// Call of Cthulhu //

03.説明
「狛枝…、何で俺にこんなことするんだ?」
「……うーん、どうしてだろうね? ふふっ、ボクにも良く分からないんだ」
クスクスと楽しそうに笑いながら、狛枝は日向の膝の上に跨った。ここは日向のコテージではあるが、場を支配しているのはもう片方の白い少年だ。本来の主である日向は彼により後ろ手に手錠を掛けられ、自由に動けない状態でベッドに座らされている。学級裁判の所為で疲れているので今日の逢瀬は止めておこうと密かにアイコンタクトを交わしたはずだったが、狛枝はそれを拒否して日向のコテージに出向いてきた。手土産にと受け取ったブルーラムを飲んだら気が遠くなり、日向が意識を取り戻した時には既に拘束されていた。
視線を狛枝から逸らすと、日向のすぐ傍には無造作に電動コケシやギャグボールが転がっている。モノモノヤシーンで引き当てた時には何に使うのかすら分からなかったそれらも、狛枝に翻弄されるようになってから本来の用途を知った。
「ねぇ、こっち向いてよ。日向クン…」
意識を他に移していたのが気に食わなかったのか、狛枝が日向の顎を掴んでこちらに向ける。繊細な指使いで頬をするりと撫でられる感触に、日向はぎゅっと目を瞑った。狛枝は日向の顔を捉え、触れるだけの優しいキスをいくつも落とす。そして最後に取っておいた唇の柔らかさを指で確かめてから、貪るようなキスを仕掛けた。
「ん、んんっ、…やめっ、こま、」
「ふっん、ひなたクン……んんぅ、はぁ」
舌を絡める深いキスは未だに慣れない。何とか呼吸をするのが日向には精一杯で、それを知っている狛枝はわざと手玉に取るように舌を動かす。やがて唇を離した狛枝に日向は恨みがましい視線を送る。狛枝の右手がやわやわと日向のいきり立った股間を揉んでいた。
「さぁ、日向クン…。今日もいっぱい精子出して、うんと気持ち良くなろうねぇ?」
掠れたハスキーボイスが聴覚をゾワゾワと刺激する。狛枝の唇は唾液でぬらぬらと妖しく光っていた。うっとりとした蕩けるような顔つきの彼に、日向は悟る。無駄な抵抗だと。昨夜と同じことが繰り返されるのは目に見えていた。


……
………

日向は図書館の扉を見た。そこには扉が開かないことで悪戦苦闘している七海と狛枝の姿がある。七海はきっと演技だろう。日向が後ろから歩いてくる気配に、パッと振り向いた彼女と視線が合う。日向が小さく頷いてみせると、何かを察したのか扉から1歩下がってこちらを向いた。背中を向けているのは狛枝だけだったが、彼も日向に気付いたようだ。その顔は困ったように眉をハの字にしている。
「日向クン、どうしよう…。扉が開かないんだ。このままだとボクはキミ達のデートの邪魔になってしまうよ」
狛枝はこの状況を不審には思ってないようだ。とにかくゲームに誘ってみよう。日向は狛枝に無理矢理笑顔を作った。
「邪魔だなんて思ってないぞ、狛枝。あー……。どうせここから出られないならさ、4人でゲームしないか?」
「えっ。でもボクなんかがみんなと一緒にゲームだなんて…、頭が高いというか」
「お前にも参加してほしいんだ! こういうのってほら、人数多い方が楽しいし。…ダメか?」
取り繕うようにして狛枝に懇願するような視線を寄こすと、そわそわと落ち着かないのか彼は体を捩らせた。少し伏し目がちになって考え込んだ後に、チラリと上目遣いで見上げる灰色の瞳に日向が映り込む。相変わらず綺麗な見た目をしているな。日向はじっくりと狛枝の顔を見つめてしまった。
「〜〜〜っ!! 日向クンっ。キミにお願いされて、断れるはずないじゃないか! 後、その顔反則…」
「いや、別に反則顔してないから。ってことは参加で良いんだな?」
「うん……」
恥ずかしそうに頬を染めて、熱に浮かされたようなとろんとした狛枝の表情に日向はドキッとする。何だろう、今のは。妖艶で厭らしい狛枝の片鱗が垣間見えて、コロシアイ修学旅行で体を重ねていた時の記憶がざわりと呼び起される。心臓が鈍く痛んで、中々狛枝を見ることが出来ない。



