// Mirai //

37.ご無沙汰の話 : 6/28
傍にいてくれる優しい恋人の存在はボクの心のほとんどを占めていて、それが無くなってしまった時は胸にぽっかりと穴が開いたような酷い虚脱感があった。
日向クンから離れての生活は、彼と出会う前より精神的にも肉体的にも辛いものだった。1度知ってしまった蜜の味は、記憶の中でより甘美なものへと変貌し、逆に現実は辛さを増すばかり。彼に触れられない、彼の声を間近で聞けない、彼の体温を感じられない。彼の手料理を食べられなくて、必然的に外食やコンビニ弁当が増え、食事は味気ないものになった。ストレスだろうか、体重も2kg落ちた。
それでもボクは四六時中考えていた。日向クンがどうやったら幸せになるのか。朝から晩まで、家でも学校でも思考を巡らせていた。だけど答えは見つからなかった。もし彼が婚約者と結婚してしまったらと想像するだけで胸が苦しくなって、それ以上考えるのは無理だったんだ。激しい嫉妬と憤怒。相手の女を殺しに行ったりして…なんて、突拍子もないことも冗談じゃ済まない気がした。


第3体育館でボクと日向クンは抱き合いながら、いつまでもキスを繰り返していた。もう夜も遅いし、帰らないといけないのに、離れるのが名残惜しくて何度も何度も彼の唇に口付ける。日向クンもボクの唇を食むのを止めようとしない。
「狛枝、…お前痩せたな」
唇を離した日向クンがボクの腰回りを擦りながら、そう呟いた。キミには分かっちゃうんだね。キスをしながら「ちょっとだけだよ」と返事を返すと、日向クンは落ち込んだような顔つきで「ごめんな」と謝った。
「あはっ、謝らないでよ。キミがまた太らせてくれるんでしょ。…幸せ太り的な意味でね」
「お前も言うようになったな、狛枝。そうだな、覚悟しとけよ。あ、…そろそろ帰らないとな」
上方に掛けてある丸い壁時計はもう8時半を示していた。10時前には守衛さんが見回りをして、全部戸締りをしてしまうのだ。日向クンはボクの頭を撫でてから、そっと体を離す。そして何故か出入り口へは向かわずに別方向へと足を向けた。
「……日向クン?」
「さっきから、これが目についてさ。ちゃんと片付けろよな」
この場にいない誰かに文句を言いながら、彼が体育館の隅で拾い上げたのはバスケットボールだった。ああ、そういえば落ちてたっけ。几帳面な性格の日向クンは「仕舞ってくる」と言って、出入り口横にある体育倉庫の扉へ歩いて行った。………体育、倉庫。室内用の運動靴を履いている日向クンからは、キュッキュと床を擦る音がしている。対するボクは革靴を脱いで靴下だけなので、足音はしない。ボクはジャージ姿の彼の後をひたひたと静かに追った。これからするであろうことを考えて、メガネをポケットに入れる。…ふふ、色々とやりにくいからね。
「暗いな…。カゴ、どこだ?」
暗闇の中、日向クンは目を皿のようにしてバスケット用のカゴを探している。ボクは扉の傍のスイッチをカチリと押した。チカチカと点滅をしながら、青白い蛍光灯が点灯する。日向クンはボクを振り返って、「サンキュー」と礼を言い、ボールをカゴの中に押し込んだ。その間にボクは扉をカラカラと静かに閉めて、鍵を下ろしてしまう。
「あれ、狛枝…? 何でドア閉めちまったんだよ」
「何でって、…日向クン。もしかして、分からない?」
クスクスと笑いながら、ボクは彼の近くへと距離を詰めた。体育倉庫の中には色々な物が雑然と並んでいる。点数ボード、フラフープ、飛び箱に、ジャンプ台。バスケットボールの他にもバレーボールやサッカーボールのカゴもあった。ああ、ちょうど良い所に…。ボクは幾重にも重なっている白いマットを視線で捉え、口元を歪める。日向クンはボクの様子から何を考えているのか察したようだ。困ったように笑って、ボクにストップのジェスチャーをした。
「こ、狛枝。とりあえず、家まで我慢しよう。ここではマズいだろ…!」
「……嫌だね。だって無理だもん。今すぐ日向クンにシてほしいよぉ…」
カーッと顔が赤くなっている日向クンの首に腕を回して、濃厚なキスを仕掛けた。逃げられちゃうかな?と思ったけど、日向クンはそうしなかった。口内に押し入ったボクの舌に、自分のを遠慮がちに絡めてくれる。しばらく互いの舌の感触を味わっていると、日向クンはぎゅっとボクの背中を抱き締めて、息を切らしながら激しく口付けてくる。ボクはほくそ笑んだ。どうやら目覚めたようだ、飽くなき精力を持つ獣が…。


……
………

体育倉庫は普段から密閉されてるから、ちょっと空気も湿気ている。それに埃っぽい。ボクがマットに腰を下ろして、「来て…?」と呼び掛けると、息を荒げた日向クンも向かい合うように膝を突く。体育で使う普通の白いマットだ。生徒達が乗ったり踏んだりしてるから、お世辞にも綺麗とは言えない。きっとスーツも汚れてしまうだろう。だけど例えそんな場所でもボクは日向クンと早く交わりたかった。
「…っ、ぁ…こまえ、だ……狛枝ぁ…!」
「ん、ンんッ…あぁ…、日向クン……ッひぁ、た、クゥン…」
キスの合間に名前を呼び合う。日向クンは真っ赤な顔で、ジャージのファスナーを下ろした。もたつく手でそれを床に置き、更に着ていたTシャツの裾を両手で持って、上に豪快に引き上げる。均一の取れた無駄のない伸びやかな体がその下から現れ、ボクは堪らなくなって褐色の乳首に吸いついた。
「ぅあ……、ふ、狛…枝、…」
「ふふふ…。んちゅ…、日向クンの、ハァ…汗の味、しょっぱいねぇ…」
久しぶりの日向クンの体に、ボクの全身が高揚している。触られてもいないのに、ボクの下半身が熱くなってビクビクいってるんだ。反対側の乳首を手で弄りながらチラリと日向クンの顔を見上げると、彼は目をきつく瞑って快楽に耐えていた。ボクの舌が先端を撫でる度に体が揺れる。腹筋に手を滑らせていると、日向クンは耐えきれなくなったようで後ろ手に手を突いた。
「も、もう…良いだろ? 狛枝…。俺ばっかりじゃなくて、お前も…」
体勢を前のめりに戻した日向クンは、キッとこちらを睨み上げる。そしてボクのネクタイに手を掛けた。しゅるりと引き抜いて、プチプチと長袖のYシャツのボタンを外す。その下に着ているアンダーシャツを捲って、ボクの胸元に唇で触れた。
「あっ……ん、ひゃ…んふぅ……んっん、ぁ…」
「…乳首、ツンってしてるぞ。俺の舐めてて、こうなったのか?」
「んはぁ…! アンっ、あっあぁ、ンッ…日向クン…、ふぁ」
「駅のトイレでシた時も、ハッ……、思ったけど…。スーツ姿のお前って、ホント…エロい……ンッんっ」
ぴちゃぴちゃと胸の飾りを日向クンに執拗に責められて、ボクは意識が朦朧としてきた。だけど体の感覚だけは鋭敏で、与えられる刺激にビクッビクンッと反応している。ヌルヌルと舌がボクの胸を這いずって、乳首を突っつき回した。1週間ぶりだからかセーブなんて出来ない。もうすぐそこまで熱情が来ていた。パンツの中で本能が窮屈そうに暴れ回ってる。
「あんっ、アんッぁああッ、やぁ…、きてるよぉ…! ひぁたくん…あぁうッ」
「じゅる…、……ん? 狛枝、もうイきそうか?」
「イ、くぅ…。ボク、あっあ、あはぁ…くる、…ッはぁ、きちゃ…っ、アッあぁあああッ!」
ガクガクと腰が揺れて、ボクはパンツの中に大量の熱を吐き出した。嘘…。白く霞がかっていた頭が徐々にクリアになってくる。ボクの全身は薄らと冷たい汗を掻いていた。大きく息を吸って、吐き出す。それを繰り返すことしか今のボクには出来なかった。
「はぁ……ハッ…、う…、ん…はぁ、はぁあッ」
「……狛枝?」
目の前には日向クンの驚いた顔があった。こんなに早く達してしまうなんて、初めてのことだ。信じられない気持ちになって、ボクはそっと自分の股間に手を置く。少し動かすと、パンツが擦れてぬるりとした感触を体に伝えてきた。本当にボク…、出しちゃったんだ。
「狛枝…。もしかして、胸だけでイったのか?」
「……う、うん」
恥ずかしくて、日向クンの顔が見れない。はしたないって思われるかな。俯いたままでいるボクの頬に日向クンは掌を当てる。大きくて骨張ってて温かい。
「こっち向けよ、狛枝」
「んんんぅううう…! ひなたクン…。やっ、だって…ボク……」
「1週間我慢してたのは、お前だけじゃないぞ。…ほら、俺のも」
そう言って、彼はボクの手を自分の股間へと導いた。すごい…! ジャージの上からでも分かる。日向クンの、はち切れそうなほど大きく、熱くなってる。布越しに感じる脈動にボクはぶるりと鳥肌が立った。こんなに太くて硬くなってるなんて…。どうしようどうしようどうしよう。萎えていたはずの本能がピクピクと慄く。
「濡れてるの気持ち悪いだろ? ベルト外すから、腰上げてくれるか?」
コクンと頷いて、ボクは日向クンの言う通りにした。カチャカチャとベルトを外して、スラックスのチャックを下ろす。日向クンはそっとパンツを捲った。そこはびちょびちょに濡れていて、もう目も当てられない状態だった。芯にヌメヌメと絡み付く半透明の液体が、下生えと球にまで及んでいる。
「……気持ち良かったか? 狛枝…」
「ん…っ。だ、だめ……アっ、日向クン…、触ったら、はぁん…ッまた…!」
日向クンはボクの治まりかけた熱を優しく握り込んだ。くちゅ…くちゅん…と卑猥な音が響いて、彼の指の間からテラテラと光る粘液が滴っていく。それを見た日向クンは満足そうに唇を歪ませた。触っていない方の手で器用にボクのスラックスとパンツを足から引き抜くと、彼はボクの後ろの窄まりに濡れた指先をつぷりと侵入させる。
「……ん、キツイな。指が全然入らないぞ。狛枝…、痛いか?」
「だい、じょうぶ…」
圧迫感があるだけで、痛みはそんなにない。しばらく日向クンに構ってもらえてなかったボクの体は、知らない間に微妙に変化しているようだ。固く閉じられた後孔が日向クンの指を押し返そうとしている。ちょっとしか入らないらしい。じれったくて腰が微かに動いてしまう。
「ひな、たクン…、も、挿れて……いい、よ?」
「ダメだ。まだ全然解れてない。裂けちまうぞ…。……うーん」
真剣な顔つきで指を動かしていた日向クンだったけど、ボクの狭過ぎる入り口に悩ましげな声を漏らした。まさか止めちゃうの…? 嫌だよ、日向クン。ボクの中をキミのでグチャグチャにかき混ぜてほしいんだ。そうしてくれないとボクは絶対帰らないからね! そんな決意を胸に日向クンの挙動を見守っていると、彼はボクの窄まりに顔を近付けた。ワンテンポ遅れて、ボクの体に稲妻のような衝撃が走る。
「んんンっ!? あっ…はぁああ…、ひにゃ、たクンッ! アンっ、やぁ、あぁんあんッあんっ!」
「……はぁ、狛枝。…待ってろ。ん、ちゅる…。すぐに俺の、挿れてやるからな…!」
「ら、めっ…アん、ダメぇ…! きたない、よぉ、…そんなとこ、なめたら…ぁ、ふぅ、んんッ」
ボクの後ろの穴が日向クンの指と舌で緩やかに解されていく。襞をなぞるように舌が繊細に動き、指で広げられて出来た空洞にずぶずぶと入り込んだ。あまりの衝撃にボクはやがて喘ぎ声しか出せなくなった。口を閉じることが出来ない所為で、涎が首にまで流れてきている。力なく体が痙攣し、下腹部に急激に熱が集まってきてるのを意識した。
「あはぁああッ! あっアッ、んぁ……っひぃいい、い、ぅ…ひぁ、たクゥン、あ、んぁああッ!」
「ふぅ…、大分…柔らかく、なったぞ。ハァハァ…。ははっ、これで、狛枝の中に…入れる…!」
「あ……っ!」
後孔から指と舌が離れて、ボクの中で解放しそうになった熱に歯止めがかかった。でも気持ち良さを奪われて、気落ちしていたのは一瞬だけ。すぐにボクの1番欲しかったものが目の前に現れる。日向クンがズボンを下ろした先には待ちに待った彼自身が存在していた。立派に成長して、天を真っ直ぐに向くそれ。芯は浅黒く、血管がどくどくと浮いていて、とても逞しい。つるりとした先端にある割れ目がひくひくと動き、その度に透明な液体が溢れ出ている。日向クンは熱に浮かされた表情で、ボクの入り口にそれを擦りつけた。ああっ、すごく熱いよ…! まるで燃えているみたいだ。
「挿れるぞ、狛枝……。ふっ……ぐ…、き、つ…!」
「ん…ぁあッ! 〜〜〜ッ、あっ、はーッ、あ……、ん、ん、ん…ふ、」
「これで半分…だ。痛くは、なさそうだな。このまま全部、挿れる……く、」
眉間に皺を寄せ、日向クンは力んだ。ズンとお腹を押し上げる熱い衝撃に、ボクは意識が飛びそうになる。みちみちと彼自身で肉を裂かれる感覚にゾクリと肌が粟立った。すごい、すごいすごいすごい! すごく、気持ち良いよぉ!
「あはぁぁ、ああっ…。日向クン、日向クン…、アッあひっ、ひぁたクン…!」
「こまえだ、こまえだぁ…! うぁっ、すごい、締まる…っ。あ、あぁあ、んぁ」
「きもひぃよぉ…っ、ひなたクン! キミのが、あっ、ボクを、あっアッ……っ、んんんんッ!」
日向クンのが最奥まで届いた瞬間、ボクはまたも熱を解放させてしまった。白濁がお腹の上に散る。まただ…。ボクの体、一体どうしちゃったんだろう。達した余韻で戦慄く体を日向クンが抱き締めてくれる。
「いっぱい我慢したんだな。ありがとう、狛枝」
「日向クン…。んっ…ん……」
貪るようなキスをされながら、奥をゴリゴリと抉られる。久しぶりの日向クンだ…。ボクの体は歓喜と興奮にぶるぶると震えていた。ゆっくりと日向クンが抽送を始める。さっきとは比べ物にならないくらいの快楽がボクの体の奥を駆け抜けた。カッとした熱が瞬時に生まれ、萎えていたボクの欲望がどんどん膨らんでいく。
「あっあっんぁッ、はぁ…はー、あぅ…! 日向クン! あぁっ、や、はげし…んぁあ、」
「狛枝、の…なか……、いい、イイ、ぞ…。あ…やばい……ふッ」
「アアっ、ふぁあッ、あ、日向クンの、あ、あつい…、やらぁ…! そんなっしたら、あっあっ」
日向クンの腰の動きはどんどん速くなっていった。猛り狂った日向クン自身がボクの内側を熱く焦がす。体育倉庫にじゅぶっじゅぶッと日向クンと繋がっている水音が響き、ボクの聴覚をめちゃくちゃに犯した。日向クンのアンテナ越しに見える打ちっぱなしの倉庫の天井。中心にある蛍光灯を見つめたまま、ボクは嬌声を上げ続けた。
まるで嵐の大海原に投げ出された船のようだ。荒れる波に揺られ、横殴りの雨風を受け、ひっくり返りそうになっている小舟。突き上げられる衝撃に放り出されそうになりながら、ボクは必死に日向クンにしがみ付く。ああ、どうにかなっちゃいそうだよ…! 何も、考えられない。ただ日向クンに合わせて、腰を動かすだけだ。
「っ…狛枝、好きだ、好き。…ずっと、これから先も、愛してる、お前を…っ」
「ひな、あ…っひなたクン、アッあはぁ…! ボクも、好きぃ、あい、して、る、ああーッはぁ、ん、ふぁあ…」
「ごめ…ん、狛枝。もう、無理だ…。出したい、お前のなかッ、あ、あっ、〜〜〜ッ」
「、う、ひぃいいい、んっ…いい、からぁ…! だひて、日向クン! あっボクも……、ん、やぁああ…ッ!」
欲望を解放したと同時に、体内にじんわりと日向クンの熱が広がったのが分かった。でもボクに理解出来たのはそこまでだった。頭が真っ白にスパークして、ボクはマットにドッと倒れ込む。…その後のことは全く覚えてない。


