// Mirai //

63.二択の話 : 11/14
急がなきゃ、急がなきゃ…! 早く行かないと盾子ちゃんに怒られちゃう。陸上部の準備を手伝ってから、私は自分の教室へと走った。文化祭前でたくさんの人間が廊下にいるけれど、ぶつかるなんてこと私はしない。相手がどう動くかを予測し、その際に生じた隙間を縫うように体を滑り込ませる。傭兵として訓練を積んできた私にとっては朝飯前。いや、寝起き直後でも容易い。私が横切った男子生徒が「え…」と間抜けな声をあげているのが背後から聞こえた。でもそんなもの気にしなくたって良い。私の最優先事項はただ1人なのだから…。


「だ、大丈夫かな…」
ドキドキしながらE組のドアを潜る。教室前の廊下を横目に見ると、布の上にベニヤ板だろうか木の板が何枚か重ねて立てかけてあった。その傍には工具やペンキ、スプレー缶なんかが並んでいる。他にもカラーセロファンやガムテープ、段ボールがずらりとある。ここ2、3日で随分増えたみたい。みんな教室の中で忙しなく準備をしていた。
私のクラスは"絶望学級裁判"というアトラクション風の出し物をすることになっている。盾子ちゃん曰く『とにかく絶望すること間違いなし!』な騙し合いがメインの裁判ごっこだそうだ。彼女が全ての指揮を執っているのでどういうものなのか分からないけど、計画書を見るに池袋の猫の町にあるアトラクションにとても良く似てる…と思う。というかまんまだ。円卓になった裁判場に5人以上で組みを入って、日向先生の草餅を食べた犯人が誰なのかを当てるゲームだから。でも彼女にそんなことを言ってしまえば、キラキラした笑顔のまま「窓から飛び降りろ」と命令されるのは間違いないので黙っておくことにする。
教室内に視線を巡らせると、すぐに目的の人物に目が留まる。盾子ちゃんは誰とも分からない机に座っていて、周囲にはいつものメンバーが勢揃いしていた。いや、全員じゃないな。腐川さんと大神さんがいない。議論の真っ最中のようだったので、私は話の腰を折らないように静かにその輪に加わらせてもらった。
「で? 超高校級の探偵さんの見解はいかがかしら?」
挑発的に片膝を抱えたポーズで、盾子ちゃんはグロスで艶やかに光る赤い唇を吊り上げた。窺うような顔の角度、上目遣いをする視線の位置、下着が見えそうで見えないスカートの裾。全てが計算しつくされている。彼女はただの女子高生じゃないんだ。人の心を動かし、どんな人間でも魅了してしまう。従いたいと思わざるを得ないその魅力。何故、私がこんなに優れた彼女と同じ腹から生まれてきたのかが、史上最大の不思議だと思う。滲み出るカリスマ性に、私はうっとりと盾子ちゃんを見つめた。
「やはり…私は狛枝先生しかいないと思うわ」
目を閉じてじっくりと考え込んでいた霧切さんがスッと瞳を開いた。ラベンダー色の怜悧な輝きに私はドキッとする。何だか落ち着かないな。自分のことじゃないのに見透かされているようで…。霧切さんの回答に盾子ちゃんは眉間の皺を深くした。どうやらお気に召さなかったようだ。
「アンテナの相手があの白メガネぇ…?」
「決定的と思える証拠はないわね。ただ…今までの2人の関係や伝え聞いた情報から推測したまでよ。あなたがどう考えようと、私には関係ない…」
黒いグローブを嵌めた手がスッと長いストレートの髪を耳に掛ける。どこまでもクールだ。
「あ、あのぉ…。ぼくも…そうじゃないかって……」
霧切さんの言葉に続いて意見を出したのは、普段は怯えたように縮こまっている不二咲さんだった。引っ込み思案なのに発言するなんて珍しい。その場にいるみんなも同じことを思ったのか一斉に不二咲さんの方に注目する。すると彼女はそれに怯んでしまい、「あ、ご、ごめんねぇ…」とビクビクと震えながら謝った。
「不二咲ちゃん! 怖がることなんてないよっ」
「そうですわ。何が思う所があるのでしたら、言ってしまえばよろしいのです」
ぽんぽんと優しく肩を叩く朝日奈さんとニッコリと綺麗な微笑みを向けるセレスさんに励まされたのか、不二咲さんは「あのね…」と小さな声で口火を切った。
「去年だったかなぁ…、体育祭でぼく日向先生の傍にいた時があってね。何となく先生の視線を辿ってみたら、狛枝先生がいつもその先にいたんだぁ」
「あ、それ私も一緒にいたので覚えてますよ。確か不二咲さんが『日向先生って狛枝先生のことばっか見てるねぇ』って言ったら、すごく顔赤くしてました!」
「舞園さんも聞いてたんだねぇ! うん…、その時は気になるのかな?って感じたくらいで、その…江ノ島さんの言うような雰囲気は、ぼくには分からなかったんだけどぉ…」
モジモジしながら不二咲さんはニコッと笑った。自分の意見を聞いてもらえて嬉しかったのだろう。不安そうな表情は消えて、ずっと笑顔だ。霧切さんは自分自身の仮説を推す意見にふっと口元を緩めた。一方で盾子ちゃんは面白くないとでもいう風に「チッ」と舌打ちをする。
「不二咲…。それマジ?」
「うんっ、本当だよぉ。日向先生が何て返したかは…んーっと、覚えてない…かなぁ?」
唇に指を添えて唸っている不二咲さん。そんな中、舞園さんは慣れた手付きでスマートフォンを操作し、「これ…、どう思います?」と1枚の画像を見せてきた。
「これって…。あっ! 夏祭りの時だー! ケバブおいしかったな〜。また食べたいなぁ」
「そうじゃないですよ、朝日奈さん。良く見て下さい。おかしいと思いませんか?」
どれどれ?と画面に顔を近付ける朝日奈さんの横から、私も舞園さんの手元をさり気なく覗いてみる。朝日奈さんが言った通り、夏祭りの1シーンを写したものだった。浴衣姿の狛枝先生と連れ添うように隣にいるのは日向先生だ。手にはポイとお椀を持っているから金魚掬いか何かだろう。
「あ…!」
「……戦刃さん、気付きました?」
舞園さんにそう聞かれて、私は思わず何度も頷いてしまった。表情が…まるで違うのだ。手前側にいる精悍な顔立ちの日向先生に、狛枝先生が白い歯を見せて微笑みを向けている。学校で見せるような洗練されたものじゃなかった。心の底から嬉しさや楽しさが滲み出ているような、幼い子供の如く無邪気な笑顔。狛枝先生って…、こんな顔するんだ…。私は驚き過ぎて、画面から目を離せない。
「もう1枚あるんですけど、こっちは決定的だと私は思ってます…」
舞園さんはそう続けて、私とは大違いの女の子らしい細い指をスッと画面上でスライドさせた。出てきたのは同じく夏祭りの写真だった。袋に入れた金魚を持って、それを見て笑い合う日向先生と狛枝先生。日向先生の顔は少し赤くなっている。隣の狛枝先生はすごく幸せそうにしていた。何て表現したら良いか分からないけど、ふわふわとしていて今にも蕩けてしまいそうな…そんな微笑みだった。
「何だかただならぬ雰囲気ですわね…」
「んー。そう言われてみればそうかもしれないけど、私はただ2人が金魚掬いに はしゃいでるようにしか見えないかなー」
「これ以外にも江ノ島さんのサイトにまだまだいっぱいありますよ」
舞園さんはさらりと言って、今度は他の画像を朝日奈さんに見せていた。


盾子ちゃんが立ち上げたサイトは校内の生徒だけが利用出来る、所謂イントラネットサイトだ。学校裏サイトとは違って、1人1人にIDとパスワードが与えられており、匿名での投稿は不可能になっている。春に稼働し始めたそれは瞬く間に生徒間に広がっていき、今や学校内のコミュニケーションネットワークとして揺るぎないものとして進化していた。不二咲さんがソース構築に関わってからグッと利用者が増えたんだって。
「そっかぁ、今年の体育祭で2人の専用スレッドが立ったんだっけ。それで写真がたくさん投稿されるようになったんだねぇ」
合点がいったようにポンと手を打ち、不二咲さんが声をあげた。セレスさんはポケットからレースとリボンサテンで彩られたスマホを取り出した。手早いタップで操作をしていき、「まぁ…」と呆気に取られたように口元を手で覆う。
そうだ、私達生徒の2人を見る目がガラリと変わったのは体育祭だ。終盤で行われた借り物競争。そこで選手として出場した日向先生は、指定された"借り物"として狛枝先生を連れて行き、校長である霧切先生を抑えて堂々の1位を勝ち取った。そこまでは何の問題もない。キッカケとなったのはその後だ。順位の旗持ちだったらしい体育委員の1人があるスレッドを立てた。


【俺は】アンテナと白メガネがヤバい【見た】

1 名無しにかわりまして体育委員がお送りします 20XX/10/12 23:51 ID:05-3612940AS
数時間考えたけど、やっぱりおかしいと思うんだ…。

2 名無しにかわりまして××がお送りします 20XX/10/13 00:02 ID:21-6340682ON
聞いてやるから話したまえよ

3 名無しにかわりまして××がお送りします 20XX/10/13 00:15 ID:14-8472957TH
はいはーい! 私も聞きたい!
体育祭で何かあったん?

4 名無しにかわりまして体育委員がお送りします 20XX/10/13 00:30 ID:05-3612940AS
あー、人いたのか。じゃあ話すな。

今日の借り物競争でアンテナが白メガネ連れてきたけど
カードの指定が『好きな人』ってなってて俺混乱。

5 名無しにかわりまして××がお送りします 20XX/10/13 00:36 ID:08-1548234WR
>>4
マジか?