「よしっ、4人でゲームだ。ワクワクしちゃうな。日向くんも狛枝くんも頑張ろうね」
「お、おう」
やけにハイテンションな七海の後をついていき、中央のテーブルに足を運ぶ。いつの間に用意したのかテーブルの前には40インチほどの大きなモニタが置いてある。プログラムの世界だ。きっと日向達がこちらを見ていない時に、アルターエゴが出現させたのだろう。日向はそう思った。
苗木は『どうぞ座って』と日向達に着席を促した。イスを引いて、座り心地の良いそれに深く腰掛ける。苗木の右隣に日向。その正面に七海、更にその右隣に狛枝という並びになった。それを見た苗木はニッコリとその場にいる3人に無邪気な笑みを向ける。
『さて、みんな揃ったね。じゃあ、始めようか。…クトゥルフ神話TRPGを』
「クトゥルフ神話TRPG?」
聞き慣れない言葉に狛枝は悩ましげな表情を浮かべ、腕を組んだ。それについては日向も同意だった。ダイブする前に聞いたアルターエゴのプログラムが確かそんな名前だった程度で、詳しい内容は全く知らない。ゲームに詳しい七海はさすがに知っているようで、特に初めてらしいリアクションを取らなかった。
「日向くんは初めてみたいだね。狛枝くんもかな?」
日向も狛枝も黙って頷いた。七海はそれを見て、「じゃあ私が説明するね」とのんびりとした口調で切り出す。心なしかその表情はどこか得意気だ。

「まずはTRPGについて。RPGは2人とも分かるよね? ロールプレイングゲームの略だよ。テレビゲームのジャンルにもあるよね。役割を演じるゲームってこと。それから最初に付いてるTはテーブルトークを意味してるんだ。つまりゲーム機を使わないで、テーブルを囲んでプレイヤー同士で会話をしながらゲームを進めていくの」
「そんなゲームがあるのか。知らなかったな…」
『人数を集めないと中々プレイ出来ないし、一般的な娯楽と言うには少しマニアックだからね。知らないのも無理はないよ』
「TRPGについては分かったよ。ところでクトゥルフ神話ってラヴクラフトの?」
狛枝は思い当たる節があるのか、鋭い視線を苗木に投げかけた。色々な本を読んでいるらしい彼が知っていてもおかしくはない。聞き慣れない神話名だが、神話と名が付くのだから、ギリシャ神話や北欧神話みたいなものなのだろうか? 日向は苗木の返答を待った。
『そうだよ。クトゥルフ神話はハワード・フィリップス・ラヴクラフト作の宇宙的恐怖を題材にしたホラー小説を枠組みにして、その友人達が創り上げた神話体系。それを題材にしたTRPGをするんだ』
「へぇー、神話っていうからには神様が出てくるような感じか?」
「日向クン、クトゥルフ神話はそういうのとは少し違うよ。クトゥルフは人類が誕生する前に宇宙からやってきて、地球を支配してしまった恐怖の存在。平たく言うと超巨大でグロテスクな化け物だね」
「げげっ、化け物かよ。…ちなみにどんな見た目してるんだ?」
日向が問いかけると狛枝は渋い顔をした。七海も「うーん」と上を向いて、何やら考え込んでいる。2人の反応から説明が難しいらしいのは何となく分かった。そこにニコニコ顔の苗木が「はい!」と勢いよく手を上げる。
『そんなこともあろうかと思って、モニタを準備してきたよ! ロールプレイをするから、背景をイメージしやすいように色々と画像を見せるね。…えっとクトゥルフだけど、絵だとこんな感じかな』
さっきから置かれていたあの目立つモニタがプツンと音を立てる。やがてパッと映し出されたその生物の姿に、日向は狛枝と七海が黙り込んでしまった理由を瞬時に理解した。狛枝の言う通り、それは化け物だった。顔にはタコのような触手が何本も生え、体は全身鱗で覆われている。鋭い大きな爪と、蝙蝠のような羽を持った巨大な怪物がそこに映っている。絵だというのに恐怖心が植えつけられるような醜悪な見た目だ。日向は思わず視線をモニタから背けた。
「う…。苗木、ありがとう。もういいよ。…クトゥルフ神話TRPGってのは、そのクトゥルフを退治するのが目的なのか?」
『ううん。稀にそういうケースもあるけど、大体のクトゥルフ神話の世界ではクトゥルフは海中深くに封印されてるよ。だからクトゥルフなんかの様々な邪神や、それを崇拝し復活させようと目論む狂信者。彼らが引き起こす事件や謎を解明して、無事に生還することがクトゥルフ神話TRPGの目的だね』
「基本的に事件に挑むのは、特殊能力を持たない一般人なんだ。いかに謎を推理し、真実に近付くことが出来るか。それがクトゥルフ神話TRPGの醍醐味ってやつだね」
七海が興奮気味に乗り出しながら、付け加えるようにそう言った。思ったよりもハードな内容のゲームらしい。今更ながらとんでもないゲームに参加することになってしまったと、日向は何だか不安になってきた。ゲームオーバーになったら、ゲームの外に弾き出されるだけ。苗木はそう言ったけど、いくらゲームの中とはいえ、あんな化け物に襲われて死ぬのは怖い。視線を落とす日向に気付いたらしい狛枝が、「日向クン」と声を掛けてきた。
「大丈夫だよ。ボクも七海さんもいるんだから。3人で協力すればきっと事件を解決出来る」
「狛枝…」
「ほら、そんな顔しないで。キミを死なせはしないさ」
安心させるように浮かべた狛枝の優しい微笑みに、キュンッと日向の心臓が甘い悲鳴を上げた。狛枝に対して、コロシアイ修学旅行で苦しめられてきたイメージしかなかったのが、少しずつ崩れていく。いや、その評価を下すのはまだ早い。絶望に染まる前から狛枝は異常だったのだ。今の笑顔を素直に信用するのは良くない。日向は寸での所で思い止まった。