「…やっと起きたか、狛枝。体、大丈夫か?」
「あ…、日向クン?」
気がついた時には体育倉庫とは違う空間にいた。ボクが寝てるのはベッド? あれ、天井がやけに低い位置にあるな。ぼんやりしながら重い体を起こそうとすると、ベッド脇にいた日向クンが体を支えてくれる。ここは、どこだろう? ボクや日向クンのアパートじゃない。でも見たことがある部屋だ。ボクが寝ているのはどうやら2段ベッドの下段らしい。6畳ほどの部屋にこの2段ベッドとパソコンデスクがあるだけの簡素な場所だった。辺りを見回すボクに日向クンはホッと息を吐く。
「東側にある仮眠室だよ。ここまで運ぶのが限界だった。……悪かったな。その、…激しくして」
日向クンはバツが悪そうに視線を逸らして、顔をポリポリと掻いた。
「……いいのに。ボクもキミにそうしてほしかったから…」
優しくされてたら、ボクの方からおねだりしてただろう。「日向クン、もっと」って。ボクの体は綺麗になっていて、服もちゃんと着ていた。パンツも気持ち悪くない。日向クンが後始末してくれたのかな?
「ここに泊まれれば良かったんだけど、やっぱり帰らないとダメみたいだ」
「普通はそうだよ。…ボクはもう大丈夫だから。帰ろう?」
2人で一緒に。ボクの微笑みに、日向クンも照れたようにはにかむ。差し伸べたボクの手を、彼は力強く握り返してくれた。もう迷わない。これがボクの生きる道。キミと歩む幸せの未来。日向クン…、世界で1番愛してる。

「やっぱり、占いなんて当てにならないね…」
「ん? 占い?」
「ううん、こっちの話だよ。…行こうか」

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38.七夕の話 : 7/7
梅雨ももう終わりかけみたいだね。ボクの体を撫でる風は爽やかで、冷たくも温かくもない温度だ。隣の日向クンは歩きながら空を仰ぎ見ていた。そして残念そうに溜息を1つ吐く。時刻は夜の8時。辺りは夜の帳に落ちていたけど、彼が探しているものは恐らくなさそうだった。
「やっぱり都会じゃ無理か…。天の川」
「残念だけど、そうだね」
そう言って、ボクも同じように空を見上げた。上空には弱く光る星がチラホラと見えるだけで、まばゆく輝く天の川や夏の大三角は視認出来ない。そもそも天の川は1年中見えているものだ。空気が綺麗な場所ならどこでも、という制限付きで。だけど七夕というイベントが先行しているからか、7月7日=天の川のイメージが強い。織姫と彦星が含まれる夏の大三角も実は旧七夕である8月上旬の方が良く見える。天文部の合宿が8月の第1週にあるから、丁度見頃になるかな。
「星はさ、8月になったら見られるよ。だから大丈夫…」
「ああ、合宿か! 長野は星綺麗みたいだな。毎年夜は速攻で寝てたから、そこまで見てなかったんだ」
「ふぅん」
運動部の夏合宿はかなりキツいらしい。昼間は炎天下のグラウンドや蒸し風呂状態の体育館で、ヘトヘトになるまで体を虐め抜き、夕方にゾンビのような風体で合宿所へと帰る。そして夜は夜で寝支度を済ませたらすぐに眠気が襲ってきて、9時くらいには鼾を掻いている。と前に日向クンが言ってた。うーん、ボクには一生無縁な運動量だな。
「…8月の合宿、日向クンと一緒に行けるんだよね。ふふ、楽しみ!」
「はぁ…、色んな部に掛け合って、調整して…。本当に大変だったな、あれは」
日向クンの頑張りのお陰で、彼が顧問を務める陸上部とボクが顧問を務める天文部は合宿時期が重なっている。向こうは2泊でこっちは1泊という違いはあるけど、一緒に一晩過ごすことが出来て、ボクは今からとてもワクワクしていた。
「大変だったんだね。ご苦労様。…ありがとう、日向クン」
「あー、どういたしまして」
「嬉しいなぁ、ボクのためにそこまでしてくれるなんて」
「………。半分は俺が狛枝と一緒にいたいからだけどな…」
ふいに隣の日向クンの手がボクの手に軽くぶつかった。僅かに指の節の感触が伝わる。日向クンがハッとしたようにこっちを見た。何か言いたげに唇が動いたけど、結局声は掛からなかった。手は繋げない。ここは外だから。ボクと日向クンの関係というのは、そういうものなんだ。でもそれで良いんだ。
考えが腹に落ちたところで、進行方向の先にはボクらが勤める学校の正門が見えた。中にいる守衛さんに鍵を開けてもらって、2人連れ立って中に入る。昇降口のガラス扉は全開になっていて、今回の目的である大きな笹が2本アーチのように柱に括りつけてあった。
「悪いな、狛枝。何か手伝わせちまって」
「日向クン1人じゃこの量は大変だよ。他の先生方にも手伝ってもらった方が良いくらいじゃないかな」
「2人いれば十分だ。すぐ終わるだろ」
頭を掠めるほど重く垂れ下がっている笹の葉には、赤や青、オレンジ、紫、ピンクなど色とりどりな短冊がたくさん枝に結んである。プラスチックで出来た飾り短冊とか、金色の折り紙で天の川を模した飾り、紙風船のような丸いポンポンなんかが添えられる。中々煌びやかで華やかな空間だ。先週くらいだったっけ。朝礼で生徒に2枚ずつ短冊を配ったんだ。下がっている短冊には、出席簿で見た名前も見受けられる。
「…俺、こっちの方やるから。狛枝はそっち頼むな」
「OK」
早速、笹に結んであるそれらを日向クンと一緒に外しにかかった。そう、ボクは笹を片付ける日向クンを手伝うために来たのだ。
ボクは季節の行事には本当に無頓着だ。特に願掛けなんてものにはまるで現実味を感じない。だけど日向クンは信心深い家庭に育ったらしく、見た目とは裏腹に行事の由来や成り立ちも良く知っていた。7月7日である今日は日曜日だ。ボクとしては明日の放課後に笹を撤去しても問題ないと思ってたんだけど、日向クンは今日の内が良いと言って、1人で学校に行こうとしていた。近所の商店街なんて、8日まで笹の葉飾ってあるよね。まぁお正月で初詣に行った時も、大した金額お賽銭箱に入れてないのにあんなにお願い事してたくらいだしな。今時こんな人もいるんだなぁと日向クンをチラリと見ながら、ボクは手を動かした。