6 名無しにかわりまして体育委員がお送りします 20XX/10/13 00:45 ID:05-3612940AS
嘘だったらこんな下らないスレ立てません。

7 名無しにかわりまして××がお送りします 20XX/10/13 00:59 ID:01-5106747NH
ひ…じゃないアンテナの好きな人が白メガネってこと?
ええーええー…、なにそれこわい。

8 名無しにかわりまして××がお送りします 20XX/10/13 01:01 ID:09-4957013OS
┏(┏ ^o^)┓ホモォ…

9 名無しにかわりまして××がお送りします 20XX/10/13 01:06 ID:21-6340682ON
うわ、出たよ
腐女子早い


深夜にそんな感じで始まったスレは夜が明けるとどんどん人が集まってきた。
何と言ってもスレの話題があの狛枝先生だ。彼はとにかく人目を引く。中性的で飛び抜けて美しい容姿は芸能人に引けを取らず、クセの強い淡色の髪は遠くからでもすぐに彼だと分かった。モデルのように脚が長く、スラリとした180cmを超える体躯。女子生徒にもファンが多く、天文部は謂わば彼の親衛隊の集まりだ。
そしてもう1人の日向先生はというと…目立った特徴はないけれど、顔立ちはそれなりに整っている方だし、背も高く性格も明るい。全体的にバランスが取れている所がグッと来て、女性教師からは婿候補として肉食獣のような飢えた視線を向けられている。本人は気付いてないらしいけど。
「このスレすっげぇ勢いだった。アタシのスレこれの所為で過疎ったんだけど! うっざ…」
盾子ちゃんは忌々しげにスマホを指で操作しながら唇を噛み締める。
「信憑性のない話題だったらみんな見向きもしないだろうし、こんなスレッドはすぐに落ちていたはずよ。だけれども次々と目撃証言やそれに付随する画像がアップされたわ…」
「じゃあ何よ…! 霧切はこれを全部信じるってーの?」
「全てではないわ。中には悪戯半分の書き込みもあるでしょうね。ただ…4月にあなたが自分で日向先生に確かめたことも含めると、私はどうも2人はただの同僚であるようには思えないの」
「……確かにあの時、日向先生は綺麗系の恋人がいるって惚気てた。そして胸は……ち、小さいって。あの顔は嘘を吐いているようには見えなかった」
「お姉ちゃんよりぺったんこっつってたしな。あ…!! そーいやあいつ"彼女"って一言も言ってなかったじゃん!」
「う、うん…そうだ。私もそれは覚えてる」
ずっと恋人って言ってた。何だろう。すごく些細なことが積み重なって、真度と精度が増しているように思う。塵が積もって山となる。…日向先生が、狛枝先生と? 男同士なのに…? 否定出来れば楽だけど、私の脳裏には舞園さんが見せてくれたツーショットがすごく焼き付いてた。世間的に歓迎されないのにも関わらず、何であんなに穏やかな顔をしていられるんだろう?
そんな中、朝日奈さんは困惑したように霧切さんを見やった。
「ねぇねぇ、気になったんだけど…。その、霧切ちゃん的に、そういうの…ってあり、なの?」
「ありかなしかではないわ。事実か事実でないかのみ…。私はただ…分からないまま放っておくのが嫌なだけ」
霧切さんの言葉を聞いて、そこにいる全員はしーんと静まり返ってしまった。彼女の口から言われると何だかものすごく説得力があるように思う。
「私はホモ…?とか何か良く分かんないや。日向先生がそうだって言われても、男の人が好きそうには見えないよ」
「でもああいうアスリート系にはゲイが多いみたいですわ。綺麗な筋肉に憧れるとか…わたくしそんな話を聞きました」
「ええっ!? セレスちゃんは何でそんなこと知ってるのっ?」
「…うふふ、秘密ですわ」
柔らかい笑顔を見せつつ、言外に聞くなというオーラを滲ませるセレスさん。朝日奈さんもそれには勝てず、「そっかぁ」と呟いて、それっきり言葉を紡げない。うぅん、近寄りがたい西洋風美少女の違う一面を見てしまったみたいだ。
「セレスさん、ちょっと良いですか? アスリート系の方が好むのは同じ系統の人間ですよね? 何でしたっけ、ガチムチ? 狛枝先生はどう考えても当てはまりませんよ」
「ま、舞園ちゃんまで…。何でみんなそんなのに詳しいの…?」
「言われてみれば、それもそうですわね。まぁ、狛枝先生は一部の男子から熱烈な視線を送られていますし、日向先生がそこで道を外してもおかしくないでしょう」
「確かに狛枝先生カッコいいけど、綺麗でもあるもんね! 美白とかしてるのかな?」
廊下ですれ違うと狛枝先生はいつも良い匂いがした。肌も白くて滑らかで思わず触れたくなるような瑞々しさ。それに男子達がぽーっとなるのは日常茶飯事だ。
「えーっ、男が美白とかマジキモいんだけどぉ〜!」
盾子ちゃんの機嫌が頗る悪いなぁ。ああ、そんなに足を揺らしたらパンツが見えちゃうよ!
「それで江ノ島さん…、今回は"賭け"をするのかしら?」
「キャハハハッ! 霧切、それ聞いちゃうんだ? するに決まってるっつーの!!」
ニヤリと笑った盾子ちゃんはパッと座っていた机から降りた。そして教卓前に進むと「はいはいっ、ちゅーもーっく!」と声を張って、教室内全員の視線を自分の方へを向けさせる。文化祭前の準備で作業している子は多い。窓際にいた苗木くんもきょとんとしながら盾子ちゃんの方を見ている。
「これからある"賭け"を行いたいと思いまーす! 興味のある方はゼヒゼヒ参加してね!」
「おーい、江ノ島! 下らねぇこと言ってねぇで手伝えよ! 明後日本番なんだぞ!?」
「ええ〜? 今回アタシがぜ〜んぶ企画したのにぃ? そんなこと言っちゃうのぉ? ヒドぉい…」
瞳をうるうるとさせて、両手を胸の前でぎゅっと組む盾子ちゃん。庇護欲を掻き立てられる可愛らしさと両腕でさり気なく寄せられた豊満な胸に、文句を言った男子はカーッと赤くなる。彼がもごもごと口籠っていると、傍から苗木くんが壇上に上がってきて、男子にキリリとした眼差しを送った。
「江ノ島さんはクラスのためにたくさんアイディアを出してくれたよね? 今の"賭け"もきっと出し物に関係あるんだ! そうだよね、江ノ島さん!」
「えー? あー、そう…そうそう! そうなのよ! さっすが苗木分かってんじゃーん!!」
苗木くんの真剣な表情に盾子ちゃんは視線を泳がせるも、誤魔化すようにニカッと笑う。純粋な彼はそれだけで信じてしまったようだ。盾子ちゃんは大袈裟に咳払いをして、賭けの内容を教室中に響き渡るような声で話し始めた。
「さてさて…4月に恋人がいることが発覚した日向センセ! で・す・が〜? その恋人が…狛枝センセかどうかが"賭け"の対象です。さぁ、賭けに参加される方はこのノートに記名をお願いしま〜す!」
ざわりと教室が騒めいた後にコソコソと密やかな話し声が飛び交う。盾子ちゃんは気にせず、ノートを教卓にポンと広げた。数分の膠着状態を経て、ノートにわらわらとクラスのみんなが集まる。廊下からは隣のクラスの子達が興味深そうに覗いていた。それをチェシャ猫のような笑みを浮かべた盾子ちゃんがおいでおいでと誘いを掛ける。
「ねぇ…戦刃ちゃんはどっちに賭ける? 私ね、どうも日向先生と狛枝先生が…って考えられなくって」
えへへと人懐っこく朝日奈さんが話し掛けてきた。どうしよう、ちょっと緊張する…。
「えと、えっと…私、は……、その…」
「あ! もしかして江ノ島ちゃんと同じ側に賭けようとしてるんだ?」
「ち、違う…!」
咄嗟に口を衝いて出た言葉に1番驚いたのは私だった。何で否定したんだろう、私…。子供の頃から盾子ちゃんと一緒にいて、彼女と相反することは1度としてなかったのに。多分、盾子ちゃんはNOに賭ける。認めたくないんだ。4月に幸せそうに恋人の話をした日向先生を。男同士という絶望に屈せず、希望を抱いて未来へと進むようなことなど、彼女の中ではあってはならない。でも、私は…。
「私…YESに賭ける」
「うんうんっ。じゃあ、書きに行こう! …うーん、ノート見るとほとんどがNOだね。さっきのメンバーでYESなのは〜…セレスちゃんと不二咲ちゃんと舞園ちゃんかー。あれ? 霧切ちゃんはどっち?」
「今回は謹んで辞退させてもらうわ。でも事実関係をハッキリさせるための協力は惜しまない」
「私はNOにしとこうかな!」
朝日奈さんはさらさらとペンでNOのページに名前を書いた。同じページに盾子ちゃんのモデル用のお洒落なサインがある。ペンを持ったまま、私はピタリと手を止めた。ごめんね、盾子ちゃん。いつもあなたと一緒にいたけど、今回だけは日向先生と狛枝先生の笑顔を信じたいの…。
「っお姉ちゃん…!?」
「……ごめんね、盾子ちゃん」
残念なお姉ちゃんでごめん。YESの所に名前を書くのを納得がいかない表情でじっと見ている。ああ、視線が痛い。体が焦げてしまいそうなくらいだ。
「…江ノ島さん、2人の関係を確かめる策はあるのかしら?」
「まぁね。文化祭っつーご大層な舞台もあることだし? アタシに任せといて!」
パチンとウインクをした江ノ島さんに、霧切さんが滅多に見せない笑顔を零す。ひょっとしてすごいタッグが生まれたのかも…? 私はハラハラしながらその様子を見守ることしか出来なかった。