『用意するものはルールブック、ダイス、探索者シート、筆記用具。全部こっちで用意してるよ』
「苗木…、筆記用具以外が全然分からないぞ」
『うん、とりあえず1つずつ簡単に説明するね。まずはルールブック。その名前の通り、クトゥルフ神話TRPGのルールが載ってるんだ。これがないとプレイが出来ないよ』
苗木が取り出したのは辞書ほどの厚みがあるかなり分厚い本だ。中は細かい文字と何やら先ほど見せられた化け物の絵がチラホラ見える。すごく作り込んでいそうな印象を受けた。
「プレイ…」
苗木の言葉に狛枝が表情を変えて、ゴクリと生唾を飲み込むのが分かった。きっと単語からあらぬ想像を展開させているのだろう。日向は頭を押さえて、溜息混じりに狛枝を睨む。
「狛枝。変な妄想をして、息を荒げるのは止めろ…!」
「!? すごいよ、日向クン…。ボクが何を考えてるのか一目で見抜くなんて! ちなみに今キミのことを考えてたんだよ。希望の象徴でもあるキミがベッドに寝ていて、傍らのボクにフッと笑い掛けるんだ。もちろん裸で。それで手錠と電動コケシとギャグボールを差し出しながら、『これがないとプレイが出来ないぞ』って、」
「おいいいいいい!! もう止めろ!」
「プレイって、何のプレイ?」
「七海も食い付かなくっていいからっ!!」
苗木は困ったように笑うだけで、止める様子はない。このメンバーでTRPGをしなければならないのか…。日向は別の意味でも危機感を感じた。

「次はダイス…かな。さっきも日向くんが振ってたよね」
「ああ、俺が振ったのは10面のやつだったな。あれ以外にも種類があるのか?」
『普通はサイコロっていうけど、TRPGでは一般的にはダイスって呼ぶね。日向クンが振った10面ダイスの他に、4面ダイス、6面ダイス、8面ダイス、12面ダイス、20面ダイスがあるんだ』
苗木の説明に「あれ?」と狛枝が訝しげにダイスを指差す。
「10面のが2つあるようだけど?」
『これは10の位を決める時用のダイスだよ。ほら、数字が10、20、30…ってなってるでしょ?』
並べられた色とりどりのダイスは全部で7つあった。面の中央に数字が刻印されていて、その周囲を縁取るようにまじないめいた模様が描かれている。赤、青、黄、緑、紫、白、黒。素材はアクリルか何かなのだろう。透明なそれらは太陽に透かすと、キラキラと綺麗に光を放った。
『クトゥルフ神話TRPGはダイスの要素が大きい。シナリオの分岐やプレイヤーの行動、その判断をダイスによって決めるんだ』
「お兄…、じゃなくて苗木くん。私はうろ覚えだから、ダイスを振るやり方教えてほしいな」
『例えばゲームで【2D6をロールする】って指示があったとする。これはそれぞれ2=2回、D6=6面ダイス、ロール=ダイスを振るという意味なんだ。つまり6面ダイスを2回振るってことだね』
「…何だか数字がゴチャゴチャになりそうだな」
『分からない時はまた説明するから安心してね!』
パッと柔らかい表情の苗木は正確には本人じゃないが安心する。日向は未来機関のどの人間より苗木を信頼していた。アルターエゴは完全に苗木になり切っている。外の世界を知らない狛枝もいるのだから、この場は苗木として進めるのが妥当だろう。

