顔を覗きこもうとした。
「狛枝?」
「…とりあえずここまで結構掛かったし、一休みしようか?」
「あ? ああ…」
俺から逃げるように横をすり抜け、狛枝は部屋の中へ入っていく。荷物を適当に端に寄せて、とりあえず座椅子に腰掛けることにした。向かいに座った狛枝が流れるような手つきでお茶の準備をしてくれる。急須からとぽぽぽ…と静かに緑茶を注ぎ、俺の前にすっと湯呑を出した。
「…お茶入ったよ。日向クン、どうぞ」
「ありがとう、狛枝。……これ、何か不思議な香りだな」
「ああ、この地域で栽培されてる花の花弁が入ってるみたい」
お茶の缶をひっくり返して、狛枝が答える。俺は再び湯呑に口をつけて呷った。甘い匂いがするだけで、普通の緑茶と味は変わらないはずなのに全然違う気がする。狛枝は猫舌なのでふぅふぅと息を吹きかけ冷ましながら飲んでいた。
「本当にすごいね、ここ…。ボクビックリしたよ。広いし、綺麗だけど…結構高いんじゃないの?」
「お前は気にしなくて良いから」
ここは男としての甲斐性を見せておきたい。狛枝に財布の心配をされるなんて言語道断だ。
「この近くに初心者向けの登山コースがあるって聞いたから、とりあえず今日はそこに行ってみないか?」
「へぇ、そんなのあるんだね。あんまり傾斜がキツくないなら行ってみたいなぁ」
狛枝はのほほんと返して、湯呑を唇に当てる。そこで会話がふっと途切れた。もう長い付き合いだし、2人とも喋らなくても沈黙が怖いだなんて微塵も思わない。ただ…、いる場所が俺のアパートじゃなくゆったりとした雰囲気の和室であることに、俺はいつもとは別の感覚を感じ取った。
「日向クン、どうしたの…? ボーっとしちゃって」
「…えっ? ……いや、何でもない」
ことりと小首を傾げて狛枝が尋ねてくるが、咄嗟に言葉が出てこずその場は誤魔化した。彼は追及する気がないようで「ふぅ…」とほっこりした表情でお茶を飲んでいる。座卓にある温泉まんじゅうを手に取って包装を開けながら、今の状況を客観的に考えてみた。何か俺達って…夫婦っぽい、よな? 比翼連理の熟年夫婦…。答えが出てしまうともう居ても立っても居られない。ドキドキと心臓が早鐘を打って、お茶をグッと飲み干した。
「狛枝、俺…先にロビー行ってるな。地図とかあったら貰っとくよ」
「えっ? ま、待ってよ。ボクも行く!」
慌てて鞄を手に狛枝も立ち上がる。1人になりたかったんだけど、仕方ない…か。俺と狛枝は連れ立って客室を出ることにした。


……
………

ロビーで地図をもらって確認すると、旅館を背にして左側が山道になっているようだ。人の手がそこそこ入っているようで、スタート地点は石畳で舗装されている。山をぐるりと回って吊り橋を抜ける最短のループコースで1時間程度。距離はおよそ2kmほどだ。本格的な装備も要らず、カジュアルな格好で登る客も多いらしい。初めは「遭難しないかな? 事故に巻き込まれないかな?」と頻りに聞いてきた狛枝だったけど、女将さんからのコース説明を受けて、乗り気になってくれた。


「もうすっかり秋なんだね。ボク達が住んでる所ってそんなに木が生えてなかったから、あんまり実感なかったけど」
サクサクと落ち葉と小石ばかりの道を踏み締めながら、狛枝がそんなことを言った。アパートから少し離れた場所に公園はあるが、小さいのでこんな風に木々に囲まれるという経験は滅多に出来ない。春は桜を見に行った。夏は星空を見上げた。秋の周遊が今だとしたら、この先に冬もあるのだろう。
「街路樹ぐらいだよな。後は学校に生えてるのが何本かあるけど」
「うん、日常に追われてるとそういうのって中々意識しないよね。日向クン、今回はありがとう。どこかへ旅行しようだなんてボクだけなら絶対考えなかったから…。すごく気晴らしになるよ」
安らいだ表情で俺に微笑みかけてくる狛枝。喜んでくれてるようで何となく安心した。こいつはアクティブなタイプじゃないから、出掛けたくないって嫌がられたらどうしようかと思ってたんだ。
「気持ちいいね」
「そうだな…」
息を深く吸うと秋口の乾いた空気が肺に流れ込んでくる。何というか、一味違うよな…。混じり気のない洗練された爽やかさ。それに枯れ葉と土の香ばしい匂い。視界も見渡す限り優しい黄色だ。飴色、芥子色、黄檗色、鶸色…。同じ黄色といっても葉の1枚1枚の色味は様々で、見ているだけで明るい気分になる。時折すれ違う登山客と挨拶をして、景色を目で楽しみながら俺達は順調に進んでいった。山だからと少し厚着してきて正解だったな。狛枝は寒くないだろうかと横目に窺ってみたが、どうやら大丈夫そうだ。
「ほとんど黄色いな。紅葉の時期はもう少し先か?」
「見頃は11月の最終週辺りじゃない? 前にお花見行った公園、楓もあったよね」
「じゃあ、今度行ってみるか!」
「うん、ボクもキミと一緒に行きたい」
すすっと俺の方に体を近付けて、狛枝は耳元で囁いた。ほんのりと頬を染めて、何とも言えない可愛らしさだ。先週、プロポーズ(と言っていいか分からない告白)をしてから、狛枝の身に纏う雰囲気は少しずつ変わってきた。柔らかくなったとでも言うのか。その変わりようはクールビューティーを徹底していた学校でも変化が分かる程だ。
プロポーズをする気はかなり前からあった。だが実を言うとあの時にするとは俺も欠片も思っていなかった。もっと気の利いた…例えば狛枝の誕生日祝いをしたようなお洒落なレストランで、ムードたっぷりに彼の手を握って「俺と結婚して下さい」って言うつもりだったんだ。それが現実では勢いで起き抜けのぼんやりしている狛枝に向かって一方的という、ものすごいカッコ悪いプロポーズになってしまった。
あの時は朝食だと伝えたのに狛枝が中々部屋から出てこなくて、もしかして気を悪くさせたかと少し後悔した。だけど彼に不自然に避けられたり冷たくされたり…ということは全くなかったのでホッとしている。あれから狛枝は何も言ってこないし、俺の方からも答えを急かすようなことは言ってない。年末までと約束したのだから、そこは守らないとな。
「…あ、休憩所があるぞ。ってことは丁度半分だな」
「道もなだらかで歩きやすかったよ」
「疲れただろ? ベンチあるみたいだし、休憩してくよな?」
「あはっ、それが珍しいことに疲れてないんだよ。キミと一緒だからかな?」
「!!」
衝撃で思わず足を止めてしまった俺を顧みず、狛枝は売店の方へと歩き出した。ああ、心臓が痛い。狛枝の一言一言が俺の胸を愛しさで満たす。最初は同僚、次に友達。ずっとずっと気になってた。恋愛としての好きと気付いたのはもう随分と過去の出来事だ。隠してた想いを伝えたら、彼もそれに応えてくれた。共に過ごして、恋人としての月日を重ねていき、狛枝の全てを知り尽くしたと思っていた。でも、そうじゃなかった…。
狛枝にプロポーズして初めて分かったんだ。恋人とは違う。誰かを愛して、大切にするということ。自分のためだけじゃない、誰かのために生きる意味を。
「!? あ、あの…日向、クン……?」
「え…? あ…っ!」
驚きで声を跳ねさせる狛枝に俺はハッとした。下方を見て、更に驚いてしまう。先を歩く狛枝の手を俺は無意識に掴んでいた。白くてほっそりしていて綺麗ではあるが、決して小さくはない男の手。周囲には当たり前だが観光客がいる。チラチラと視線も感じる。人目を気にして狛枝は振り解こうとしたが、俺は離したくなくて力を込める。好きだ、好きだ…。狛枝が好きだ。周りに何言われようが、知ったこっちゃない。一生お前と離れたくないんだ。
「日向クン…」
「……狛枝」


