// Call of Cthulhu //

15.遭遇
『3人の調査は一通り終わった。七海さんから情報を共有する時間を取りたいって意見があったからそうするね』
苗木はテキパキとセッションを進行させる。少しずつ事態が収拾していきそうだ。
日向が調べていたゴミ箱からは良く分からないスケッチが出てきただけで、特に目ぼしい情報はない。狛枝が担当している資料棚も摂食障害の基本的な症状しか出てこず、自ずと七海からの情報がメインになった。
「俺は変な絵を見つけたけど、見せたら2人のSAN値が減りそうだ。言葉だけで伝えるよ」
『それじゃどんな説明をしたのかロールプレイをしてみてね』


【苗木 誠/GM】
『日向 創はゴミ箱に捨てられていたスケッチについて、七海 千秋と狛枝 凪斗に話しました』
【日向 創/PL1】
「まず俺が調べたゴミ箱だな。多分小泉が描いたものだと思うけど、スケッチを見つけたんだ。ヒキガエルの顔に、コウモリの耳、体は太ったクマみたいな、変な生物が描かれていたぞ」


「これって絶対何かの神話生物だよね」
七海は難しい顔で唸っている。この先にこの化け物が現れて、戦闘でもするのだろうか? このセッションは何を倒せば、平和が訪れるのか。コロシアイ修学旅行ではモノクマだったから、ある意味分かりやすかったが、今回はターゲットさえまだ掴めていない。
そんなことを考えていると、狛枝が「GM」と呼び掛けた。理知的な灰色の瞳が苗木に向けられている。
「ボクの情報は短いから、先に話してしまいたいんだけど」
『了解。それじゃまずは狛枝クンから。それから続けて、七海さんもだね』


【苗木 誠/GM】
『狛枝 凪斗は摂食障害についての知識を日向 創と七海 千秋に話しました』
【狛枝 凪斗/PL3】
「摂食障害についてはこんな感じだよ。最近の小泉さんは摂食障害について調べていたようだ。専門書を購入したり、新聞や雑誌の切り抜きを集めたりしてる所から、生半可な興味じゃないね。今回の事件のキーワードじゃないかな。それとレストランで小泉さんがボクに話したがっていたのは、恐らく摂食障害についての話だと思う。3人の中で医学の心得があるのはボクだけだからね」
【七海 千秋/PL2】
「ありがとう、狛枝くん。君の話を聞いて、私もしっくりきたよ。仕事机を調べたら、こんな資料が出てきたんだ。2人の意見を聞きたいな」
【苗木 誠/GM】
『七海 千秋は調査して分かったことを日向 創と狛枝 凪斗に伝えます。音無 涼子、斑井 一式、罪木 蜜柑。それぞれのプロフィールと音無 涼子に関するブログについてです。ブログを読んで分かったことは以下の通りです。

@音無 涼子のカウンセリング効果は絶賛の声ばかりである。A特にカウンセリングの即効性には誰もが驚いており、たった数時間摂食障害から解放される。B相談者がブログの中で「ウガア・クトゥン・ユフ!」という挨拶代わりに謎の言葉を使っている。これは音無 涼子がカウンセリングの際に口にする言葉らしい』


「『摂食障害』と『ウガア・クトゥン・ユフ!』か。新しい言葉が出てきたね。摂食障害っていうと、狛枝くんの症状が気になるけど…」
七海は心配そうに狛枝を見た。彼女の言う通り、狛枝も摂食障害を患っていると考えて良いだろう。ただ一般的な摂食障害は発狂して、人を襲ったりしない。日向はレントゲンに映った真っ黒い靄を思い出す。早く狛枝から『口』を追い払わないと大変なことになりそうだ。
「摂食障害はまだ分かるけど、そのウガア何とかってのは何なんだよ」
「ツァトゥグア…」
日向が聞き慣れない単語に顔を歪めていると、狛枝が何かを呟いた。
「は?」
「いや、何でもないよ。それは音無 涼子本人に聞いてみるしかないんじゃないの?」
頭を振った狛枝は、髪を掻き上げながらそれに答えた。ここで意見を求めても何も出てこないのは日向も分かっていた。呪文めいたその言葉を挨拶代わりに使うとは気味が悪い。宗教めいたものを感じ取って、決して良い気はしなかった。
そこへ苗木が『あのね』と手を振りながら、割って入ってくる。3人とも顔を上げて、そちらに注目した。
『この音無 涼子に関するブログに対して、<医学>もしくは<精神分析>、それと<心理学>のロールをお願いするよ』
「となるとボクは両方でロールだね。日向クンも<精神分析>でやる?」
「まぁ、一応やってみるか」
別に1人でも構わないが、振って損をすることはないので、日向もダイスを振ることにした。カランカラン…としばらくダイスの跳ねる音だけが図書館に響く。

<精神分析>
探索者名  技能   出目  判定
日向 創_ (70) → 38  [成功]

<医学>
探索者名  技能   出目  判定
狛枝 凪斗 (81) → 52  [成功]