『ドーナツがいっぱい食べられますように! 朝日奈 葵』
『今年こそ、世界征服しちゃうぞ☆ 江ノ島 盾子』
『ぶー子は僕の嫁。誰にも渡さん!! 山田 一二三』
『下僕が1人ほしいです。セレスティア・ルーデンベルク』
『サマージャンボ3億円!! 葉隠 康比呂』

何とも欲望に塗れた願い事だなぁ。願い事じゃなくて、主張のようなものもある。ボクはくくっと笑いながら、それらを丁寧に外していく。近くに教室に置いてあるのと同じ学校机があったので、日向クンがしているように短冊をそこに重ねた。イラストが描かれている飾り短冊を手にしたボクは、後方にいる日向クンに声を掛ける。
「このプラスチックのはどうするの?」
「燃えないから、一緒に外してくれ。折り紙の飾りとかはそのままで良いぞ」
「分かったよ」
短冊だけ外すのは、明日の朝に神社に持って行ってお焚き上げをしてもらうからだって。後はゴミ収集車行きかな? 願い事の短冊はまだまだいっぱい結ばれている。

『家族みんなが明るく健やかに過ごせますように。不二咲 千尋』
『兄貴に追いつきてぇ 大和田 紋土』
『ブロックコンで入賞出来ますように! 舞園 さやか』
『我を倒すことの出来る強き者が現れることを願う。大神 さくら』
『期末テストで良い点が取れるといいな 苗木 誠』
『志望校に合格出来ますように。石丸 清多夏』

さっきの子達とは違って、真面目な願い事ばかりだった。普通、七夕に願うことってこんな感じだよね。みんなのお願いが叶いますように…。そんな祈りを込めながら1つ1つ外していく。壁側の方にも短冊はある。さらさらと葉を掻き分けて、ボクは裏側へと回った。

『上手くいきますように… 戦刃 むくろ』
『告白が成功しますように! 桑田 怜恩』
『白夜様と仲良くなれますように 腐川 冬子』
『断る 十神 白夜』
『特になし 霧切 響子』

こっちは恋愛関係のようだ。何でわざわざ短冊飾ったんだろう?と首を捻る願い事もあったけど、構わず外していった。学校机には短冊が山のようになっていた。もう手の届きそうな所に短冊はないかな。緑色の笹の葉をざっと視線で浚う。……あ、1つだけ残ってた。枝がしなっている高い所だ。ボクの手がやっと届く位置に、水色の短冊が外からの風に吹かれて揺れていた。垂れている笹の枝の先端を掴んで引き寄せると、短冊が近くへと下りてくる。
「ぁ……、」

『ずっと隣にいられますように』

角ばった男性的な字で、それは書かれていた。筆圧が強いのか画用紙の裏側が少し盛り上がっている。名前は書かれていなかったけど、ボクはそれを書いたのが誰かすぐ分かった。大好きな人の筆跡は強く記憶に残っている。
「日向クン…」
ボクは片手で紐を解くと、それを両手の上に乗せた。何度も何度もその文字を辿って、言葉の意味を噛み締める。言葉では言い表せない何かが胸に込み上げて来て、目頭がツンと鈍く痛んだ。日向クン、日向クン、日向クン…。お星様にお願いしなくても、ボクはキミの隣にいるよ。胸元に短冊を寄せていると、後ろから「狛枝?」と名前を呼ばれた。
「どうしたんだ? あ、それ…」
見つかったか。というような子供っぽい表情で日向クンは照れ笑いする。
「……やっぱりキミのだったんだね」
「何で分かったんだよ。名前、書いてなかったのに…」
「ふふふ、分かっちゃった」
「俺も狛枝の短冊見つけたぞ。これ、お前の字だろ?」
得意気な表情で、日向クンは黄緑色の短冊をボクに突き付けた。

『この幸せがこれから先も続きますように』

キミだって名前が書いてないのに、ボクの短冊だって分かったじゃないか。ボクが目を細めて「当たり」と言うと、彼は「やっぱりな」としみじみしながら短冊を見つめていた。お互い似たようなことをお願いしていたようだ。
「お前も短冊吊るしてたんだな。興味なさそうだから書いてないって思ってた」
「書くつもりはなかったんだけど、成り行きでさ…」
星に関する部活の顧問をしている手前、書かざるを得なかったというのが正しい。傍目から見たらとてもぼんやりとした願い事だろう。だけどボールペンで文字を書きながら、ボクはひたすら日向クンのことを考えた。今、ボクは幸せだ。これ以上の幸せはもう要らない。だから少しでも日向クンと一緒にいられる今が続くように。そんな願いを込めた。
「短冊にお願い事なんて初めてだったけど。…悪くないね、こういうの」
「そうだろ? 意外と良いもんだって思うよな、七夕!」
日向クンは声を弾ませながら、学校机の上の短冊を集めてA4サイズの封筒に突っ込んだ。七夕だからという訳じゃないよ、日向クン。キミだから。キミとのことを願うのは悪くない。そういう意味なんだ。でもこれは言わなくて良いかな。
柱に括ってあるスズランテープを巻きとる。何だか勿体ないとは思うけど、笹なんて他に使い道がないから仕方ないか。
「これ結構でかいよな。狛枝、1人で持てるか?」
「平気さ、これくらい」
バランスを保つのが微妙だけど、重くはない。学校裏のゴミ収集場所に置いておけば、業者の人が持って行ってくれるらしい。よいしょと大きな笹を右手側に担ぐと、同じように笹を持った日向クンがじっとこっちを見ていた。
「な、何かな?」
「……狛枝、綺麗だ」
日向クンは優しげに目尻を下げて、ボクに一歩近づいた。彼の後ろには青々とした笹の葉が覆い被さっている。和風な顔立ちの彼に笹は良く似合う。ボクの頬にすっと日向クンの手が伸びた。温かい彼の体温が乗り移って、顔全体が熱くなってくる。
「本当に綺麗。…七夕飾りがあるからかな。お前が織姫に見える」
「………バカじゃないの? キミ…」
他に返す言葉が見つからなかった。…ああっ、もう! 気障ったらしいセリフに顔面が沸騰する。どうして面と向かってこうも恥ずかしいことが言えるのかな? 日向クンの精神構造は理解しかねるよ。両手が塞がっているから、頬に当てられた手は振り払えない。日向クンは微笑んで、ゆっくりと顔を近付けてきた。あ……、キスされる。抵抗する気も起きないまま、ボクは静かに目を閉じた。唇のふにっとした感触が掠める。
「狛枝……」
「ひ、日向クン…。守衛さん、正門に…いるのに」
「大丈夫だ。笹の葉で隠れて見えてねぇよ」
日向クンは何事もなかったように、さっと体を離した。そしてゴミ集積所に向けて、廊下を進んでいく。日向クンは、卑怯だ。ボクをこんな気持ちにさせといて、自分は飄々としている。一言言ってやりたいけど、何て文句をぶつけたら良いか分からない。ボクは心痛を抱えながらも、彼の3歩ほど後ろを静かについていった。胸の鼓動が落ち着くまで、隣を歩くことは出来そうにない。俯きながら日向クンの後ろ姿を追いかけていると、彼のカーゴパンツのポケットに何かが入ってるのに気付いた。黄緑色の紙から白い紐が飛び出ている。もしかして…。
「それ、ボクが書いた短冊……」
ボクの呟きに日向クンがくるりと振り返る。何で持ってるの?と視線で問いかけると、彼はカーッと顔を赤くして、早口で「別に良いだろっ」と返した。
「この願いを叶えるのは星じゃない。……俺だ。だとしたら、お焚き上げの必要ないってことだ…。違うか?」
「〜〜〜〜〜っ」
それ以上のことは言わずに、日向クンはさっさと歩いて行ってしまう。彼の言葉を聞いて、ボクはその場に崩れ落ちるかと思った。胸に広がる気恥かしさとムズ痒さに今すぐゴロゴロ転げ回りたい。日向クン、キミって人は! ……後であの封筒から日向クンの短冊を見つけよう。ボクもキミのお願いを叶えてやる! そう心に決めた。


「織姫と彦星は会えたのかな…」
「……ねぇ、さっきボクのこと…織姫って言ってたけど。キミは彦星なのかい?」
「…そう考えると、そうだな」
「そう…。ベガとアルタイルの距離は、確か14.4光年だったかな。1光年=9兆4600億kmと考えると、大体136兆km…。とてもじゃないけど年に1回は無理だよ、日向クン」
「お前な! 夢もロマンもないこと言うなよ…!」
「ええ〜? キミがロマンチスト過ぎるんじゃないの?」
「普通だ!」
「……それで、136兆kmの天の川をキミはどうやって渡るつもり?」
「泳ぐ」
「は?」
「だから、泳ぐ」
「………」