変わったのは俺の方かもしれない。

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60.温泉の話 : 11/2
折り返しからの山道は狛枝と手を繋いで下った。外で男同士堂々と手を繋ぐのは気が引けるからと狛枝に説得されて、結局繋いだ手を俺のダウンのポケットに突っ込む形にして丸く収めた。ポケットの中とはいえ、彼と手を繋げたことで心がポカポカして、温泉に入る前から俺は十分に温まっていた。
「足元気をつけろよ。木の根、意外と滑りやすいぜ」
「ふふっ、いざとなったらキミが助けてくれるんでしょ?」
2人で他愛もない話をしながら、ふとしたタイミングで狛枝の手をぎゅっと握る。するとすべすべの手が嬉しそうに震えて、さわさわと俺の手を撫でてからきゅっと握り返してくれるのだ。
「当たり前だろ」
「うん、そう…だね」
するりと指先が中で動いて、恋人繋ぎに変わる。まるで猫が餌を求めて甘えるように、すりすりと俺の手に指を絡ませる。ぬくぬくと温かな手の温度と柔らかい感触を愛でながら、俺達は真っ暗になる前に旅館に戻ってこれた。


……
………

部屋で寛いでいるとあっという間に陽が落ちて、空が東から群青色に染まる。光源が少ないせいかこの時間にしてはかなり暗い。夕食は6時に頼んでいるからまだまだ時間があった。俺は窓の外の露天風呂を見る。そういえばまだ1回も入ってないな。広めな湯船だし一緒に入れないこともないけど、狛枝だって最初は1人でゆったりと湯浴みをしたいだろう。1時間歩きっ放しは相当堪えたはずだ。
「狛枝。風呂、先入って良いぞ?」
「う、うん…ありがとう。じゃあ、そうさせてもらおうかな」
狛枝は旅行鞄から洗面用具を取り出して、畳に並べる。漆塗りの盆には浴衣が入っていたのでそれも一緒に持った。良く見ると浴衣は合わせて4着入ってるようだ。良い旅館だから朝用と夜用を用意してくれてるんだな。
「……ねぇ、日向クン。やっぱり服脱ぐのってさ…ここなのかな?」
キョロキョロと窓際付近を見回して、彼は困ったように眉を下げた。脱衣所のことを言ってるのか? 露天風呂以外に普通の風呂もついてるから、あるとすればそこだけだ。でもすぐそこにある露天に入るのにわざわざ脱衣所に行くのも変な話だ。
「そこで脱げば良いだろ?」
「………〜〜〜ッ。んぅ…、それしかないか…。日向クン、ここ閉めるから覗かないでね!」
「へ?」
狛枝はそれだけを言い捨てて、奥側の座卓のある部屋の障子をぴっちりと閉めてしまった。…鶴の恩返しかよ。彼的には結構恥ずかしいことなのだろうか。裸なんていつも見てるのにな。閉められた障子の向こう側からは小さな衣擦れ音が聴こえ、最後にパサリと衣服が畳に落ちる衝撃が微妙に伝わってきた。狛枝、今…裸なのかな。先程裸なら見慣れていると思っていたが、自分の視界の外で彼がそうしてるんだと考えると変な気分になる。
「ちくしょう…」
熱くなってきた下半身を誤魔化そうと、俺はテレビのリモコンに震える手を伸ばした。