<心理学>
探索者名  技能   出目  判定
狛枝 凪斗 (90) → 71  [成功]


【苗木 誠/GM】
『日向 創と狛枝 凪斗はブログを読んだことにより、どんな名カウンセラーでも「数時間で摂食障害は治せない」ということが解ります。狛枝 凪斗は音無 涼子が臨床心理学を学んでいれば、その可能性があるという考えに及びました』
【七海 千秋/PL2】
「摂食障害ってそんなに短時間で治るものなのかな?」
【日向 創/PL1】
「普通に考えてありえないな。どんな名カウンセラーでも簡単に治療することは出来ないはずだ」
【狛枝 凪斗/PL3】
「摂食障害は特定疾患に指定されるほどの難病だからね。多分、臨床心理学とかそういった類の治療を行ってるんじゃないかな」
【七海 千秋/PL2】
「でも彼女は2年前までは中小企業のOLをしてたんだよ。専門的な勉強をしていたのかが気になるね。どうしようか…。音無 涼子の治療方法について、詳しく知りたいよね。彼女の患者さんで会ってくれそうな人はいないかな?」
ピンポーン♪
【苗木 誠/GM】
『3人が今後について話し合っていると、玄関からインターフォンの鳴る音が聞こえました』
【??? ???/??】
「おーい。わたしだよー。開けてくれないー?」


「!? 誰か来たのか?」
まさかの展開に日向は目を見張った。ここで調査を終えたら、後は帰るだけだと思っていたのだ。小泉が不在であるのにも関わらず、自分達は上がり込んでいる。不審者とは思われないだろうか? 考える日向に苗木はアドバイスを口にする。
『どうするのもキミ達の自由だよ。ドアを開けるのも良し、居留守を使うのも良し』
「窓から逃げるって手もあるよね」
「それはダメ…かもしれない。私達、管理人さんから鍵を借りたままだし」
狛枝の言葉を七海が否定する。その通りだ。窓から逃げることは不可能。それならば苗木の言うような方法しかない。居留守を使えば切り抜けられるだろうが、もし訪ねてきた人物が仲間のアバターなら回収しなければならない。
「…出てみないか? もしかしたら事件の手掛かりを知っている奴かもしれないぞ」
「小泉さんの怪死を伝えるのは難しいかもね。大丈夫かな」
七海は上を向いて、思索する。その心配を払拭するように、日向は声を張った。
「俺の<説得>、七海の<信用>、狛枝の<言いくるめ>…。これだけあれば、何とかなると思うんだ」
「それもそうだね。何か大丈夫…な気がしてきた」
「キミが良いなら、ボクはそれに従うよ! 恋人の言うことに逆らったりしないからね。ただボクの<言いくるめ>は嘘を吐くから、話を聞き出すにはやらない方が良いかな」
2人の同意を得て、日向は苗木に「ドアを開けるぞ」と告げる。その言葉に苗木は小さく頷いた。


【??? ???/??】
「おねぇ? いるんでしょー?」
【苗木 誠/GM】
『日向 創は再び鳴らされたインターフォンに早足で玄関に向かいました。外にいるのはどうやら小泉 真昼の妹のようです。日向 創がドアを開けると、そこにはかなり小柄な少女が立っていました。明るい色の髪をツインテールにした童顔の少女です。和のテイストを取り入れた個性的な服を着ています』
【日向 創/PL1】
「こんにちは」
【西園寺 日寄子/NPC】
「えっ、あんた達、誰? おねぇはどこにいるの!?」
【苗木 誠/GM】
『小泉 真昼の妹は怪訝な顔で探索者達を見ています。どうやら警戒しているようです』


西園寺が出てきた。これでアバターは6人回収出来たことになる。中々順調だ。このままセッションが終わる頃には全員のアバターを集められそうだな。日向は満足気にモニタを見つめる。さて、西園寺に対するロールだ。
「なぁ、俺が<説得>を使ってみても良いか?」
七海と狛枝に視線を投げかけた日向だったが、2人は笑って頷くだけだった。それを受けた苗木は日向にロールを勧める。
『はい、日向クンが<説得>ロールだね。それじゃダイス振ってね』

<説得>
探索者名  技能   出目    判定
日向 創_ (70) → 02  [クリティカル]

「うおっ、クリティカルだ」
「日向クン、初クリティカルだね。おめでとう!」
パチパチと狛枝から拍手が起こり、七海や苗木も後を追って手を叩く。日向の心はポカポカと温かいものに包まれた。何だか照れ臭い。七海や狛枝がクリティカルを出すのを、自分には関係のないことだと遠い所から見つめていた。クリティカルがこんなにも嬉しいものだなんて。日向は頭を掻いて、破顔した。
『ここでクリティカルか…。えーっとね、うーん。すごく説得されたってことだよね…』
苗木はあたふたして、考えあぐねているようだ。難しい顔でうんうん唸っている。想定外の判定に困惑している苗木。GM的にはファンブルだったか…。日向は何となく申し訳なく思った。とりあえずロールプレイをしたら、苗木もシナリオを運びやすいだろうか。日向は西園寺に言うセリフを考える。
「…まずは自己紹介かな。小泉の高校時代の友人で、日向 創です。こんな感じで自己紹介するぞ」
『分かったよ。で、では…コホンッ』
日向の言葉を聞き、恭しく咳払いをした苗木はロールプレイの再現をし始める。