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39.アイスの話 : 7/14
同僚で恋人でもある数学教師は暑さにも寒さにも弱く、運動や外に出ることも嫌いで、俺とは正反対だ。俺が「外に出よう」と誘っても、狛枝は「暑いよ」の一言を返すだけで、微塵も動こうとしない。だから最近のデートは互いの部屋か、外に出るにしても夜だ。今日はそんな彼の部屋にお邪魔することになっている。
「よし、そろそろ行くか」
狛枝のアパートは最寄駅の丁度反対側で、歩いて5分も掛からない。途中にある駅前近くのコンビニでアイスを買って、いつものように狛枝の部屋へと向かった。ジリジリと焼けつくような太陽も夕方になったからか少しは控えめだ。でも皮膚呼吸を阻むかのように湿気が纏わりついて、少し気持ちが悪い。
「狛枝〜、来たぞ。開けてくれ」
いつものようにインターフォンを鳴らしてしばらく待つと、「はぁい」と気だるげな声とともにドアが開いた。
出てきた狛枝は謎の模様が入ったTシャツに下はボクサーパンツという、かなりだらしがない格好だった。学校での彼といえば、クールビズにも関わらずビシッとYシャツにスラックスを着こなしているので、かなりギャップがある。狛枝は中性的かつ爽やかなイケメンで、学校でも生徒や保護者から人気がダントツで高い。彼が教鞭を振るう夏期の特別講習も、数学ではなく彼目当てで集まったと密かに噂になっている。容姿頭脳共に完璧である狛枝の実態が、こんな怠惰な生活をする男だとは学校関係者は欠片も思うまい。
「………」
俺はさり気なく視線を落とした。ボクサーパンツから伸びる白くしなやかな脚。少し筋張った太もも、引き締まったふくらはぎ、それからほっそりとした足首。サラブレッドさながらの完璧なそのラインに、俺はゴクリと唾を飲み下した。見慣れていてもこれはかなりクるぞ…。無意識の内に俺は勃ってしまっていたのだが、暑さにテンションが低下している狛枝は気付かない。目敏くコンビニの袋を察知して、「ありがとう、日向クン」と笑顔でそれを奪い取って行った。
「…狛枝、服着ないのか?」
「何で? 暑いよぉ」
着てほしくもあり、着ないでほしくもある。ずっと見ていたいけど、正直その脚でウロチョロされたら、俺は目のやり場に困る。そんな俺の考えを知らない狛枝は、ビニール袋からアイスを1本取り出して、口に入れた。
「んー…? 日向クンが選ぶアイスって、何だか庶民的だよね」
庶民的で悪かったな。俺が狛枝のために選んできたのは、果肉が入ったフルーツジュースのシャーベットアイスを全種類だ。コンビニじゃそれほど品数ないからな。適当だ。
味にうるさい彼が良く食べるアイスと言えば、1カップ300円弱もする高級アイスである。食べたい時用にいくつもまとめ買いをして、冷凍庫に保存しておくらしい。それを初めて聞いた時、こいつとは住む世界が違うんだとカルチャーショックを受けた。そんな高級アイス、俺は3割引きでもなければ絶対に買わない。先月は「日向クン、スイカ好きでしょ?」と、1つ1980円もするスイカを買ってきて、俺は卒倒しそうになった。狛枝の金銭感覚というのは本当に分からない。
反対に俺が2kg300円で梅をゲットしてきた時の反応は、ものすごく薄かった。「すごいねぇ」とニッコリと笑うものの、すぐに興味なさげに雑誌に視線を落とす。狛枝はスーパーでの通常価格というものを分かっていないらしい。ちなみに梅はグラニュー糖と酒で浸けこんで、梅酒へとクラスチェンジした。毎日飲んでも無くなる気配がしないくらい大量だ。狛枝は俺のアパートに来る度にかき氷を作り、それに梅酒を掛けて美味しそうに食べている。腹を壊すから1日に3杯だけという約束で。
「日向クン、食べないの?」
ソファに寝そべって、足をブラブラさせている狛枝。赤い舌をチラつかせながら、アイスを齧っている様が何かエロく見えてしまった。アイスじゃなくて、お前にしゃぶりつきたいんだけどって真顔で言っちまいそう。俺は「食べるよ」と言って、自分の分のアイスを手に取り、残りを冷凍庫へ仕舞いに行った。


「思ったより美味しかったよ、これ。良い感じの酸味」
「他にまだピーチとリンゴとグレープがあるぞ」
「わぁ、いっぱいあるね! …日向クンが食べてるのは何味?」
アイスを食べ終わったらしい狛枝は俺のアイスに視線を向ける。狛枝がソファを占領しているので、俺はソファを背凭れにして床に腰を下ろしていた。無邪気にニコニコ笑っている顔越しに、艶めかしい美脚が揺れている。狛枝は体の隅から隅まで厭らしい。言葉の綾ではなく、本当にだ。華奢な鎖骨、淡い桃色の乳首、綺麗に割れた腹筋、括れた細い腰、スッと上がり気味の尻、そして形の良い足…。下腹部から湧き上がる熱を抑えながら、俺は短く返答する。
「あずきだよ」
「一口ちょうだい」
狛枝は少食だけど、食い意地が張っている。少なくとも食に無頓着ではない。米は嫌だパンが良いと言う奴が無頓着の訳ない。俺が無言でアイスを向けると、狛枝は桜色の唇を開いてあずきバーに齧り付いた。並びの良い小さな歯型がアイスの先端に刻まれる。
「ん〜。もう1本!」
「狛枝…」
立ち上がって冷凍庫へ向かおうとする狛枝を俺は引き止めた。表面が溶けて滴りそうなあずきバーを無言で差し出すと、彼はきょとんとしていたが、すぐに合点がいったようで口を開けた。…引っ掛かったな。
「ん!?」
近付けたアイスを引っ込めて、不意打ちのキス。狛枝は本当にビックリしたようで、抵抗らしい抵抗をしてこない。半開きの唇から舌を差し入れて、狛枝を捕えると離さないように絡める。
「んんっ……。ゃ、ううんっ、ひ、な…」
舌に残ってたあずき味は掻き消えて、あっという間に甘酸っぱいオレンジの味が広がった。キスの味には丁度良いかな。
持っていたあずきの冷たい塊がソファにボタリと落ちたけど、それでも構わずに狛枝の唇を貪った。額から流れる汗の粒が口元を掠めながら落ちていく。やがて唇を離すと狛枝は涙目で俺を軽く睨んだ。
「…日向クンの所為で、口の中変になっちゃった……っ」
「悪かった」
「謝る前に、もう1本持ってきてよ…」
照れ隠しで言ってるのが分かって、俺は苦笑する。それを見た狛枝は唇を噛み締めながら、耳まで顔を赤くした。全然怖くない。ゲシゲシと悔し紛れの足蹴りを食らいながら、俺はアイスを取るべく立ち上がった。

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40.寝起きの話 : 7/21
日向クンと一緒にいる間の時間の感覚は、1人でいる時と流れが少し違う。とろとろとゆっくり流れるのだ。穏やかで暖かくて、うっとりするような優しさが溢れている。きっと味わったら舌に微かな甘みを感じるような。彼とのひと時はいつもそうだった。


硬派な見た目とは裏腹に、日向クンはボクにくっつくのが好きだ。一夜を共に明かすと、大体朝は彼の熱い体温で覚醒する。今日もボクを優しく抱き締めていて、ボクが目を覚ますと、寝起きの掠れた声で「こまえだ、おはよ…」と耳元で囁いてきた。
「んん…、んぅ……、ひなた、クン…?」
目が開かない。開いてくれない。ボクは朝に滅法弱い。七海さんほどじゃないけど。今日みたいに休日だと目覚ましを掛けないから、10時前には起きることが出来ない。まぁほとんど日向クンと一緒だから、それで困ったりしたことはないんだけどね。ボーっとしつつ、手を前に動かして日向クンを探す。あれ、日向クン…。どこにいるの?
「狛枝、…こっちだよ」
さっきよりハッキリとした声が聞こえて、着ているTシャツの裾から手を差し入れられる。温かい掌の感触にボクは漸く目を覚ました。日向クンはクスクス笑いながら、やわやわとボクのお腹を撫でている。あ、…ん、何だか変な気分になってきちゃったよ。まだ朝も早いのに…。
「ん? 乳首がもう…」
「い、言わないでよ…っ!」
胸の飾りに指先で触れられ、日向クンが疑問を呈する。ボクはそれを慌てて遮った。…恥ずかしい。触られてもないのに、勃ってるなんて。彼はボクが黙り込んだのを見て、「…可愛いな、狛枝」と髪にキスをした。きゅっと乳首を抓まれ、ぼんやりとした感覚の体に刺激が走る。ボクは耐えきれず、「あ…っ」と小さな悲鳴を上げた。
「狛枝、……声、聞かせてくれよ」
「やっ…ん、だってぇ…。もう、朝…だし」
「朝だって良いだろ? 聴きたい。お前の声…」
悲しそうな声で懇願されて、ボクは仕方なく頷く。普通ならそういう行為は朝にするべきじゃないと分かってる。でも日向クンにお願いされたら断れないんだ。ボクは目を閉じて、気持ち良さに身を任せることにした。口を開けば自然と出てくるボクの厭らしい声。
「ん、んんッ……は、ぁあ…、あぅ…ン」
「うん。かわいい、…こまえだ。こっちも触らせて…」
「あ……んふ、ん、あ、ひな、あ…ひぁ…たクン、」
「はぁ…、こまえだ、狛枝ぁ」
もう片方の手がボクサーパンツの中に侵入してきた。半分大きくなったそれを日向クンが撫でると、すぐに涎を垂らしてふっくらと膨らんでいく。ヌルヌルとした液体を先端から広げるように纏わせ、やがて芯全体を包み込むようにして扱かれた。
「や、や…あ、ダメぇ…日向、クン…そんな、あぁんッ」
「昨日のじゃ足りなかったか? こんなに濡らして…」
「ちが、あ…んぁあ、それは、違うよぉ…。キミが、……ハァ、あっ」
眠気と快楽の狭間でボクは自我を保つのが精一杯だった。頭は微睡みの中にいるのに、体は与えられる気持ち良さに振り回されている。日向クンは浅く呼吸を繰り返しながら、手を動かし続ける。下方にはパンツに収まりきれないほどに大きくなったボクの欲望が見える。ああ、激しいよ…日向クン! 体の奥から熱情が顔を覗かせる。そんなにしたら、ボクもう…。ぶるりと小刻みに体を震わせたその瞬間だった。
「え……っ?」
日向クンの手がボクの下肢からパッと離される。気持ち良さを取り上げられ、後は解放するだけだったそこがゆっくりと萎えていく。後ちょっとだったのに…。ボクは泣きそうになりながら、後方を振り返る。
「ひ、日向クゥン…」
「悪い…、狛枝。お前の声聞いてたら、俺も余裕なくなってきてさ」
「あ……。日向クンのも…」
ギシリとベッドを軋ませて、日向クンが膝立ちになった。その中心にトランクスの布地を押し上げて、前開きから彼自身の赤黒い先端が見えている。日向クンはボクの体をうつ伏せにして、ボクサーパンツを下げた。「腰、上げてくれるか?」と言われ、その通りにすると、後ろを指でくにくにと触られた。彼の指が何本入っているかは見なくても感覚だけで分かる。それだけの回数、ボクは日向クンに抱かれ、愛されてきたから。今は中指と薬指だ。でもさほど間を置かずに、人差し指も挿れられた。
「……まだ柔らかいな」
「ひぁっ……ん、ひぃ……、ん、ふぁあ…、あ、ンッ…」
「…狛枝の中、吸いついてくるみたいだ。これなら…」
指が引き抜かれ、代わりに挿れられるものなんて1つしかない。ドクドクと熱く太い日向クン自身がぐいっと後ろから押してくる。
「あぁああっ、あ、日向、クンが…、なか、ハァハァ…! あぅうッ!」
「く、こまえだぁ…! はぁ、…あ、あぁ、入る…。狛枝…っ」
「〜〜〜っ、ん、んっ、あ…熱い、あつ、ふぁあ…ッ、んふぅ…」
「がまん、出来ない…。動くぞ、こまえだ…! あっあッ、あっ」
「ひぃ…ん、や、ひぁた、クン、ひゃあッ…。んんン、あ…!」
ボクの返事を聞く前に、日向クンは激しく腰を動かし始めた。気持ち良さを追いかけるようにボクも彼に合わせて体を揺らすけど、眠い所為で上手くタイミングが合ってくれない。日向クンをボクで気持ち良くさせたい。ボクも日向クンで気持ち良くなりたい。その一心で睡魔と闘いながら、ボクは一生懸命腰を振った。
「ひ、ぁたクン、きもちぃ? あんっ、ねぇ、…ボクのなか、…ンッ、きもち、いい?」
「いいっ、いいぞ。すごく、いい! こまえだ…! 締まって、蕩けそうだ…、あっはぁあッ」
「あ、…んぁッ、ボクも、きもちい、よ…。おしりが…日向クン、ので、あァん! い、ひぃい…」
強烈な眠気で頭がウトウトしてくる。体全体が疲労して、ベッドに沈み込んでしまいたいくらいだ。だけど日向クンと繋がっている所だけ燃えるように熱い。しっかりと腰を掴まれ、ガツガツと中を抉られる。朝なのに…、起きたばっかりなのに。明るい内からボク、日向クンとエッチなことしちゃってるよぉ…!
「日向クン…! あぁ…、ボク、出ちゃ、ぅ…! あっ、だめ、だめぇ…。ああ、あ、ああッ!」
「うぁ…、また、締まった…。ダメだ、俺も……っ! く…、」
シーツの上に欲望に塗れた液体を吐き出し、中にも日向クンの熱を出された。もう、ダメ…。快楽が昇華し、ボクに残ったのは眠気だけだ。日向クンとの行為は朝の軽めの運動といった所かな。気持ち良い疲れに、ボクはぐったりとベッドに倒れ込む。このまま眠ったら、すごく良く眠れるような気がするよ。迫りくる眠気にボクは欠伸を噛み殺し、静かに目を閉じようとしていた。しかし容赦ない言葉が上から降ってくる。
「狛枝……、何してるんだよ。今度は前からヤるぞ」
「ふぇ…?」
「まだ1回しかしてない」
「やだよぉ…、ボクもうむりぃ…」
首をぶんぶんと振って、嫌だと主張するボクを無視して、日向クンの手がボクの体を這い回る。ダメだよ、日向クン。そんな風に触ったら、ボク…。
「あっ…ん……そこ、やぁ…」
「ほら、元気になってきた。まだいけるだろ?」
ニコッと笑ってきた日向クンがちゅっと頬にキスを落としてくる。うーん、これはダメだな。こうなってしまった日向クンには太刀打ちが出来ない。睡魔との闘いはもう少しだけ続きそうだ。ボクは諦めて、彼の唇に深い口付けを返した。