『最後に探索者シート。これはクトゥルフ神話TRPGで、プレイヤーの分身となる探索者の情報を書いていくものだよ』
そう言って苗木から手渡されたA4の紙には、びっしりと項目が敷き詰められていた。履歴書など足元も及ばないほどの情報量だ。名前や性別、年齢などはすぐに書けそうだが、他にも能力、技能、武器、症状、履歴、収入、所持品などを書く欄があった。全部埋めるには骨が折れそうだ。日向はしばしシートに見入ってしまった。
『あの…最初だし、全部書かなくても大丈夫だから。まずは能力、職業、技能。この3つかな。名前とか性別とかどんな人物なのかとかはみんなの自由だよ』
「なるほどね。つまり能力、職業、技能は自由じゃないってことかな?」
『狛枝クンは鋭いね。最初に能力をダイスロールで決めるんだ。決定した能力を見て、職業を決めて、最後に技能を選ぶ。こんな感じかな!』
「職業によって選べる技能が絞り込まれるって言うけど、私はあまり考えないでも良い…と思うよ。興味を持ったことに自由にポイントを割り振れるから」
ルールブック、ダイス、探索者シートのことは理解出来た。『じゃあ次に移ろうか』と苗木は探索者シートの画像をモニタに映す。これから能力を決めていくらしい。



『さてと、能力を決める前にどんなパラメータがあるか説明しないとね』
指示棒をポケットから出して、モニタを指し示す様はまるで学校の先生のようだ。しかし可愛らしい見た目と身長のお陰か全くそうは見えない。自由研究で地元の歴史について発表する中学生。初めに浮かんだイメージはそれだ。
思わずフッと笑みを零すと、同じように狛枝も苗木を見て、微笑んでいた。何か嫌な予感がして「狛枝」と声を掛けると、バレた?とばかりにペロッと舌を出してみせる。
「ふふっ。苗木クンってボクと同じ幸運だし、ちょっと親近感湧くよね…」
「お前にも親近感だなんて感覚があるのか」
「あれ? 日向クンにもちょっとは感じてるよ。言ったでしょ? キミとボクは似ているねって」
「…あー、確かにそんなこと言ってたな」
「もしかして嫉妬? 大丈夫だよ、ボクの友達は日向クンだけだし!」
「………」
狛枝はその美しい容貌に違わない綺麗な微笑みを日向に見せる。ツッコミどころがたくさんあって、反論する余地もない。日向は諦めて、苗木を見やった。モニタに表示されたのはこれまた複雑そうな項目だった。

STR(筋力) DEX(敏捷) INT(知性) アイデア
CON(体力) APP(外見) POW(精神) 幸 運
SIZ(体格) SAN(正気) EDU(教育) 知 識
H P(耐久) M P(魔力) 回避 ダメージボーナス