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64.文化祭の話 : 11/16
今日から文化祭がスタートする。正門に掛かっているアーチは、1週間前の制作途中の物とは見違えるほど本格的な物が仕上がっていた。毎日生徒達が遅くまで残ってやっとの思いで完成させた、文化祭を象徴するオブジェとなっている。他のクラスの装飾も朝礼前に少し見てみたけど、何かと面白そうな出し物ばかりだった。どこもすごく凝ってる。
うちのクラスはお金儲けを目論んだ葉隠クンの意見が通ってしまい、占い喫茶になった。星座に因んだフードやドリンクを出すのは良いとして、適当な予言を書いたフォーチュンクッキーを目玉として置くのはどうなんだろう? 『3割当たる!! 葉隠印のフォーチュンクッキー』と煽り文句をつけたチラシに、早くも女子が食い付いていると霧切さんが冷静に分析していた。担任として止めるべきだったかな?
「パンフレット…職員室に置いてきちゃったけど、取りに行った方が良いかな?」
見回りのタイムスケジュールには結構な余裕がある。自分のクラスと顧問を務めている天文部と演劇部。それらを覗く時間を差し引いても回れそうなくらい。この年になって文化祭に心が躍るなんて少し恥ずかしい。高校の時はイベント物には丸っきり縁がなかったからね。もし日向クンと一緒に回れたら…なんて、自分でも乙女チックだなと思うような妄想を浮かべてしまう。
「無理、だよね…」
日向クンは見回りの時間が多めだ。体育教師で武道を嗜んでいるなら、不審者対策として持って来いの人材だから。ほとんどの時間を駆り出されていると言っていた。クラスの出し物は江ノ島さんに任せっきりであまり詳しいことを知らないらしい。担任としてそれはどうなの?って思うけど、彼も忙しいのだろう。陸上部の体力測定、茶道部のお茶会。こっちの方もチラリと顔を出せるみたいだからタイミングが良ければ会えるかもしれない。
「みんな、大丈夫そうかな?」
教卓に立って教室内に声を掛けると、みんなは楽しそうに顔を見合わせてから、「はい」と元気良く返事をしてくれた。濃紺の布で教室全体を囲っていて、そこには銀色の糸で星座を刺繍してある。1番時間を掛けて制作したクラス自慢の逸品だ。それに星の電飾を飾り付けてやるとグッと雰囲気が増す。ランプに似せたライトスタンドが各テーブルに置かれていて、それもムード作りに一役買っていた。
「おう! 狛枝っち、任せとくべ!! がっぽり稼ぐからな!!」
ドレッドヘアに怪しい髪飾りをつけた葉隠クンが、こっちを見てサムズアップしてみせた。彼の衣装は占星術師が着るような紺色のローブで、首飾りやブレスレットがゴテゴテとついている。一応喫茶だが、希望者には葉隠クン直々に占いを行うらしい。しかし格安と本人は豪語するものの、価格は最低ラインで5万円という超高校級な金額なので、好き好んで占われるような人間はいなさそうだとボクは思う。机の上のベルベットのクッションには、彼が大枚叩いて買ったというご自慢の水晶玉(ただし素材はガラス)が鎮座していて、すごくそれっぽい感じがした。
「葉隠クン…、何これ?」
ふと机のメニューボードが目に入り、ボクはそれを手に取った。何やら占い以外の項目が書いてあるようだ。特別メニューという単語の下にはアンティキティラ島の機械、水晶髑髏、カブレラ・ストーン、古代エジプトのグライダー、バグダッド電池…などなどのこれまた怪しげな名前が並んでいた。
まさか…。少々の頭痛を感じながらボクはじっと葉隠クンを見つめた。すると視線を察した彼は悪びれもせずに机の下から何かを取り出す。ゴトリと重い音を立てたそれを見て、ボクは額に手を当てた。
「じゃーん! どうだべっ、水晶髑髏!に見せかけた偽物のオーパーツ!」
「………。偽物って…まさかそれ売りつけるつもり?」
「そ、そんなことしないって…。これは、あー…そう! 非売品…だからな。価値がつけられないって」
視線を泳がせる葉隠クンは後ろに何やら隠している。霧切さんがコツコツと靴音を響かせながら後ろに回り、それを引ったくる。小さく溜息を吐いた彼女はパシッと机にそれを叩き付けた。『オーパーツ・水晶髑髏(本物です)が特価!! 100万円のところ、50万円に!!』と書かれた値札カードだった。
「葉隠くん…? これはどういうことかしら?」
「いや、その…霧切っち! これは〜…誤解だべっ。何となくそういう煽りをつけとくと信憑性が増すというか何というか!!」
「…没収するわね」
「ああああああ〜、俺の金がぁあああ!!」
段ボール箱に次々と放り投げられるオーパーツ達。これを本物だと偽って売ったら捕まっちゃうからね。そうでなくても葉隠クンの占いだけで危ない橋を渡ってるのに。ボクのクラスの出し物…、これで大丈夫かな? 少し心配だ。
「これで全部かしら? 隠している物があるのなら今の内に出しなさい」
「うぅ…、もうないべ! あぁああぁ…、あんまりだぁ…」
「狛枝先生、大丈夫です。彼が勝手なことをしないようにみんなでしっかり見てますので」
淡々と霧切さんにそう言われて、ボクは頷いた。彼女のことは信用している。理知的で頭の回転も速く、まず失敗しない。安心して任せていられる。発案は葉隠クンだけど、指揮は霧切さんが執っているようで、彼女の指示に従いみんなも各々の持ち場に戻っていった
。時計を見ると、9時を回った所だった。一般入場は10時半からだよね。見回りは午後からで、天文部は展示だけだし、演劇部は明日の夕方だ。中途半端に時間が空いている。どうしよう…。とりあえずぐるっと1人で校内を回ろうかと教室を出掛かった所で、後ろから「狛枝先生…」と名前を呼ばれた。
「? …霧切、さん?」
振り返るとボクを清涼な薄紫色がやや下方から射抜いていた。
「あの、…狛枝先生。………、………」
「どうしたのかな? もしかして何か心配なこととかある? それとも足りない物があったら、」
「…いえ、そうではなく。その…、あなたが気になって」
「ボク?」
彼女は無表情のままだったが、所々で言葉をつっかえつつそう告げた。てっきり占い喫茶に関することだと思ったら、これは意外な答えが返ってきた。霧切さんはあまり深く他人に立ち入るようなタイプではないと日頃から感じていたんだけど、ボクの勘違いだったのかな?
「先生はこれからどちらに?」
「ええと、特に決めてなくて…。さらっと見て、何となく雰囲気を楽しもうかと」
「っ、そ、それでしたら…。あの、私…」
緊張しているのか少し顔を赤らめて、霧切さんはボクから視線を逸らした。言葉を1度区切ってから、考えるように唇を噛み締めている。それから決意したようにキリリとした瞳で再びボクを見上げて、「私と…」と言い掛けた…その時だった。
「おーい、2人ともー! アタシを忘れてんじゃないだろうなー! おいおい、待ってくれってー! アタシも混ぜてくれよー! 文化祭にさー!」
「は?」
「ってことでアタシも一緒してい〜? ね、イイよね? アタシが言ってるんだもん。イイよな? イイに決まってるよな? うんうん、ステキ☆ ってことでレッツゴー!」
「ちょ、ちょっと…離してくれるかい?」
ボクの腕にくるんと素早く巻き付く細い腕。甘ったるい香水がふわんと香り、ピンクベージュの髪を括っている白と黒のクマと目が合う。それも一瞬のことですぐにその高校生らしからぬ色気を纏った可愛らしい顔が向けられた。つけ睫毛にマスカラで強調される目力にボクは思わず身を引いてしまった。隣にいたのは校内外問わず絶大な人気を誇る高校生のカリスマ、江ノ島 盾子だったのだ。
彼女は日向クンのクラスの問題児だ。そして例のサイトの管理人でもある。日向クンは話してみればそこまで面倒じゃないって言ってたけど、どうもボクは彼女が苦手だ。派手で煌びやかな容姿、モデル顔負けの抜群なプロポーション、明るくサバサバとした親しみやすい性格…。何だかその裏にこびりつくようなねっとりとした何かを感じ取ってしまう。
「狛枝センセっ、霧切とどこ行くの? ねぇねぇねぇ!?」
「別に霧切さんとは行かないよ…。少し話してただけだから」
否定すると江ノ島さんはキッと霧切さんを睨み付けてから、ガシッと肩を組んでボクからやや距離を取る。コソコソと話をしているみたいだけど、ここまでは聞こえない。ただ江ノ島さんが霧切さんに文句を連発してるのだけは聞き取れた。何だろう? あんまり良い予感はしないね。
「ね、センセどうせヒマっしょ!? 昼まででイイからさぁ〜、アタシ達に付き合ってよ!」
「お願いします、先生…」
江ノ島さんは得意の猫撫で声でボクをうるうるとした瞳で見つめてくる。そして霧切さんも引くことなく、静かに頭を下げてお願いしてきた。反りの全く合わない両者がこうもピッタリと符合するなんて…。どういう風の吹き回しだろう? 油断はするべきじゃないとボクの直感が告げている。
「霧切さんはともかくとしてどうしてキミが…。クラスの方はもう良いのかい?」
「あー、イイのイイのっ。苗木にその辺押し付けてきたから!」
「…そうは言っても、江ノ島さんは主催だから忙しそうね。見て回るのはきっと今の時間しか無理でしょう」
「そそっ、そーゆーこと。…ちょっとぉアタシの誘いを断るつもり〜? 狛枝センセっ」
ニカッと白い歯を見せて無邪気に笑った江ノ島さんがボクの左腕を掴む。そして霧切さんがボクの逃げ場を塞ぐかの如く、右隣にさり気なく立った。…これは逃げられない、かもね。仕方がない。
「分かったよ、一緒に回ろう。ただし午前中だけだよ」
「やっりぃ〜! さっすが話分かるじゃん!」
「狛枝先生、ありがとうございます」
ボクは降参して2人に従うことにした。1人で回りたかったんだけどね。でもこれも不運として受け取るしかボクには出来ないから。ハイテンションで腕を引っ張る江ノ島さん、ボクをチラチラ見やりながら思案顔の霧切さん。そんな2人とボクは文化祭の校内巡りをすることとなった。