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41.祭りの話 : 7/21
「やっぱりボクだけじゃ、恥ずかしいよ…」
左側やや後ろから吐息混じりの呟きが聞こえて、俺はその声の方へと振り返った。駅地下からの階段を上がり切ったすぐ脇に、浴衣を粋に着こなした長身痩躯の男が立っている。濃藍色をした格子織りの浴衣。その裾には潤色の折紙風車が水晶の欠片のように散っていて、見た目もとても涼やかだ。俯いている所為で緩やかなウェーブのかかった白髪が目元に掛かっている。その奥の色白の頬は薄紅色に染まっていた。
艶やかな浴衣姿の狛枝とは対照的に俺はいつも通りの格好だ。何の変哲もないポロシャツとジーンズ。狛枝と揃って浴衣を着ることも出来たけど、今日は生憎とデートで祭りに来ている訳じゃない。それに慣れない着物を身につけるよりも、普段と同じ服装の方が狛枝見るのに集中出来るからな。でも当の本人は自分だけ浴衣姿なことに戸惑いを感じているようだ。確かに祭りに行く人々の中に浴衣を着た男性は少ない。俺はその場から動けないでいる狛枝にそっと近付いた。
「……狛枝。浴衣、すごく良く似合ってるぞ」
「本当に…? ボク変じゃない? さっきから、何だか周りの人にチラチラ見られてるみたいなんだ…」
おどおどと辺りを見回してから、狛枝は怯えるような表情で俺の隣にぴったりとくっついた。カラン…と軽やかな下駄の音が耳に響いて心地好い。祭りの会場である神社までは少し距離がある。人の流れからいつでも狛枝を守れるように細心の注意を払いながら、祭囃子が聞こえる方角へと2人で足を踏み出した。
「? そりゃ見るだろ。だってお前、綺麗だし」
何言ってるんだ? そんなニュアンスの返事を返すと、狛枝は怪訝そうに俺をじっと見て、「何でキミって、」と言いかけた後、すぐに黙り込んだ。唇をきゅっと噛み締めて、俺と目を合わせようとしてくれない。染まった頬が更に赤みを増しているのが、歩道に沿って灯っている提灯の光で窺い知れた。
「狛枝…?」
「…外で言わないでよ、そういうこと」
「何でだよ?」
「〜〜〜っ、どんな顔したら良いか、…分からないから」
「あっ、おい!」
言い終わるや否や狛枝は早足で歩いて行ってしまう。でも下駄なんて歩きにくいから、歩くスピードは全然早くない。やや乱暴に響くカラコロという音にすぐに追いついたけど、相変わらず狛枝はこっちを見ようとはしてくれなかった。何だよ、2人きりでいる時にいつも言ってることだろ? 「綺麗だ」「可愛い」って、何度も何度も。狛枝の耳にタコが出来るくらいにさ。何で今更恥ずかしがるか、全く分からない。
「………」
「………」
狛枝は黙って歩いた。俺も何も言わずに隣に付き添う。段々と大きくなっていく軽快な笛の音と、それに交錯するように響く太鼓。アスファルトが石畳へと変わった頃には、狛枝もそろそろと顔を上げた。皓々と輝く提燈に煌びやかな電飾。両脇に所狭しと並んだ屋台ではどれも面白そうな品が出ていて、俺はふと足を止めてしまう。足場が少し悪いのが難点だが、俺は祭りが好きだ。
「日向クン。お祭りって、楽しい…のかな?」
「俺はそう思うけど、お前も同じように感じるかは分からないな」
「………」
狛枝は鳥居を見つめたまま、浮かない表情だった。アパートで着付けをしてた時はウキウキしてるように見えたんだけどな。慣れない場所というのはそれだけで不安になるから、無理もない。彼は俺とは正反対で、人混みは苦手なタイプである。雑音や話し声が混じって耳が落ち着かないし、たくさんの人でごった返しているとぶつかったり迷子になったりで、とにかく良いことがないそうだ。
でも今日は仕方がない。これも教師の仕事の一環だから。高校生は終業式を終えて、夏休みが始まったばかりだし、試験続きの鬱憤を晴らそうと、仲間同士遊びに出掛けるものだ。学校近くで開催されるこの祭りはうちの生徒が多数来ている。俺達教師は生徒達が他の客に迷惑を掛けていないか、夜遅くまでほっつき歩いていないかパトロールをしているのだ。
「集合場所はっと…、あっ、いたいた。おーい、ソニアー! 罪木ー!」
境内を潜った先のテーブルやベンチが置いてある広場に同僚の姿を見つけて、俺は大きく手を振った。呼び掛けにくるりと振り返った金髪の浴衣姿の美女がニッコリと笑う。そして向かいにいるもう1人のおっとり系浴衣美女の腕をちょんちょんと突っついた。
「ふぇ…? あ…、日向さん、狛枝さん! こんばんはぁ」
「悪い、ちょっとギリギリだったか?」
腕時計を見ながら言うと、ソニアが「いいえ。時間通りですよ」と緩く首を振った。ソニアも罪木も学校では下ろしているロングヘアをアップにしていた。それぞれハイビスカスと朝顔の髪飾りを付けていて、かなり印象が違う。何より浴衣姿なのにはストレートにドキッとしてしまう。ソニアは白地に水の波紋と金魚が泳いでいる可愛らしい浴衣で、罪木は髪飾りと合わせているのか大判の朝顔が蔓と共に描かれているシックな紫色の浴衣だ。
「2人とも浴衣着てきたんだ」
「はい! 小泉さんと西園寺さんに着付けして頂いたんですよ」
「ふふ、やっぱり女性の浴衣って風流で良いよね。ね? 日向クン」
「そうだな」
狛枝に同意を促され、一応は首を縦に振る。確かにソニアも罪木も良いとは思うけど…。俺はチラリと隣にいる狛枝に視線をやった。文句なしに端麗な白い横顔。ほっそりとした首筋の下に、綺麗に鎖骨が浮き出ている。胸元の浴衣の合わせから手を突っ込みたい衝動に駆られるが、深呼吸して自分自身を落ち着かせた。浴衣に隠れた部分―――狛枝の胸元に赤い花がいくつも散っているのは、俺と彼だけが知っている秘密だ。裾を捲ればあの艶めかしい太ももを拝めるんだと思うと、興奮し過ぎて息が苦しくなる。そして何より浴衣の布地に押さえられて、如実に形が分かってしまう狛枝の尻のラインが最高だ。角帯の下方にある盛り上がったその部分を、自然と視界に収めてしまう俺だった。
「うゆぅ、狛枝さんも素敵ですぅ…。ご自分で着られたんですか?」
「ありがとう。最初は1人でやってみたんだけどね、上手くいかなくって…。結局日向クンに全部やってもらったよ」
「…はぁ、一体何枚タオルを巻いたことか…」
狛枝は浴衣を着るにはスタイルが良過ぎた。着物というものは日本人の体型に合うように作られているというのに、狛枝は腰回りが細くて浴衣や帯が余るし、脚が長いから丈の調節が難しいわで着付けに苦労した。
「日向さんは浴衣ではないのですね。ちょっと残念な気もします…」
仕事だからと割り切らないで、着れば良かったのか? ソニアは一瞬しょんぼりとしてみせたが、すぐに元気を取り戻したようだ。日本独特の文化に触れて、テンションが上がっているのかサファイヤの瞳をキラキラと輝かせている。「早く行きましょう!」と急かす彼女に苦笑しながら、俺達4人は祭りの散策を開始したのだった。