「では以上になります。お食事がお済みになりましたらば、お手数でございますが内線電話でお知らせ頂けますでしょうか? お片付けの際にお布団のご用意も致します」
部屋に案内してくれた時と同じように丁寧に頭を下げて、仲居が出て行った。湯から上がった狛枝と入れ替わりに俺も露天風呂に入った。温泉なのに1人で静かに入れるというのは大浴場では体験出来ない魅力だ。冷えた空気と温かな湯の境界を楽しんでいたら、知らぬ間に長風呂になっていたようだ。そろそろ上がろうかという所で、客室に料理を持った仲居が入ってきて、俺は慌てて湯船の中にざぶんと身を沈めたのだ。
「日向クン、いつもはシャワーとかすぐ出てくるのにね」
「温泉なんて滅多に来ないし、ついつい入っちまうんだよ。ほら、お猪口持てよ」
「熱燗かい? じゃあ、ちょっとだけ…。日向クン、今日はありがとう」
「乾杯。お疲れ様、狛枝…」
普段は血の気のない顔が今は薄桃色に染まっている。とくとくと酒を注いでやると、狛枝は広口のお猪口に鼻を近付けて香りを楽しんでから、クッとそれを一息に飲んだ。
「あ…、意外と大丈夫そう。あんまりアルコール度高くないのかな?」
「銘柄どこだろうな? 甘口より辛口なタイプみたいだけど」
日本酒の1番良いランクは言わずもがな純米大吟醸だ。でもそれは基本的に熱に弱くて、燗をつけると味や香りが損なわれる。だから熱燗には適さない。飲めないのに何故か酒に詳しい九頭龍によれば、特別本醸造辺りが1番燗に適しているらしい。そんなに高くないランクの酒だけど、物によっては『燗上がり』といって燗にすると"化ける"ものもあると言っていた。
「あはっ、お酒美味しい!」
「酒ばっか飲むなよ。ちゃんと食え。食べ切れなかったら、俺の皿に乗せて良いから」
並べられた料理で座卓の上は埋まっている。誰もが知るブランド霜降り肉のすき焼き、山菜や海鮮を使った天ぷら、刺身の五点盛り。他にも茶碗蒸しや味噌汁やカクテルサラダ、デザートなどが並んでいる。しかも蝋燭で炙られている釜飯には薄切りにした松茸が…! どうしよう、これは最後に取っておこうか。いや、温かい内に食べた方が絶対美味いよな?
「日向クン……、そんなに好きならボクの松茸あげようか?」
「っ!? い、いらないって。お前が食えよ!」
松茸を見過ぎて狛枝に憐みの目を向けられる俺だった。まずは新鮮な内に刺身を食べるかと箸をつける。…美味しい。山奥だからあまり期待してなかったけど、海の幸も十分にレベルが高い。
「わぁ、天ぷらサクサクしてる! 日向クンのより美味しいよ!」
「っ…当たり前だろ。プロの料理人が調理してんだぞ!?」
「山椒って合うね。塩も良いけど。…日向クン、これ何だった?」
スルーしやがった…。確かに俺はそこまで料理上手くないけどな。花村が作ったみたいには出来ない。狛枝が聞いてきた天ぷらの具は、大き目で楕円形のナスに似た物だ。これは…。
「これ…アケビ、じゃないか?」
「アケビなんだ? ……んんっ、もっと苦いと思ってたけど。あ…日向クン日向クン! すき焼きグツグツいってるよ! えっと、すき焼きの割り下ってどっちだったかな?」
「落ち着けって。大丈夫だ、全部俺がやるから。狛枝は卵でも溶いてろ。あ、悪いけど…」
「うん、お醤油かな? ……はい」
「サンキュー、良く分かったな。よーし、肉が良い感じだ。狛枝、取り皿貸してくれ」
「……日向クン、ボクしらたき食べたい」
「しらたき先入れると肉が硬くなるから後だ。ほら、肉食え肉。霜降りだぞ!」
「ええー…」
点けられてるテレビには見向きもせずに、俺達は振る舞われた料理に舌鼓を打った。料理はどれも美味で少食な狛枝も「もうお腹いっぱいだよ」と零しながら、全く箸を止めなかったほどだ。だが胃に限界はあったようで、完全には食べ切れず残した物は俺が食べる。そして彼は熱燗をぐいぐい煽っていた。折角温泉に来たのだから好きなだけ楽しませてやりたいと思い、俺も特に咎めなかった。が、今思えばそれは間違いだったのだろう。


「あ〜っ…。ひっ…く、うぅん…。ボク、よっちゃった、みたいぃ…」
ボーっとした表情で舌っ足らずに言うものの、狛枝はお猪口を絶対に離そうとしない。熱燗がお気に召したのか3本目も自分で注ぎだす始末。ちなみに俺はビールを飲んでいる。
「待ってろ。冷蔵庫にウーロン茶入ってたから持ってくる」
「ええ、いいよぉ。ボクまだおさけのめるもん…っ」
ふにゃふにゃと柔和に笑ってお猪口に口をつけるも、全て飲み切っていたようだ。ムッとした顔で狛枝はすぐさま湯煎に掛かっている徳利に手を伸ばす。だが徳利から酒を注ごうとするもそっちも空っぽだったらしく、眉を下げて残念そうに徳利を逆さまに振る様は、もう有り得ないくらい可愛過ぎて心臓がズキズキと痛い。ついでに股間も。
「んぅううう…。ひなたクゥン、おかわりは…? ないの?」
「あるよ。ほら、ウーロン茶」
グラスにウーロン茶を注いでやったが、狛枝は涙目で幼子のように嫌々と首を振る。
「……やだ、おさけがいい」
「お前酔い過ぎだから。明日が辛くなるぞ?」
「だいじょうぶだよ、だって…ひなたクンがいるから!」
「うっ…。………。とりあえず黙ってこれ飲め」
ペラペラと良く喋るものの本心は中々言おうとしない恋人。それが酒の力を借りているとはいえ、こんなことを言うのだ。そこまで信頼されてるのか、俺は…。狛枝にウーロン茶を飲ませてから、座布団を頭の下に敷いて寝かせる。それから客室の内線で受付に電話を入れた。


「ううう……。ひぁたクン…、ねむい…」
酔っ払ってぐだぐだと畳に転がる狛枝に、片付けに来た仲居が苦笑いを向ける。それを気にする様子もなく、彼は赤い顔でごろごろと大胆に寝返りを打った。着崩した浴衣から引き締まった白い脚線美が覗き、1番年若いであろう20代半ばの仲居は恥ずかしそうに視線を逸らしていた。「すいません」と頭を下げて、浴衣の乱れを直してやる。胸元も意外と危うい。もう少し肌蹴たら前日に付けたキスマークが見えてしまう。
「お待たせいたしました。お布団のご用意が出来ました」
仲居に言われて見ると、座卓の上は綺麗に片付けられ、手前側の部屋にはふかふかと寝心地が良さそうな布団が2組並んでいた。
「狛枝、用意出来たってさ」
「……つれてってよ、ひなたクン。ボク起きられない…」
目を閉じたまま両手を万歳する狛枝。仲居が全員出て行ったのを見計らって、背中に手を回して抱き上げてやる。半開きで涎が滴っている唇にキスをすると、ムッと酒の匂いがした。唇を離すととろんと夢見心地に俺を見つめる狛枝が口の中で俺の名前を呟く。
「ひなぁ、クゥン…」
「まだ時間も早い。後で起こしてやるから。今は寝とこうな」
「ん…」
腹と足に力を入れて、狛枝を抱っこする。布団に優しく体を横たえて、寝かしつけると狛枝は数秒もせずに安らかな寝息を立て始めた。今日は酔いがかなり回ってるみたいだし、するのは無理かもしれない。どうするかな…。狛枝もしばらく起きなさそうだし、もう1度風呂に浸かってくるか。俺は「行ってくるな」と狛枝に声を掛けて、露天風呂へ入る準備を始めた。


