// Mirai //

20.相手の話 : 4/17
担任をしているE組の終礼を終えて、俺は教室を出た。キュッと廊下のリノリウムにシューズが擦れて音を立てる。
「………」
俺の視線は廊下の先にある階段…ではなく、無意識に前を向いていた。この学校は一学年6クラスあって、生徒達のロッカースペースを挟んで3クラスずつ向かい合うように教室が並んでいる。E組の正面にあるB組は狛枝が担任をしているクラスだが、扉は閉まっており、擦りガラスの向こう側では生徒達が歩き回っている様子が窺い知れない。恐らくまだ終礼の途中なのだろう。
「ちょっと、早かったか…」
落胆にぽつりと声が漏れる。バッタリ狛枝と顔を合わせられるように、終礼の長さを調節したつもりだったが、どうやらタイミングを外してしまったようだ。壁2枚と廊下を隔てた向こう側を予想するのは、大分骨が折れる。ほとんど勘だ。なので今まで1度しか成功した試しがない。
1度きりの『偶然』は一昨日の出来事なので、記憶に新しい。俺とかち合って、思いもしない幸運にそわそわする彼はとても可愛かった。流れで一緒に職員室まで行く道中、さり気なく俺と会話をしようとするも、狛枝は緊張していたのか噛んでしまったのだ。あの時の衝撃はすごかった。恥ずかしそうに俺から顔を背けた狛枝。その頬がほんのり赤く染まってるのに気付いた時は、もう倒れてしまいそうだった。
同じ学年担当というのは思いの外 接点がある。イベント関係は当たり前だが全て同じで、生徒の指導方針や生活についても意見を交わすことが多い。新学期を迎えてから公私共に狛枝要素満載で、俺は順風満帆な毎日にかなり満足していた。


廊下に出ている生徒達に捕まりながらも、やっとのことで目的地である職員室に到着した。部屋の引き戸は大きく解放され、教師だけではなく生徒も自由に行き交っている。1日の授業を全て消化した解放感からか、どの生徒も力が抜けた表情で声も明るい。授業で分からないことがあるのか熱心に質問しに来ている生徒、体育着のまま部活が始まってしまうと顧問を急かしている生徒、掃除の最中らしくエプロンを着たままで無駄話に花を咲かせる生徒…。
喧騒に塗れた職員室。しばらくは集中して事務処理をすることは不可能だろう。俺は自分の席に着席して、ぐっと背を逸らす。まずは散らかった机の上を片付けてしまうかとジャージの腕を捲った所だった。
「ひ、な、た、セ、ン、セ〜♪」
思春期の少女特有の伸びやかな声が左上から聞こえた。大人の女性とは違う爽やかな甘さを含んだ生き生きとした声色に、俺はふいに嫌な予感がした。…そう、嫌な予感だ。俺の記憶と予想が正しければ、その声の持ち主はとんでもなく面倒な奴だった。厄介事しか持ってこない超高校級の問題児だ。不真面目そうな見た目に反して、意外と頭が回り、教師の中でも彼女のあしらい方を知っている者は少ない。
「ねぇ〜え? ちょっとぉ、ムシしないでよー!」
拗ねたような苛立ちを含んだ声に、俺はゆっくりと視線を左に向ける。予想は、的中してしまった。
「………江ノ島、か」
江ノ島 盾子。俺のクラスの女子生徒だ。所謂ギャルである。彼女はボリューム満点なピンクベージュの髪をツインテールにして、白と黒のクマの髪飾りで結っていた。折角可愛らしい顔立ちをしているのに、濃い目のメイクで台無しになってると俺は思う。シンプルな黒いシャツの胸元は大胆に開いていて、首からはリボン付きの白黒ネクタイを緩く下げている。赤いチェックのスカートは丈が短く、階段でも登ればパンツが見えてしまいそうだ。
「スカート、短過ぎるぞ。下げろ」
「そっかなー? センセが言うならそうかもね。じゃあ日向センセ、好きなだけ下げてぇ〜!」
スカートを翻し、俺を見てニヤニヤする江ノ島。男の俺がスカートに触れられる訳がないと分かって言ってるのだ。出来ないことを吹っ掛けて挑発する。こういう所が江ノ島のやりにくい所なんだよな。
「グダグダ言ってないで、自分で下げろ。それと上履き踏んで歩くな。ちゃんと履けって言っただろ? 転んで怪我でもしたらどうするんだ」
「キャハハッ! センセ、心配してくれんだー。やっさしー。つーかアタシ、転ばねぇし。ドジっ子属性ないもん! 転ぶとしたらァー、おねーちゃんの方だよね!」
江ノ島が体を逸らすと、その後ろから黒髪をショートカットにした少女が現れた。学校指定の黒い標準ブレザーに、紺色のボウタイ。スカート丈は膝上15cmほどで、江ノ島と比べて大分模範的な印象だ。まぁ、江ノ島と並べば誰でも相対的に模範生に見えるが。そばかすが散った気弱そうな彼女の顔には見覚えがあった。
「…戦刃もいたのか」
戦刃 むくろ。江ノ島の双子の姉で、彼女もまた俺のクラスの女子生徒だ。女子陸上部に所属していて、その輝かしい大会記録は俺も話に聞いている。江ノ島の後ろに隠れていたので、気付かなかった。「じゅ、盾子ちゃん…っ」と江ノ島に言葉を投げるも、それ以上は強く言えないらしい。戦刃はモジモジと俺と江ノ島を交互に見やって、口を噤んでしまった。良く見ると彼女の手には学級日誌がある。そういえば今週の週番はこの2人だったなと俺は黒板に書かれた名前を頭に浮かべた。
「週番ご苦労様。学級日誌書いてくれたんだろ? ありがとうな、戦刃」
「は、はい」
「ストップスト〜ップ! 渡しちゃダメ。そんなんだからお姉ちゃんはいつまで経っても残姉ちゃんなのよー」
「あっ……、ご、ごめんね。盾子ちゃん…」
江ノ島の赤と黒の毒々しいネイルで鼻の先をちょんと突かれた戦刃は、差し出していた学級日誌を引っ込めてしまった。この姉妹の上下関係がハッキリしているというのは昨年の担任から聞いてはいたが、まさかここまでだったとは…。だが叱咤されたはずの戦刃は目尻を下げ、何だか嬉しそうにも見える。
「ん? 何で止めるんだよ。日誌渡しに来たんじゃないのか?」
「そう簡単に日誌渡すと思う? ちょっとは考えろよ、脳筋ジャージ」
学級日誌を受け取ろうと伸ばした手を江ノ島にチョップで叩き落される。何なんだ…。しかも俺を脳筋ジャージ呼ばわりだ。キッと江ノ島を睨み付けると、彼女は楽しそうに「うぷぷぷぷ!」と妙な笑いを零した。ああ、本当にやりにくい。溜息混じりに頭をガシガシと掻いて、俺は江ノ島に言葉を投げかける。
「…考えろって、何だよ」
「担任に日誌届ける程度の簡単なお仕事にさー、このアタシが来てあげてるってことを察しろっつー話」
腕を組んで仁王立ちの江ノ島。くっと寄せられた柔らかそうな胸元から俺は慌てて目を背けた。男の狛枝と付き合ってはいるが、本来の性対象は女性のままだ。もちろん条件反射で反応はする。これは断じて江ノ島に気があるという訳ではなく、本能…男の性ってやつだ。
「あの…、私達……先生に聞きたいことが…」
「残姉ちゃんは黙ってて。アタシが聞くから!」
おずおずと話し出す戦刃を遮って、江ノ島はふふんと自信満々に鼻で笑った。聞きたいこととは何だろうか? 俺の担当教科は体育だから、解き方を教えるような問題などない。1学期は保健体育のように筆記試験もない。そんな思考の末、俺は気付いた。江ノ島の質問が個人的なことであることに。だとすれば何を聞かれるのだろう? 俺は眉間に皺を寄せつつ、彼女に水を向ける。
「……何だ? 答えられる範囲で答えるぞ」
「カンタンカンタン♪ センセってカノジョいんの?」
「………は?」
可愛らしい笑顔で江ノ島は言い放った。カラーコンタクトが入っているらしい青い瞳が真っ直ぐ俺に向けられる。カノジョって恋人のことか…? 脳裏を過ぎったのは、魅惑的な雰囲気を纏った妖しくも美しい恋人の顔だ。……いや、いやいやいやいや! ダメだ、そんなの言える訳ない。俺は無意識に首を振る。
「どーなの? センセ」
「お、俺のことはどうだって良いだろ? ほら、早く日誌…っ」
「ダァメ! 答えてくんなきゃ日誌は渡さねぇよ」
戦刃が持っている学級日誌に掌を向けるが、またも江ノ島に遮られた。グロスを塗った唇がニンマリと歪んでいる。思った以上に厄介なことに巻き込まれた。無理矢理にでも日誌を取り上げることは出来るが、生徒に対する暴言暴力には過敏になっている時代だ。中々強気には出られない。口を割らない俺に焦れたのか、江ノ島はずいっと前に1歩踏み出てくる。ふわりと香る花のような匂いは香水でもつけているのだろうか。最近の高校生はませている。
「いーじゃん、別に! 答えて減るもんじゃないしぃ?」
「お前に言う必要はないだろ…」
「まさかさぁ〜、その年でカノジョいないの? ん? 素直に言ってみ?」
「だから…っ!」
「日向センセはどーてーってことですかい? うぷぷぷぷ〜」
江ノ島はペロリと舌を出して、「ダサッ」と吐き捨てる。シュンとやかんが沸騰するように、顔が熱くなった。これが頭に血が登る感覚なのだろうか。バカにするような相手の言葉尻に俺はカチンと来る。
「いるよ。恋人くらい…!」
勢いで言葉が飛び出た直後、頭に集まっていた熱がサッと引ける。思わず、言ってしまった。生徒相手にムキになるなんて、大人気ない。少々後悔しつつも、まだ具体的に名前を上げた訳じゃないからセーフだと自分自身に言い訳をした。
「え…っ、うっそ〜。……それって、マジぃ?」
江ノ島は目を丸くして、ポカンと口を開けている。そんなに俺に恋人がいなさそうに見えたのか…。ちょっと悔しかったが、突き付けた事実に驚いている様子を見るのは意外と気分が良い。そうだよ、俺には恋人がいる。誰よりも俺を分かってくれて、愛してくれる最高の恋人。自慢出来ないのがとても残念だ。
「っもう良いだろ? 日誌渡してさっさと帰れ」
「〜〜〜っ、超超超超超、意外! こんなイモ臭いジャージ男にカノジョいるとかマジありえな〜い!!」
ありえるんだよ、バカ野郎! しかもイモ臭いとは何だ! 蔑むような言葉ではあったが、江ノ島の顔はキラキラと輝いていて何とも楽しそうだった。こんな表情は初めて見たかもしれない。
「盾子ちゃん、先生に日誌…」
「まだ! ねぇねぇ、相手どんな人っ? どんな人っ!? キレイ? カワイイ?」
戦刃から日誌を奪った江ノ島はそれを胸に抱えて、俺に質問攻めをしてくる。恋愛トークが好きな年頃の少女らしい笑顔だ。どうやって煙に巻こうかと悩んでいたが、その気は不思議と失せてしまった。