……
………

「狛枝、足痛くないか?」
「まだ平気だよ。鼻緒が擦れる所には予め絆創膏貼ってるからね。日向クンは心配性だな…」
柔和な表情で笑いながら、狛枝は肩を竦める。祭りにはしゃぐソニアと罪木のやや後ろを俺達は並んで歩いていた。まずは中央の通りから歩いて、枝分かれしたら右から。そんな感じで適当にコースを決めてパトロールしてるけど、あまり仕事って空気じゃない。気がつけばソニアはお面の屋台に飛びついていたりして、自然と2-2に別れてしまっていた。
「………」
団扇を緩やかに仰いでいる狛枝をそっと盗み見る。僅かな風でウェーブした髪が靡いて、ただそれだけなのにすごく絵になっていた。これってデートじゃないか? 俺と狛枝、2人きりで絢爛な祭り道を練り歩いている。仕事だというのに、何だか俺はワクワクしてきた。砂利道を歩いていると狛枝は何かを見つけたのか、俺のポロシャツをくいっと引っ張った。
「ねぇ、日向クン。あれって何のお店かな?」
「ん? ああ、カラーボール掬いだな。ちょっと覗いてみるか?」
「うん」
最初はそわそわと落ち着かなかった狛枝も、並んでいる屋台に興味津々だ。縁日では定番であるカラーボール掬いを知らないなんて、本当に祭りに縁がなかったんだなと思いながら、カラフルな看板を掲げているその店に近付く。
「よっしゃ、おれ5個目ゲット〜!」
「えー? マジでっ。オレまだ1個しか取れてねーよ!」
小学生の男の子2人が並んで、ポイを片手にぎゃあぎゃあと騒いでいた。水を満たした大きなプールの中にはカラーボールが所狭しと浮いている。大きさも色も様々なラメの入った透明なカラーボールが波に揺らめきながら、キラキラと光っている。中にはアヒルやイルカなんかのマスコットも浮いていた。
「狛枝、やってみるか?」
「ううん、良いよ。少し見たかっただけだから…」
ポイを差し出そうとしている店のおっさんに軽く頭を下げながら、狛枝は道の方へと踵を返す。本当はやりたかったんじゃないか? 伏し目がちの寂しそうな顔の彼に何となくそんなことを思う。でも勧めたのに狛枝はやろうとはしなかった。何故だろうか? 頭の隅で原因を探っていると、通りに戻ったところで見覚えのある面々にバッタリと鉢合わせした。
「お…」
「あー! 日向せんせーもやっぱり来てたんだ〜」
両手に焼きとうもろこしとケバブを持った朝日奈が弾んだ声でニコッと笑った。その隣には同じようにベビーカステラとチョコバナナを持った大神が立っている。2人とも浴衣ではなく、短パンにTシャツという動きやすそうな服装だ。焼きとうもろこしに齧り付いていた朝日奈だったが、俺の隣を二度見して「えっ!?」と大きな声を上げた。
「…あれっ!? こ、狛枝先生だー。わぁ、すごい! 浴衣着てる〜!! カッコいいー」
「むぅ…。我も一目見た時は気付かなんだ。学校とは大分雰囲気が違うな」
早速注目の的となってしまった狛枝は「あはは…」と照れ笑いをしている。そんな中、後ろから「日向さぁん、狛枝さぁん」と声が聞こえてきて、ソニアと罪木が戻ってきた。ソニアは何かのアニメキャラのお面を被って、さっきよりもかなりテンションが上がっている。
「お2人ともご覧下さい!! エスパー伊東ちゃんです! 他にもいっぱいアニメのお面が並んでいて、わたくしどれを買おうか迷ってしまいました」
「わ、私は杏子飴買っちゃいましたぁ…。うふふ、落とさないように気をつけないとですぅ」
ソニアはお面を被ったまま、ぴょんぴょん飛び跳ねている。罪木はその隣で杏子飴の乗った最中を大事そうに両手で包んでいた。朝日奈は今度はケバブを齧りながら、感激したように目を見開く。
「ソニアせんせーも罪木せんせーも浴衣だー。すっごい可愛い! あ…もしかして、この4人って…」
「我は毎年教師が祭りの見回りをしていると聞いたぞ、朝日奈よ…」
「なぁんだ、見回りかぁ。てっきりデートだと思ったよ。そうだよね、日向せんせーの彼女は胸が、」
「あっ、朝日奈!!」
朝日奈が言いかけた言葉に俺は慌てて割り込んだ。『彼女』『胸』という単語を聞いた時点で、もう条件反射だった。狛枝は「日向クン…?」と俺の慌てっぷりに小首を傾げている。彼も今の朝日奈の言葉をしっかり聞いていたはずだ。その瞳には困惑の色が見え隠れしていた。
俺の表情を察してか、口をもごもごしつつも閉ざす朝日奈。腕を組んでどっしりと構えている大神。話を聞いていなかったのか、きょとんとしているソニアと罪木。そして怪訝そうに俺に視線を投げかける狛枝…。どうしよう、この妙な沈黙を振り切るには一体どうすれば良いんだろう。俺が立ち切らなければならないのに、何も頭に浮かんでこない。黙ったままの俺に、狛枝の双眸が不機嫌そうに歪む。沈み込む空気に居心地が悪くなってきたその時だった。1分にも満たなかったであろう静寂が後ろからの刺客によって切り裂かれる。
「えいっ!」
「!? うわ、冷た…ッ!!」
後頭部にびしゃっと何かを掛けられた。何だ、水…!? バッと後ろを振り向くと、臙脂色にトンボが舞っている浴衣を着た戦刃が立っていた。手には黄色いウォーターガンを持っている。俺と視線が合うと、彼女は顔を悲痛に歪ませてぶんぶんと首を振った。分かってる。戦刃は教師相手に悪戯を仕掛けるようなことはしない。きっとあいつにハメられたんだ。戦刃の後ろに隠れるように体を小さくしているが、ピンクベージュの派手な盛り頭とデコデコした魔女のような爪が見えている。俺は溜息を1つ吐きながら、真犯人の名前を呼んだ。
「江ノ島…。出て来い」
「あ〜、バレた?」
大きなバラとリボンがあしらわれたピンク色の浴衣がチラリと見えた。イヒヒと白い歯を見せながら、戦刃の後ろからひょっこり顔を出したのは案の定江ノ島だった。俺に水をぶちまけてから、戦刃にウォーターガンを持たせて罪を擦り付けたのだ。江ノ島は黄色いそれを戦刃から奪い返し、軽く振ってみせた。
「今日あっちぃからちょーど良くね? 日向センセ、きもちーっしょ?」
「………。俺は良いけどな、他のお客さんには絶対するなよ?」
「わーってるって。後の水はお姉ちゃんにぶっかける用だからね〜」
「えっ、盾子ちゃん…。わ、私に…?」
江ノ島の言葉に戦刃がビクビクしている。不敵な笑みを浮かべながらにじり寄る江ノ島と、オモチャの光る手榴弾を構えつつも逃げ腰の戦刃。朝日奈は「水鉄砲いーなぁ!」と2人にくっついていき、大神も「探してみるか…」と朝日奈の後を歩いて行ってしまった。台風一過。朝日奈の発言は江ノ島のお陰で何とか誤魔化せたようだ。ホッと一息吐いて、ポケットからハンカチを取り出し、頭を拭いていると「日向クン…」と小さな声が聞こえた。
「さっきの話、やっぱり気になるんだけど」
「…えっと、な、何の話だ?」
「………。キミって本当に嘘がつけないタイプだね。すぐ顔に出るから」
「べ、別に狛枝が気にするような話じゃ、ないから…っ」
「日向クンの彼女の話なら、すごく気になるな。ねぇ、聞かせてよ…」
肩に手を置かれ、耳元で囁かれる。湿った生温かい吐息がふわっと耳に掛かり、ゾクゾクと俺は身悶えた。お願いするような優しげな言葉とは裏腹に、狛枝の表情には冷やかさが込められている。逃がさない。鋭く光るネフライトの瞳はさもそう言っているように見えた。
「………」
自分の彼女(=狛枝)を貧乳と言ったなんて、狛枝が知ってしまったら、きっとショックを受ける。いやでも、隠し事は良くないよな。そんなジレンマに苛まれていると、狛枝は「はぁ…」と呆れたように口から歎声を零した。そして腕を組んで、「んんんぅうううう…」と悩ましげに唸る。
「こ、狛枝……?」
「分かったよ。キミが口を割らないと言うのなら、最終手段だ。…勝負しよう、日向クン」
「へっ!? 勝負って、何…、」
「さっきのカラーボール掬いの子達みたいにさ、2人で競うんだよ」
「ちょ、おい! 狛枝…っ!?」
「…さぁ、日向クン。ボクと勝負してくれるよね?」
妖しく細められる灰色に嫌な予感がして後ずさるも、俺の左腕を誰かがガシッと掴んできた。ペロリと舌を見せたエスパー伊東ちゃんの目の穴から、深い海のような蒼が真っ直ぐに俺を見つめている。
「ソニア…っ…?」
「日向さん! その勝負、乗らない手はありません! 花火と喧嘩は江戸の華…。わたくしがレフェリーを務めます」
「いや別に、俺と狛枝はケンカしてる訳じゃ…。それに火事と喧嘩だぞ」
「さ、参りましょう! 勝負は待ってはくれませんよ?」
「行こうか」
狛枝もソニアも俺の言葉に聞く耳を持ってくれない。ソニアがぐいぐいと腕を引っ張り、俺は後ろによろけそうになる。狛枝はコツコツと下駄を鳴らして、それに続く。最後に残された罪木に『助けてくれ!』と念を送ってみるが、彼女がこの状況を打開出来るはずもなく、「ま、待ってくださぁい…!」と半ベソで追い掛けてくるだけだった。