……
………

夕方に入ったのとはまた空の明るさが微妙に違った。群青色が濃紺へと闇が深まり、夜の静けさが研ぎ澄まされている。聞き慣れない鳥の声がするな。梟か? 折角なので湯船の縁に腕を枕にして寝てみた。ああ、極楽極楽…。五感で露天風呂の醍醐味を随所まで味わっていると、背後で何かがカタリと小さく物音を立てた。
「? ……狛枝!? 起きたのか…」
「………」
ガラス扉を押して入ってきたのは寝ているはずの狛枝だった。寝起きなのかぼんやりとした表情で、俺の問い掛けには返事がない。浴衣は多少乱れていたが、着崩れはしていなかった。片手に持ったバスタオルを長椅子に置いて、狛枝は後ろを向く。ゴソゴソと帯に手を掛けたかと思えば、それがくるくると螺旋状に落とされた。そして薄墨色の浴衣がゆっくりとずらされ、狛枝の色白な肩がするりと曝される。
「!!」
思わず生唾を飲んでしまった。薄墨色は静かに身を潜め、雪のような美しい白が視界に広がっていく。浮き上がった肩甲骨、シミ1つない滑らかな背中、折れそうなほどに括れた腰…。そこで浴衣の落下は一時止まる。先を期待するように俺が狛枝の顔を見上げると、彼はそれを分かっていたような素振りで顔だけ振り返り妖艶に微笑んだ。何てやつだ…! 焦らすような緩慢な動きで浴衣が落ちた。パンツは穿いていないようで、男にしては柔らかそうな白い尻とカモシカのようにすらりと伸びた脚がお目見えする。
「はぁ…っ、は…」
湯が熱いからじゃない。明確に俺は狛枝に欲情していた。何て厭らしい体だ。指1本も触れていないのにこれほどまでに俺を誘っている。全てを脱ぎ去り、一糸纏わぬ姿になった狛枝は湯船に近づき、「お邪魔するね」と空いてるスペースに体を沈ませた。
「…お前、寝てたんじゃなかったのかよ」
「結構すぐお酒抜けたみたいでさ…。まだキミと一緒に入ってなかったし、ね?」
その割にはまだ顔が赤いような気がするが…。逆上せないように注意しとかないとな。狛枝はニコニコと俺の顔を見て笑っている。体育座りのような格好で胸元の控え目な色をした飾りがばっちり見える。そして脚の間に卑猥な本能も…。俺と違って興奮してはなさそうだが。
「風が涼しくて気持ちいいね…」
「…ああ、そうだな」
ぴちょんと狛枝の湿った髪から雫が落ちた。2人の間にさらさらと風が流れ、大地の息吹を運んでくる。狛枝は動かなかった。俺も体勢を変えなかった。………。すごく、微妙な距離感だ…! 俺と狛枝は互いの脚が少し触れ合うくらいで。体を寄せても良いんだけど、こいつは酔っ払ってるし無理はさせたくない。でも、本当は触りたい。夜毎愛でている真っ白な柔肌に手を滑らせて、俺を感じてもらいたい。頭の片隅で夢想すると、体もそれに引っ張られて限界を訴えてくる。腹に反り返りそうなほど勃起したそれを見て、狛枝は愉快そうに鼻を鳴らした。
「ふふ…。日向クンったら、我慢しなくて良いのに…」
「狛枝、…? あ、」
ちゃぷん…と水面が波紋を拡散させながら揺れる。狛枝がゆらりと水に体を任せて、俺に抱き着いてきた。ツンと尖った乳首が俺の鎖骨に当たる。彼はちゅっと頬にキスをして、まだ膨らんでおらず柔らかいモノを勃起した俺のに押し付けた。円を描くように腰を淫靡に動かすと、萎えていたそれがあっという間に硬くなる。
「出しちゃ、ダメだよ? 折角の温泉だもん。お湯は汚すべきじゃない…」
「く……、あっ、こま、えだ…!」
吐息交じりの声で妖しく囁きながら狛枝は腰の動きを止めない。硬くなった芯の感触も堪らないが、双球のふにふにとした柔らかさにもゾクゾクする。
「は…あ、あぁ…っ! う…、そこは…っ」
「あはぁ…ふふ、いいっいいよ…日向クン。アンっ、すごいね、…こんなおっきぃ」
「……おい、もうっ」
「え? あっ…!! っひなたクン…!?」
狛枝の体を押しのけて、俺は湯船から立ち上がった。そして呆けている彼の腕を引っ張って同じく上がらせる。ああ、頭がクラクラする。朦朧とする頭で辺りを見回し、バスタオルの掛かっていない長椅子に狛枝を座らせた。
「もっと足広げろ。これじゃ舐められない…!」
「や、あ…っ、日向クン…舐めるって…? アッあっ…あぁああ…ッ」
開かせた足の中心にある震えている本能を口の中に含むと、狛枝はビクビクッと体を痙攣させて悲鳴を上げた。体が熱い。体中の血液が沸騰しそうだ。その熱を狛枝にぶつけるが如く、勢いよく頭を上下させて狛枝自身を咥える。舌でちょんちょんとカリ首を突いてやれば、すぐにそれはだらしがなく先走りを滲ませた。
「ひゃ……あぅ…、ひなぁ…クン、んやっ……あ、んぅ…」
目に涙を浮かべ、口元からは涎が零れている。蕩けそうな顔で嫌だと言われても煽っているようにしか見えない。夢中で舐め上げ、舌と唇で精一杯可愛がる。ガクガクと震える太ももを安心させるように撫でてやると、狛枝は一層ビクンと背中を撓らせた。出そうか? …狛枝。はぁはぁと息を荒げながら、力の入らない手が俺の頭に添えられる。そうだ…もっともっと気持ち良くなれ。お前が感じてくれてると俺も嬉しい。
「アッ、…ひぃ……、んぁ…あ、あ……だ、め…ひぁた…クン…!」
もう限界のようだ。俺のも狛枝を舐めているだけで触ってもいないのに、爆発しそうなくらい膨らんでいた。気持ちいい、気持ちいい…! 体中の熱が1ヶ所に集まって、時間をかけてじっくりと凝縮されていく。口淫を続けながら『そのまま出していいぞ』という了解の意味も込めて、快感に飲み込まれてしまった灰色の瞳に視線を送る。すると狛枝はきゅっと俺の髪を握りしめて、口の中にびゅくびゅくと熱を吐き出した。
「あ……、あっ…うふぅ…、ひな、たク…?」
「狛枝…」
「…、日向クン、…ボクの舐めてて、イっちゃったの?」
吐精して気だるげな狛枝が、長椅子に手を突いて起き上がる。告げられた言葉に俺は我に返って下半身を確認した。…どうやら、その通りだったようだ。彼が俺で達した事実に興奮して、俺の本能からは大量の白濁が撒き散らされていた。