江ノ島の質問に答えるべく、俺は狛枝のことを考えた。ふわふわの白い髪に、抜けるような雪の肌。どちらも手触りが良く、何の気なしにその感触を確かめたくて、触れることは数知れない。どちらかと言えば狛枝は女顔ではあるが、20代も半ばを過ぎているし、決して男らしくない訳ではない。180cmを越える長身と、細身だがしっかりとした体つき。だけど形容詞的には『美しい』がピッタリと当て嵌まる。狛枝 凪斗はそういう男である。
いや、待て…。見た目だけなら綺麗系だが、中身はどうだ? 彼のクセなのか、小首を傾げる仕草。あれは可愛いにも程があるだろってくらい可愛い。酔っ払ってる時のとろんとした表情。あれも心臓がおかしくなるレベルで可愛い。子供っぽい悪戯を仕掛けてくる時のちょっと意地悪そうな笑み。抱き締めてそのまま離したくないくらい可愛い。それから…夜に快楽を求めて、「早くちょうだい」と入り口を自分で拡げて、俺に一生懸命おねだりする様子。食べてしまいたいくらいに可愛い。まぁ、食べるんだけどな。…となると、可愛い系か?

「何ニヤニヤしてんの? キモッ! つーかさっさと答えろよ」
「ああ、悪い。えっと…、どちらかというと、綺麗系、かな…」
見た目だけに関してはそうだろう。俺が照れながら答えると、江ノ島は「ぅげぇー。すっげぇリアルぅ〜」とげんなりした顔で呟いた。向こうから聞いてきたのに何でそんな反応なんだ。どうにも腑に落ちない。
「キチンと答えられて、エライエライ。ほいじゃ、日誌」
「漸くか…」
「ついでにもうちょい聞きたいことあんだけど」
「今度は何だ?」
秘密の恋人である狛枝のことを誰かに話す機会は滅多にない。寧ろ聞いてくれて構わない。どんと来い。内心そんなことを考えながらも、顔に出さないように努めて冷静に返す。しかし彼女は予想外の行動に出た。突然自分の手で自分の胸を鷲掴みにしたのだ。高校生にしては豊満な胸がぎゅっと寄せられて、俺は慌てて学級日誌で顔をガードした。
「お、おい! いきなり何やってんだ!」
「日向センセのカノジョって、おっぱいのサイズいくつ〜? アタシとどっちがおっきい?」
「バカッ、止めろって…!」
人の気も知らないでぐいぐい前に体を倒してくる江ノ島。それから逃れるように俺はイスを引く。戦刃は混乱しつつも俺と江ノ島の間に入ろうとしてくれていたが、江ノ島にパシッと手で撥ね退けられてしまった。
「ほらほらぁ〜、答えないともっと寄せちゃうよ? センセ、セクハラで訴えられるよ?」
「……っ、分かった、分かったから! 言うからっ……、その…江ノ島より……、ちいさい…」
「えっ? 聞こえなーい!」
「お前より、ち、…小さい! もう良いだろ!? いい加減にしてくれ!」
江ノ島は「はいはい」とダルそうに首を回しながら返事をした。しかし目敏く隣の戦刃に目を向けると、つけまつげでバサバサの瞳を爛々と輝かせる。そしてガシッと背後から戦刃を掴んで、後ろからその胸を揉み始めた。
「ひゃぅッ…! 盾、子ちゃん…、止めてぇ…!」
「ちょ、江ノ島! 止めてやれよ。嫌がってるだろ!?」
学級日誌で視界を覆いつつ、隙間から様子を窺う俺。可哀想に戦刃は為す術もなく、素直に江ノ島に胸を揉まれている。戦刃は大神や朝日奈と並び、卓越した運動神経を持っている。本来なら江ノ島に後ろを取られるような人間ではないのだが、そこは上下関係の影響だろう。
「ごめんごめん、これで最後にすっから! お姉ちゃんより、ちっちゃい? これだけ教えてよぅ〜☆」
「あっ、あうぅ……、日向、先生、見ないでぇ…」
「見てない! 戦刃、見てないぞ!」
いや、チラッと見えたけど。江ノ島よりかは小振りのそれが揉みしだかれる度に、戦刃からは涙混じりの悲痛な声が漏れた。

狛枝の胸…。うん、まぁ…小さいというか、ぺったんこだ。行為の前に1度だけ、狛枝は申し訳なさそうに「胸なくて、ごめんね…。日向クン」と謝ってきたことがあった。軽い謝罪などではなく、自分が男であることを本当に悔いていたようなのだ。その時は普段の4、5倍時間を掛けて、狛枝の乳首を責めてやった。白い肌に薄紅色の胸の飾りはとても良く映えて、味も一段と甘く感じる。
ツンと厭らしく尖った突起を吸って、舐って、噛みつく。喘ぎ声を引っ切り無しに漏らす狛枝は泣きながら、何回も「女の子じゃなくて、ごめんね。ごめん…」と言葉を繰り返した。何で泣く必要があるんだ。そんな憤りと共に、女に生まれたかったと咽び泣く彼を憐れに思った。だったら、分からせてやるしかない。俺の言葉と体で…。
『狛枝。愛してるよ。愛してるんだ、心の底から…。性別なんて、今更気にするもんか。女とか、胸だとか…俺はそんなつまらないことで狛枝を好きになったんじゃない』
胸元にちゅっと吸いついて、所有の証をいくつも残す。散っていく赤い花の数だけ、彼は俺に囚われていく。
『ひっく……でも、ひぁたクン…っ、ボクは…キミの赤ちゃんだって、…産んであげられない……! ううっ、』
『俺はお前さえいればいい。狛枝が狛枝だから、俺は好きになった。後悔なんてしてない…。お前だってそうだろ? 俺が男でも、同じように好きになってくれた。…違うのか?』
『ち、違わ…、ない…あっ……んぁ……ッひ、』
『好きだ。狛枝…。お前だけ。愛してる、ずっと。大好き、愛してる…、狛枝、こまえだ…!』
その後も泣きじゃくる彼の耳元に、俺は呪詛のように愛の言葉を囁き続けた。額から、瞼を経て、頬へ。鼻の先から、唇を交わし、喉元へ。雨のようにキスを降らせ、全身どこもかしこも唇と舌で愛した。胸は…弄り過ぎて次の日に腫れて、狛枝にはこっ酷く叱られたっけ。そんな夜もあったなと、俺は思いに耽る。