「勝負は3回。先に2本取った方が勝ちということでお願いしますね!」
「負けた時の罰ゲームは、勝者の言うことを1つだけ聞く。それで良いよね? 日向クン…」
ニコッと爽やかな狛枝の笑みに、俺は観念して「ああ」と頷いた。単純明快なルールと罰ゲームだ。これで狛枝が俺に勝てば、さっきの真相を無条件で聞くことが出来る。なるほど、考えたなと俺は思った。
「それでは第1回戦は…、金魚掬いです!」
ソニアが手を上げて指し示したのは金魚掬いの屋台だった。水色のビニールプールには赤や黒の小さな金魚がちょろちょろと泳いでいる。俺がプールの前に座り、2人分の金を払うと、的屋のおっさんがお椀とポイを渡してくれた。初っ端から金魚掬いとは片腹痛い。何を隠そう、俺は昔から金魚掬いだけは得意だった。もうこれは勝ったも同然だ。終わっていない勝負に俺が密かに笑いを堪えていると、俺の隣に狛枝がしゃがみ込んだ。
「狛枝…、袖濡らさないようにしろよ」
「ああ、そうだったね」
濃紺の生地を二の腕まで上げると、日焼けをしていない色白の肌が見えた。狛枝は男にしては確かに細いけど、ちゃんと筋肉がついていて結構男らしい体つきをしている。俺はドキドキする心臓を誤魔化すように、プールの中の金魚に目を向けた。
「うーん、泳いでるのを掬うって難しそうだね…」
「ん? そっちの別嬪の兄ちゃんは、金魚掬い…あんまやったことねーのか?」
「あ、はい。お祭り自体そんなに来たことがなくって…」
「ほうほう。んじゃ〜、精々楽しんでってな!」
的屋のおっさんは機嫌良さそうに豪快に笑い、俺のポイとは別の箱からポイを出して、狛枝にお椀と共に手渡した。
「………っ!」
それを目撃した俺は驚愕した。ポイには違いがある。恐らく狛枝が渡されたのは俺のより紙の厚いポイだ。このおっさん…、狛枝の色気に当てられてサービスしやがった! 狛枝はその意味を分かっていないらしく、「日向クン、始めようか」と笑っている。
「では最初の勝負…、『金魚掬い』! …よーい、始め!!」
ソニアの声が響き、俺と狛枝は金魚を真剣に見つめる。慣れてる奴ならポイの枠ですくうことも出来る。当然お椀を使う卑怯な奴もいるが、俺はそんなマネはしない。水面近くを出てきた小赤を確実に掬う。隣を見るとやはり苦戦しているようだ。追い掛け回して、ポイは透明になりかけている。俺が6匹目を掬ったところで、狛枝が立ち上がった。どうやら勝負…あったようだ。

「良かったな、おっさんに金魚貰えて」
狛枝は片手に水の入った透明な袋を提げている。中には可愛らしい小赤がひょんひょんと元気良く泳いでいた。
「……何でキミは掬った金魚返してるの?」
「水面に出てくる金魚は酸欠なんだ。飼ってもすぐ死んじまうよ」
「………」
「俺んち、多分水槽あったと思うから。そこで飼おうな」
そっと耳打ちすると、狛枝は薄ら顔を赤くして、「日向クン…」と呟いた。

「では次の勝負…、『射的』! …行ってみましょう!!」
金魚の屋台からさほど離れていない場所にある、射的の店に俺達は来ていた。金魚掬いは得意だが、それ以外はからっきしだ。不安を抱きながら、俺はオモチャのライフルを手に取った。脇に置いてある皿には薬莢が5発。まずは相手の出方を見るか。そう思った俺は狛枝の構えを横目に盗み見る。金魚掬いの勝負から変わらず、彼の浴衣の袖は捲られていた。
「………」
狛枝がライフルを構えた。顔を銃身に近付け、狙いを定めている。ついついその完璧な立ち姿に見入ってしまい、俺は思わずライフルを下げてしまった。カッコいいにも程があるだろ…。すらりとした長い手足、眉間にやや皺を寄せた真剣な表情。悔しいが、とても様になっている。見物する女性客の数が増えているのは、気のせいじゃない。
叩くような軽い音が鳴り、歓声が上がった。狛枝は落とした景品を片手に、俺にフッと微笑みかける。負けるもんか! イラついた俺もライフルを構えるが、当たらない。1つも当たらないぞ…! その間に狛枝はどんどん景品を落としていく。完敗だった。
「この勝負、狛枝さんの勝ち〜!」
狛枝の完全勝利に「きゃあ!」と黄色い声が色めき立ち、拍手が沸き起こった。

これで1-1だ。もしこの後の勝負で負けてしまったら、俺は狛枝の言うことを何でも1つ聞かなければならない。恐らくさっきの朝日奈の発言について、真意を問われる。狛枝すごく怒るだろうなと、俺は今から冷や汗を掻いてしまう。俺の金魚掬いなんて、のび太くんでいうあやとりのようなものだ。本番勝負でいつボロが出るか分からない。
「ふゆぅ…! 一進一退の素晴らしい勝負ですぅ〜。さ、最後の勝負はどうするんですか?」
「もうこれは運頼みしかありませんね! と言う訳で、最後はこれ! 『くじ引き』ですっ」
「……ふふっ」
狛枝はくじ引きと聞いて、唇を吊り上げた。それとは反対に俺は絶望的な気分に陥る。運が超絶に良い彼にくじ引き勝負なんて、どう足掻いても負け確定だ! 若干観念した面持ちで、騒がしい屋台から外れた一軒の店に足を向ける。ちょっと明かりも暗い。そこにたくさんの紐に吊られた『くじ引き』があった。何でソニアはこんなマイナーなものを選んだんだろうと疑問に思ったが、とりあえず店のおっさんに金を払う。
「それでは、最後の勝負…、『くじ引き』! スタートです!!」
喜々として号令を掛けるソニア。俺はもう諦め半分で、手前の紐を引っ張った。深呼吸してから、向かいの透明な箱を凝視する。吊りあがったのは小振りの簪だった。狛枝も自信満々に紐を引く。その先に付いた物は…。


「まさかキミに負けるなんて、思ってもみなかったよ…」
項垂れた狛枝の肩を俺は優しく叩いた。ソニアと罪木は一足先に帰っていて、俺と狛枝は人気の少ない神社の境内で、休憩をとっている。もうすぐ花火かもしれないなと、俺は空を見上げた。頭に蝶とトンボ玉の可愛らしい簪を付けた狛枝が隣で膝を抱えている。手元の赤い金魚がくるくると水の中で踊っていた。
「俺もお前に勝てるなんて思ってなかったぞ」
狛枝の紐の先にはビスコがぶら下がっていた。いくら簪とはいえ、勝ちは勝ち。でも勝ってから気付いた。罰ゲームなんて何も考えてなかったって。だから吊ったその簪を、祭りが終わるまで付けるようにと狛枝に命じたのだ。それが妙に似合ってしまい、周囲が別の意味でどよめいたのは言うまでもない。狛枝は俺の方を見て、「あのね…」と口火を切った。
「日向クン、ボク楽しかった…! まるで子供に戻ったみたいにさ、キミと夢中になって遊べたんだ」
「狛枝…」
「年甲斐もなくはしゃいじゃって、ちょっと恥ずかしかったかな?」
「いや、そんなことないよ。お前が楽しかったんなら、良かった」
「あはっ、お祭りっていいものだね。来る前はそうは思わなかったのにな…。……またキミと行きたい」
「そうだな。今度は2人きりで行こうな」
狛枝は嬉しそうに微笑んで、「うん!」と頷いた。頭の動きに合わせて、簪がシャン…と音を立てて揺れる。今の狛枝はいつも隠れているうなじの部分が見えて、とても色っぽい。
「綺麗だよ、狛枝。さっきは人がいる手前、言えなかったけどさ」
「…日向クン、……あっ…、ん、んぅ…」
白い頬を撫でて、口付ける。ちゅうちゅうと乳飲み子のように吸いついてくる狛枝が可愛くて、浴衣に包まれた体をぐっと抱き寄せ、更にキスを深くした。狛枝はほんのりと頬を染めて、俺をボーっと見つめている。開いた唇から涎がつやつやと滴っていて、表情のあどけなさとのギャップに頭がクラクラしてきた。
「狛枝…。こまえだ…、狛枝、」
「んっ、んっ…はぁ…っ日向クン、ひなたクゥン…」
甘い声で俺を呼び続けて、キスを強請ってくる。遠くから花火が打ち上がる音が聞こえた。だけどそんなものは見なくたって良い。花火よりも綺麗な俺だけの花がすぐ目の前にいるんだから。空をパッと照らす明るい光には目もくれず、俺は狛枝との口付けに夢中になっていた。

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42.浴衣の話 : 7/21
「ん……狛枝、…俺の膝の上…、乗れよ」
「……あっ、うん…」
ボクの背中に回された日向クンの腕にグッと力が入る。誰にも見られてない、よね? キョロキョロと辺りを見回してみるけど、人っこ1人いない。今は上空に花火が上がっている。鬱蒼と樹木が生い茂っている所為で古びれた境内は視界の悪く、寄りつこうとする人は皆無に等しかった。ボクが腰を上げて日向クンの膝の上に座ると、彼は満足そうに唇を歪める。そしてまたキスを再開させた。ねっとりとした舌の感触が混じる厭らしい口付けだ。
「お前との、キスって…何でこんなに、気持ち良いんだろうな?」
「……ん、唇と舌には…っ、はぁ…触覚センサーが、高密度に、…んんっ」
「バカ。…真面目な答えなんて、期待してない」
質問の答えは日向クンの唇に吸い込まれてしまった。舌と舌を絡め合いながらキスは続き、中々終わらない。合間に息継ぎをしながら、ボクらはずっと唇を離せなかった。ボクを抱き上げて、キスを送ってくれていた日向クンだけど、やがてその唇は首筋へと下りていった。そしてゴツゴツと骨張った右手が浴衣の合わせからするりと入っていく。
「ひゃっ……、あ…ダメ、はぁ…日向クン、そこは…ッ」
「我慢するの大変だった…。狛枝に浴衣って、反則的なまでに色っぽいし」
日向クンの顔が打ち上がる花火の光でパッと明るくなった。ああ、完全に顔が雄だ。この顔を見た後でボクが無事でいられた時ってあったかな? 熱くて大きな掌がボクの胸をさわさわと撫でる。ボクは碌な抵抗も出来ずに、ビクビクと体を震わせるだけだ。段々と力が抜けて体を支えられなくなっていき、日向クンの肩に頭を乗せて寄り掛かるような体勢になる。
「はぁ…、あ、いや…だよ、ひな…! あぁッ、はぁあ、…ふっ」
「嫌? …嫌って、何だよ。乳首…、こんなに勃ってるクセに」
日向クンは感じているボクを嘲笑い、胸の突起を指で弾いた。ビリッと痺れる感覚がそこから生まれる。ボクが動けないのを良いことに、彼は合わせに突っ込んだ手を腕の方へと滑らせていく。濃紺の浴衣が肩からずり下がり、ボクの左胸が外気に晒された。
「朝につけた…キスマーク、残ってるな」
「ぁ…っ、ま、…って、……んっ、ひなた、クン…! っや…、」
「…嫌だ。待たない」
日向クンは体を丸めると、ボクの胸元に唇を寄せた。今朝方のまぐわいで付けられた赤い印に吸いつき、その色をよりくっきりとしたものにする。ダメだ、気持ち良過ぎる…。左手にある金魚が入ったビニールを落としそうになるも、すぐに日向クンが受け取って、境内の手摺に引っ掛けてくれる。
「んっ、ぁ、…あ、胸…、きもち、ぃ…よぉ…。ひなた、クゥン…!」
「…っ可愛いよ、狛枝。もっと舐めてやるからな」
ここが外だとか、誰かに見られるかもしれないとか、そんな心配はボロボロに崩れていく。日向クンから与えられる気持ち良さに、もうどうでも良くなってきた。おしりに当たっている日向クンの熱に負けない位、ボクの中心も熱く硬くなって、浴衣に山を作っている。日向クンに凭れながら、膨らんだそこを彼のお腹にさり気なく擦り付けた。浴衣で脚が広げられない所為でボクは横座りだ。だからもどかしくも先端しか当たってくれない。彼はチラリと視線を下げただけで、そこに触れようとはしなかった。相変わらずボクの乳首をちゅうちゅうと吸い、カリッと歯を立てるだけだ。
「っ、ふ…ぅ……、ねぇ…、んッ! 日向クン…、ボクの…っ」
「何だ、狛枝? もしかして触ってほしいのか?」
日向クンは顔を胸から離して、簪を差しているお陰で剥き出しになっているボクのうなじにキスをする。「…外なのに?」と続けて問いかけてくる彼に、ボクは唇を噛み締めた。理不尽だよ。外で発情して、ボクにこんなことをしているのはキミの方なのに! でも日向クンによって腰砕けになった今じゃ、マトモに文句も言えない。
「やぁ…、おねが……ッ、意地悪しないで、よ…。あ、…ぁあッ…う、ふ…」
「……狛枝。立てるか?」
「…ん、ふぁ……。あ…? はふ…ッ、ん…た、立つ……って?」
「ここだと、階段から丸見えだから……。裏手に回るぞ…」
触れるだけのキスの後にぼそりと日向クンに耳打ちされて、その意図する所に火照っていた頭から熱がさっと引いていく。え、嘘でしょ…? 外でするつもりなの? 反射的にパッと顔を上げると、すぐ近くに真剣な日向クンの瞳があって、ボクは「あ…」と声を漏らした。
「すまない。狛枝をその気にさせた責任は…、取るから」
「…日向、クン」
「責任取って……、お前のこと気持ち良くさせる」
言葉と同時に優しいキスを送られて、ボクは我知らずこくんと頷きを返す。日向クンは嘘を吐かない。彼の言う『気持ち良いこと』に思いを馳せながら、ボクは手を引かれてふらりと立ち上がった。