「今日はもう寝とけ。お前絶対酒抜けてないって…」
「ええ? ウーロン茶全部飲んだし、大丈夫だよ。…だから、しようよ」
風呂から出て、布団を前にしての会話だ。俺の浴衣の裾をくいっと引っ張って誘う狛枝には抗いたがい淫猥な魅力がある。だけどここで欲望のままに啼かせたら、明日がきっととんでもないことになる。俺がセーブすれば良いだけの話だと思ったら大間違いだ。これほどまでに見目が麗しく色っぽい恋人を目の前にしたら、性欲のリミッターは自動解除される。
「さっき口でしたから、十分だろ。今日の所は寝るぞ」
「んぅううう…。ボク…日向クンと、したいのに…」
潤んだ瞳で熱っぽく呟く狛枝に、リミッターがガタガタと外れそうになる。心を揺るがすようなことを言うのは止めろ! 今日お前を抱いたら、明日は必ず体調不良で半日潰れる。俺には分かる、間違いない。
「はぁ…、分かったよ。明日はお酒控えるから、それなら良いかい?」
「……悪いな、狛枝」
彼は残念そうにしていたが、「良いよ」と穏やかな表情で頭を振った。
「じゃあ、電気消すからな。枕元の電気だけ点けとくか」
「これのこと? じゃあ、このくらいの明るさで…」
パチンと電灯のスイッチを押して、部屋は薄暗くなった。狛枝が電球の入っている置き行灯のスイッチを調節し、丁度良い明るさにしてくれる。
「お休み…。ゆっくり寝ろよ、狛枝」
「うん。あ…、ちょっと待って」
「?」
俺が布団に入ろうとすると、狛枝は何故か起き上がって布団の脇にしゃがみ込んだ。そして少し間の空いていた布団をずりずりと引っ張ってくっつける。「うん、これでよし!」と狛枝は修学旅行に来た中学生よろしくわくわくと2組の布団を見比べた。唖然としている俺に気付いて、彼は顔を上げる。橙色の行灯の光が狛枝の無邪気な笑顔を照らした。
「狛枝……」
「するのはダメだけど、日向クンと隣同士で寝るのは良いんだよね?」
「………」
もう1度言おう。これほどまでに見目が麗しく色っぽい恋人を目の前にしたら、性欲のリミッターは自動解除される。今日狛枝がべろんべろんに酔っていたこと、明日のために俺から行為を断ったこと、本能の赴くままに抱いてしまえば必ず狛枝が体調不良になること。全てが頭から吹っ飛ぶ。
「日向クン、お休みなさい!」
いそいそと布団の中に潜り込む狛枝に正面の捉え、俺はハッキリとリミッターが外れる音を聞いた。