……
………

「どっこもかしこもロクなのやってないじゃん! あーもー、期待して損しちゃった…」
教室の前で堂々と大声を発する江ノ島さんにボクは「まぁまぁ…」と合いの手を入れる。背後の教室で客入れをしている男子生徒が意気消沈したように暗い顔になってしまったようだ。ごめんね、多分悪気は…あるかもしれないけど。どうか気に病まないで…。ボクは心の中でそっと合掌する。先程回った所はどうも彼女のお気に召さなかったようだ。クイズ形式で正解すると景品のオモチャがもらえる出し物だった。ボクは割と楽しめたんだけどね。
「江ノ島さん、そろそろ時間じゃないから?」
「え? あ〜、ホントだ! ……ねぇえ、狛枝センセ! 甘い物食べたくない?」
「甘い物? えっとそうだね、言われてみれば…。お昼には早いけど何か食べる? うちのクラスは占い喫茶やってるんだよ。もし良かったらそこ行こうか?」
「いえ、その…それは」
「狛枝センセ、アタシ行きたい所あっからそっち行こ! 葉隠の店とか怪し過ぎてさ〜」
口籠る霧切さんにすぐさま江ノ島さんが声を被せた。うん、筋書きめいたやりとりが滲み出ている。これはボクでなくても誰でも気付くだろう。彼女達にしてみればここからが本番ってことかな? ボロを出さないように気を付けないと。
「良いよ、江ノ島さんが行きたい所で。霧切さんは大丈夫?」
「ええ…」
「じゃあ1階に降りるからねっ。うぷぷ、うぷぷぷぷ…!」
微笑みで不気味に双眸が形を変える。ニヤリと吊り上がる赤い唇とそこから見える白い歯のコントラスト。やっぱりボクは彼女が苦手だ。赤いマニキュアを塗られた爪がスーツの布地に食い込むのを見つめながら、ボクは彼女の後を追って階段を下りていった。


「あの…もしかしなくても、ここ?」
「うん、ここ! 狛枝センセ、和菓子嫌い?」
目の前の教室名から視線を逸らせないまま首を振ると、江ノ島さんは「じゃあ、よしってことで!」と中に入っていく。教室脇の立て看板には『優美端麗 〜秋を愉しむ茶会〜 茶道部・裏千家』と達筆な筆文字で収まりよく書かれていた。茶道部の活動場所である茶室。校内でも礼儀作法の授業でしか入らないレアな部屋である。茶室は12畳ほどの広さの和室で床の間もあり、外には小さ目だが本格的な日本庭園までもが造られている。学校案内パンフレットにも必ず紹介される教室だ。
うちの学校には表千家の茶道部もあるが、そっちは毎年屋外で立礼茶会をしている。日向クンが副顧問をしているのは裏千家だったような気がした。だとするとここに彼がいるのかも…。会える…のかな? 何かを目論んでいるらしい江ノ島さんと霧切さんに誘われたことが不運だとしたら、思いがけず日向クンに会えるのが…幸運?
「狛枝先生、…私達も入りましょう」
霧切さんはそう言って、開放してある引き戸を潜った。すぐに段差になっていて、少々のスペースがあるその向こう側は襖が閉まっており見えないが、何人かがいるような気配だけは伝わってくる。左手側に木製の広々とした下駄箱があり、江ノ島さんは踵がぺったんこになっている上履きを置いていた。
「もうそろそろ一席終わるくらいだから、ちょーど次に入れるって!」
「申し訳ございませんが、お静かに願います…」
襖前で待機している茶道部の女子生徒に恭しく頭を下げられて、江ノ島さんは「めんごめんご〜」と小声で謝った。そして足を崩して、畳に腰を落ち着ける。ボクも霧切さんも同じように横に並んで座った。
「茶道部は表も裏も毎年人気だと聞くわ。午後を過ぎると競争率が高くて中々入れないの。だから開始直後の今が狙い目よ…」
「霧切さんは茶道部の茶会に来るの、今回が初めてかい?」
「初めてではないけれど、高校入学前の文化祭で1度行ったきりで…。あの時は苦いお抹茶を父が代わりに飲んでくれました」
「…そうなんだ」
硬かった霧切さんの表情がふわりと和らぐ。ほんのりと頬が色づき、年頃の少女らしい優しい微笑みが浮かんでいて、何とも可愛らしい。霧切校長との思い出があるんだな。大人びた霧切さんの隠れた一面が見れた気がして、ボクは嬉しくなった。待っていると何やら廊下から話し声が聞こえてくる。
「びゃ、白夜様…。あ、あ、あ…あたしとここでお茶をして下さるのですか…ッ?」
「うるさい、黙れ俗物が。文句があるのなら今すぐここから消え失せろ…!」
「い、いえ…滅相もありません。白夜様が連れて行って下さるのでしたら…、あたしはどんな場所でも天国です…ッ」
「ふっ…完璧なタイミングだったな。俺の行動に狂いはない…。なっ!? 江ノ島、霧切、…それに狛枝?」
恍惚の表情で両頬に手を当てている腐川さんと一緒に入ってきたのは十神クンだった。ボク達を順々に捉え、苦虫を噛み潰したような顔に早変わりしてしまう。あ、ボクって呼び捨てにされるんだ…。パーフェクトである彼にとっては教師など歯牙にもかけない存在のようだ。驚いてメガネがややずれている十神クンに逸早く反応したのはもちろん江ノ島さんだ。
「あれぇ? 御曹司ってば腐川とおデート? うぷぷぷぷぅ〜!」
「ち、違う! そうじゃないっ、これは背に腹は代えられないというか、仕方なくのことなんだ! っ、そもそもお前には何の関係があるんだ、江ノ島!!」
「いんやぁ? ないけどさーないけどさぁー? これって〜おデート以外の何物でもないよね☆」
「うふ…うふふ…、他人とお茶をするの…? 緊張するわ…、そんなの初めてよ…」
「っ!? 止めろ、写真を撮るな! サイトに投稿でもしたら十神家の全てをもってお前を屠るぞ…」
「皆様、お静かにして下さい…! お願いします!」
怒りをやっとのことで抑えているような茶道部員の叱咤でその場は一時収まったが、十神クンと江ノ島さんの睨み合いは続いている。お茶会が無事に終わることを心から祈るしかない。しばらくして襖の向こうから人のざわつくような声といくつもの足音が響いてきた。前の一席が終わったようだ。十神クン達の後には誰も来なかった。霧切さん、江ノ島さん、十神クン、腐川さん、ボクの5人でお茶会に出ることになった。
「ちょっと、部員ちゃん! 顧問のセンセっているの?」
「はい、日向先生がいらっしゃいますよ」
部員の口から飛び出た"日向"という単語にドキッと心臓が跳ねる。本当にいるんだ…、日向クン。どうしようどうしよう…。前だったらポーカーフェイスを通すなんて簡単なことだったのに、今のボクは彼を目の前にして正気を保てる自信がない。襖が開いて、前の一席に参加していた生徒達が順々に出てくる。中をそっと覗くと、茶器や椀、皿を片付けて回っている浴衣姿の少女達がいる。へぇ、制服じゃないんだ。思ったより本格的だね。全てを整え終わったようで、中にいる朱色の浴衣の少女が膝を突いてお辞儀をした。
「準備が終わりましたので、どうぞ中へお入り下さいませ。後ろ側から回るようにして順に座布団にお座り頂けますか? 初心者の方がほとんどかと思いますので、歩幅などは気にしなくて大丈夫です」
どうやら礼儀作法をきっちり守るお茶会ではなく、茶道の雰囲気を楽しむような若干砕けたもののようだ。江ノ島さん、ボク、霧切さん、十神クン、腐川さんの順で座布団に座る。帛紗、扇子、懐紙、古帛紗、帛紗挟みが手元に置かれていた。右手側には松の木や灯篭、庭石などが配置された見事な日本庭園が見える。パンフレットの写真では気付かなかったけど、しっかりと鹿威しまである。竹が石を打つ高い音が茶室に良く響いた。茶室の配置的にその裏は校庭なんだけど、とても学校の中とは思えない情緒豊かな風情を感じる。
「ようこそいらっしゃいました。茶道部一同、ご来訪を歓迎いたします」
聞き慣れた男性の低い声にボクはハッとそちらの方へ顔を向けた。日本庭園に見入っていた所為で、隣の部屋から"彼"が入ってきたことに全く気付かなかった。そこに立っていたのは和服姿の日向クンだった。上は無地の濃灰色の着物に下は薄灰色の袴を着ている。すごくシンプルな出で立ちだけど、身長のある彼が身に纏うととても見栄えがする。彼は見上げているボクに早速気付いたが、すぐに視線を逸らしてしまった。うん、分かってる。江ノ島さんがいる以上おかしな反応は出来ない。
「……何か、すごく濃いメンツだな」
「確かに個性的だよね。ボクもさっきから少し落ち着かないよ」
「狛枝先生も含めてってことなんだけど、まぁ良いか…」
日向クンは額に手を当てながら、そんなことをぼやく。何気に失礼なことを言うね、キミ。でもそんなことどうでも良くなるくらい、和服姿の日向クンはカッコ良かった。
改めて言うことじゃないかもしれないけど、日向クンは一般的にカッコいい部類に入る。それを感じさせないのは彼自身それを自覚していないからだ。彼が自分をどこにでもいるようなごく普通の平々凡々な人間だと思い込んでいる所為で、醸し出される雰囲気も普通男子のそれと同じになっているのだ。それは違うよ…!と論破したい気持ちも山々だが、彼がそれに気付いてしまったらきっとモテてしまう。それでなくても女性教師からの人気は断トツで高いのだ。水面下で彼を落とす計略が動いているお陰で鈍感な日向クンは知る由もないけどね。
普段のジャージ姿とは全く異なる、趣ある和装のしっとりとした雰囲気。スッキリとした和風の顔立ちの日向クンにとても良く似合う。うーん、これはかなりツボを突かれるね。露出度が高い訳では決してないのに、大人の男の色気というものをヒシヒシと感じてしまう。和装の良さも然ることながら、それを着ている時の楚々とした仕草も1つ1つを目で追ってしまうほど。
「鈴木さん、お点前…お願い出来るか?」
「ええ〜? 日向センセ、やってくんないのぉ? 折角おめかししてるんだからやってよー」
「おめかしって、江ノ島あのなぁ…」
「ぷぷっ、もしかして形だけですかぁ〜? 茶道出来ないのに顧問とかしちゃってるんだ、だっさー!」
蔑むような含み笑いに日向クンはムッとする。んぅううう、ダメだよ日向クン。江ノ島さんに上手く乗せられちゃ! しかし表立ってボクがアドバイスすることも出来ず、彼は名指しした鈴木さんに待ったを掛けて自分がもてなす側の席に座った。
「それじゃ…始めます。あんまり上手くないけど、その辺は目を瞑ってくれるとありがたい…」
スッと目を閉じて、意識を集中させた日向クンは柄杓と向かい合う。全てのお点前にある鏡柄杓だ。左手で節の下を持ち、右手の人差し指と中指で切り止めを押さえる。柄杓の底を鏡のようにみるから鏡柄杓と呼ばれているらしい。カンッと音を立てて柄杓を1度置き、袴を整えながら座り直す。姿勢が良いお陰で着物の下の胸筋が盛り上がってるのが見て取れる。触りたいな…。抱かれる時に間近で見る逞しい胸板を想像して、ボクは笑みを誤魔化すために小さく咳払いをした。
「日向センセ…、足痺れてきたぁ」
「は、早いな! いや、でも無理することはないから…。みんなも辛かったら適度に足を崩してくれ。声は掛けなくて良いぞ」
そう言われたのでボクも早々に足を崩すことにした。正座って得意じゃないんだよね。腐川さんも体を忙しなく揺らしていたが、正座を止めたらしい。霧切さんと十神クンは相変わらず姿勢を保ったままだった。
「茶会を最後まで受け入れるのは十神家の者として当然のことだ…。はっ、それすらも出来ないとはな…」
「ひぃ…! ご…ごめんなさいぃ。うう…あ、あたしがブスだから…こんなに白夜様は冷たいのかしら…」
「顔ではない。お前の存在そのものが鬱陶しいんだ」
「うふ、ふふふ…うふ…。やだ…、その視線堪らない…。ど、どうしちゃったのかしら、あたし…すごく…うふふふふ…」
何か隣から不穏な会話が聞こえるけど関わらない方が良いだろう。ボクは点前を行う日向クンをじっと見た。視線を察知したのか少しだけ向けられる琥珀色。しかしその視線も絡むことはない。ああ、冷たいね。2人きりの甘々な空気とはとても程遠い。
真剣な表情で日向クンは右手で茶杓を取り、左手で棗を取った。茶杓を握り込み、残りの指で棗の蓋を取り、蓋を右膝前に置く。棗の抹茶を茶杓で二杓掬い、茶碗に入れた。あまり上手くないと言いつつ、中々様になっている。茶杓を茶碗の縁で軽く打ち、櫂先についた茶を払う。そして棗の蓋を閉めて元の位置に戻し、茶杓を棗の上に置くと一段落したのかホッと肩から力を抜いた。
「けっこーなお点前で?」
「あは…まだ早いと思うよ、江ノ島さん」
釜から湯を茶碗に入れ、茶筅を突くように入れる。茶を立てる姿にボクはほぅ…と見惚れてしまった。ああああっ! すごい…、日向クンカッコいい…。さっきから胸の高鳴りが止まらないよ。彼のスーツ姿もやっと見慣れてきたというのに、和装だなんて…。キミはボクを高揚させて気絶させるつもりかい? シュッシュと音が静かな茶室に響いている。全員が日向クンの挙動に集中していた。やがて茶筅を抜いて戻した彼は視線で傍に座っていた茶道部員に合図を送る。すると別室からお茶菓子の乗ったお皿を持った少女達が出てきた。
「菊の花を模しているのかしら…。とても綺麗ね」
「やーっと出てきた〜! お茶菓子お茶菓子♪」
一礼してお茶菓子を受ける。桃色の細やかな花弁の和菓子だ。餡子が入ってたりするのかな?
「江ノ島から茶碗を回すから、順番に飲んでいってくれ」
茶会ももう終盤だ。それなのにいつまで経っても和服姿の日向クンに目が慣れてくれない。
もしこの場に2人きりだったら、きっとボクは我慢出来ないだろう。凛々しく正座をしている彼の傍に近寄って、娼婦のように誘ってしまうかもしれない。着物に隠れた筋肉質な胸板を撫でて、触れるだけの口づけを送ったら、彼は誘いに乗ってくれるかな? はしたなく体を摺り寄せて、敏感な部分を袴の上から揉みしだいて…。そこまですれば性欲が強い彼のことだ。多分ボクを押し倒してくれる。畳の上で情熱的に求められる妄想をして、体が段々熱くなってきた。
「はぁ……っ」
「狛枝センセ、はい。……あれれ? 何か顔赤くね?」
「っごめん、何でもないよ」
上の空で椀を持ち、数回回してから口を付ける。でも頭の中は卑猥な妄想でいっぱいだ。