「STR(筋力)とかHP(耐久)とかはRPGでもお馴染みだよね。日向くんも見覚えがあるんじゃない?」
七海が眠そうな声で日向に話しかけた。確かにざっと見る限りは分かりそうだ。珍しいと思ったのはAPP(外見)という項目があるということ。見た目の良さが反映されるゲームはあまり聞いたことがない。後はその下にあるSAN(正気)という文字が日向の目についた。
「そうだな。七海ほどじゃないけど、それなりにゲームはやるし。…でも分からないのもあるぞ。そこのSAN…、正気ってやつは初めて見た」
『えへへ、よくぞ聞いてくれました! これこそがクトゥルフ神話TRPGの特徴とも言えるポイントなんだ』
「何か、楽しそうだね…。苗木くん」
『クトゥルフ神話TRPGには色々な異形のものを見たり、ショッキングな出来事に遭遇するシーンがある。そこに関わってくるのがSAN…、正気度だね』
「正気は英語だとsanity…。その略語ってことか」
狛枝がぽつりと呟く。日向はモニタで見せられたクトゥルフを思い出した。あれがもし実在して、目撃するようなことがあれば、確かに正気ではなくなる。その場面を想像して、思わず鳥肌が立った。
『マトモな人間だったら、ショックな出来事に遭遇すれば正気でいられなくなるよね』
「…マトモな人間だったら、か」
「ちょっと日向クン! 何でボクの方を見るのかな。…はぁ、ボクがマトモじゃないとでも?」
日向のじっとりとした目線を受けて、狛枝が不機嫌そうに顔を歪めた。だがそんなのはブラフだ。日向には彼の本性が手に取るように分かってしまう。すごく嫌だったが。
「睨み付けて、興奮するような人間のどこがマトモだってんだよ。この変態」
「はぁっ、はっ、あ…、んぅ……、ひなた、クン…がボクを、蔑んでるよ……、最っ高だね……っ!」
『えっと、話に戻っていいかな? クトゥルフ神話TRPGではショックなことがある度に、SANチェック…正気度ロールを行って、正気度が減っていくんだ』
この気持ちの悪い会話をスルーしてしまう辺り、苗木は図太い神経の持ち主のようだ。
「なぁ、苗木。そのSANチェックで正気度がなくなったら、どうなるんだ?」
『日向クンは正気でなくなったら、どうなるかな?』
「んー…、パニックになるか? 何が何だか分からなくなって、頭がおかしくなったりとか」
最初から頭がおかしい奴もいるが。そこで狛枝を見てしまうとまた絡まれそうなので、日向は何も言わなかった。
『クトゥルフ神話TRPGでも同じだよ。通常のゲームだと体力が0になると身体的な死になるけど、SAN値がなくなると精神的な死に至るよ。精神病院に入院とかね』
「…そういや、ホラー小説を骨組みにしてるんだったな、このゲーム」
「そこがスリルあるんだよね。私はこういうゲーム、すごく好きだなぁ。…現実だったら絶対に楽しめないけど」
暗にコロシアイ修学旅行を言っているのは日向にも分かった。七海は言葉を切って、カーディガンのフードを被る。考える時の彼女の癖だ。あの修学旅行で命を落としたみんなを救うためにもクリアするしかない。日向の心にもう迷いはなかった。

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04.創造
『そろそろ能力を決めていこうか。それぞれの能力はこんな感じでダイスロールをするよ』
苗木はモニタにダイスロールの基準値を出した。どうやらこの通りにダイスを振れば良いらしい。


名前:○○ ○○ (性別:♂or♀) 職業:○○ 年齢:○才 PL
STR(筋力):3D6  DEX(敏捷):3D6  INT(知性):2D6+6 アイデア:INT*5
CON(体力):3D6  APP(外見):3D6  POW(精神):3D6  幸 運:POW*5
SIZ(体格):2D6+6 SAN(正気):POW*5 EDU(教育):3D6+3 知 識:EDU*5
H P:(CON+SIZ)/2  M P:POW  回避:DEX*2  ダメージボーナス:表参照
職業P:EDU*20 興味P:INT*10


パラメータと言うからには高い目の方が有利なのだろうか。化け物を倒すにはSTR(筋力)…、攻撃を受ける際にはCON(体力)が重要だ。いや遭遇した時に正気を保てるように、SAN(正気)も高くないと不味いかもしれない。そんな考えが日向の頭にいくつも巡る。
『ダイスの振り方はさっきチラッと話したよね。3D6は6面ダイスを3回振って、その合計の数字だよ。つまり3〜18の間になるね。*のマークは倍の意味だから、*5は5倍してね』
「苗木、振り直しとかはOKか?」
『振り直しは3回まで。個々の能力で振り直しはなしだよ。全部の能力を一巡させて、そのセットで考えてね』
「分かった」
なるべく高い目が出ますように! そう祈りを込めて、日向はダイスを振る。七海も狛枝もダイスを転がし、シートに何やら記入している。しばらく図書館にはコロコロ…というダイスがテーブルを転がる音だけが響いた。


……
………

「出来た!」
どのくらいの時間が経過しただろうか。最初に声を上げたのは七海だった。狛枝は驚いたように「早いね」と七海を見る。
「ボクはもうすぐ出来そうかな」
「……俺はまだ半分くらいしか決め終わってないぞ」
「それはさすがに遅過ぎなんじゃないかな。日向クン…、イくのは速攻なのに」
「ちょっ、何で知ってんだよ!!」
「あれ、適当に言ったのに当たっちゃった? でも早漏な日向クンもボクは好きだよ」
頬を染めながらニコッと笑う狛枝に殺意を覚える。ちくしょう…。奴の口車に乗った結果がこれか。日向は唇を噛み締めて、テーブルに両肘を突き、頭を抱える。幸いにも苗木や七海は、狛枝の発言が何のことだか分かっていないようだった。しかし日向と狛枝だけに通じる何かがあるという事実が、更に日向の気分を重くする。
「私の能力値はこんな感じだよ。もう職業も技能も大体イメージ出来てるんだ」
七海はシートを苗木に手渡した。しばらくじっと見ていた苗木は『中々いい感じだね』と七海に満面の笑みを向けつつ、シートを返す。褒められた七海は無表情…のように見えたが、ほっこりとした反応をしているようだ。そして日向と狛枝にさり気なく、どやぁとでも言うような顔をしてみせた。