何故、狛枝も江ノ島もそこに拘るんだ。想いの強さは見た目だけで決まるもんじゃない。その人の内側が大事なんだ。江ノ島は恐らくそれに気付いていない。燻っていた心の炎が勢いを取り戻し、燃え上がる。俺は学級日誌を机の上にそっと置いた。
「……江ノ島、戦刃を離せ」
「ええ〜? 日向センセが答えてくれたら離す! うぷぷぷぷー」
「答える。だから先に戦刃を離してやってくれ。俺のことで巻き込まれるのは可哀想だろ」
「………。へーい」
いつになく静かな俺の言葉に江ノ島はパッと両手を離す。戦刃はそそくさとその手から逃れ、江ノ島の後ろでリスのように縮こまった。
「良いか? 江ノ島。そんなことで人の価値を決めたらダメだ」
「んだよぉ、説教かよぉ〜」
耳の穴を穿りながら、聞き流そうとする江ノ島だったが、俺は構わず言葉を続けた。
「そうかもな。今のお前には響かないかもしれない。だけど俺は言うぞ。見た目なんか関係ない。…大丈夫だ。きっとお前の外見に囚われず、ありのままを理解して、全てを許してくれる…。そんな人が現れるから」
「ぷぷっ、何クッセーこと言ってんだよ! 脳筋ジャージのクセに〜♪」
愉快そうに吹き出す江ノ島の後ろで、戦刃が両手をぎゅっと胸の前で握り締めていた。何か思う所があったのだろうか、江ノ島にチラリと視線を寄こしている。
「俺の恋人はな、…優しくて、健気で、可愛い。俺には勿体ないくらいの人なんだ」
「んなこと聞ーてねーし。そんで乳のサイズはいかほどなんですかっと」
「………ぺったんこ、だよ」
口籠りながらも言い切った。くっ、予想以上に恥ずかしいぞ…! 耳まで熱くなってるのが分かる。
「…ってことは残姉ちゃんより、ちっさいの!? ぶひゃひゃひゃひゃ〜、それって絶望的ィ〜」
「お前はそう言うかもしれないけど、全部含めてその人が好きだから、良いんだ。…関係、ないんだ」
「……日向先生は、本当にその人のことが好きなんですね」
今までずっと黙っていた戦刃が口を開く。それに頷いてみせると、彼女ははにかんだように笑った。一方の江ノ島は俯いて、軽く唇を噛んでいた。
「アタシの質問…、最後までちゃんと答えてくれたの、センセだけだよ。他の奴は『教師に向かって何だその態度はー』とか何とか言い出して、頭ごなしに怒るんだもん。……褒めてやんよ、逃げなかったことをさ」
「それはどうも…」
「これあげる。…他の先生にはナイショだよ?」
江ノ島はクスクスと含み笑いをしながら、何やら白いカードを俺の机の上に投げた。手に取ったやや厚い紙のそれは名刺のようだ。中央には『江ノ島 盾子』と名前が書かれていて、下には携帯番号とメールアドレスのような英数字の羅列がある。それに幾何学模様のような真四角の模様が左端に刻印されていた。
「おい、江ノ島…?」
一体この名刺は何なのか、聞こうと顔を上げた時には江ノ島も戦刃も職員室を出る所だった。俺の声はもちろん届かない。2人の少女と擦れ違うようにして、ビシッとグレーのスーツを着こなした見目麗しい細身の男が入ってきて、俺の心臓は跳ね上がる。俺の熱視線に気付いたのか、僅かにこちらに顔を向け、彼は頭を軽く下げた。だけど、それだけだ。颯爽と彼は自分の席につき、パソコンを立ち上げる。
江ノ島達と話していた方が、狛枝の存在を強く感じた。ああ、早くこの手に彼を抱きたい。週末まで待つなんて、拷問にも等しい。いっそ今夜襲ってしまうか。いや、今すぐにでも…。興奮を抑えられなくなった俺は、狛枝が1人きりになるのを虎視眈々と待つことにしたのだった。

Back 〕  〔 Menu 〕  〔 Next 〕 



21.賭けの話 : 4/17
「何なのよ、アレ! 知った風な口聞いちゃってさ。ありのままを理解して、全てを許す? っざけんな…」
ブツブツと呟きながら足早に歩いていく盾子ちゃんの後ろを、私はただ追いかけた。きっと盾子ちゃんが誰かにあんなことを言われたのは生まれて初めてなんだと思う。日向先生が言ったことはそれだけ彼女にとって衝撃だった。的外れなことを言われたのなら、笑って流すことも出来る。だけど盾子ちゃんがこんなに苛立ってるということは、きっとあの言葉は図星だったんじゃないのかな。私も彼女のことを全部理解出来ているとは思ってないから、これは予想の域を出ないんだけど。
「アタシはそんなカンタンに自分を明け渡したりしない……!」
「………」
踵を踏ん付けた上履きが1段飛ばしで階段を蹴る。ひらりひらりと舞う赤いチェックのスカートに、辺りにいる男子の視線は釘付けだ。いくら先生に注意されたとしても、それに従う義理はない。納得出来ないことに対して、盾子ちゃんは信条を曲げない意志の強い女の子だ。だからこそ私は彼女に憧れる。

高2のフロアまで辿り着き、盾子ちゃんはE組へと突き進んでいく。廊下に出ている人達は誰も掃除用のエプロンをつけてはいない。掃除は終わったようだ。お腹が空いたなら食堂へ、勉強がしたいなら別棟の図書館へ、部活をする人はそれぞれの場所へ。放課後の教室は帰ろうとしている子達ばかりだったけど、そんな中 窓際の一角に数人が集まっていた。
「あっ、江ノ島ちゃんに戦刃ちゃん! やっと来たー」
ぶんぶんと大きく腕を振っているのはC組の朝日奈さんだ。動きやすい服装が好きで、今日もジャージにショートパンツといった軽装だ。私が在籍している陸上部にも兼部で在籍しているので、結構仲は良い…と私は一方的に思ってる。
「…思ったより、遅かったですわね。それで首尾の方は如何でした?」
上品さを纏わせた独特の雰囲気を持つのはF組のセレスさん。確か本名はやす何とかさんなんだけど、彼女は徹底してクラスメイトに『セレスティア・ルーデンベルク』と呼ばせるように強いている。なので本名で呼ぶ人は誰1人としていない。
「遅くなったということは…、日向先生、中々話してくれなかったんですか?」
口元に指を当て、考えるような仕草をするのはD組の舞園さんだ。アイドル並みに可愛くて、男子人気はダントツだ。性格も穏やかで私なんかにも優しくて、天が二物を与えてしまったような人。こういう子に生まれたかったと私は心底羨ましく思う。
「日向の恋人の有無なんて、聞いてどうすんのよっ。下らないにも程があるわ…、全く」
ギリギリと唇を噛み締めて、文句を言っているのはD組の腐川さん。小説を書くのが趣味のようで、私も前に少しだけ読ませてもらったことがある。「ちょっと難しかったけどすごく面白かった」って感想を言ったら、「この、単細胞っ」と怒られた。今でも授業中に小説書いてるのかな。
「腐川は興味ないのか…。我は日向という男について、武道家として興味があるぞ…」
静かに低く響く声の持ち主はC組の大神さんだ。とても大きな体で百戦錬磨の雰囲気が滲み出ている。空手部に所属している彼女は、私の密かなライバルだったりする。朝日奈さんと仲が良くて、ドーナツ屋さんに2人で行ったりするらしい。いいなぁ、私も行ってみたい…。
「それで結果はどうだったんですか?」
「ちょっと待ってよ。まだ後2人来てないみたいだし…。……あ、来た来た」
舞園さんの質問にウインクをした盾子ちゃんだったけど、E組の教室に入ってくる件の2人を見つけると「おーい」と呼び掛けた。
「悪かったわね…。待たせてしまって」
クールにその場の面々に言い放ったのは、B組の霧切さんだ。すごく頭が良くて、毎回テストは上位に食い込んでいる。先生を理詰めで言い包めたりしたとかしないとか。何を考えているかちょっと分からなくてミステリアスだし、話し掛けても素っ気ないから、実を言うと苦手だったりする。
「ご、ごめんねぇ…。さっき掃除が終わったんだぁ」
ビクビクしながら、輪に入ろうとする小柄な子がA組の不二咲さんだ。思わず守ってあげたくなるような雰囲気の子で、小動物みたいに可愛いから男子から地味に人気がある。意外に大和田くんと話が合うみたいで、石丸くんと3人で良くお昼を食べてる所を見るな。