妄想の中でのボクは彼と同じく着物を着ていた。するすると帯を解かれて、あられもない姿にされたボクに日向クンが覆い被さってくる。息を切らしながら胸の飾りを責めてくる知らない表情の男。視線でキミの体が見たいと伝えると、彼はすぐに着物を緩めてその願いを叶えてくれる。隆々とした筋肉がついた理想的な体つきに、ボクは思わず舌舐めずりをしてしまう。ああ、何て美味しそうな体…。この体に抱かれたら、極上の気持ち良さを味わえることが目に見えている。
『ねぇ、キミのここも苦しい…って言ってるみたいだよ?』
『あ……、狛枝…』
『我慢しなくて良いよ? 見せて…、日向クンの』
袴では隠し切れない興奮した本能を撫でてやると、日向クンは言葉を詰まらせつつも腰元に手を掛けて…、

「狛枝、先生…?」
「え、ああ。霧切さん、…どうぞ」
横から声を掛けられて、ふっと現実に戻された。目の前にいる日向クンは言外に『お前大丈夫か?』と言っている。大丈夫…、な訳ないよ! だって和服だよ? 浴衣とは違うんだよ!? ああああ、どうすれば良いんだい? ボクの心臓の音、周りに聞かれてるんじゃないかな? そのくらい音が大きい。このまま心臓がドクドク言い続けてたら、壊れちゃうかもしれないよ。日向クン、日向クン…。もう辛い。とてもじゃないけど見ていられない。キリリとした風貌の日向クンを視界から外そうと試みるも頭の中の妄想はどんどん大胆になっている。

全てを暴かれたボクが半裸になった日向クンの一物を突き立てられて、淫らに喘いでいるのだ。着物をきっちり着ていた時の静寂さとは裏腹の激しい突き上げが気持ち良くて、ボクは喉を震わせて溜息を零す。ダメ…、こんな所でなんて…。いけないよ、日向クン。ああ、でも理性は本能に逆らえない。快楽に追い立てられるようにボクは夢中で腰を振る。
『ああぁ…、日向クン…』
『狛枝、狛枝…!』
畳の目の感触が布越しに背中に伝わってきて、茶室で押し倒されている事実をより一層強くする。汗の浮かんだ日向クンの太い首筋と、そこから曝け出されている上半身。それがボクの裸身に密着し、豪快に揺さぶられるんだ。涙を散らしながら嬌声を上げるボクを黙らせるように、彼がキスをしてくる。無論、激しい突き上げは止めないまま。

「狛枝先生、終わったわ…」
「え…っ?」
霧切さんに言われてキョロキョロと周りを見回すと、部員達が後片付けをしている所だった。十神クンと腐川さんの姿は既になく、江ノ島さんは襖近くで「何やってんだよ、早くしろよ!」と腰に手を当ててご立腹だ。全然、記憶がない…。口の中はほんのり甘いからお茶菓子は食べたんだろうけど。あれ? いつ食べたんだろう?
「日向先生ばかり見てましたけど、ひょっとして見惚れてたのかしら?」
「いや、そうじゃないよ。珍しいから見てただけさ…」
「確かに和服は洋服にはない魅力があると私も思います。お好きなんですか?」
「っ!? ち、違うよ。好きだなんて…。ボクは別に何とも思ってないし、それに…」
「狛枝先生…」
冷ややかな霧切さんの声がボクの言葉に割って入った。薄紫色の瞳が戸惑ったように揺れてから、彼女は薄い唇を開く。
「私がしているのは、和服の話です」
「あ……」
その一言でボクは合点がいった。時既に遅し…。完全にボクは日向クンについて話をしてしまった。そして霧切さんはそれを見抜いている。自分の失態に気付いた時にはもう尽くす手はなかった。後ろから畳を擦るような足音が聞こえる。足音の持ち主である江ノ島さんが、向かい合うボクと霧切さんの間に入った。
「ねぇ、霧切…。もしかして、アタシの負け?」
「そうみたいね」
「………え?」
2人が何のことを話しているのかさっぱり分からない。満足そうに微笑んでいる霧切さんとは対照的に、江ノ島さんはチッと舌打ちをして面白くなさそうにしている。立ち尽くしているボクに日向クンが近付いて、声を掛けてくれるが、ボクは聞く耳が持てない。そうこうしている内に江ノ島さんと霧切さんは連れ立って、茶室から出て行ってしまった。