【日向 創/PL1】
「初めまして。俺は小泉さんの高校時代の友人で、日向 創です」
【苗木 誠/GM】
『日向 創は小泉 真昼の妹ににこやかに自己紹介をしました。日向 創から滲み出る信頼性の高い人柄と真摯な態度を目の当たりにした小泉 真昼の妹は、その言葉を素直に受け入れます』
【西園寺 日寄子/NPC】
「なぁんだ! おねぇの友達だったんだね。わたしは小泉おねぇの妹で、西園寺 日寄子っていうんだー。呼び捨てでいいよ! わたしもおにぃって呼ぶからね」
【日向 創/PL1】
「えーっと、じゃあ日寄子ちゃんで良いのか…」


「凄まじいデレだね。私も西園寺さんの希望のカケラ全部集めたけど、こんなんじゃなかった…気がする。日向くんに対しては特別なのかな?」
ぽわぽわとした七海の言葉に日向は首を振る。
「いや、さすがに俺もこんな呼び方したことなかったぞ…」
「名前呼びか。ねぇねぇ、ボクのことも名前で呼んでよ。…いいでしょ、創クン?」
狛枝のハスキーボイスからは壮絶な色気が放たれている。何故かは分からないが、ひたすらにエロい。ブレス音がやけに耳に残って、日向は背筋を逆立てた。
「…な、何かゾワゾワするから止めろっ!」
弱々しく言うと、狛枝は口を尖らせて可愛らしく肩を竦める。そんな風に呼ばれたら、セッションに集中出来なくなる。日向は唇を噛んで、下を向いた。体が火照って、じわりと額に汗が浮かぶのを手早く拭い去る。そんな日向の挙動を、狛枝は楽しそうにクスクスと微笑みながら見ていた。


【七海 千秋/PL2】
「西園寺さんだね。小泉さんに妹がいるなんて知らなかったよ。小泉さんと名字が違うのは…」
【西園寺 日寄子/NPC】
「子供の頃にわたし達の両親、離婚しちゃってるからね。でもおねぇとは大の仲良しなんだ! それで3人は何でここにいるの? おにぃ、何かの用事? わたしで良いなら、何でも言ってね!」
【日向 創/PL1】
「あー、そうだな。日寄子ちゃんは『音無 涼子』って人、知らないか?」
【西園寺 日寄子/NPC】
「『音無 涼子』? うーん…。ごめんね、おにぃ。そんな名前は聞いたことないよ。他には何かあったりするー?」


「やっぱりそう簡単に『音無 涼子』については辿り着かないみたいだね。日向クン、最近の小泉さんについて何か知らないか、聞いてもらえないかな?」
「ああ、分かった」
さっきまで性的な視線をこちらに向けていたのに、いつの間にか狛枝は冷静にセッションに取り組んでいる。日向だけが形のない熱情を悶々と抱えている。それが悔しい。テーブルの下で日向は居心地が悪そうにズボンの中心を撫でた。


【日向 創/PL1】
「最近の小泉について、何か知ってることないか?」
【西園寺 日寄子/NPC】
「最近のおねぇ? んーっと、そうだなぁ…。あ、でも、これは…。う〜ん…。おにぃになら、いいかな」
【苗木 誠/GM】
『西園寺 日寄子は話すことを躊躇する素振りを見せましたが、日向 創には話しても良いと判断したのか、重い口を開きます』
【西園寺 日寄子/NPC】
「ちょっとプライバシーに関わることだから、あまり多くは話せないんだけどね。わたしの大学の先輩で、ゲロブタ…じゃなくて『罪木 蜜柑』って人がいるんだけど…。その罪木ってのが過食症だったの。小泉おねぇは何でかそいつに会いたがってたんだよねー」


「ここで繋がるんだね…。罪木さんが西園寺さんと繋がりがあるなら、接触は思ったよりも簡単そう…かもしれない」
七海は眠そうに鼻ちょうちんを膨らませながらそう言った。確かにそうだ。ここから何とか罪木に会う話を取り付けなければ。日向は心に決め、モニタを見やる。そこにはちんまりとした西園寺のアバターが映っていた。
「というかこの西園寺は大学生なんだな。これじゃ中学生、…いや小学生に間違えられてもおかしくないぞ」
実際の西園寺は高校で急成長を遂げているのだが、アバターを使用したセッションではそれは再現出来ないようだ。日向達も24〜25歳という設定で登場しているが、画面上に出てくるアバターは修学旅行のそれとあまり変わりない。