「さてと、全員が揃ったわね。お待ちかねの結果発表といきましょーか!」
盾子ちゃんは集まった一同に端から視線を投げかける。みんなゴクリと唾を飲み込み、盾子ちゃんの唇から出てくる言葉に注目した。
「日向センセは……」
「「「………」」」
「彼女持ち!!」
そう叫んだ言葉の後に、どっとその場が湧き立つ。7人の明暗はくっきりと別れてしまった。
「日向ほどの男なら、惚れる者は多いだろう。当然だ…」
「ぼくもそう思うなぁ。だって日向先生、すごく優しいもの」
「やったー! 当たったよ〜! ドーナツドーナツ!!」
「ふっ、…やはりわたくしは勝ってしまう運命でしたのね」
大神さんは満足気に腕を組み、うんうんと頷く。不二咲さんはニコッと微笑んで、大神さんに賛同した。朝日奈さんは大きく万歳をして、全身で喜びを表現している。セレスさんはさらりと髪を優雅に撫で、赤い唇を吊り上げた。彼女達は賭けに勝った人達だ。賭けとはワンサイドでは話にならない。つまり負けが必ず存在する。その負けた人達に、私は恐る恐る視線を動かした。
「冗談、ですよね? まさか日向先生に彼女がいるなんて…」
「そんな……。私の推理が外れたというの? …彼に女の影は感じられなかったのに」
「あんなっ、デリカシーのない体育教師に、か、彼女なんて…嘘よ!!」
舞園さんは顔を真っ青にして、カタカタと震えている。霧切さんは苦虫を噛み潰したような顔で、自身を抱き締めた。腐川さんは若干発狂しているように見える。怯えながらも盾子ちゃんに反論しようとしたので、私はずいっとその間に立ち塞がった。
「……貴様。今、何をしようとした?」
「な、何よ…! 別に、何もしないわよ。こ、この番犬!」
「お2人ともケンカはお止めになって? はしたないですわよ」
パンパンと手を叩いて、セレスさんが止めに入る。盾子ちゃんは溜息を吐きながら、口火を切った。
「アタシだって、信じたくないっつーの。腐川と同じで『いない』に賭けてたんだからさー。でも日向の言ってる感じ、嘘には聞こえなかったんだ。そうだよね? むくろちゃ〜ん」
「確かに。個人的なことを聞かれた時の動揺は見受けられたけど、『恋人』の話をしている時の瞳の動きや挙動からして嘘を吐いてはいなかった。その他、わざと聞き返したり早口になったりなどの嘘の特徴も見受けられない」
「だってさ。なのでこの賭けは舞園、腐川、霧切、アタシとお姉ちゃんの負け」
正確に言えば、私は賭けに参加していなかったのだが…。まぁ、盾子ちゃんがそう言うのなら、私は従うまでだ。そんな中、しばらく口を閉ざしていた霧切さんが「待って」と声を掛けてきた。
「……納得出来ないわ。彼の人柄なら恋人くらいいてもおかしくないのは分かる。だけど今の彼にはその素振りが全くなかった。お弁当も自分で作ってきているようだし、女性に渡されたプレゼントの類も一切なし。ジャージが毎日変わっているから外泊の気配もない」
「き、霧切ちゃん! そこまで…」
淡々と自身の推理を述べる霧切さんに、朝日奈さんは戸惑っている。霧切さんの言葉に、舞園さんも真剣な表情で意見を重ねる。
「そうですよ。日向先生は確かに優しいかもしれませんが、女性に対する気遣いは今一つです。男子も女子も同じような扱いをする方に、彼女がいるだなんて…」
「キレイ系、なんだってさ。センセのカノジョ…」
盾子ちゃんの一言にざわりと場の空気が震撼する。恋人の有無だけなら嘘か真かが分かりにくいが、具体的な話が出てくれば真実味が増してくる。不二咲さんはビックリしたのか軽く飛び跳ねた。
「江ノ島さん、すごいねぇ。そこまで聞いたんだぁ。ぼく、てっきり可愛い感じの人だと思ってたよぉ」
「ふんっ、も、妄想に決まってるわよ…。そんなの。生徒に情けない所見せたくないから、わざと…」
「おまけに優しくて、健気で、カワイイとかって」
盾子ちゃんは腐川さんの言葉を絶妙なタイミングで撃ち落とした。
「な、なーなのよおおおお!! 腹立つわぁあああ! うぎぎぎぎ〜〜っ。何? 自慢? 自慢したいの!?」
「もちろん、自慢でしょ。ちょー惚気てたよあいつ。マジぶん殴りたかったー。……あ、でもすんげーこと聞いちゃったんだ♪」
「えー、何なに〜! 聞きたい聞きたいー」
朝日奈さんはへにゃりと表情を崩し、ニンマリと微笑む盾子ちゃんに体を近付ける。まるで餌に喜ぶ子犬のようだ。盾子ちゃんは周りの子をちょいちょいと手招きをして、円陣を組むように顔を寄せた。そして、声を潜めて一言…。
「あいつのカノジョ、……貧乳だってよ」
「「「!!!!???」」」
円陣はあっという間に混乱に陥った。それもそうだ。学校の中でも人気上位である日向先生の恋人の話題なのだ。きゃあきゃあと黄色い声が上がり、教室にいた男子達が「何だ何だ」とこちらに注目する。その中にきょとんとした顔つきの苗木くんを見つけて、私はきゅう…と胸が締め付けられるような痛みを感じた。奇跡的なことに今年、私は苗木くんと同じクラスになれた。寝ぐせなのかひょんと飛び出た髪の毛、童顔だけどカッコいい顔立ち。男子にしては小柄だけど、苗木くんは前向きな性格であんまりそれを気にしてはいない。彼は私に気付くと、とてとてと近付いてくる。
「戦刃さん、みんなどうしたの? 何だか楽しそうだね!」
「な、な、な、…苗木、くん……っ。あの、あのね…その……」
「苗木も聞きたいぃ? 日向センセのカノジョの話!」
後ろからガバッと盾子ちゃんに抱き締められて、私はビクリと体を震わせた。前に苗木くん、後ろに盾子ちゃん。幸せのサンドイッチだ…! 頭が沸騰して何も考えられない。そんな私のことを気にしてないのか、苗木くんは「聞きたいな」と盾子ちゃんにニコッと笑いかけた。ああ、可愛い。可愛過ぎる…、苗木くん!
「日向センセのカノジョはね、」
「うんうん!」
「むくろちゃんより、おっぱいが小さいんだって!」
ぐぐっと胸元に感じる強い衝撃に、私は何なのか分からず「ひんっ!」と叫び声を上げた。盾子ちゃんが、また私の胸を揉んでいる! 目の前の苗木くんはそれをバッチリ見てしまったようで、顔を真っ赤にしてダラダラと汗を流していた。ど、どうすれば良いの!? こんなのを苗木くんに見られるなんて、恥ずかしい…! カチコチに固まっていた苗木くんだったが、やがて私の視線に気付き、バッと勢い良く視界を手で覆った。
「ご、ごめんね! 戦刃さん…。ボク、何も見てないからっ。そ、それじゃ…!」
「ま、待って、苗木、くん。…んッ! じゅ、じゅんこちゃん…!」
脱兎の如く逃げていく苗木くん。彼の姿が見えなくなった所で、盾子ちゃんはやっと手を離してくれた。
「残姉ちゃんなんだから、こんくらいやんないとダメっしょ? ボヤボヤしてたら他の奴に掻っ攫われちまうぞ!」
「……盾子ちゃん、まさか私のために…?」
「へ? うん、そーそー。お姉ちゃんのためだよ! アタシのたった1人のお姉ちゃんなんだから、幸せになってもらわないとね!」
盾子ちゃんに、私の幸せを願ってもらうなんて…! こんな素敵なこと、今までで初めてだ。感動に打ち震えている私を余所に、みんなは荷物を纏め始めた。
「とりあえず負けた方が割り勘で払うということでよろしくて? 場所は…駅前の喫茶アメリが妥当でしょうね」
「あーっ、そこのドーナツも美味しいよね! 何頼もっかなー。ね? さくらちゃん!」
「あそこはパフェも絶品だったはずだ。丁度小腹が空いている時間。行くとしようか…」
「パフェかぁ…。アメリってケーキもたくさん種類があって、いつも迷っちゃうんだよねぇ」
「あ、あたしは行かないからね! 賭けで負けた方が奢るなんて…! ちょ、離してっ」
「腐川さん? 我儘言ってないで行きますよ。あそこはそんなに高くないですから」
「正直、甘い物は得意ではないのだけれど…。負けてしまったのなら仕方ないわ。行きましょう」
ぞろぞろと教室を出て行くみんなの後を、私は盾子ちゃんと一緒に続く。賭けの対象になるくらい、先生は慕われてるんだよね。彼の話のお陰で、こうしてみんなと仲良くお茶を楽しめるんだ。私は日向先生に心の中でひっそりと感謝した。

『全部含めてその人が好きだから、良いんだ』

すごく優しい表情で彼は言った。綻んだ笑顔はとても幸せそうだった。…日向先生の、恋人か。どんな人なんだろう。会ってみたいなぁ。真面目な彼にあそこまで言わせる人なんだ。きっとすごく素敵な女性なんだろうな。顔も知らない先生の恋人を想像して、私は何だか嬉しくなってしまった。

Back 〕  〔 Menu 〕  〔 Next 〕 



22.前夜の話 : 4/24
「狛枝、…どうだ? 大丈夫そうか?」
問いかける声が頭の上から降ってきたので、ボクは首をカクンと傾けて声のする方を見た。案の定、日向クンが上からボクを見下げている。綺麗な琥珀の瞳に向かって、ボクは『大丈夫だよ』という意味を込めてニッコリと笑いかけた。
「そっか」
彼は安心したように微笑んでから、「トイレ行ってくるな」とリビングの外へと行ってしまう。大丈夫だ。日向クンがいなくても、1人で出来るもん。…多分。
フローリングを踏み締める音が背後へと消えていく。ボクのアパートに日向クンがいるのも久しぶりな気がするなぁ。愛着のない寝るためだけの空間も彼がいるだけで全然違う。アパートに1人で帰った時の空気って、カサついて嫌な感じなんだよね。寒くもないのに鳥肌が立っちゃう。でも今は心も体もポカポカしてる。日向クンの傍はどんな場所でも温かくて落ち着くんだ。…もしかしてキミも同じだったりする? そうだと嬉しいな。