「狛枝、スレッドのことは気にするな」
「………分かってるよ」
「まだ単なる噂で済んでるんだし。…元気出せよ。な?」
「うん…」
「お前は悪くないよ」
「………。そうだよね、ボクは悪くない。悪いのは、キミ」
「はぁ…? 何でそうなるんだよ!?」
「キミの和装がカッコ良過ぎるのがいけないんだ!」
「…、そう来たか…っ。ああ、もう…お前は…っ」
「うわっ、ちょ…ちょっと苦しいよっ日向クン」
「…俺は悪くない。悪いのは、お前だ」
「何それ。ボクへの当てつけかい?」
「狛枝、お前が可愛過ぎるのがいけないんだ…!」
「!? ………っ、んぅううう…ひなたクンの、バカ…」

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65.紅葉の話 : 11/23
電車から降り、駅のホームに立つと秋の風が冷ややかに頬の温度を奪っていく。もう大分寒くなってきたよな。電車の乗客もほとんどコートを着ているし、中には完璧にダウンで防寒している人もいた。改札を抜けて道路へと出ると、黄色い枯れ葉が街路樹の下に溜まっている。花見の時と同じ場所なのにこうも違うのか。隣の麗しき恋人は寒々しい秋空を見上げ、感慨深げに溜息を零した。


「秋も深まってきた…、というかもう冬が目の前だね」
狛枝の言葉に「そうだな」と返して、それとなく右側へと体を一歩近付ける。すると彼はクスリと微笑んで、向こうからも俺の方へと歩を寄せてくれた。春に桜を見た池の周りとは反対側にある遊歩道を、狛枝と2人で歩いていた。両脇にある紅葉は苅安色、橙色から茜色へと色が移り行き、赤いものはチラホラと葉が落ちているようだ。
「花見に行ったのって3月の終わりだったか?」
「うん、まだ4月じゃなかったよね。あれから半年以上経ったんだ…」
「長いような短いような…。何だか不思議だな。桜見た時の記憶…、すごくハッキリ残ってるんだ。昨日のことみたいにさ。でもあの時の俺と今の俺って違うんだよな」
「うん。具体的にどこが…っていうのは言えないけど。確かに変わったよ…、キミ」
「狛枝も変わったか?」
問い掛けると彼は小首を傾げて、「どうだろうね?」と冗談っぽく返す。紅葉狩りは花見の時より落ち着きがあった。場所の問題なのか時期の問題なのかは分からないが、出店が並んでおらず、家族連れもそこまでいない。狛枝は地面から紅葉を1枚拾い上げた。虫食いもなく綺麗に色づいているそれを太陽光に透かしている。
「綺麗だよね。落ちちゃうのが勿体ないよ」
「桜もそうだけど、紅葉も割とすぐ終わっちまうよな」
遊歩道が途切れて、小川が流れている橋の上を通った。透明な水の上を下流へと逆らうことなく鮮やかな紅葉が何枚も流れていく。そのまま進んだ先には滝があり、上から覆うように影を作っている紅葉との組み合わせが絶景だと話に聞いている。
瑞々しい緑から深く美しい赤へ。紅葉は寒くなれば染まるし、人間だって時間が経てば変わってしまう。不変なものの方が世の中は少ないのだ。だけど変わったとしても俺は狛枝を愛しているし、一緒にいたいと思う。どんなに変わっても彼は彼だから。
「狛枝…」
「…うん? なぁに? …日向クン」
「愛してる」
「……っ急に、何で…、」
「言いたくなったんだよ、急に」
嘘。本当はいつでも言いたい。四六時中腕に狛枝を抱いたまま、ずっと愛の言葉を囁き続けたい。俺はバカだから愛情をどう表現したら良いか、他に方法が思いつけないんだ。どんな言葉を掛ければ良いんだ? どんな態度で接すれば良いんだ? もっともっと狛枝にこの気持ちを伝えたい。何よりも深い愛で狛枝を蕩けさせたいのに、俺には相応しい言葉や振る舞いを見つけることが出来ない。俺が黙ってしまったのを見た狛枝は人目を見計らって、きゅっと手を握ってきた。
「日向クン…」
「…何だ? 狛枝」
「愛してるよ」
「な……、何で、お前まで…!」
「キミだけじゃないってこと」
繋いだ手に更に狛枝から力が込められる。目元だけで微笑した彼はそのまま俺を引っ張るようにして歩いていく。落ち葉を踏むサクサクという2人分の足音…。ふわふわした白っぽい髪が俺を振り向く度に揺れる。ああ、狛枝…。やっぱり俺にはお前だけだよ。俺の不安をこんなにも簡単に取り除いてくれるだなんて、本当にお前はすごい奴だな…。
力の入らなかった手をぎゅっと握り返すと、狛枝は口角を上げて綺麗に笑った。そんな顔を見せられたら、もう愛しさで胸がいっぱいだ。早歩きで彼を追い越し、今度は俺が彼の手を引く。遊歩道から逸れた茂みへと進んでいき、そこでパッと手を離した。
「日向ク…、んぅ…!」
紅葉の幹に体を押し付けて、狛枝の桜色の唇にキスをする。彼は俺の胸を押して必死に抵抗していたが、やがてその手からは力が抜けてしまった。唇を僅かに開けて、俺の舌を優しく迎え入れてくれる。狛枝の甘い舌の味とキスの合間に漏れる切なげな呼吸。それからはもう止まれなかった。夢中で貪るように口づけを交わす。ちゅっと音を立てて唇を離すも、またどちらからともなく啄むようにキス。
「こまえだ…」
「んぁ…、あ…ひなたクゥン…」
いくら紅葉に隠れていようと、今は日中でここは屋外だ。でも狛枝への愛しい気持ちを止める術を知らない俺は、彼の息が切れてしまうまでキスをし続けた。


……
………

「ちょっと明るくなってきたかな? もうすぐ12時だし、お昼には丁度良いよ」
「ああ、そうするか!」
遊歩道の折り返し地点を通って、俺達は再び紅葉の下を歩いている。彼の言う通り、腹が減ったな。桜並木まで戻ってきたが、春にはあった出店は出てないみたいだった。公園から出たら駅は近いから店はいくらでもあるだろう。狛枝は何が食べたいかな? そんなことを考えながら2人で1番近い公園の出入り口に向かおうとした所だった。
「お久しぶりですね、創…」
俺と良く似た声が不意に左側から掛かった。声がした方を見ると、紅葉がハラハラと舞い散る中に黒いコートを着た男が忽然と立っている。コートの下はこれまた黒いスーツで、更に手袋も靴も黒い。そして鬱陶しいほどに長い黒髪。全てが黒ずくめのその男はまるでカラスのようだった。彼は俺を紅い瞳でじっと見てから、隣にいる狛枝にも遠慮のない視線を投げかけた。
「出流…」
俺は紅い視線を真正面から受け止める。ふらりとここに立ち寄ったなんてことは絶対にない。出流は目的を持って、俺達に会いに来たのだ。狛枝との仲を認めず、掻き乱してくる厄介な存在…。しかし皮肉なことに、彼は俺と全く同じ顔をしていた。
「何か用か? 俺はお前に話はないぞ」
「ええ、知ってます。…まだ彼と一緒にいるんですね」
「まだ? いや、ずっと一緒にいるよ」
「………」
俺の返答に出流は眉をピクリと動かした。そうだな、前の俺だったら真に受けて憤っていたかもしれない。でも今は違う。出流に挑発されているにも関わらず心は平穏を保っている。落ちてきた出流の言葉が静かに心に水音を立てて、波紋を均等に広がらせていた。狛枝がいるから…。彼の愛を信じているから。だから何も怖くない。彼に愛されていると自分に無理矢理言い聞かせていた過去とは違うんだ。誤魔化していた心の奥底に眠る不安も狛枝が全部消してくれた。
「変わりましたね…、創」
「人は変わるもんだろ?」
「……そうですね。もう気持ちは揺るがないんですか?」
「ああ。俺は一生こいつと生きていくよ」
「あなたも?」
出流は今度は狛枝に問い掛けた。狛枝は俺に寄り添うようにくっついて、さり気なく指を絡める。互いに冷え切っていた指先が段々と熱を持ち温かくなっていく。隣を見ると灰色の瞳は迷うことなく出流の方へと向いていた。
「うん。ボクもずっと彼の傍にいる…。迷いは消えた」
「………。あなたも変わったんですね…」
「…キミのお陰で変われたんだよ。感謝してる。ありがとう、神座クン…」
「感謝される覚えはありませんが」
「良いから素直に受け取っておけよ」
僅かに眉間に皺を寄せて腑に落ちないという顔つきをしていた彼だったが、俺の言葉に頷いて「じゃあ受け取ります」と返してきた。あれ? 出流ってこんな奴だったっけ? もっと捻くれている性格だとばかり思ってたけど。
「お前も変わったんじゃないか? 出流…」
「創がそう思うなら、そうなのかもしれません」
出流は目をスッと閉じて、静かにそう言った。1秒、1分、1時間…。小さな時間を積み重ねて、少しずつみんな変わっていくんだな。当たり前のことなのにしみじみと感じ入ってしまう。出流はふっと息を吐くと顔を上げた。はらりはらりと落ちていく茜色の紅葉。真上にひらりと舞ったその1枚を、彼は動きを予測していたかのように容易に掌に乗せる。そしてカツンと靴音を立てて、踵を返した。
「聞きたいことは聞けました。紅葉も見れました。…僕は帰ることにします」
「あ、おい! 出流…っ!」
「家の方は何とかなっていますから安心して下さい」
「…そっか、悪いな。本当にお前には迷惑掛けた…。いつか借りは返すよ」
「本当に悪いと思っているなら、その男を捨ててさっさと家に戻りなさい」
「それだけは断る」
横目に振り向いた出流は「さようなら…」と告げると公園の奥へと行ってしまう。俺も狛枝も彼の姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。
「もしかして、神座クン…ボク達のこと認めてくれたのかな?」
「…そうだと良いな」
ありがとう、出流。お前が認めてくれたのならその気持ちに報いよう。俺は手の中の温もりを握り直した。向かい合うように重ねて、恋人繋ぎ。公園の外に出たらこの手は離さなければならない。
「狛枝、もう少しだけ…ここにいても良いか?」
「ふふ…、ボクも丁度同じこと思ってたんだよ。…キミとまだ手を繋いでいたいって」
目を細めて狛枝は綺麗に微笑んだ。10年後20年後の遠い未来も、"今"を積み重ねることで行き着く。狛枝と過ごす今をいつまでも…。狛枝と繋いだ手は体のどの部分よりも温かかった。