【日向 創/PL1】
「日寄子ちゃん、その罪木 蜜柑さんが『カウンセリングを受けた』って話は聞いてないか?」
【西園寺 日寄子/NPC】
「あ! そうそう。おねぇに罪木がカウンセリングを受けたことがあるって話したら、急に会わせてって頼まれたんだ」
【日向 創/PL1】
「あのさ、日寄子ちゃん。俺達も罪木 蜜柑さんに会って、『カウンセリング』のことを聞きたいんだけど、紹介してくれないか?」
【苗木 誠/GM】
『日向 創が頼むと、西園寺 日寄子は伏し目がちに視線を落としました。しばらく黙っていた彼女でしたが、やがて震える声で話し始めます。それには怒りが含まれていました』
【西園寺 日寄子/NPC】
「…罪木に会ってからなんだよ! おねぇが調子悪くなったの…。絶対あいつが何か仕出かしたんだ!! ううっ、もしあいつにあったら、おにぃ達も…っ!」
【狛枝 凪斗/PL3】
「調子が悪いって、具体的にはどんなことかな?」
【西園寺 日寄子/NPC】
「顔色悪くって、肌も荒れてて…。仕事が忙しいのかな?って思ったけど、そうじゃないみたいだった。美味しそうにご飯食べてたと思ったら、トイレに走って吐いたりしてたよ…。それと手の甲に傷があったかな」
【七海 千秋/PL2】
「ねぇ、西園寺さん。手の甲の傷って、こんな感じのだった?」
【苗木 誠/GM】
『七海 千秋は西園寺 日寄子に狛枝 凪斗の右手の甲を見せます。それを見た西園寺 日寄子は悲しそうな顔で小さく頷きました』


手の甲の傷? 日向は何のことだろう?と思案したが、しばらくして見当がついた。そういえば七海は戦闘後に狛枝の様子を<目星>していた。その時に見つけた傷のことを言っているのだろう。日向が殴った箇所とは別の傷だ。
「私も戦闘の後で見つけた狛枝くんの手の傷…、ずっと気になってたんだ。小泉さんにも同じ傷があったようだね」
「…多分、これは吐きダコってやつじゃないかな」
狛枝から出てきた単語に日向は首を傾げる。それを見た苗木は『ちょっと解説するね』とモニタに別の画像を出した。どうやら手の写真のようだ。指の付け根、手の甲…。場所はまちまちだったが、妙に膨らんだ部分が確認出来る。
『吐きダコっていうのは、摂食障害なんかで指を口に突っ込んで、嘔吐を繰り返すと出来るタコのことだよ。この画像の通り、出来る部分は人それぞれだね。気付いた七海さんもすごいけど、…狛枝クンは良く分かったね。大正解だよ!』
「………」
ニッコリとして、苗木は称賛の声を狛枝に送る。しかし狛枝は顔の前で手を組んだまま、特に喜ぶ素振りを見せなかった。物知りな狛枝にとってはそれくらい当然のことなのかもしれないが、人当たりの良い彼ならもっと愛想良くしていてもおかしくないのに。日向は違和感を覚えた。

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16.啓示
【西園寺 日寄子/NPC】
「おにぃがどうしてもって言うなら、紹介するよ…。罪木に連絡するの嫌だけど、明日の大学の昼休みに駅前の喫茶店で会えるように頼んでおくね。…わたしは会いたくないから、おにぃ達だけで行ってくれないかな?」
【日向 創/PL1】
「ありがとう。すごく助かったよ、日寄子ちゃん」
【西園寺 日寄子/NPC】
「えへへ! 何だかおにぃって、…パパに似てるかも。他の男と違って、何だか安心して話せるよ。………。あ…、今のは、えっと…。………。そうだっ、連絡先交換しても良いよね? ついでに罪木のも」
【日向 創/PL1】
「そうだな。その方が良いだろう」
【苗木 誠/GM】
『日向 創は西園寺 日寄子に連絡先を教え、西園寺 日寄子と罪木 蜜柑の連絡先を聞きます』


「GM、今の時間って何時くらいだ?」
『んー…。探索で3時間半、西園寺さんとの会話で1時間くらいかな。だから時刻は夜の7時半だよ』
「結構時間が経ってたんだな。それじゃ、俺達は帰ろうか」
セッション内の時間が経つのは早いらしい。七海がしょっちゅう時間を気にしていたのはこのためだったのか。クトゥルフ神話TRPGでは、必要な情報をより効率良く掴んでいくことが重要なようだ。


【日向 創/PL1】
「色々とありがとな。夜も遅いし、日寄子ちゃんも家に帰った方が良い」
【西園寺 日寄子/NPC】
「そうだね、そろそろ帰るよ。あ、ちょっと待って! 本当に今更なんだけど、おねぇはどこにいるの?」