「さてと…」
ボクはリビングのカーペットの上に正座をし、ふぅと小さく息を吐いた。中央にでんと置かれたのは、萌黄色をした大きめのリュックサック。これはただのリュックじゃない。リュックの類を持っていないボクのために、日向クンが「使っていいぞ」と貸してくれた希望溢れるリュックサックなのだ。
明日はボク達が勤める高校の遠足がある。今はそのための準備をしている最中だ。必要そうな物は何日も前から抜かりなく用意してある。まぁ、そこまでは何も問題はない。ボクが悩んでいるのはその先だ。
「うーん…」
リュックの周りを囲むようにして並べられた品々に端から端まで視線を配り、ボクは唸り声を喉から漏らす。どう考えても無理だ。いくらリュックが大きめとはいえ、その領域には限りがあり、四次元ポケットのように無限に入る訳ではない。
まずは基本のお弁当、水筒、レジャーシート。普段でも必須な財布、ケータイ、ハンカチ、ティッシュ。雨が降った時のために折り畳み傘、レインコート、タオル。あると役に立つだろうビニール袋、軍手、帽子。万が一に備えて乾パン、上着、替えの靴下。
ボクは腕を組んだ。目を瞑って深呼吸した後に、もう1度注意深く1つ1つ見直す。いくら考えても、切り捨てられそうな物は1つとしてない。全部必要だ。……リュックに入るかな? 何となく無理な気がする。
「日向クン、どうしよう…っ。荷物が多過ぎて、リュックに全部入り切らないよ!」
助けて、日向クン…! 荷物でごった返したその場に為す術がなくなったボクは、さっきから荷造りを黙って見ていた日向クンに助けを求めた。ダイニングにあるイスに腰掛け、背凭れに頬杖を突いていた彼は頭を掻きながら、席を立つ。
「……分かった。手伝ってやるから」
「助かるよ、日向クン!」
やっぱり日向クンは優しいなぁ。デレデレと1人頬を緩めるボクの横に日向クンはしゃがみ込む。彼が手伝ってくれたら百人力だ。きっとすぐに荷造りは終わってしまうだろう。腕力のある彼なら、この大量の荷物を力押しでリュックに詰め込んでくれるはず。それを期待してそわそわしていると、彼は何故か乾パンを掴んだ。
「え……!?」
それを見たボクは反射的に声を上げる。
「な、何で…っ? 日向クン! それ乾パンだよっ。必要でしょ!?」
「あのなぁ、俺達が明日行くのは遠足だぞ。何で非常食の乾パンが3つも要るんだよ…」
「何言ってるの、日向クン。たかが遠足ってキミは言うけど、山だよ? 山登るんだよ!? もしもそこで災害に遭ったらどうするんだい? 遭難したら絶対お腹空くよね? 食料大事だよね? 土砂災害とか山火事とかあるかもしれないんだ。そ、そうだ! 天然の洞窟を巡るって遠足のしおりに書いてあったよ。そこでタイミング良く地震でもあって落石が起きたら…」
「ないから」
日向クンはボクの主張をさらりと流して、手に持った乾パンをダイニングテーブルに置きに行ってしまった。…要らないのかな、乾パン。大人しく待っていると、日向クンはすぐに隣に戻ってきてくれた。荷物、これでもう大丈夫かな? ドキドキしながら日向クンの横顔を見ていると、彼はすっとある物を指差した。
「折り畳み傘とレインコートはどっちかで良いんじゃないか?」
「それはダメだよ…、日向クン。山道って木がたくさん生えてるんだ。枝を掻き分けながら進んだりすることもあるかもしれない。レインコートを着て歩いてたら、尖った枝に引っ掛けて破れちゃうよ。じゃあ折り畳み傘だけで良いって話になるよね? でもそれも却下だよ。折り畳み傘ってコンパクトに作ってあるから、骨の数は大体6本だ。強風が吹いてきたら、簡単に壊れてしまう。だからどちらの事態にも対応出来るように、折り畳み傘もレインコートも必要…」
「こっちは置いてけ」
日向クンはピシャリとボクの意見を遮って、折り畳み傘を手に取り、玄関へと行ってしまう。ええええ…。…使わないのかな、折り畳み傘。備えがないとボクは不安になる性分だ。コンパクトタイプの青いレインコートをぽんぽんと投げながら遊んでいると、日向クンが戻ってくる気配がした。だけど今度は隣に座ることなく、無言でタオルを手に取り、すぐさま持っていこうとしてしまう。その理由が分からず、ボクは混乱した。
「ま、待って、日向クン! タオル…、タオルは必須だよ!」
「こんなに要らないだろ。いつ使うんだよ、こんなに大量に…。……8枚もあるじゃないか。お前、旅先で風呂でも入るつもりなのか?」
「お風呂には入らないけど、絶対使うよ。タオルって万能なんだよ? 何枚あっても困らないと思うんだ! 山に登ると汗を掻くからね。それに突然雨が降って体が濡れたら、まずはタオルで拭くよね? 後は山道で転んで、腕の骨を折った時とか! 止血も出来るし、固定も出来るよ。それからね…」
「2枚にしろ」
日向クンはあっさりとボクの反論を論破し、タオルを洗面所に仕舞いに行ってしまった。…これで足りるかな、タオル。2枚になってしまったフェイスタオルを丁寧に畳み直しつつ、ボクはリュックの周りの荷物にチラリと視線を走らせた。さっきよりも大分減ってきたようだ。
「狛枝、これで大丈夫じゃないか?」
ボクの隣に胡坐を掻いた日向クンは満足気な顔で荷物を見渡し、ボクにニコッと笑いかける。彼の言う通り、この量ならリュックに入るかもしれない。すごいな、日向クンは。あんなにボクが悩んでいたことをスパッとカッコよく解決してしまった。日向クンはボクのヒーローだ。
「ありがとう、日向クン。これでボクもちゃんと遠足に行けるね!」
「あんまりリュックが重いと疲れるからな。持ち物は最低限に限るぞ」
ビシッと人差し指を立てて、ボクにアドバイスをする日向クン。なるほど。これを背負うのは紛れもないボク自身だ。日向クンはボクの体に掛かる負荷まで考えてくれてたんだね! ボクはカーペットに散らばった荷物達をかき集める。そして先に入れられそうな物を順々にリュックの中に詰めていった。ああ、こんなにワクワクする遠足前夜は初めてだ。きっと日向クンがいるお陰だね。ルンルン気分なボクだったけれど、あることに気付いてその手が止まる。
「……あっ、そういえば、雨! まだ降ってるんだよね?」
ボクに問われた日向クンは「ああ…」と呆けたような声で返事をして、窓へとその視線を向ける。カーテンが閉まっていて、外の様子は分からない。雨音が聞こえるほど強く降っているようではないけれど。日向クンは立ち上がり、窓の傍まで行くとカーテンの隙間から外を覗いた。陽が落ちて真っ暗に染まった空が、ボクがいる場所からも見えた。
「うーん…、まだ少し降ってるみたいだな」
「……明日、晴れるかな…?」
「明け方には止むって天気予報では言ってたぞ」
日向クンは窓の外を見たままそう言った。それはボクも知っている。新聞のお天気欄も確認済みだし、テレビの情報スペースだって何回も見たから。でも天気予報は100%じゃない。外れることもある。もしも風の流れが変わって、明日土砂降りになるようなことがあれば…。日向クンと一緒にいられる幸運の反動で、これから不運がやってくるかもしれない。ボクが神妙な面持ちで1人考え込んでいると、振り向いた彼は苦笑しながらこちらへと戻ってくる。
「…狛枝、そんな不安にならなくても大丈夫だって」
目線を合わせるように彼は膝を突いた。太陽の色をした優しい瞳を歪ませると、日向クンはボクの頭をぽんぽんと撫でてくれる。大きく温かい掌だ。ただそれだけのことなのに、ボクの中に巣食う妙なざわつきは一瞬で鳴りを潜めてしまう。頭で理解するよりも早く、体が分かるんだ。彼に触れられたら、もう安心なんだってことを。何も心配することはない。
「ははっ。……お前は本当に…可愛いな。遠足でこんなにはしゃいじまって」
「だって…、日向クンと一緒に遠足行けるんだもん。楽しみに決まってるよ!」
「……こんな顔、生徒には見せるなよ?」
「んゃっ、ひにゃちゃクぅ…!」
両頬をきゅ〜っと軽く抓まれて、顔の肉が横にみょんと伸びる。日向クンはボクの顔を見て、クスクスと楽しそうに破顔した。
「なぁ、狛枝。雨が心配ならさ、てるてる坊主作ってみるか?」
「え?」
「いや…、何ていうか。ちょっとは気休めになるかなって」
日向クンは照れたように視線を逸らしつつ、ボクにそう言った。てるてる坊主…。とても懐かしい響きだ。軒下に白い布や紙を包んだ人形を吊るして、晴天を願うおまじない。咄嗟にそれが出てくる日向クンの思考回路って実は昭和だよね。
ボクは子供騙しの迷信なんて信じてない。今時の小学生でもそんな物は作らないだろう。正直、左右田クン辺りが言ったら鼻で笑ってしまいそうな提案だった。だけどボクは今、胸が張り裂けそうなほどてるてる坊主にときめいていた。心配性なボクのために、彼は何とか不安を軽減させようと言ってくれたに違いない。ああ、日向クン! キミは何て慈愛に満ちているんだろう! ただ1人の、ボクの希望だ…!
「うんっ、作る。…そしたらきっと明日は晴れるよね?」
日向クンを見上げると、彼は力強く頷いた。
「ああ、もちろんだ。狛枝、要らなくなった布とかあるか?」
「ちょっと待ってて、探してくるね」


やがて見つけてきた使い古しのハンカチにガーゼを詰めて、2人で一緒にてるてる坊主を作った。色はボクが白で、日向クンはベージュだ。針と糸がなかったから、首部分はゴムで留める。仕事机から黒いマジックを持ってきて、早速てるてる坊主に顔を描く。布だから紙と違って、ペン先が引っ掛かって描きにくい。マジックの角度に気をつけながら、ゆっくりと曲線を引いていく。キリッとした眉、吊り気味の目、普段から上がっている口角。ふふっ、我ながら良い感じだ。
「……狛枝のてるてる坊主、何かすごく凛々しい顔してるな」
ひょいっと横から日向クンが覗いてきた。それにボクは満面の笑みで胸を張る。
「これはね、日向クンなんだよ! 最後にこうやって…、ほらアンテナ!」
「俺かっ! じゃあこっちはお前にしようかな。笑顔にしておいて良かった」
日向クンもノリノリでてるてる坊主にマジックの先を走らせる。そしてボクの特徴らしいもわもわとした髪を描いて、「出来た!」と興奮気味にボクに見せてきた。ボクよりはしゃいじゃって、可愛いなぁもう。
「どうだ? 中々似てるだろ」
「ボクのだって!」
「よし、早速ベランダに下げようぜ。紐か何かあれば…」
「あ、ちょっと待って」
立ち上がろうとする日向クンをボクは呼び止めた。彼の手の中にあるボクを模したてるてる坊主に、ボクが持ってる日向クンなてるてる坊主を向かい合わせる。日向クンはきょとんとしたままその様子を見ている。ほんの遊び心だ。てるてるボクの丸い頭の部分に、てるてる日向クンをえいっと押し付ける。
「あはっ、ボクと日向クン…キスしちゃったね」
「………」
「あれ? 日向クン…?」
日向クンは目を見開いて、ぽかんとしていた。全く動かない彼にボクはどうしたものかと首を傾げる。しかし遅れて日向クンの顔がポッと赤く色付き、やがて苦しそうに口元を手で押さえた。
「狛枝…」
「どうしたの? ひな、…あっ」
ぐいっと手首を掴まれて、一瞬だけ唇に柔らかい感触があった。そして彼の顔を見る暇もなく、ぎゅーっときつく抱き締められる。日向クンの体はすごく温かくて、すぐにボクにもその熱が伝わった。すりすりと肩口に顔を埋められ、耳元に僅かに日向クンの吐息がかかる。