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66.内側の話 : 12/1
「はぁ…、はぁ…! ひなたクゥン、早く…はやくぅ!」
涎を垂らしながら狛枝がうっとりとした表情で強請ってくる。そう急かさなくても分かってるよ。俺は押入れから最後の仕上げである"それ"を取り出した。リビングの中央に再び姿を現した炬燵。"それ"というのは炬燵の上に乗せる白い天板である。

『日向クン、明日から12月だよ! 明日というか3時間くらいで12月だよ!』
『? ああ、もう今年も後1ヶ月だな…。師走ってやつか。あ、年賀状そろそろ準備しないと』
『もう! 何言ってるの? そんなことどうでも良いよ! 12月って言ったらアレでしょ?』
『は? アレって何だよ』
『っ酷いよ、日向クン! 「アレは12月まで我慢しろ」ってボクに散々言っておいて自分は忘れるだなんて!』

半泣きの狛枝に一時は何が起きたのかと狼狽えたが、話を聞いてみれば『炬燵を出せ』との強い要求だった。炬燵は狛枝が愛してやまない家具の1つである。思い返してみれば3月に炬燵を仕舞う時に『次出すのは12月だからな』ってあいつに言ったような気がする。すっかり忘れてたけど…。彼にとってその言葉は炬燵と再会するための秘密の呪文だったのだ。
「よっと…、これで炬燵の完成だ!」
「やったぁ、炬燵だ〜! あはっ、日向クン…ありがとう! 大好き!」
「ははっ、どういたしまして!」
狛枝は俺に横から抱き着いて、頬にちゅっと軽いキスをした。炬燵を出すだけでこんなに喜んでくれるなんて…。それに11月も終盤はかなり寒かったというのに、12月まで炬燵を律儀に我慢して狛枝はすごく偉かったと思う。
「スイッチ点けよう! スイッチ!」
「弱めにしておけよ? あ、お茶持って来る。逆上せちまうからな」
「うん! あぁん…ッ、炬燵ぅ…炬燵ぅ〜…」
スイッチをカチカチと調節して、まだ温まっていない炬燵にふにゃふにゃとした幸せな表情で収まる狛枝。ちくしょう、可愛いぞ…! お茶の入った湯呑とみかんの籠を炬燵の上に乗せると、狛枝は待ってましたとばかりにみかんを1つ手に取った。今年は袢纏も準備したんだよな。俺のは千鳥格子が浮かんだ暗めの黄緑色に点々と小花模様が刺繍されている物で、狛枝のは青味がかった緑色に可愛らしい白兎がぴょんぴょんと跳ねている物だ。炬燵とみかんと袢纏。3つ揃うとすごく定番って感じがするよな。テレビを見ながらパクリとみかんを口に放り込む袢纏姿の狛枝を見ながら、俺も炬燵布団を捲って中に足を入れた。
「あ…!」
「ふふふ、良い感じに温まってきた所だよ」
足の爪先からじんわりと炬燵の熱が伝わってきて、足首…ふくらはぎ…膝へと昇ってくる。炬燵ってこんなに温かかったんだ…! 久しぶりの感覚に妙に感動してしまい、俺はゆっくりと腰を落ち着ける。すごい、すごいぞ! じわじわと温もりが体を優しく包み込んで、芯から温まる。今年は炬燵を出すのを先延ばしにしていたからだろうか。こんなにも炬燵に感動するなんて初めてのことだ。
「日向クン、はいっみかん!」
「お、サンキュー。剥いてくれたんだな」
「炬燵出してくれたお礼だよ。ちゃんと筋も取ってあるからね」
狛枝が自分以外のために直々にみかんを剥いてくれるだなんて、珍しいこともあるもんだ。炬燵の威力って凄まじいんだな…。綺麗に剥かれたみかんを受け取って口に入れると、甘酸っぱいジューシーな味がいっぱいに広がった。