「………」
日向は言葉を失った。そうだ、西園寺にはまだ真実を伝えていない。小泉は悲劇的な最期を遂げた。そのことを正直に彼女に話して良いのだろうか。それとも嘘を吐いて、ショックを和らげるべきか。せめぎ合う2つの考えに日向は「くっ…」と言葉にならない言葉を漏らす。
「日向くん、狛枝くんの<言いくるめ>もあるんだよ。だから無理はしないで」
「ああ。…いや、すまない。七海、狛枝。……俺、やっぱりちゃんと伝えたい」
「聞くべきことは聞いてあるから、構わないけど…。失うだけで、得るものはないよ。本当に平気? 日向クン」
心配そうに潤んだ瞳で見つめる狛枝に、日向は大きく頷いた。
「分かってる。損しかしないことも。……ごめん、俺ってこういうこと誤魔化すの…ダメなんだ。例えこれがゲームでもな」
「…賢くない、損する生き方だね。でもボクはそんな日向クンが好きだよ。誠実で純粋で素直なキミが好き…」
1つ1つの言葉に想いを込めるように、目を閉じた狛枝は静かにそう言った。長い睫毛が動き、その奥に灰色が姿を見せる。穏やかな表情でふわりと微笑まれ、日向の心臓はドキドキと早鐘を打った。優しい灰色の瞳だ。今、ハッキリと理解した。自分は狛枝のことを、確かに好きなのだと。異常で狂気的で傍迷惑な存在であるのに、どこか心惹かれる。
コロシアイ修学旅行でぶつけられた歪んだ感情。日向のことを無視して行われる行為に、毎夜心を痛めていた。アイランド修学旅行で育んだ微笑ましい友情。友達としてすら見てもらえず、興味を持たれないこの関係に、寂しさを覚えていた。
今の彼はそのどちらでもない。アイランドの延長であると推測されるが、向けられる感情は愛情に近かった。
『それでは、西園寺さんに小泉さんの死を伝えるってことで良いかな?』
「どういう結果になるか、分からないけどな…」


【日向 創/PL1】
「えっと…、日寄子ちゃん。小泉のことなんだけど、…ちょっと良いか?」
【西園寺 日寄子/NPC】
「うんっ! おにぃは小泉おねぇがどこにいるのか知ってるの??」
【日向 創/PL1】
「ああ、その…落ち着いて聞いてくれるか? とても…言いにくいんだけど…。………。小泉は、ちょっと遠くに行ってしまって、もう、戻ってこれなくて…、いや、そうじゃなくて…」


ロールプレイが難しい。ゲームなんてことは分かっている。だけど目の前の西園寺が可哀想で仕方がなかった。もどかしく言葉を紡ぐも、突っかかって上手く話せない。七海も狛枝も何も言うことなく、日向を黙って見つめていた。


【西園寺 日寄子/NPC】
「…っ! 解ったよ、おにぃ…。それ以上は言わなくて、大丈夫、だから…っ」
【日向 創/PL1】
「日寄子、ちゃん?」
【西園寺 日寄子/NPC】
「おねぇから聞いたかな? わたし達の本当のママはね、戦場カメラマンだったんだ。イラクとかソマリアとか、コソボとか…。危険な紛争地帯にも行ってた。それでね…っ、ママは…、……ママはそこに行ったまま、帰ってくることはなかったの…。離婚した後のことだから、わたしもおねぇから聞いたんだけどね」
【狛枝 凪斗/PL3】
「………」
【西園寺 日寄子/NPC】
「おねぇはママに憧れてたんだ。中学で再会した頃から、ずっとママと同じ仕事をしたいって言ってた。海外で起こった真実を世界に伝えたい。ママのことであんなに泣いてたのに、それでも夢を諦めなかった。おねぇは世界中の色んな所で、それこそ死と隣り合わせのような場所でも、命を掛けて頑張っているジャーナリストなの」
【苗木 誠/GM】
『西園寺 日寄子は話しながら、ポロポロと涙を流します。日向 創が言い辛そうにしているのを見て、西園寺 日寄子は自分の姉が今どうなっているのかを悟ったようです。嗚咽混じりになりながらも彼女は懸命に話を続けました』
【西園寺 日寄子/NPC】
「…っ、おねぇの身に、いつ何が起きてもおかしくない。分かってる、よ。だって危険な場所でお仕事してるんだもん。ぐすっ、教えてくれて、ありがとう、おにぃ…。…わたしは、そんなおねぇが大好きなんだ!」
【七海 千秋/PL2】
「西園寺さん…」


「日向クン、そんな悲しそうな顔をしないで。これで良かったんだよ。彼女もいずれは知ることになるんだろうし」
労るような思いやりのある狛枝の声が身に染みる。彼の言葉には不思議な力がある。深く考えることなく、素直に納得出来てしまう。日向は目頭が熱くなるのを感じながら、狛枝に頭を下げた。
「ありがとう、狛枝…。そう言ってくれると、俺も気が休まるよ」
「ふふっ、どういたしまして。ゴミムシのボクでも日向クンの役に立ちたいからね。胸ならいつでも貸すよ」
聡い彼は日向が涙ぐんでいることに気付いていたようだ。いつもなら変態過ぎる挙動で日向を困らせる狛枝だったが、今回ばかりは空気を読んでいるのか、純粋に日向を慰めようとしている。紳士的な態度に日向の心はときめいた。