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61.布団の話 : 11/2
狛枝を膝の上に乗せ、浴衣を肩からずり下げると湯船で垣間見た愛らしい乳首が顔を出す。それに性急に吸い付けば狛枝は上擦ったような喘ぎを漏らし、俺にぎゅっとしがみ付いた。
「あ、……ふぅ、アッ…ああっ! …っひ、いぃ…」
「こまえだ…、んっ、……はぁっ、っ…いいよな…?」
こくこくと歯を食い縛りながら頷き、俺から与えられる快楽に身を窶す。狛枝は足を広げた体勢で膝に跨っているので、浴衣の前は思いっきり開き、愛用しているチェックのボクサーパンツが見える。その中の彼自身は気持ち良さに浅ましく勃ち上がり、体を弄られる度にパンツの中で窮屈そうにヒクヒクと暴れていた。
「アンっ……、ひな、たクン…、反対、も…、……はぅ…」
「左もか…? …なら、右は何もしなくて良いか?」
「やっ、いじわる…しないで、……みぎ、は…手でしてぇ…」
わざと舐めずに放置していたらこれだ。狛枝ははふはふと息を切らしながら、俺に左胸をぐいぐい押し付けてくる。浴衣を左肩も落として、もう片方の乳首も舐めてやる。ちゅるちゅると音を立てて吸うと、狛枝は堪らず大きく息を吐いて、白い喉を仰け反らせた。胸を掌で優しく揉んで、中心に向かって薄い肉を集める。尖った桃色の突起をきゅっと摘み上げて、その先端に爪を立てると、面白いようにパンツの中のそれがぶるぶると震えて存在を主張した。
「ふやぁ……、ひ、いぅ…っ…ふ、ひぁたクゥン、も、や……!」
「嫌じゃないだろ? 痛いのが気持ちいいんだろ? …ほら」
「あぁああッ…、あぁっ…はぁはぁ…ッ…んんっ、ふぁ……」
狛枝は俺の責めに涙を散らしながら、それに耐えようとする。何とかしがみ付いたその手を動かし、俺の浴衣をそろそろと脱がせていく。自分だけじゃ嫌だという風に彼はキッと俺を睨んで、肩口にかぷりと噛みついた。じゅうじゅうと噛まれた所を吸われて、俺も背筋にビリリと衝撃が走る。彼は負けじと俺の胸をくりくりと弄り回す。
「くそっ…!」
繊細な指使いで俺の快楽を高めていく狛枝。ヤバい、このままだとこっちが先に落とされてしまう。頭を撫でて噛みつきを止めさせ、涎塗れの唇に濃厚なキスを仕掛けた。
「んふっ……ん、ン…ぅ……ッ…うぁ…ん」
俺の胸を弄っていた指の動きがピタリと止まった。柔らかくて甘い…そして酒気を帯びた狛枝の舌。ダンスをするように絡めると彼の体から力が抜けていく。俺はふにゃふにゃになった狛枝を抱き締めたまま、優しく布団に押し倒した。
行灯の朧げな光が狛枝を浮かび上がらせる。たおやかな笑みを浮かべ、彼は俺を待っていた。ふわふわの薄い色の髪が枕に無造作に散っている。浴衣の合わせは大胆に乱され、その白い肌には俺のつけた赤い花がいくつも咲いていた。帯の結び目はもう解けてしまいそうだ。
「日向クン……、おいで…」
しっとりと瑞々しい白い手が俺の頬に触れた。ダメだ、こんなに焚き付けておいてあっさりと終われるはずがない。俺はもたつきながらも自分の浴衣の帯を解いた。バサリと浴衣も投げ捨てパンツを脱ぐと、狛枝は爛々と瞳を輝かせ、俺の体の上から下までねっとりと熱視線を送る。
「…あは、綺麗だね。筋肉の付き方に無駄がない…。日向クンの体……ボク、好きだよ」
「はぁ…は…ッ、こま、えだ…! っはー、…く、」
「ねぇ、日向クン。…体がすごく火照って、熱いんだ…。どうにかしてくれる、かな?」
甘ったるい猫撫で声で狛枝は可愛らしく小首を傾げる。俺には返事をする余裕がない。こういう時に人間も所詮は動物なんだと思い知る。食べ頃の獲物を前にしたら理性など簡単に投げ捨てられてしまう。誘われるがままに狛枝のパンツのゴムを引っ張り、その中に手を忍ばせる。数回揉むように握り込んでやると、すぐにクチュクチュと濡れた音を響かせた。
「…あぁッ……きもちぃ…、ひぁたク、もっと……っふ、ふぅ…!」
美味しそうな胸の飾りをベロリと舐めると、狛枝は「ひぃ…っ」と声を引き攣らせ、俺の手の中の欲望から涙を零す。パンツを下ろすと案の定双球まで蜜を滴らせていた。室内が暗くて良く見えないが、きっとその奥にある卑猥な穴も濡れているんだろう。手がふやけるほど股間を弄り倒してから、俺は一旦狛枝から離れて枕元から鞄を引き寄せた。奥底に隠していたコンドームとローションを取り出す。布団を汚してはいけないので、タオルを尻の下に敷いてからローションを纏わせた指を狛枝の後孔に埋めていった。
「こまえだ…。気持ち悪かったら、言えよ?」
「ん…。ふ、ぁああ…、ゆ、びぃ……ッ、あぅ…、ん……んぅう…っ」
体を激しく動かし過ぎて酔いが戻ってきたら元も子もない。狛枝は苦しそうに喘いでいるが、気持ち悪さはないようだ。勃起した自身は硬く大きさを保っていたから。
「大丈夫そうだな…」
指を増やしてバラバラに動かし、湿って柔らかい肉壁をくにくにとマッサージする。俺の指をきゅうきゅうと締め付けて、離そうとしない。狛枝の消え入りそうな儚い息遣いとは逆に、穴はグチャグチャと激しい水音を立てて、どんどん俺の指を飲み込んでいった。
「もう……、挿れる、からな? 狛枝…!」
「あぅう…ひ、……んくっ、んんぅ……ッ、ふ……あッ」
もう俺のもギンギンになっていた。早く挿れたい…。狛枝の中に収めて、本能のままに彼を犯したい…! 来る悦楽に戦慄を覚えながらコンドームの封を切り、俺自身に被せる。涙目でその様子を見ていた狛枝は物欲しそうに妖しく腰を揺らした。
「はぁ…ひぁ、たクン……、ねぇ、ほしいよ。ボク……キミが…っ、んっ」
「!! …ああ、全部やるから。狛枝に、ぜんぶ…」
最後のトドメとばかりにおねだりされて、カッと顔が熱くなる。俺は照準を柔らかく解した入口に合わせた。そしてそのまま腰を押し進める。
「っ! あはぁ……き、た…っ。ひな、た…クンの……ふ、……〜〜〜ッん」
「……狛枝の、中……あったかいぞ…。キツくて……、っ気持ちいい…」
「あ……、ひぅ…! んんっ、ゆっくり……して、おねが…ぃ…ッああ…!」
「悪いけど、無理だ。激しくするからな」
投げ出された狛枝の両足を肩に担いで、抽挿を開始する。何回体を重ねても狛枝の後ろは狭苦しいままだ。そこに俺の欲望を力任せに挿入し、奥の奥まで突き上げる。綺麗に色づいた慎ましやかな狛枝の後孔がグロテスクな俺の一物を飲み込んでいる様は、何度見ても背徳感に満たされ、言い知れない興奮が走る。
「あひぃ……、うっ……んぁ…っ……やぁ、ひぁたクン、……あ…っ、はぁ…!」
「……っ、ア、ッ狛枝、狛枝ぁ…! ……っ、ふ、……! あぁ…」
腰を叩き付けるように狛枝にぶつけ、絡みつく肉の厭らしさを骨の髄まで堪能する。胸の飾りをぎゅっと抓むと、うねうねと緩慢な動きをしていた肉壁がギチギチと俺を締め上げる。狛枝は涎と涙を垂れ流した恍惚の表情で、痛みと快感に打ち震えながら懸命に腰を振っていた。
「す、ごい…! ひなぁ…ク、ぁ……ぅ、あつ、いよ……ボクの、中……アぁッ」
「きもち、いい…っ、こまえだ…、あっ……とけそう、だ…っ」
「…ぃ、ひなたクン……っ! あ、ふぁ…、……ッや、そこ、……んっんっ」
狛枝の1番感じる場所をぐりぐりと攻めてから、そこばかりを集中的に突き上げる。目を閉じて穏やかに快楽の波に揺られていた彼も、強烈な刺激に涼やかな瞳を見開いた。結合部を信じられないものでも見るかのように凝望する。パンパンと肌がぶつかる乾いた音とグチュグチュと繋がった箇所から響く濡れた音。2つの激しい音に俺と狛枝の荒い息遣いが合わさる。
「ぁ……、まって、……アッ、そん、な……あ、ふっふぅ……! や、ぁ…ひなっ」
「怖くない…、…っ、狛枝……、はっ……はぁはぁ…、一緒にいこう、な…!」
「…っひぁッ……! ひぐ…、ンっアッ……イっちゃ、……んっぅ、あッあっ……ッ!!」
狭かった後孔が更にぎゅーっと締まり、狛枝はぴゅっと自身から大量の白濁を飛ばした。尋常じゃないくらいの締め付けに俺も堪らずそのまま射精する。全てを出し切った彼はぐったりと四肢を投げ出した。ぜぇぜぇと息も絶え絶えの彼の体から欲望を引き抜き、手早くコンドームの処理を済ます。そしてケースの中から新しいコンドームのパッケージを取り出した。
「? ……日向、クン? っ…! ちょっと、待ってよ……。何で…新しい、ゴム…」
「1回じゃ足りない」
「嘘でしょ…? だって今イったばっかりなのに、…お、お願い……まだ、」
ガタガタと震え上がった狛枝は逃げようと体を起こす。だがもう遅い。よろよろと俺から離れようとする狛枝の腰を捕まえて引き摺り倒す。丁度良い感じに布団にうつ伏せの状態になってくれた。四つん這いに近い、尻をツンと突き出したようなポーズだ。まるで『ボクを犯して下さい』と自ら懇願しているような…。
「嫌だよ、日向クン…。ボク……体、全然…動かないし……、ねぇ、やめて……!」
「……ごめんな、狛枝」
怯える狛枝に謝って、俺は尻を隠している浴衣を捲り上げる。そこにはヒクヒクと収縮を繰り返し、艶やかな粘液をダラダラと止め処なく零している卑猥な蜜壺があった。またあの心地好い穴に入りたい。コンドームを装着し、準備万端になった俺の一物を狛枝の後孔にずぶずぶと挿れていく。
「あぁ……っ、や、……ふぁ…、ひぁたクンの、バカ……、ダメ……抜い、ああぁあ…ッ」