「こまえだの…、ばか…っ」

駄々っ子のような甘い囁きに、ふわっと心が浮かんでいく。キミは何て罪な人なんだろう。耐えられる気がしなくて、体にじんわり染みる心地好い温かさに目を閉じる。もう、ダメだ…。
日向クンの熱が頭にまで回ってきて、ボクはくらりと意識を傾けた。

Back 〕  〔 Menu 〕  〔 Next 〕 



23.祝福の話 : 4/28
「ふぁ……ん…ッ、んんっ、アッあぁっ…!」
「狛枝…、なぁ、狛枝…!」
「あぅッ、な、何かな…っ? 日向クン…」
日向クンの腰の動きが止まって、ボクは快楽の大波から緩やかに岸へと流された。これから絶頂に達するために体全体が熱く昂っていくという段階で行為を止められてしまい、ボクは倦怠感を掻き分けて鬱蒼と瞳を開ける。そこには目を細めて、優しくボクに視線を送る日向クンがいた。汗で艶めく顔貌、しなやかな筋肉がついた野性的な裸身。更にその下は潤滑油で濡れて、ボクと1つに繋がっているんだけど、まぁ詳しくは言うまい。
菩薩のような微笑みを向けられて、心臓がドキンと鼓動を響かせる。彼は「狛枝…」ともう1度名前を口にして、ボクの手の甲に愛おしげにキスを落とした。
「誕生日、おめでとう。狛枝。1年間、俺と一緒にいてくれて、ありがとう…」
「……あ、…あれ? もう!?」
「気付いてなかったのかよ…。ほら、今さっき12時過ぎたんだぞ」
日向クンがベッドヘッドにある棚から目覚まし時計を手に取る。チッチッチッと秒針が小さく奏でる時計。その銀色の短針はピタリと12時を指し示していた。つまり今この瞬間、4月28日になったということだ。だから、ボクは…。
「26歳になったんだね、ボク…。ふふっ、残念。日向クンと歳が離れちゃった」
「すまない。ちゃんと祝いたかったのに、俺の時と同じになっちまったな…」
頭を抱えて、深く息を吐き出す日向クン。彼は悪くない。ボクが誕生日を迎えるまで、眠いのを我慢して待ってくれてたんだから。朝型の彼に夜更かしはさぞ辛かっただろう。後1時間という所で待てなかったのはボクだ。

『ねぇ、日向クン。良いでしょ? 夢中になれれば、キミも眠くならなくて済むよ…』

悪魔のように囁いて、誘いをかける。日向クンの体を厭らしく撫で回し、耳に熱い息を吹きかけた。彼が断わらないことは分かっていた。そしてその気になった日向クンと行為を始め、気が付いた時にはこの時間になっていたという訳だ。
「気にすることじゃないよ。…それよりも、早く……続き、シて…?」
「…ああ。狛枝、狛枝…こまえだ……っ!」
うわ言のようにボクを呼びながら、日向クンは再び激しく腰を打ち付けだす。ああ、そう…、すごくイイよ…! 内側が抉られて、痛みを交えながらも耐えがたい快感が押し寄せてくる。あはっ、最っ高だね…!!
「んあぁッ…! ひなたクン…、あっ、あっ、ひぁ、たクン…! やぁっ、ボクもう…!」
「…っン、はぁ……俺も、だ。行くぞ? 狛枝…」
彼自身が形を変えたのがハッキリ伝わる。ボクの意識も段々真っ白に染まっていく。息を荒げ、汗で濡れた体を抱き締め合い…。やがてボク達は同時に絶頂を迎えた。


……
………

一夜明けた、その日の朝。
「これ、誕生日プレゼント。狛枝に気に入ってもらえると嬉しい…」
そう言って日向クンに渡されたのは、シックなグリーンのリボンが巻かれた、片手に乗るくらいの大きさのプレゼントの箱。
「ありがとう、日向クン! もらえるだけですごく感激だよぉ…!」
ああ、日向クンから誕生日プレゼントなんて! 幸せ過ぎて、今すぐ失神してしまいたい。視線で『開けても良い?』と尋ねると、日向クンは「どうぞ」を掌を向ける。ドキドキしながらリボンを解き、白い光沢のある包装紙を開いていく。中から出てきたのはチョコレート色の化粧箱だ。緊張に震える手でパカッと蓋を開いた。
「…わぁ、腕時計だ!」
ボクは感嘆の声を漏らした。しかもそれは前々からボクが気にしてたモデル。ブランドで値が張る物だから、大学の頃に買った腕時計で十分かと購入を見送っていた品だった。色は上品で美しいシルバーで、材質は恐らくステンレススチールだろう。シンプルなフォントの数字も繊細な形の針もボクの好みで、日付と曜日も表示された機能としても申し分ない作りだ。
「日向クン、日向クン! ありがとう! こんなに素敵なプレゼント…、ボク生まれて初めてだよ!」
「大袈裟だって。…それさ、自動巻きで電池替えなくても良いし、頑丈に出来てるから壊れにくいと思うぞ」
「へぇー、そうなんだ! だったら一生使えるね!!」
きっと高かったんだろうなぁ。ボクも日向クンの誕生日にもっと良い物あげれば良かったのかな。一瞬そう思ったけど、貰った腕時計にエキサイトして、ボクの頭からはすぐにそんな考えがすっ飛ぶ。時計を手に取り、四方から満遍なく観察する。傷付けないようにそっと左手首に通して、留め金をパチリ。うーん、改めて見ても素敵な時計だ。
「広告とかサイトで見るよりも綺麗だね。うん…、腕回りの長さも丁度良いよ」
「そんなに喜んでもらえると、こっちもプレゼントした甲斐があったな。渡した時に狛枝どんな顔するかなって考えるだけで楽しかったよ。不思議と喜ぶ顔しか思い浮かばなかった。去年の今頃って付き合い始めで、俺 狛枝の誕生日知らなかっただろ? スルーしちまった分、今年は全力で祝いたいって思ってたんだ」
「日向クン…」
日向クンはニカッと明快に笑った。
「今日はいくらでも我儘言って良いぞ! 何でも聞いてやるからな。…好きだよ、狛枝」
「日向クン! 大好き、大大大大大好き! 愛してる…」
ぎゅうっと日向クンに抱き着いて、思いっ切り甘える。彼に背中を撫でられて、ボクはホッと体から力を抜いた。幸運と不運は今も変わらずにあるとボクは思っている。だけど日向クンから与えられるものは幸運ではなく、全て幸せだ。幸せな誕生日。最愛の恋人と最高のプレゼント。僅かに体を離して、日向クンの唇にゆっくりと自分のそれを近付けていく。仄かな温かみが触れた後、ボク達は目を見合わせて笑い合った。

Back 〕  〔 Menu 〕  〔 Next 〕 



24.晩餐の話 : 4/28
何か、違う。ボクの想像と違う。とあるホテルのロビーにボクらは来ていた。スーツを着こなした日向クンの背中を、ボクはざわついた心を携え見つめる。フロントにいるコンシェルジュと滑らかに会話をする彼はいつもと別人のようだった。ホテルに足を踏み入れて、ボクは圧巻した。何もかもがキラキラと輝いていたのだ。これは決して揶揄ではない。
吹き抜けの天井からは豪華な細工のシャンデリアがいくつもぶら下がり、磨かれた石造りの床は室内を鏡のように写している。ウォールナットの艶めいた壁には、女性が寝台に横たわっている大きな絵画が掛かっており、その下に置かれた金色の金具がついたアンティークテーブルは見るからに年代物だ。手持無沙汰でボクはキョロキョロと辺りを見回した。手触りの良さそうなソファセットがいくつも並び、品の良い紳士淑女が談笑している。ボクもスーツを着ているけど、浮いていないか心配で落ち着かない。無意識に彼にプレゼントされた腕時計をスーツの上から擦ってしまう。
何もかもが、違う。ボクの描いた想像と違う。きっと日向クンは家でささやかながらも手の込んだ誕生日パーティーを開いてくれるんだろうと、ボクは思っていた。いつもより時間を掛けて料理を作る彼を、ボクが何度もダイニングへと覗きに行くんだ。『まだだよ、出来てない』『ええ? 今すぐ食べたいよ〜』 そんな感じの会話をしながら、イチャイチャ口付けを交わしたりしてさ。出された日向クンの美味しい手料理に舌鼓を打って、ベタだけどケーキに蝋燭立てて、電気を消したリビングでボクがふっと吹き消す。そして『狛枝、誕生日おめでとう!』と満面の笑みで祝われて、ボクは『ありがとう、日向クン!』とお礼をするはずだったのに。あれ? あれあれあれあれ? これは…、どういうこと?