裏手側に回り、境内をぐるりと囲う板の廊下に日向クンはボクを座らせる。小高い丘の上に建っているこの境内は裏が雑木林になっていて、表から回ってこない限り誰かに見られるといった心配はない。日向クンは足首からボクの足を撫で上げて、浴衣の裾をたくし上げた。ボクサーパンツの上から浅ましいボクの屹立をやわやわと撫でる。
「ぁ……、はぁっ、あ、……ん、ん、アッ、やぁ…そこぉ…」
「うん、…もう我慢出来ないんだよな?」
日向クンはよしよしとボクの頭を撫でてから、パンツのゴムに指を掛けて下げる。そこから勢いよくぴょこんと飛び出て来たそれに愛しげに唇を落とした。触れられる度にぶるぶると欲望が震える。目を瞑ると日向クンの唇の柔らかさがより強く感じられる。それにビクビクと感じ入っていると、やがてボク自身の先端からぬるりとした何かに飲み込まれていく。
「あっ、あ、ひゃ……、あ、っ! んん、ん……ふっ、ぁ…!」
あまりの衝撃に思わず声を上げてしまったけど、ここは外なんだ。人からすぐには見つけられないとはいえ、ボクの喘ぎ声を聞きつけて、何事かと探す人がいるかもしれない。合意の上とは言え、男が男の欲望を口に含み、愛撫している現場など見られてしまったら大問題だ。ボクと日向クンは教師。職も失ってしまうだろう。ボクは一生懸命唇を噛み締めて、声を我慢した。
「…狛枝。声我慢するなら、これ噛んでろ」
日向クンが一瞬唇を離し、ポケットから何かを取り出した。シックな色合いのハンカチだ。暗闇だから正確な色は分からない。それをボクの口にそっと当ててきたので、言われるがままに咥える。目線で礼を言うと、日向クンは緩やかに頭を振った。そしてまた行為を再開させる。ねっとりと絡みつく舌と熱い口内。緩急をつけて自身を丁寧に可愛がられ、これ以上ないくらいの快楽に全身が包まれている。
「ん、ん…。こまえだ……きもちいい、…な?」
「ん……。んんっ、ん…ふっ、んん!」
気持ち良さに身悶えしながらも、ボクは首を縦に振って日向クンに答えた。頭に付けてる簪もそれに合わせてシャンと鳴る。声がハンカチで我慢出来ているので気持ちにもゆとりが出てきた。そろそろと目を開けると、下方には無我夢中でボクにしゃぶりつく日向クンが見えた。とろんと熱に浮かされた表情だ。同時にボクは自分のしている格好にも驚いた。浴衣が乱れるのも気にせず、ボクは限界まで大胆に脚を広げていたのだ。最初はこんなに広げてなかったはずなのに。
「狛枝の……、俺の口の中で、ビクビク…震えてるんだよ。可愛い…な。ん、…はぁ」
目だけで意地悪そうに日向クンが笑った。飲み込んでいたそれを口から出して、舌で先端を擽る。そしてまたちゅるちゅると水音を立てながら口の中へ。足がガクガクと痙攣し、下駄が片方カラン…と音を立てて、地面に落ちた。
日向クンがボクのを舐めてくれることはベッドの上で何度もある。だけど今みたいに跪くような体勢は初めてだ。まるでご主人様であるボクに対して彼が舐めさせてくれと懇願して、ボクが渋々ながらそれを許しているかのような…。そんな妄想が頭にフッと思い描かれて、ますます興奮してきた。下らない煩悩に日向クンの夢見心地な面差しと巧みな舌遣いが相乗効果をもたらし、腰から背中にカッと暴力的な熱が生まれる。
「っ!! んッんっ、…んんっ!!」
「…出して、良いぞ。はぁ…、ふっ。ほら、こまえだ…、……イけよ」
「ン〜〜っ、うぅ……ん、んんぅ、んーー!!!」
体を仰け反らせて、ボクは熱を吐き出した。喉の奥に叩き付けるような勢いで発射されたそれを、日向クンは残さないように口全体を使って吸い上げる。ゴクリと動く咽頭の感触が伝わり、彼が白濁を飲み干したことを知った。言葉を発しようとすると、咥えさせられたハンカチがポロリと口から落ちる。
「ひ、ひぁた……クゥン…っ」
「狛枝…、満足したか?」
「っそんなのどうでも、いいから! 日向クン、早く口濯がないと…」
「大丈夫だ。お前の味、…好きだから。ちょっと塩気があるけど、甘いんだよ」
「ん…!? ン…、ぁう……」
日向クンは立ち上がって、ボクに口付ける。舌で唇をノックされて薄く開くと、歯列の隙間を縫うようにして彼の舌が侵入してくる。円を描くようにくるくるとボクの舌を舐める日向クン。それを追いかけるようにボクも舌を絡める。しばらくダンスをするように舌を躍らせていたけど、やがてどちらともなく唇を離す。
「……味、分かったか?」
「…っ、そんなの、…分かる、訳…ないじゃないか…!」
涎塗れの唇を腕で拭いつつキッと睨むと、日向クンは眉間に皺を寄せて軽快に笑った。その彼のズボンはこんもりと膨らんでいて、熱を持て余しているのが見てとれる。ボクは手を伸ばして、そこをすりすりと撫でた。
「あっ…、バカ、こまえだ…」
「ねぇ、日向クンのも…おっきくなってるよ? 口でしてあげようか?」
「…いや、その内治まるから…平気」
「でも…、ボクばっかり気持ち良くなって、」
「良いんだよ。口でするのも疲れるだろ? お前体力ないんだし。…無理させたくないんだ」
そう言って日向クンは脱げてしまった下駄を拾うと、ボクに履かせてくれる。そして抱き上げて、地面にそっと下ろしてくれた。これで終わっちゃって良いのかな? ズボンの下にある彼の怒張が何だか可哀想な気がする。何とかして慰めてあげたい。そんな思いから、乱れてしまった浴衣をテキパキと整えようとする手をボクはパッと掴む。
「やっぱり…、ボクもキミに気持ち良くなってもらいたいよ…」
「狛枝…。……それじゃ、後ろ…向いてくれるか?」
ボクのお願いに観念したように日向クンは頭を抱えたけど、繋いだ手をぎゅっと握り返してくれた。何をするんだろう? ドキドキしながら後ろを向き、境内に手を突くようにすると、浴衣を腰まで捲られて、パンツを膝まで下げられる。バックで挿入…かな? カチャカチャ、…ジジーッと聴こえるのはベルトを外す音とチャックを下ろす音だ。後ろから抱き締められて、胸元を触られて、ボクはひゅっと息を飲んだ。
「足…閉じてくれるか? なるべく力…入れて。そう…、そのまま、狛枝…」
「あぁ、ん…ッ」
訳も分からず言われた通りにすると、太ももの間に何か濡れた熱いモノがぐりぐりと無理矢理入り込んでくる。
「ふぁ…、な、に…? ひな、ひにゃたクン…っ、脚の、間ぁ…あつい、よぉ…!」
「あッ……きもち、いい…! お前の太もも…すべすべしてて、っ最高…」
目線を下にやるとボクの太ももの間から、赤黒い日向クンの先端が出たり引っ込んだりしていた。素股ってやつかな? 挿れられていないのに、その厭らしい光景にボクの体もじんわりと熱を帯びる。
「すごい、……狛枝、俺……っもう、い、く……! っっ!!!」
「…え、もう……!?」
驚いて振り向いた時には遅かった。ボクの脚の間からにょきっと顔を出していた日向クンの欲望から、白い液体がぴゅっと地面目掛けて飛んでいく。土の上に滲んだそれはやがてすーっと透明になって消えてしまった。太ももに挟まっていた彼自身も硬さを失い、ずるりと引き抜かれる。
「日向クン…、いくら何でも早過ぎだよ」
「悪い。お前の浴衣姿に…ずっとクラクラしてたんだ」
「んもう、ボクの所為にしないでよね!」
冗談っぽく文句を言ってから、顔を見合わせて笑いながらキス。残念、ちょっと気持ち良くなりかけてたんだけどね。まぁ、でも家に帰ってからシてもらえば良いかな? 日向クンもまだまだだろうし。家なら浴衣がぐしゃぐしゃになっても構わない。心行くまでメチャクチャにしてもらおう。そんな期待にボクはひっそりと顔を綻ばせた。

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