『七海さんは経験者だから1人で大丈夫そうだね。職業と技能も決めてくれるかな』
「うん」
『日向クンと狛枝クンは分からないことも多いだろうし、ボクがサポートするよ。職業Pと興味Pを技能に加算していくから。能力を割り振れた人は七海さんみたいにボクに教えてね』
「ん…、ボクも出来たよ」
狛枝にも先を越されたか。苗木にシートを手渡す様子を日向は横目に見る。苗木は『うーん…』と言いながら、狛枝のシートの能力値を目で追っている。七海の時とは違い、考える所があるのか悩ましげな表情を浮かべた。
『極端な目が出たんだね。でも使いようによってはかなりの実力を発揮しそうだ』
何だか気になるコメントだ。シートを返した苗木は狛枝と顔を突き合わせて、相談をしている。職業と技能を選んでいるのだろう。日向は結局最後になってしまった。いや、寧ろ自分のペースで何が悪い。日向は気持ちを切り替えて、探索者シートと睨めっこをする。悩んでいる日向に苗木がポンと肩を叩いた。
『焦らなくていいよ。思慮深いのは良いことだから、特にこのゲームではね』
「苗木…、ありがとな」
苗木が許可した振り直しの3回目。割と良い目が出ているような気がする。日向は数値を見直して、1人頷く。これなら大丈夫そうだ。日向は「出来たぞ」と苗木に呼び掛けた。


……
………

『さて、全員決められたみたいだね。じゃあこれから1人ずつ発表していくよ。まずは七海さんから』
「じゃーん。私の探索者はこの人です」
テンションの上がっていない声の調子だが、それはいつものことだ。モニタにはパッと七海のパラメータが表示される。


名前:七海 千秋 (性別:♀) 職業:刑事 年齢:24 PL2
STR: 9  DEX:17  INT:14  アイデア:70
CON:12  APP:17  POW:13  幸 運:65
SIZ:11  SAN:65  EDU:16  知 識:80
H P:12  M P:13  回避:34  ダメージボーナス:±0
職業P:320 興味P:140
――――――――――――――――――――――――――
[技能]
拳銃:80% 信用:61% 目星:90%
図書館:99% 応急手当:60% 法律:55%
聞き耳:55% 回避:80% コンピュータ:30%


『七海さんはクトゥルフ神話TRPGを知っているだけあって、汎用性の高いパラメータになってるよ。欠点らしい欠点が見当たらない。注目すべき点はDEX(敏捷)とAPP(外見)が高い所。最大値が18だから、とっても足が速くて、誰もが振り返るほどの美女ってことだね』
七海らしい、と日向は思った。足が速いというのは意外だが、本人はとても見目の麗しい美少女だし、コロシアイ修学旅行で捜査もしていたから刑事という職業はピッタリだと感じる。
「SAN(正気)もそれなりにあるよ。STR(筋力)は低めだけど、<拳銃>でカバーするつもり。それから探索で必要になる<目星>と<図書館>と<聞き耳>にポイント振り分けたかな。成長ロールないみたいだから<図書館>は極振りにしてみた。後は刑事っぽく、<信用>と<法律>。怪我をしても良いように<応急手当>。<コンピュータ>はポイント余っちゃったから取ったよ」
『<目星>は探索では必須だね。ロールに成功すると、物や人に対してプレイヤーが見て、気付いた情報を知ることが出来る。<図書館>は調べ物をする際に使うよ。パソコンの簡単な検索もこれで判定するんだ。七海さん、ちなみに振り直しは?』
「1回した…かな。SIZ(体格)が18になっちゃって。それだとちょっと女の人にしては大き過ぎると思ったから」
七海が体格の良い女性だったら…。彼女が気にしてしまうのも分かる。男性よりは小さい方が良いと考えるのは自然だ。苗木は「そうなんだ」と七海の探索者の紹介を終わらせる。結論から言うと、とてもバランスがとれている探索者のようだ。本人と同じく頼りに出来そうだ。日向は七海に頼もしさを感じた。