コンシェルジュとの話が終わったらしい日向クンがやっとボクの方を振り返った。はぁん、カッコいい…! キリッとした日向クンのスーツ姿は何度見ても痺れる。凛々しい顔を向けられ「狛枝」と名前を呼ばれたので、ボクは日向クンに近付いた。
「日向クン…」
「ここの50階にあるレストラン、予約してあるから」
「う、うん」
緊張する…。『外で食事をしよう』と言われた時は特に何とも思わなかったけど、『ドレスコードが決まってるからスーツで』と言われて、ボクはビックリし過ぎて返事が出来なかった。高級レストランで日向クンとディナー。彼らしくないけど、これはこれで新鮮だ。ボクらは連れ立って、エレベータの前まで来た。階下を示す数字はランプ式やデジタル式ではなく、指針と回転する文字盤になっていて、これもまたこだわりを感じる。静かに開いた扉に入ると、他には誰も乗っておらず日向クンと2人きりだった。すうっとした浮遊感と共に、エレベータはどんどん上へと上がっていく。
「こんな所に来るの初めて…。何だか緊張しちゃうよね」
沈黙に耐えきれず、ボクが言葉を口にすると、日向クンは真剣な表情でこちらを見た。そんな顔で見つめないで、日向クン。今よりもっとドキドキしちゃう。カツンと靴音を立てて、日向クンがボクの前に来た。キラリと光る琥珀の瞳に、ボクの心臓はヒートアップ寸前だ。しかし彼の口から出た言葉は意外なものだった。
「ごめん、狛枝。…カッコよくお前をエスコートしたかったけど、無理かもしれない」
「ひ、日向クン…?」
突然手を取られて、ボクの声は上擦った。日向クンはボクの手をきゅっと握り、それを胸へと当てる。
「あ……っ」
「さっきから心臓バクバクなんだ…。ははっ、カッコ悪いよな」
上目遣いに日向クンを見やると、彼は困ったように苦笑いした。トクントクン…と波立つ彼の鼓動が手を通して聞こえてくる。少し、速いかな…? 日向クンも緊張してるんだ。別人じゃなかった。ボクが良く知っている真っ直ぐでちょっとヘタレな日向クンだ。それが分かってボクは安心する。丁度エレベータもその動きを止め、目的階である50階を針が示していた。
「着いたな。狛枝…、行こうか?」
握ったボクの手を持ちかえて、手を繋ぐ。エレベータを下りた先はそのままレストランだった。観葉植物の鉢と動物達の絵が刻まれたガラス張りの向こうに美しい夜景が見える。安らぐピアノの音色がどこかから聞こえてきているが、演奏者の姿は見えない。というか人の気配がしない。レストランなのだから他のお客さんがいるはずなのに、何でだろう? 首を傾げるボクの様子を察知した日向クンはコホンとわざとらしく咳払いをした。
「……貸し切り、だから」
「えっ?」
「貸し切り。ここには俺とお前以外の客はいない。周りの目は気にしなくていいぞ」
「う、嘘でしょ…?」
ボクの一言に日向クンは首を振った。まさか、本当に? ボクのために、高級ホテルにある夜景が綺麗なレストランを独り占めにしたの? 日向クン、キミは一体どこまでボクを驚かせば気が済むんだい!? ボクはあわあわと混乱する。だからすぐには気付かなかった。ガラス張りの向こう側から人が現れたことに。
「やぁ、いらっしゃいませ。レストラン、ラ・フルールにようこそ! 狛枝くん、久しぶりだね。元気だったかい?」
「…花村クン?」
ひょいっと顔を覗かせたのはコックコート姿の花村クンだった。ニコニコと楽しそうに、彼はボクに軽く手を振った。恰幅の良い小柄な体格は以前会った時と全然変わらない。ボクと日向クンの仲を知る数少ない友人の1人だ。ここ、花村クンのお店だったんだ。知らなかったな…。
「花村! 今日はありがとうな。無理を言って悪かった」
「いやいや、ぼくも嬉しいよ。どちらの誕生日にも関われるんだからね。ンフフ…! 狛枝くん、お誕生日おめでとう。誠心誠意、ぼくの料理で最高のお持て成しをするよ」
「ありがとう、花村クン。キミの作る料理なら期待出来そうだ…」
「もちろんだよ! お2人ともこちらへ。夜景が一望出来る特等席へご案内いたします」
恭しくお辞儀をした花村クンの後に続いて、レストランの中へと入る。日向クンの言う通り、他のお客さんは1人もいなかった。大きな窓に面した席に案内され、花村クンが「どうぞ」とイスを引いてくれた。それに腰掛けると真正面には同じように日向クンが座っている。さっきまでの緊張からは脱したようで、その表情はリラックスしている。
ボクは窓の外を仰ぎ見た。やや下方に見えるビルが放つ航空障害灯が空に散った星のようだ。するすると動く光は高速を走る車のテールランプだろう。赤、橙、黄色、緑、青、紫…。色とりどりの光が真っ暗い闇に良く映える。遠く地平線までそれは続くそれは宝石箱をひっくり返したような輝きだ。自然とは違うけど、人工物も捨てたもんじゃない。何だか心を揺さぶられるような情景だった。
「綺麗だね…、夜景」
「ああ、そうだな」
清潔な白いクロスの掛かったテーブルには、花のように畳まれたナプキン、それにグラスやナイフ、フォークがいくつか並んでいる。薔薇の一輪挿しからは食事を害しない程度の控えめな香りが漂っていて、その場の雰囲気をぐっと大人っぽくしていた。
「まずは食前酒から。クリュッグ クロ・デュ・メニルだよ。今日は日向くんと楽しんでいってね」
花村クンがウインクをして、シャンパンのグラスに静かに透明な液体を注ぐ。お酒に詳しくないボクはそのシャンパンがどんな物なのか分からない。ただフルート型グラスの底から、細かい泡が立ち上るのを見るのは好きだ。花村クンはお酒を注ぐとその場から静かに立ち去って行った。
「狛枝、乾杯しよう」
「ふふっ、そうしようか」
「誕生日おめでとう、狛枝。お前と出逢えて良かった。好きになって、想いが通じて、長く一緒にいれて、俺は幸せだ」
目を閉じ、感慨深く彼は言葉を紡いだ。その通りだよ、日向クン。ボクの生活はキミと出逢ってから、何もかもが変わった。苦手だと思ってたのが、いつの間にか好きになっていて、今ではどうしようもないくらい愛してる。ボクはキミから離れたらきっと生きていけないだろう。
「ボクも幸せ。こんなに祝ってくれるなんて、正直驚いたよ。夢みたい…。本当にありがとう、日向クン。キミが好き…」
2人でグラスを掲げてから、ボクはグラスを傾けた。香りは強いけど、美味しい。クーラーで冷やされていたそれはボクの舌を痺れさせ、次第に気分が良くなってきた。
運ばれてきた料理はどれも美味だった。花村クンが渾身を込めて作ったフランス料理。繊細で奥深く、少食なボクでもナイフとフォークが止まらないくらい。グラスに口を付ければ、口当たりの良い白ワインが喉を滑っていく。日向クンとの思い出話にも花が咲く。デザートであるケーキが運ばれて来た時には、何だか良く分からないけど、ボクはすごく楽しくなっていた。
「あはっ、あははははっ、日向クン、ケーキ、おいしい! 中のね、甘酸っぱいのがね、ふふふっ」
苺のショートケーキだから、中のソースも苺かな? さすが花村クンが作ったケーキだね! 口の中へと運んでモグモグしていると、あっという間に平らげてしまう。あーあ、無くなっちゃった。ボクはクラクラする頭で日向クンを見た。スーツに夜景を背負った彼はいつもと違う大人の雰囲気を纏っている。カッコいいなぁ。
「ねぇねぇ、日向クン」
「何だ?」
「えへへっ。あのね、最初はキミらしくないって思っちゃったけど、こういうのも良いよね。お金じゃないって分かってるんだけど、ボクはこれくらいキミに愛されてるんだって考えたら、嬉しくて…。そう、嬉しいんだよっ。嬉しい…。ごめんね、これ以外の言葉が見つからないよ…」
この喜びをキミに何て伝えれば良いんだろう? 上手く表現出来ない。だけど後から後から拙い言葉だけが出てきちゃって、舌が回らない。そんなボクを見る日向クンの顔には『心配』という字がでかでかと書いてあった。
「良かったよ。俺も、喜んでもらえて嬉しい。…けどお前、大分酔ってないか?」
「うん! どうやらそうみたいなんだよねぇ。ごめんね、日向クン。帰る時、キミに迷惑かけちゃいそう…」
ボクがしょんぼりと首を竦めると、日向クンは黙ったまま、ケーキ用の小さなフォークをお皿の上にカチャンと置いた。そしてスーツの内ポケットから紺色のカードを取り出し、スッとテーブルの上に乗せる。それにはどこかで見たことのあるロゴが刻まれていた。…これは、このホテルのロゴだ。
「…この後、部屋取ってあるから」
「………っ! ひなた、クン…それって」
彼の言う言葉の意味が分かって、ボクはカッと顔が熱くなった。アパートに戻ることなく、日向クンとここで一夜を明かすってこと? うわぁ、うわあああっ!
「そろそろ良いか?」
「あっ、えっ、えっと、あ…、うん」
おろおろするボクは中々席を立てない。日向クンはボクの席まで来るとその場で軽く膝を折った。そしてスッと手が差し伸べられる。
「…さぁ、お手をどうぞ」
まるでお姫様に跪く王子様のように、彼はボクに穏やかな微笑みを見せた。温かい日向クンの手に自分の手を重ねて、ボクは席から立ち上がろうとする。くらりと頭が振れて、足元も覚束なかったが、日向クンがしっかり手を握ってくれていたお陰で転ばずに済んだ。思ったよりもお酒が回っていたようだ。腕を組んで、レストランを出る。入り口付近で深々と頭を下げる花村クンに、日向クンは軽く手を上げた。