【西園寺 日寄子/NPC】
「これ…わたしからおねぇにあげて、良く使ってた万年筆だよ。インク出ないし、今では遺品になっちゃったけど…。わたしが持っていても仕方ないし…、良かったらおにぃ、受け取ってくれるかな? 小泉おねぇもきっとおにぃに持っていてもらった方が嬉しいと思うんだ…」
【苗木 誠/GM】
『そう言って、西園寺 日寄子は小泉 真昼が使っていたと思われる万年筆を差し出しました』
【日向 創/PL1】
「じゃあ、受け取るよ。…大事にするから」
【西園寺 日寄子/NPC】
「ありがとう、おにぃ! じゃあ、わたしはそろそろ帰るねっ。約束は明日のお昼だから忘れないでよ。おやすみなさい…」
【苗木 誠/GM】
『西園寺 日寄子はそう言うと、小泉 真昼の家を離れて行きました』
【日向 創/PL1】
「こちらこそ、ありがとう。西園寺…。お休みなさい」


我儘でどこか憎めないいつもの彼女を見せることなく、西園寺の出番は終わってしまった。帰って行った西園寺の背中が、モニタに小さく映っている。これから彼女は1人泣くのだろうか。しんみりしてしまった図書館に、苗木は困ったような表情で声を掛け辛そうにしている。しかししばらくして力強い光をその瞳に宿し、口を開いた。
『……ここで小泉さんの部屋のシーンは終わりだね。3人ともお疲れ様!』
「ああ、苗木もお疲れ。…っとこれから3人は帰るんだよな?」
「その前に花村くんに鍵を返さないといけない…かもしれない。私行ってくるね」
「待って、七海さん。キミが行ったら、またセクハラされてしまうんじゃないかな? だからここはボクが行くよ」
あの管理人にこれから会うらしい。ただ鍵を返すだけのことだったが、今回ばかりは日向も黙って見ている訳にもいかない。七海から狛枝にバトンタッチしようとしている所に、日向は待ったをかける。
「いや、2人ともダメだ。狛枝だって、変な目で見られただろ? 俺が返しに行く」
意外そうに狛枝は目を見開いたが、やがて上目遣いで、「日向クン、頼むよ」とはにかんだ。顔には出さないようにしているが、その表情に日向はドキドキする。
『日向クンが鍵を返しに行くんだね。えっと、それじゃあ…』


【苗木 誠/GM】
『日向 創は管理人に鍵を返しに行き、七海 千秋と狛枝 凪斗は待機することになりました』
【日向 創/PL1】
「管理人、鍵を返しに来たぞ。ありがとな」
【苗木 誠/GM】
『扉から出てきた管理人は日向 創の顔を見ると、興奮を隠しきれないのかてるてるてるてると身悶えしています』
【花村 輝々/NPC】
「ンフフ、君が来てくれたんだね。涎が止まりませんなぁ〜。お入り、子猫ちゃん…。ぼくがたっぷりと可愛がってあげるからね」
【苗木 誠/GM】
『管理人の手が日向 創の逞しい胸板目掛けて、一直線に伸びてきています』


「……やっぱり俺が来て、正解だった。GM、伸びてきた手を捻り上げるぞ」
頭に手を添えて、日向は短く溜息を吐く。七海や狛枝が返しに行っていたら、恐らく同じ目に遭っていた。七海は避けるだろうが、狛枝は頭は切れても変な所で鈍いし、あっさり触られるかもしれない。ロールプレイでも狛枝の体を自分以外の誰かに触られるのは、何だか気分が良くない。
『相手は油断しているし、<組み付き>ロールなしで自動成功で良いかな』
苗木の返答に、日向は黙って頷いた。彼の判定は公平だ。状況を見て、妥当と思われる選択肢を出してくれる。


【苗木 誠/GM】
『日向 創は近付いて来た管理人の手首を取り、素早い動きでぐるりと一回転させました。管理人は右手を後ろ側に捻られ、身動きがとれません』
【花村 輝々/NPC】
「があああああああああああ」
【狛枝 凪斗/PL3】
「日向クン!」
【七海 千秋/PL2】
「それ以上いけない…と思うよ」
【苗木 誠/GM】
『名状しがたい管理人の悲鳴に、七海 千秋と狛枝 凪斗が心配して駆け付けました』
【日向 創/PL1】
「七海、狛枝! ……そうだな、ちょっとやり過ぎた。悪かったな、花村」
【花村 輝々/NPC】
「ううう…、何というアグレッシブな子猫ちゃんなんだ…」
【苗木 誠/GM】
『管理人は痛む腕を擦りながら、日向 創から鍵を受け取りました。アームロックのことは許してくれるようです。鍵を返し終わった探索者3人は小泉 真昼の自宅を離れることにしました』