『じゃあ、次に狛枝クンのだね』
「結構適当に決めちゃったけど、別に良いよね」
狛枝は素っ気なく言った。本来なら適当では困るのだが、彼はサルベージ云々に関して何も知らないのだから仕方がない。モニタには狛枝のパラメータが並んでいる。


狛枝 凪斗 (性別:♂) 職業:私立探偵 年齢:25 PL3
STR: 9  DEX:10  INT:18  アイデア:90
CON: 9  APP:16  POW: 7  幸 運:35
SIZ:15  SAN:35  EDU:20  知 識:99
H P:12  M P: 7  回避:20  ダメージボーナス:±0
職業P:400 興味P:180
――――――――――――――――――――――――――
[技能]
言いくるめ:90% 目星:80% 心理学:90%
鍵開け:70% 写真術:30% ナビゲート:50% 忍び歩き:30%
回避:59% 変装:50% 医学:81% 隠す:55%


『狛枝クンのパラメータはちょっと説明が多くなるかもしれない。高い値と低い値の差が激しいのが特徴かな。高いのはINT(知性)、EDU(教育)、APP(外見)。特にINT(知性)は最大値。EDU(教育)も最大値に近い値。つまり天才的な頭脳を持つ、七海さんに勝るとも劣らないほどの美形だよ』
「ちなみにEDU(教育)は高卒で12、大卒で16っていう基準があるよ」
七海の解説に日向は驚いた。
「じゃあ、20って超頭良いってことじゃないか! 天才か…?」
「日向クン! …不意打ちだよ。そんな素直に褒められたら…ボク…、溶けちゃうよぉ」
「溶けろ。蒸発しろ」
「ふぁあぁっ…ん、ぁっ、日向クンの熱で…っ、溶かしてくれたら、嬉しいな…」
「………」
桃色に頬を染め、熱っぽく日向を見つめる狛枝。エロい…、厭らしい…。いや…惑わされるな、日向 創! 狛枝は自分ではなく才能だけを見ているんだ。頭をぶんぶんと振って邪念を振り落とす。言い知れぬ居心地の悪さと下半身を直撃する変な高揚感を感じて、日向は思わず深呼吸をして椅子に座り直した。そんな2人を相変わらずどこ吹く風と、苗木は説明を続ける。
『逆に低い値もあるんだけどね。1つはSTR(筋力)。次にCON(体力)、これは七海さんより低いね。それから致命的なのがPOW(精神)。SAN(正気)を見てもらえれば分かるように、最大値の半分もない。INT(知性)が高いから、発狂には気を付けた方がいいね』
「? 何でINT(知性)が高いと発狂しやすいんだ?」
『INT(知性)は当たり前だけど、頭の良さを表わしている。頭が良いということは理解してしまうってこと。世の中って知らない方が幸せってことあるよね? 事件の真相や神話生物を深く理解したら、狂ってしまう。クトゥルフ神話にはそういう要素が多いんだ』
「なるほどな。っていうか超高校級の幸運のクセに、何で<幸運>の値が低いんだよ」
先ほどからツッコみたかった項目に日向が触れた。不運と幸運を兼ねている才能だから、合っているのかもしれないが。
『うーん。元となるPOW(精神)が低いから、仕方のないのかもしれないね』
「何だか七海以上に、狛枝をそのまま具現化したような探索者だな」
日向の発言に狛枝は「えっ」と意外そうな声を出した。珍しくそわそわとした落ち着かない挙動を見せている。
「ボクみたいなゴミムシのこと、頭の良い美形って思ってくれてたんだね。日向クン…」
「それもあるけど。SAN値低いってのは、まんまお前だなと思って」
「ああっ、飴と鞭の合わせ技なんて…っ! 日向クン、キミって人は…っ、はぅ…素晴らしいよ!」
「別に褒めてないぞ」
呆れたような日向の眼差しも、狛枝に掛かれば快楽に変わってしまうらしい。どうすればこの狂人を黙らせることが出来るのか。それは日向にとって永遠のテーマになりそうだった。
『戦闘は攻撃手段がないから後衛に回した方がいいね。七海さんと同じく捜査系だから、職業は私立探偵をおススメしたよ。INT(知性)とEDU(教育)が高いから、技能に割り振れるポイントも多い。<言いくるめ>、<心理学>、<鍵開け>、<写真術>、<変装>、<忍び歩き>。この辺りは探偵っぽいよね』
「<医学>も取ってるんだね。すごく物知りな探偵さん…かな」
癖はあるが、技能の多さには目を見張る所がある。発狂にさえ気を付ければ、かなり真相に近付けそうな探索者だ。聞けば振り直しは一切していないらしい。それでこの目が出るのはきっと才能だろう。