エレベータのボタンを押すと、待っていたのかすぐに扉が開く。さっき見せられた紺色のホテルカードをカードリーダーに翳して、部屋を取っているらしい階のボタンを押す。扉が閉まると同時に日向クンはボクの腰に腕を回し、顔をぐっと近付けた。
「今日は狛枝の誕生日だから。お前の望むことしかしない」
「日向、クン…」
「嫌だったら何もしないし、たくさんしてほしいなら朝まで寝かせない…。どうする?」
彼の気障ったらしい問いかけにボクはクスリと笑みを零す。二択に見えて、これは一択。答えは決まっていた。だから返事の代わりに、ボクは日向クンの唇にちゅっと吸いついた。

Back 〕  〔 Menu 〕  〔 Next 〕 



25.運命の話 : 4/28
「ああッ、あっ、ひぃ……んぁ…っ、きもちぃよぉ…アンっ、ひなたクゥン…」
「お前、っ、いつもより乱れて…、くっ、こんな、あっ」
「もっと、激しくして、ッいいからぁ…! キミので、ボクを…、あはぁぁッん、…ぁ!」
ボクは今、キングサイズのベッドに寝そべり、彼の欲望をその身に受け入れている。
あれから日向クンにエスコートされて、ホテルの上階にある部屋に来た。レストランよりも下の階だったけれど、その夜景は見劣りすることなく美しいまま。落ち着いた色調のモダンなインテリアが並べられ、室内の広さと居心地の良さはさすが高級ホテルといったところだ。
お酒が抜けないボクに、日向クンは甲斐甲斐しく世話をしてくれた。皺になるからとジャケットをハンガーに掛けてもらい、ミネラルウォーターを冷蔵庫から出してくれ、ベッドに優しく寝かしつける。1時間ほど経って、漸くちゃんとした足取りで歩き回れるようになったボクは、1秒でも早く日向クンと繋がりたい一心でカラスの行水のようにシャワーを済ませた。バスローブを着るのももどかしく、裸のまま彼に抱き着いてしまった。
散々日向クンに快楽を教え込まれた体だ。彼の手と舌により全身をどろどろに溶かされて、すぐに後ろが疼いてしまう。堪らず大胆に入口を見せつけ、『早く…』と急かすと日向クンは熱く滾ったそれをボクの中へと侵入させた。

「あ、あ、アアっん…あはっ、日向クンの、おっきくなったよ、……んっ」
「狛枝、きもちいいか? こまえだ…!」
「あんっ、いいッ…! すごくいいのぉ…っ、最高だよ、日向クン…! んぁああッふ…んぅ」
酔っ払って体の感覚が更に敏感になっているボクは、何をされても気持ちが良かった。突き抜ける快楽にビクビクと悶えて、ダラダラと止め処なく涎が溢れる。荒い息遣いの日向クンは腰の速度を落として、優しく緩やかにボクの奥を突いた。
「…ふぁ、ンッ、それ、感じるッ、あっあっあアアっ! あひぃっんッ! やぁ…!」
「もう、イきそうか?」
「うん…ッ、あっ、ンんッ、ボク、イっちゃう…、あんっ! 日向クンッ、ぁ、あっ、出るぅ…!」
ぶるりと震えて、ボクは腹に白濁を散らせた。達した快感に、ぎゅっと彼自身を締めつけてしまう。中で日向クンの分身がドクンドクンと脈打ったのが分かった。苦しそうに息を短く吐いていた日向クンだったが、ずるりと中の楔を抜いてしまう。
「あ…、ひぁたクンのが…」
体内を占めていた熱い質量がなくなり、ボクは落胆にも似た声を上げる。まだまだ足りない。もっともっと日向クンが欲しい。
「止めちゃ、嫌だよ、日向クン…」
今日はボクの誕生日でしょ? 何でもお願い叶えてくれるって、キミが言ったんだ。満足するまでボクは離さないよ。彼の頭を抱えて、強請るようにキスを送る。日向クンもそれに応えてくれたけど、キスをしたままボクを抱き上げて、窓際まで歩いて行った。
「ちょっと、日向クン?」
「折角綺麗な夜景なんだ。見ながらするってのもおつじゃないか?」
レースのカーテンを全部引いて、日向クンはボクを窓に向かわせるように下ろした。キラキラと輝く夜の光が眩しくて、ボクは目を細める。後ろからボクを抱き締めた日向クンは首筋に優しくキスを落とした。
「日向クン、恥ずかしいよ…」
同じくらいの高さの建物はないから、誰かに見られるという心配はしなくて良いだろうけど…。外からの光がまるでボク達を見ているかのような錯覚がするんだ。ここは嫌だと断るべきか…。迷っている間にも日向クンはボクの体に手を滑らせる。髪を梳き、鎖骨を撫でて、敏感な胸の飾りをくりくりと弄ってきた。ゾクリと肌が粟立って、ボクは熱い息を零した。
「は…っ、んんッ……、やっ、そこ…すごい……っ、ん、ん、あ、うぁ…!」
「ああ、狛枝…。夜景なんかより、お前の方が綺麗だよ。こまえだ、綺麗だ…」
肩口に当たるぬるりとした舌の感触。歯を立て、しゃぶりつきながら、下へと移動していく。日向クンの舌は肩甲骨を丁寧に舐め、背中をするすると艶めかしく動いていた。前に回された手も胸元から腹筋へと移動する。そこから更に下に進むのにそう時間は掛からなかった。
「アアっ、ダメ…、だめだよぉ…、ひなたクン…、ぃ…んぁッ」
「お前の体、柔らかくて、おいしい…。ここもトロトロだ」
男の象徴をやんわりと握られ、その気持ち良さにボクは生理的な涙が出てきた。くちゅくちゅと擦られて、彼の言う通り、蜜がぬるぬると芯に纏わりつく。
「はぁ、あっ、んぅ…! 日向クゥン、あんっ、もう挿れてぇ……! めちゃくちゃに、突いてよ…」
「分かってる。ああ、…すんなり入るな」
肉を割り開いて侵入する日向クンを、ボクは反射的に締め上げた。切羽詰まったような彼の息が耳元を擽る。
「っん、…ぁああッ、日向クンのが…、ボクの中で、はぁ、はぁ…」
「ふっ、…あったかい。お前の中…。動くぞ?」
「はひっ、あっ、ひぁッ、アああッ、アンっあんっ…、ふっ、くぅ…んン、」
ボクはガラスに手を突いて、容赦ない彼の責めに女のように喘ぎ声を上げた。熱くなった体から熱が伝わったのか、冷たかったガラスもボクと同じ温度になる。吐息で白く曇る透明なガラスは室内を反射し、日向クンが興奮気味にボクを犯しているのがくっきりと見えた。
「広いな、外…。地平線が、…丸くなってるぞ。向こうの…海まで見える」
「ふぁああんッ! あ、ああっひいぃッ、やぁんッ、日向クンの、あんっ熱くて、ボク…アはぁッ」
「なぁ、狛枝。同じ時代に、同じ国に、同じ時に…出会う確率ってどれくらいだ?」
いきなりそんなことを聞かれて、ボクは混乱する。え…、確率?
「ひぁッ…ひなた、クン…? アンっ、かくりつ……いっ、はぅ、はぁああんッ、わか、わかんない、よぉ…!」
「数学の先生なんだろ? 俺にも分かるように教えてくれよ。出会った2人が、想いを遂げて、結ばれる確率は…?」
うっとりとした視線で質問を投げかける日向クンに、ボクはぶんぶんと首を振る。正確な数字は知らない。だけど0がいくつあっても足りない位の確率なのはちょっと考えれば分かった。ボクが生まれて、日向クンが生まれて、その2人の人間が出逢って結ばれる。奇跡的な確率。偶然じゃない。日向クンと出逢えたのは必然。運命と言っても良い。
「日向クン、うんめい、だよ…。ボクらが、であったのは、運命…なんだ」
「うん、俺もそう思う。狛枝と逢えたのは運命。お前は、俺の運命の人…」
「あっ、アッ、やぁぁあッ、日向クン、あぁあぁッ、また、イく…っ、このまま、……! アああッ!!」
パンパンに膨張した本能の先から、ぴゅくっと透明な窓に白が飛んだ。日向クンもガツガツとボクを突き、やがて呻き声を漏らしつつ、その動きを止める。涙が瞳を覆って、ポロポロと落ちていく。
「狛枝、生まれてきてくれて、ありがとう…」
ぎゅっと後ろから抱き締められ、祝福の言葉を囁かれる。ボクが生まれたのはキミに出逢うためかもね、日向クン。ぼんやりと滲んだ雅やかな夜の光に照らされ、ボクはいつまでも日向クンに満たされていた。

Back 〕  〔 Menu 〕  〔 Next 〕