『これで管理人には鍵を返せたね。さて3人はこれからどうするのかな? ちなみに時刻は夜の8時だよ』
「ねぇ、GM。ちょっと時間空けてもらっても構わないかな?」
苗木の言葉から間を空けず、狛枝が声を上げた。苗木の頭にあるアンテナがぴょこんと跳ねる。
『…それって、休憩ってこと?』
「うん。摂食障害について、調べてみたいんだけど。折角こんなに本が揃っている場所だしね。それに気分を落ち着けないと、セッションにも影響が出てしまうし…」
そう言いながら、狛枝は僅かに日向に視線を動かす。ハッと気付いた日向は急いで首を振るも、狛枝はそれを流してしまった。それを察したらしい苗木は微笑んで『別に構わないよ』と、別のテーブルへ移動し、立ち上がる狛枝に手を軽く振った。
『ボクは七海さんとお茶でも飲んでようかな。焦らなくていいよ。じっくり本を探してね』
「ありがとう、苗木クン。さぁ、行こうか。日向クン」
「っ、俺は…! おい、狛枝」
どこ行くんだ。そう言おうとする前に狛枝に強く腕を引かれ、もたつく足のまま彼の後を追う形になる。七海が座っているテーブルから段々と離れ、周囲の本棚が歩みを進めるごとに流れていった。