その後はもう記憶にないくらい腰を振りまくった。色々な体位で狛枝を犯し抜き、声が枯れるほど啼かせた。次の日、狛枝の体調不良で午前が潰れたことは言うまでもない。

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62.帯の話 : 11/3
「待ってたよ…、日向クン」
「俺をどうするつもりだ? …狛枝」
行灯の光が辺りを隠然と照らしていた。ボクの傍―――布団の上に強張った表情の日向クンが座り、穏やかではないセリフを口にする。別に人質に取られた訳じゃないのにね。ああ、でも考えようによっては彼は人質かもしれない。主導権はボクにある。今の日向クンはボクに逆らえないんだ。
「言ったでしょ? 好きにするって」
浴衣の合わせから垣間見える日向クンの胸筋に手を滑らせると、彼は顔を赤くして「うっ」と体を震わせた。


9時間前…
鬱蒼と窓の外へ視線を移すと、太陽は南の空に雲に塗れるようにして茫洋と浮かんでいた。もう時間は昼を回っている。
「日向クン……酷いよ…。ボク、腰が……うっ」
ボクが恨みがましい視線を向けるも、日向クンは頭を掻いてふいっと琥珀色の瞳をそれとなく逸らすだけ。日向クンが心配していた二日酔いはそれほどなかった。少し頭がぼんやりするくらいかな。そんなことより腰だ。抱き壊されたと言っても間違いじゃない。ズキズキと痛み、それはそれは鈍く疼いた。朝方よりかは大分回復したとはいえ、それでもまだ本調子じゃない。
酷い…、酷いよ。あんまりだ! 確かにボクは日向クンと気持ち良いことをするのが大好きだ。彼に抱き締められるとものすごく幸せだと感じるし、プロポーズされてからは彼から注がれる淀みない愛がより一層ハッキリと体中を駆け巡って、それはもう最高の気分を味わっている。一方的に好き放題されるのも嫌いじゃない。ボクに彼が夢中になっているという確証が生まれて嬉しいからね。
だからと言って、限界を超えて好きなだけ抱いて良いというのは間違いだ。「お願い、止めて…」と啜り泣くボクを「ごめん、ごめん…」と謝罪の言葉で説き伏せながら、彼は腰を振るのを止めてくれなかった。2度3度というレベルではない。失神しようにも動きが激し過ぎてそれも叶わなかった。絶倫にも程があるよ、全く…。
「今日は、キミの好きにさせないから…」
「悪かったよ。今夜はもう何もしない」
「は? 何言ってるの…。するに決まってるでしょ?」
ボクの反論に日向クンは意外そうに目を瞬かせた。それはそうだろう。昨夜は散々喘がされて、もうセックスなんて2度とごめんだと思うくらい犯されたのだ。なのにまたシたいと言い出すなんて正気の沙汰じゃない。ボクと日向クンは男同士で、ボクの方が女役だから主導権はほぼ彼にあると言っても良い。だけどボクだって男だ。女じゃない。だから雄としての独占欲や支配欲もある。日向クンを屈服させて、善がらせて、気持ち良くさせたい…。このまま引いたら、ボクが彼に負けを認めたことにならないかな? やっぱり勝ち逃げされたようで悔しいよね。
「するって…じゃあ、今日も抱いて良いのか?」
「冗談言わないで。キミの好きなようにさせたら、またボク壊れちゃうよ」
「? なら、どういう意味で言ったんだ」
「はぁ…ちょっとは頭使ってくれないと、ボクとしても張り合いないんだけど?」
厭味ったらしく吐き捨てると、日向クンはぐっと言葉を詰まらせた。彼には負い目がある。本能に任せ、ボクを好き放題にして弱らせた負い目。その事実が消えるまで日向クンはボクに逆らえない。ああ、愉快…!
「……お前の好きなようにするってことか?」
ボクは布団から起き上がり、四つん這いで日向クンに近寄る。胡坐を掻いている彼の膝に乗って、頬を両手でそっと包んだ。枯れ葉と同じ、秋の色の瞳が戸惑うように揺れている。少し不安気な表情が堪らないね…。ゾクゾクするよ。
「そう、キミに選択の余地はない。ボクの言うこと、ちゃんと聞くんだよ…?」
「あ……っ」
わざと耳に息を吹きかけながら話し掛けると、日向クンは目に見えてビクッと体を揺らした。呆気に取られたように、ボクの顔を括目している。ニコッと微笑みかけると、眉間を深くし警戒するかのようにボクから距離を離す。そんなに威嚇しなくても悪いようにはしないのにな…。だってこの行為はボクだけじゃなく、日向クンも気持ち良くなければ何の意味もないんだから。
さて…予定は大分押してしまったが、今日は麓を散策する予定になっている。お昼もまだ食べてないしね。「出掛けようか?」と話を振ると、あからさまに安堵した表情で日向クンは「ああ」と頷いた。ふふ…、昼だけは自由にさせてあげるね? 夜はどうしようかなぁ。いざ日向クンに「好きにして良いぞ」と素直に体を差し出されたら、ボクでも浮足立っちゃうかもしれない。キチンとスキームを作っておかないと…。
準備をしようと鞄を取ろうとして、ふと漆の盆が目に入った。そこには薄墨と桜鼠の2色の浴衣がピシリと皺1つなく収まっている。昨日は2人とも浴衣をグシャグシャにしちゃったんだけど、これを取りに来た仲居さんはどう思っただろうね? 男2人で泊まったはずなのに妙に布団も乱れてて、ゴミ箱にはティッシュに包まれたたくさんのコンドーム。いくらその世界に疎くても、可能性は1つしか思い当たらないよね。プロだから周囲に触れ回ることはないと思うけど。
ボクは浴衣とセットになっている帯に何の気なしに触れた。帯…、か。………。あはっ、良いこと思いついちゃった。
「狛枝、もうすぐ送迎バスが来る時間だ! 急げよ?」
「うん! 今行くよ」
決まった。日向クンを好きにする計画が…。楽しみ楽しみ。早く夜にならないかな? 安心して、日向クン。必ずボクがキミを気持ち良くさせてあげるから。