……
………

うう、これは不味いぞ。俺は炬燵布団の中で僅かに身動いだ。何ということだ…。ぬくぬくと温まってくると、不思議なことに炬燵から出たくなくなってくる。たかがそれくらいのことと笑うかもしれないが、これはこれで大問題である。心も体も怠惰レベルが急激に上昇して、とにかく動きたくなくなるのだ。炬燵とは地上にある最も人類に近しいブラックホールなのだと、かの制圧せし氷の覇王が難しい顔で話していた。彼は無事捕らわれずに済んでいるだろうか…。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
「ああ…」
トイレは流石に我慢出来ないよな。そそくさとリビングの外へと向かう狛枝を見送りながら、俺はボーっとテレビを眺めていた。そろそろ寝た方が良いのかもしれない。だが寝支度をするのが面倒だ。炬燵から出たくない。幸いにも風呂は2人とも済ませてあるから良いんだけど。まずは炬燵のスイッチを切らねばならない。狛枝が戻ってきたら言おう。勝手に切ると絶対怒られるしな。
「ただいまー」
「おかえり、狛枝。……なぁ、もうそろそろ寝ないか?」
「…え。それって、炬燵から出るってこと?」
「そうだ」
途端にしゅんと悲しげな顔になる狛枝。捨てられた子犬のような傷ついた表情に、俺の胸がズキズキと痛みを訴える。折角12月まで我慢したのだ。もしかしたら指折り数えてこの日を待っていたのかもしれない。炬燵を出してくれと強請る彼の蕩けそうな顔を思い出して、俺は唇を噛んだ。
「やっぱりもう少しだけここにいるか…。夜更かしは良くないけど」
「日向クゥン…!」
ネフライトの瞳をうるうると輝かせて、狛枝は俺の名前を愛しげに口にする。悲愴な面持ちが掻き消えて、炬燵に入った時のようなふにゃふにゃの蕩けた顔に戻った。ああ、俺はどうしようもなく狛枝に弱い。絶対に勝てない。自分の甘さにひっそりと溜息をついていると、炬燵の中で何かが俺に触れた。
「っ!?」
何だ? 今確かに太ももに何か当たったような気がしたけど…? 狛枝はのんびりと煎餅の袋をピッと開けて、割れたその一欠片を口に入れている。俺に構うような素振りは一切ない。首を傾げたが、その後はしばらく何も起こらなかった。気の所為、か。しかし再びテレビに集中した所でまた太ももに触れるものがあった。ハッキリと伝わる。ぐっぐっと俺の太ももを押しながら、段々付け根の方へと移動してくる。そしてスエットの股間部分を挟むようにぐりぐりと優しく刺激してくる。
「こ…、まえだ…?」
「………」
犯人と思しき人物の名前を呼びかけると、彼は口元だけでニヤリと笑ってみせた。やっぱりお前か…! そっと炬燵布団を捲ってみると、狛枝の足先が俺の息子を両側から包み込むように踏みつけていた。絶妙な力加減だ。根元から持ち上げるようにして幹を擦って、繊細な動きで俺の欲望を高めていく。視界に収めてすらいないのに俺の感じる所が分かっているのかよ、こいつ…。狛枝は頬杖を突きながら楽しそうに俺の顔を窺っている。
「気持ち良いかい? 日向クン…」
「っ……、お前、な…! この…っ」
「声、出しても良いんだよ? 聞かせて…? キミのエッチな声…」
テーブルに顔を寄せ、上目遣いの彼が色っぽい声で囁く。ゾクゾクしながら俺は目を閉じて、快感に身を委ね始めた。幹の裏側をススッと爪先が撫でて、先端をマッサージするようにふにふにと親指で押してくる。堪らない…。あっという間に成長しきったそれはパンツの中で窮屈そうにもがいている。先走りもたっぷりと零れていて、湿った布が纏わりついてきて気持ち悪い。
「はぁ…あ、あっ……、く…んんっ…!」
「もっとボクで感じて…? 日向クン…」
「ハ…、ハァハァ…ふ、……うぁ…っ」
更に狛枝の足の動きが激しくなる。下から上へと素早く擦り上げて、優しく揉み込みながら、たまにぎゅーっと容赦なく踏んづけた。ヤバい…、気持ちいい…! だけどこれだけじゃ足りない。俺は狛枝の足に触れ、待ったを掛けた。震える手で自分のスエットのゴムを引っ張ると、案の定その下にあるパンツの中央部分には染みが出来ている。そして勃起した本能に引っ掛かりながらもパンツも下げた。ギンギンに硬くなり、涎を垂らしているグロテスクな生き物が姿を現す。
「…日向クン?」
炬燵の向こう側で見えていない狛枝は、俺が何をしているのか分からず小首を傾げている。大人しく俺の言うことを聞いて待っている狛枝の白く綺麗な足を、そっと俺の一物に触れさせてやった。くちゅりと濡れた音が小さくする。彼は足先の感覚を捉えたのだろう。ハッと息を飲んで恐る恐るといった様子で緩慢に足を動かし始めた。
「あ…、すごいよ。こんなに…濡れてる、日向クンの」
「狛枝…、いい、いいぞ…。あ、…感じる……っ」
「はぁはぁ…、聴こえるよぉ…クチュクチュって…あっあっ…」
見ると狛枝は涎を垂らしたはしたない顔で余裕なく息を乱していた。煎餅はテーブルの上に放り出して、後ろに手を突いて上体を逸らしている。スエットの上から擦るよりも俺の状態がハッキリ分かるからか、さっきよりも足の動きが細やかになってきている。鈴口から先走りが滲み出るのが面白いらしく、「ふふ…ふふふ…っ」と薄ら笑いを浮かべながら濡れた音を楽しんでいる。
「あはぁ…! どんどん出てくるね! ボクの足もベトベトだよ…。ちょっとだけ踏むよ?」
「くぁ…っ!! ふ、ぐ……っん、あ、こまえ、だぁ…」
「あ、あぁ…きもちいね、ひなたクン…。ふふ…ボクも、いいよ? んぅ、ここが…裏筋」
「っ、そこは…、や、……う…、ふぅ…ん、」
「先も、もっと弄ってあげるね…っ。おっきくなったキミの…硬くて、っあァん…ッ!」
狛枝の足で擦られるのは気持ち良い。踏まれることで新たに痛みを併せ持った快感を知ることが出来た。でも違うんだ。もっともっと気持ち良くなりたい。きつく締め付けてぬるぬると纏わりつく小さな穴に無理矢理押し込んで、ぎゅうぎゅうに搾り取られるあの感覚。いつまでも俺を咥え込んで離さない厭らしい狛枝の…。思い出しただけで体の熱が急上昇してきた。そうなるともう止まれない。突っ込みたいという男の性だけが思考回路を支配する。俺は一物を弄っている狛枝の足をガッと掴んだ。
「狛枝…!」
「わっ! な、何…、日向クン…。急に足引っ張ったらビックリするよ」
「挿れたい…っ」
お前の中に入って、ぐちゃぐちゃに突きたい。俺の切羽詰まった視線を受け取った彼はサッと顔を赤くする。唇をわなわなと震わせて、恥ずかしそうに「日向クン…」と呟いた。つい先ほどまで大胆に俺の股間を弄り回していたなんて思えないくらい、純粋で慎ましやかな仕草で興奮とは別の意味でドキッとしてしまう。
「ちょっと待ってくれるかな?」
俺の足元から白い足を引き戻した狛枝は、何やら炬燵の中で体をもぞもぞさせている。やがて彼は寝そべり、俺の視界から姿を消した。あれ? 俺の言ったことに同意してくれた…んじゃなかったのか? 一休みしてからするという意味だったのだろうか? しかしそんなことを悩む前に狛枝からアプローチがあった。
「…、あ、狛枝…っ?」
炬燵布団からにょきっと狛枝の両足が出てきたのだ。見えているのは足の裏。潜ってるのか? 筋肉が綺麗についた生足…。するりと撫でてやるとビクンと足が揺れる。……あれ、何で生足なんだ? 狛枝も寝間着を着てたはずなのに。疑問に思って布団を捲って中を覗き込む。そこには衝撃の光景があった。格子の掛かった熱源の下に狛枝のスッとあがった滑らかな白い尻ときゅっと窄まった淫猥な穴が見えた。つまりあいつは下半身に何も身に着けてないということだ。
「ひ、なたクン…、早く…挿れて?」
物欲しそうに懇願する狛枝の声が炬燵の向こう側から聞こえる。音は籠っていないから頭は外に出ているのだろう。それにしても…と俺はもう1度布団を捲った。炬燵という日常の中にこんなに厭らしいものが隠されているなんて。熱源の光で狛枝の後孔がヒクヒクと収縮しているのが視認出来る。半勃ちの本能と双球は潰されて可哀想なことになっていたが、熱源に触れて火傷を負うよりかは遥かにマシだろう。
「ちょっと待ってろ…。今…行くから」
体を炬燵に潜らせて、穴の位置を指で確認する。中指をつぷりと突き入れると「んぅ…!」と苦しげな声が聞こえたが、ぬぷぬぷと出し入れしている内に「あん…、ふあぁ…ぃ…んんっ…はぁ、」と熱っぽいものに変わった。ぎゅうぎゅうに締め上げるそこを指を増やして優しく解していく。炬燵の温かさも功を奏したのか、すぐにふやけて柔らかくなった。
「挿れるぞ、狛枝…っ。あ、ぐ……、くっ…、ふっふ…」
「あぁあ…ッ! やぁ…おっきぃ…あふ、ボク……っアはぁ…ん」
しっとりと濡れて、そして熱い狛枝の内側。相変わらずの締め付けは極上で、適度な湿っぽさも最高だ。その心地好さに俺は息を大きく吐いた。奥まで収めて一息ついてから、ゆっくりと抽挿を開始する。今の俺達を外から客観的に見たら、炬燵でだらけているだけだと思うだろう。でも中では繋がっていて、ふしだらに交わっているのだ。
ガタガタと炬燵が揺れて、上に乗っていた湯呑がカタンと倒れた。天板をコロコロ転がるそれは僅かな緑色の水溜りを作っただけでピタリと止まる。どうやらお茶は全部飲み干していて、中身は空だったようだ。片付けるのは後回しだ。気にせず行為を続ける。
「んふ、あ…熱いぃ…日向クゥン…、あつ、いよぉ…!」
「ああっ…俺も…。狛枝の中、燃えるように…熱い…、ふ…はぁ…」
「…んぁ…ちが、違うよ…ひなたクン…こたつぅ…腰が…あつ…ッ」
スイッチ切った方が良いよな? コードは幸いにも俺のすぐ近くにある。でも後少しの所で手が届かない。炬燵から体を出せれば届くんだけどな。
「ぁ、狛枝…、1回抜くぞ…?」
「やだぁ、抜かないで…! ひっく…抜いちゃやだよぅ…ッ」
子供がお気に入りのオモチャを取り上げられたら泣き出すように、狛枝も快感を奪われると泣いてしまうのだ。俺は腰を動かしながら、スイッチとの距離を測る。やっぱり腕を伸ばしても届かないな。このままだと狛枝が炬燵で干からびてしまう。でも抜くことは許されない。………。!? …そうか、分かったぞ! 頭の中でカチリとピースが嵌る音がする。これなら全ての条件を満たしたまま炬燵のスイッチが切れる。俺は早速狛枝に声を掛けた。
「狛枝、そのまま炬燵に潜れ…!」
「アンッ…ひぃ……え、何で…ボク…あついの、に…ひなたクン…あぅ…」
「良いから! 俺を信じろ、狛枝」
「んぅうううう…!」
ぽんぽんとこちら側に出ている足を軽く叩くと、彼は渋々それに従ってくれた。結合部が押されて、俺は流れのままに体を引く。狛枝の足はそれに伴ってどんどん出てくる。俺が普通に座る体勢に戻った時には狛枝の足は炬燵の外に太ももまで飛び出していた。よし、これで炬燵のスイッチに手が届く。やっとスイッチをオフにしてホッと一安心。これで狛枝が炬燵で干からびてダウンするという不運を回避出来た。
「…ふぅ。……狛枝、無事か? もう熱くないよな?」
中の様子を見ようとパッと炬燵布団を捲ると、目の前に滑らかですべすべとした白い尻と俺の一物を飲み込んでいる淫靡な後孔があって、俺は一瞬固まってしまった。小さかった穴がみちみちと広がって、挙句の果てに襞は俺の先走りでびっしょりと濡れている。艶々とした尻をそっと撫でると薄らと汗を掻いていた。これは…、ヤバいぞ…!!
「日向クン…、スイッチ切ってくれたんだね。ありがとう、もう熱くないよ」
「…そ、そうか」
今の彼は頭も炬燵の中に入っているから声もどこか遠い。狛枝の声に合わせて、穴も嬉しそうにきゅっきゅと締めてきた。捲った布団を天板に挟んで、俺は結合部を凝視しながら腰を振った。内側に籠っていた熱と共に狛枝の喘ぎ声が外へと出て行く。
「あ……ふぁ…、んむ…、あ…だめ……、ひな、ぁ…クン…!」
「はぁ…、こまえだ……あっ…、きもちいい…、ふっ」
「…っひゃ……そこ、そこ……んぁ…、あ、あ、あぁッ…」
白い尻はビクビクと震えながら、クチャクチャと卑猥な水音を奏でている。俺が見えているのは狛枝の尻だけ。快感に悶えている表情が見えないことが逆に興奮材料となる。
「狛枝…、も、もう…俺……、無理だ……、出したい、ぁ」
「んふぁ…、いいよぉ…。そのまま、きて……、ボクも…あ、あっあぁン…!」
「う……、あ…出る……、こまえだぁ…あ、あ……うぁ、」
ビリビリと全身が震撼して、狛枝の中へと熱を吐き出す。痛いほどに締まったそこに全てを搾り取られて、俺は果てた。狛枝もガクガクと腰を痙攣させた所を見ると、どうやら達したようだ。炬燵で温まっているよりもずっと体が熱い。俺の額からぽたりと汗の雫が落ちていった。

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