「ちょ、狛枝!」
「………」
日向が抵抗しつつ名前を呼んでも、狛枝から返事はない。彼は広い図書館を奥へと進んでいき、やがて本棚が入り組んでいる箇所まで来るとピタリと足を止めた。図書館にこんな場所があったとは…。日向はあまり図書館の奥まで歩き回ることがなかったため、ここには今まで来たことがなかった。キョロキョロと物珍しげに辺りを見回していたが、目の前の先導者に気付き、慌てて声を上げる。
「…狛枝、何のつもりだよ。本なら1人で探せばいいだろ!」
「さっき言ったじゃないか。日向クンに胸を貸そうと思ってね」
クスリと馬鹿にしたような嘲笑を携え、狛枝は日向の問いに答える。優しいと感じた彼の思いやりは幻だったのか。そう思えるような態度だった。憤りを感じ、日向の頭はカッと熱くなる。
「……い、いらない。そんなの…っ」
「あはっ、言うと思った。…まず先に謝っておくよ。キミをダシにして、セッションを中断させたことをね」
「はぁ? …ダシ? それって…」
鋭い光を宿らせた灰色の瞳に、日向は小さく体を跳ねさせた。予想外の言葉だった。セッションをわざと中断させた。それを意味することは1つしかない。狛枝には自分を慰める以外に目的があったということだ。
「ボクは日向クンが好きだよ。愛してると言っても良い。ボクはね、キミを誰よりも信じているんだ。だからボクの幸運に掛けて、3人の中でキミを選んだ」
「な、何の話だよ」
選んだ…。3人というのは日向、七海、苗木。それは何となく分かった。背の高い本棚に囲まれたこの場所は圧迫感があり、何だか空気が重く息苦しい気がする。日向は嫌な予感がして、狛枝から距離を離した。そんな日向を非難することもなく、狛枝は淡々と話し始める。
「ねぇ、おかしいよね? 図書館に閉じ込められて、脱出する手段も試みずに、呑気にTRPGをやろうだなんてさ。正気の沙汰とは思えないよ。…日向クン、答えてくれないかな? 何故みんなはここから出ようとしないの?」
「それは…っ、」
言葉が喉に引っ掛かり、語尾が震える。ああ、頭の良い彼は気付いていた。この舞台の大前提ともなる1つの矛盾を。日向の頭はガンガンと痛みを訴えてくる。狛枝はその日向の反応だけで何かを察したらしい。美しく整った顔で綺麗に微笑する。弱者を前にした勝利の微笑み。日向にはそう見えた。
「やっぱり…、キミは何か知っているようだね。ボクは苗木 誠という人物がどうも信じられない。彼はボクらの1年先輩の『超高校級の幸運』だと言ってたけど、ボクが知っている限り、苗木 誠という名前は…希望ヶ峰学園には存在しない」
怜悧な表情で狛枝はきっぱりと言い切った。その声には敵意が籠っている。苗木は正確には希望ヶ峰学園第78期生。第77期生である日向達の1年後輩だ。日向達が入学する時点で、苗木が希望ヶ峰にいないことは事実だった。得体の知れない途中参加者である苗木 誠。どう考えても怪しいだろう。それを日向と七海で無理矢理掻き消したのだ。頭の切れる狛枝が素直に従ってくれたから、問題ないと思っていたが、やはり苗木を勘繰っていたらしい。
日向の脳裏に一瞬降参の文字が浮かんだが、頭を振ってそれを捨てる。今ここで狛枝に事実を伝えるのは危険過ぎる。何としてでも彼を説き伏せねば…。決意を胸に日向は狛枝に1歩迫る。
「な、何で言い切れるんだよ、そんなこと!」
「ネットの掲示板にスレッドが立つほど、希望ヶ峰学園の生徒は注目されているんだよ。そこに名前すら出て来ないだなんて…」
「っそんなの俺だって、名前がなかったんだぞ…。最初からなかったのかもしれないし、あったとしてもお前が見逃した可能性だって、」
「そうだね。入学前なら名前が無くてもおかしくはない。だけど彼の言うことを信じた場合、入学して既に1年が経過しているよね。しかも幸運という才能は一般人から抽選で選ばれる、世間から特に注目されるであろう才能。絶対に名前が載るはずだ。超高校級の超高校級マニアであるボクがそれを見逃すなんて、ありえないよ!」
「く…っ」
日向は言葉を出せなかった。狛枝の理論は完璧過ぎた。それもそのはず、背景を歪め 彼を騙しているのは、日向達の方なのだ。反論の余地などある訳がない。
「彼はボクを引き止めるために、『希望』と『絶望』という単語を使ったんだよね。あの言葉がすんなり出てくるって、良く考えたら変だよ。やっぱり苗木クンはボクのこと知ってたのかな」
「………」
「苗木クンはどうしてもボクにセッションに参加してほしいみたいだね。何か目的があるのかな? …それが分からないんだ。七海さんも彼をフォローするような言動だし、裏がありそうな気がするよ」
「何で俺にそんなこと話すんだよ。まず最初にお前をゲームに誘ったのは俺だろ…」
「……あっ、そういえばそうだったね! キミがボクを騙そうとしてるなんて、全然思いつかなかったよ。で、どうなの? キミはボクに嘘を吐いているの?」
頭の回転が速い癖に、狛枝は肝心な所でどこか抜けている。しかし日向が何かを知っていると狛枝が踏んでいる時点で、日向に勝ち目はなかった。
「………」
「参ったなぁ。キミにも話してもらえないとなると、お手上げだよ。キミ達を見る限り、ボクと敵対する感じじゃなかったから今まで大人しくしてたけどさ。日向クン…、大抵のことならボクは驚かないよ。ボクに協力出来ることなら喜んで手を貸したいと思ってる。だから本当のことを話してくれないかな?」
「………」
「…まただんまりなんだね。しょうがない。苗木クンに直接聞いてみることにするよ。彼って表裏がなさそうで、意外と考えているよね。正攻法で口を開くかどうか分からないけど、もしダメだったら…そうだな、実力行使しかないかもね。幸いにも彼は体が大きくないし、非力なボクでも何とかなりそうだ」
物騒な物言いに日向はバッと顔を上げる。反射的に日向は狛枝のコートの襟首を掴んで、力のままに本棚に押し付けた。ガタンと本棚が揺れ、その衝撃で何冊かの本がバサバサと音を立てて、床に落ちていく。それをつまらなさそうに狛枝は切れ長の瞳で追っていた。
「止めろ…。それだけは、絶対にダメだ!!」
「……じゃあ話してよ。キミの知ってること全てを」
見下げるような視線で剣呑に狛枝は放言する。攻撃的な端正な双眸に、日向は言葉に詰まった。全て、自分の知っていること全て。それを言ってしまったら、全部が水の泡だ。瓦解…、何もかも崩れてしまう。何て答えたら良いのだろうか。狛枝は襟首を掴んだ日向の手から力が抜けるのを感じ、それをパッと払うようにどけた。日向の両腕はだらりと下がる。
「………今は、話せない」
「ふふっ、頑なだね。キミがそこまでするなら、苗木クンには手を出さないよ。でも…そうだね……。その代わりにキミがボクに、満足出来る答えを与えてくれないとね」
淫猥に微笑んだ狛枝がペロリと舌舐めずりをした。日向の首筋をツッと白く長い指で撫で上げる。触れられた日向はゾクゾクと肌を粟立てた。彼―――正確には今の彼ではないが―――とはコロシアイ修学旅行で、何度も不純な行為に及んだのだ。その記憶がじわじわと蘇る。
裸になって隅々まで触られた。互いに舐め合い、指を入れられて果てた…。上になり下になり、ドロドロに溶けるほど、あの時の自分達はただひたすらに快楽だけを追い求めていた。ジンジンと下半身が熱くなり、柔らかかった日向自身が欲望を主張し出す。それに逸早く気付いた狛枝は堪らないといったように、更に日向に近付いた。
「ああ、勃ってるよ? 日向クン。……はぁっ、今のキミなら、ボクに望む答えをくれそうだ」
「あっ…」
鼻先が触れ合うくらいに2人の顔が近付く。もうキスしてしまいそうな距離だ。熱っぽく甘い吐息が日向の顔にかかる。熱を持った日向の股間を繊細な動きで触られて、日向は体から力が抜ける。顔を上げると見透かしたような面持ちの狛枝と目が合った。まるで視線で犯されているようだ。頭が沸騰して、何も考えられない。緩慢な動きで与えられる快楽に日向は身を捩った。
「慌てなくても、大丈夫。まだ時間はたっぷりあるよ。ねぇ、日向クン…?」


狛枝が、笑った。

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