『えっと、最後になるね。日向クン』
「ああ」
1回頷くと、モニタには日向のパラメータが映し出された。シートを見せた時は苗木もまずまずの反応を示していたし、技能も彼と相談しながら決めた。悪くはないはずだ。


名前:日向 創 (性別:♂) 職業:探偵助手兼護衛 年齢:24 PL1
STR:16  DEX:14  INT:10  アイデア:50
CON:15  APP:12  POW:17  幸 運:85
SIZ:15  SAN:85  EDU:14  知 識:70
H P:15  M P:17  回避:28  ダメージボーナス:+1D4
職業P:280 興味P:100
――――――――――――――――――――――――――
[技能]
回避:90% 武道/空手:85% 説得:70%
こぶし:80% キック:75% 追跡:40% 精神分析:70%


『日向クンは全体的に数値が高いね。どれも平均以上。STR(筋力)とPOW(精神)が特に良い。ただINT(知性)は低めで、EDU(教育)も普通の値だから、技能に割り振れるポイントが少ないのが欠点かな』
「…それってあんまり良くないのか?」
『いや、技能に関しては他の2人もいるから平気さ。それからINT(知性)が低いのは逆に強みになるんだよ。狛枝クンとは逆に、神話生物に遭遇しても深く理解しないから発狂しにくい。SAN(正気)も高いから、まず発狂することはないと思う』
目論見通りだった。高いPOW(精神)が出るまで振り直して良かった、と日向はホッと息を吐く。七海が興味津々にモニタに食いいっている。
「日向くんの技能は戦闘系なんだね」
『七海さんと狛枝クンが捜査系だから、戦闘出来る人が1人くらいいても良いんじゃないかと思って、ボクが勧めたんだ。ダメージボーナスが付いてるのは日向クンだけだしね』
「脳筋…」
「く…っ、そう言われても反論が出来ない!」
狛枝の淡々とした呟きに日向は苦々しく吐き出し、拳を握り締める。
「職業迷っているみたいだったから、ボクの助手をお願いしたんだよね。まさか引き受けてくれるとは思わなかったよ」
「別に特に拘りなかったからな。お前の助手ってのも、悪くない」
「あ…、うん」
日向は深く考えずに言葉を口にしていた。狛枝はカーッと面白いように顔を赤くして、俯いてしまう。困ったように歪められる眉と何かを飲み込むような唇の動きに、日向はいつも狛枝がこうだったらまだ可愛らしいのにと思った。
『技能は戦闘系の<武道/空手>、<こぶし>、<キック>。それから探偵助手らしく、<説得>と<追跡>があるね。それと<精神分析>。これはSAN(正気)を回復する貴重な技能だよ。いつ狛枝クンが発狂してもこれで安心だね!』
「あんまりそういう場面には遭遇したくないけどな」
「…日向クン、ありがとう」
狛枝は日向に目を細めて笑い掛ける。いつもの胡散臭い笑顔とは違う、柔らかい綺麗な微笑みだ。何だか調子が狂ってしまう。突き放したくなるような気持ち悪さと、思わず引き寄せたくなる人の良さ。ここにいる狛枝は今までと違う。日向はそれを強烈に感じていた。



『それじゃあ! お待たせしちゃったけど、そろそろクトゥルフ神話TRPGを…』
「あの、苗木は?」
日向に問われた苗木は『え? 何かな』とことんと首を傾げる。プレイヤーは日向、七海、狛枝の3人。だがそれまでサポートしてきた苗木は何をするのだろうか? 日向は疑問に思ったのだ。
「お前はプレイヤーじゃないんだよな」
『ごめんごめん。説明するの忘れてたね。ボクはゲームの進行を務めさせてもらうよ。セッションがスタートした後は、GM(ゲームマスター)って呼んでね』
そう言って、苗木は人の良い笑顔を3人に向けた。TRPGが1人ではプレイ出来ないというのはこういうことか。ルールを順守する進行役が必要なのだ。納得している日向の正面で、七海は何やら考え込むような表情でフードを被っている。
「七海、どうかしたか?」
「ゲーム、マスター……。ううん、何でもないよ」
日向に七海はゆっくりと頭を振った。これからゲームが始まる。日向は思わず生唾を飲み込んだ。

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