……
………

「待ってたよ…、日向クン」
「俺をどうするつもりだ? …狛枝」
「言ったでしょ? 好きにするって」
いつもとは立場が逆転している。何だかドキドキするね! 浴衣の合わせから垣間見える日向クンの胸筋に手を滑らせると、彼は顔を赤くして「うっ」と体を震わせた。
「ひなたクン…、気持ちいい?」
「っああ…」
歯を食い縛って、快感を耐え忍ぶ日向クン。でも無駄な抵抗だ。ボクは浴衣の内側に手を入れてそっと捲った。日向クンは毎日体を動かしているだけあって、引き締まった良い筋肉をしている。胸筋もそうだけど腹筋だって薄ら6つに割れてるんだよ。すごいでしょ? 色気のない褐色の乳首を抓んで、くりくりと捏ね回すと日向クンは嫌そうに身を捩った。
「! ふっ…、う…あ、ぁ…こま、えだ……っ」
「何…? その手」
ボクの肩を掴んで押しのける右手。ボクの言うことを聞かない悪い子だ。やっぱり"あれ"を使おうかな。ボクは日向クンに「待て」と命令してから、漆の盆から未使用の浴衣の帯を2本手に取った。何をするのか?と警戒している日向クンの後ろに回り、両手首を一纏めにしてぐるぐると帯を巻いていく。そしてもう1本を彼の目を覆うように顔に転がす。
「お、おい! 何すんだよ!?」
「…へぇ、ボクに逆らう気なの?」
ボクのいる背中側に向かって喚き散らしてくるも、冷たく吐き捨てると日向クンはピタリと口を噤んでくれる。昨夜のことを悪いと思ってくれているようだ。ボクは手首と頭の帯の結び目を確認した。あまりキツいと痛くなっちゃうから少し緩めに。よし、これで良いだろう。
「ふふふっ。日向クン、良い眺めだね。このままもう少し大人しくしてて?」
「………」
予想外なことに彼は慌てふためくことはなかった。頭を振り腕を動かして帯が外れないのを悟ると、「好きにしろ」とばかりにボクの方に無言で顔を向ける。面白くないね。もっと動揺してくれれば良いのに…! ボクは屈んで日向クンのパンツから膨らみかけの本能を取り出した。興奮しているのかな? ちょんと突っつくとビクビクと震える。五感―――細かく分類するともっとあるが―――の内1つが不自由だと、他の感覚がそれを補うかのように鋭敏になるというのは有名な話だ。視界が塞がれている日向クンはもしかして敏感になってるのかな? 大きく口を開けて、その熱い塊を喉の奥まで飲み込む。
「ん……っ、んっ…ちゅ……んぷ…ふぅ……ひなた、クン…?」
「はぁ…、は…ッ、何だ、よ…」
眉根を寄せて、息を荒く吐き出している日向クン。目隠ししてる姿って意外とクるね。それに彼はボクが見えてなくて不安だからか頭を頻りに動かして、ボクを一生懸命正面に捉えようとする。それに一々ボクの声や物音に反応して、体を揺らすんだ。可愛いなぁ。落ちてくる髪を耳に掛けながらフェラを続けていると、ビクンと腰を揺らして彼はあっさり達してしまった。喉に勢いよく射精される日向クンの熱。昨日散々したから薄いけど、いつもより早い。
「おいしいよ…、日向クン。ごちそうさま」
「狛枝…、あ……っ!」
ごくごくと飲み干してから耳元で囁くと、吐精後で感じやすくなっているのか日向クンは僅かに喘いだ。ボクは自分の浴衣の帯を解いた。日向クンの前で堂々と裸になるも、当の彼には見えていない。耳でボクの行動を察知しようとするが、明確には分からないようで首を傾げている。可哀想だから、もう終わらせてあげよう。肩に手を置いて唇にちゅっとキスをすると、待ち侘びていたように彼は口を開けた。絡み合う舌と舌。目隠しの彼をボクが蹂躙する。
「ンっ…あ、はぁ……っ、こまえ、だ…」
「……んぅ、〜〜〜ッ……あは、あははははは…っ。アんッ、もうおしまいだよ…」
こちらから唇を離すと日向クンは物足りなさそうに「はぁはぁ…」と息を切らす。開いた口に乳首を押し付けて「舐めて…?」とお願いすると、がっつくようにしゃぶり始めた。
「うふぅ……、ぁ…、……っ、んん、きもち…ぃ…あぁ……っ」
舐められてビリビリと体中に電気が走る。それがキッカケでボクの本能にスイッチが入ってしまったようだ。ああ、もうダメ…。後ろが疼いちゃうよ。ボクは胸にしつこく吸い付いている日向クンから逃げて、コンドームを口で開けた。1回の射精で彼が終わるはずもなく、欲望は既にムクムクと大きく硬くなっている。丁寧に怒張にコンドームを被せてから、ボクはその真上に来るようにお尻の位置を調節する。
「お待たせ、日向クン…。一緒に気持ち良くなろうね…」
「狛枝、狛枝…、あぁ…、狛枝ぁ…!」
切羽詰まったようにボクを求めてくる日向クン。名前を途切れることなく紡ぐその唇に優しいキスを送って、ボクは愛しい欲望目掛けて一気に腰を落とした。

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