// Call of Cthulhu //

17.記憶
「日向…、クン…」
狛枝に切なげに名前を呼ばれて、日向はぶるりと鳥肌が立った。それは嫌悪感からではない。性的に染まった彼の凄艶な瞳と愛情が込められた声色に、快楽を感じ取ったからだ。本棚に背を預けたままの体には力が入らず、ずるずると下へと滑り落ちる。それに合わせて膝を突いた狛枝は、クスクスと囀るように笑みを漏らした。
「あれっ、抵抗しないの? ……本当にしちゃうよ?」
「………ん、」
掠れた狛枝の声には意外そうな色が含まれていた。肩に優しく手を置かれて、顔を近付けられたと思ったら、唇の傍に触れるだけのキスをされる。何回も何回も。しかし肝心の唇には一切触れることなく、中途半端な快感に日向は段々ともどかしくなった。日向は拘束などされてはいない。狛枝は覆い被さる形になっているが、強い力で押さえつけている訳でもない。ひやりとした何かが首筋に触れて、日向はビクンと体を痙攣させる。狛枝の指だった。
「狛、…枝、こんな、とこで…っ」
「大丈夫だよ。七海さん達からは死角になってるからね。はぁ…、キミがこんなに素直になっちゃうなんて…。苗木クンの存在って、かなりトップシークレット?」
軽く指を滑らせた後に、狛枝は体を更に日向に密着させ、首筋に顔を埋める。チロチロと濡れた熱い舌の感触を感じ、日向は力なくその体を押し返すが、離れてはくれない。ツッと滑った舌が上へと移動し、耳たぶを甘噛みされる。狛枝の吐息が湿っぽく耳に纏わりついた。
「うぅ…、や、めろ……って、」
「ふふっ。だったらボクを満足させてよ…。苗木クンの秘密か、キミ自身か。ねぇ、捧げるのはどっち?」
「……くっ、」
狛枝が声を僅かに弾ませて、日向に頬擦りしてくる。男なのに雪のような白さの肌は、キメが細かくすべすべとしている。ネクタイが巻かれた襟首を擽って、狛枝の左手は下へ下へと伸びていく。Yシャツの上から乳首を撫でられ、日向はビクッと体を跳ねさせた。それを見て満足そうな表情を浮かべた狛枝は、細やかな動きで更に日向を追い詰めていく。その手から生み出される数多の快楽を、日向の体は覚えていた。そしてそれがとても心地好いということも。
「ん……っ、こま、えだ……!」
「はぁ、きもちぃよね? 日向クン…。ここ、こんなに膨らませて……」
「っふぁ、…っ」
やわやわと狛枝は白く長い指で日向の下半身を揉んだ。そこには勃起して、ズボンを勢い良く押し上げている日向の欲望がある。ゾクゾクと全身を震えさせた日向は細い息を吐いて、狛枝を力なく見つめ返した。日向の視線を感じた狛枝は目尻を下げて、「そんな目で見つめないでよ…」と吐息混じりに囁く。
「………」
狛枝が、好きだ。幾度となく心の中を迷走し、日向から出てきた答えはそれだった。気の所為じゃない。今のように少しぐらい強引な真似をされても、その気持ちは揺るがない。何故彼なのか? パッと思い浮かぶ理由はなかった。それは決して理由がないという意味ではない。今までの積み重ねが積もり積もって溢れてきた、とでも言うのだろうか。プログラムで過ごした彼との思い出が少しずつ嵩を増して、日向を満たしていった。

コロシアイ修学旅行で狛枝に襲われ、逃げ回っていたが、結局最後には日向は彼の手に落ちていた。狂気的な想いをぶつけられて、戸惑いこそあったものの、狛枝がぽつりぽつりと吐き出す彼自身の生い立ちを聞いて、次第に日向は理解した。狛枝は狂わざるを得なかったのだということを。憐れにも壊れて、崩れ落ちそうな彼が可哀想で、何故か放っておけなかった。心のどこかで彼に身を捧げるような思考もあったかもしれない。今となってはそう思う。
アイランド修学旅行での安らかなひと時。狛枝と過ごす時間は無限の未来を見せてくれた。楽しくて、嬉しくて…。明け透けに気持ちを見せるも、「友達じゃない」と言った狛枝に少なからずショックを受けた記憶がある。「希望はボク自身にもある」。そう答えを出した狛枝と最後には友達になれたが、友達という関係が物足りなくなるほど、日向は彼に好意を抱いていた。1番長く一緒に過ごしたこと、以前のルートでの奇妙な愛着と、彼の態度の違い…。適当な理由を並べたて、日向は結論から逃げた。

修学旅行初日に、日向を優しく介抱してくれたのは彼だ。希望を妄信し、才能を持つみんなの踏み台になろうとしたのも彼。幸運の反動である不幸に日向を巻き込まないようにと、心を砕いてくれたのも彼。不安定で儚くも日向をただ一心に求め続けたのも彼。好きだ…。狛枝と密着して抱き合っている今、日向の心はその気持ちが最高潮に達している。
「ふぅ…、……? 日向クン? わっ、あ、……っひなた、クン」
覆い被さる狛枝の肩にそっと手を添え、反対側に優しく押し倒す。頭を本棚にぶつけないように細心の注意を払って。先ほどとは逆に日向が狛枝の背を本棚に縫い付け、迫っている形になる。意表を突かれたらしい狛枝は日向の名前を慌てたように呼んだ。本能のままにしてしまった行動に日向自身も驚いたが、後悔はしていない。
「狛、枝……」
狛枝は何をするのかと一瞬不安そうな顔をするが、それを安心させるように日向は狛枝の柔らかい髪を指でやんわりと梳いた。狛枝が灰色の瞳を大きく瞬かせながら、「日向クン…」と上擦った声で名前を呼んだ。
「狛枝…。俺はどうすれば良いんだ?」
「え……、ひ、日向クン……ッ? な、なに…、」
「お前はどうすれば、満足するんだ? …聞かせてくれよ」
日向は困惑したままの狛枝に優しく言葉を投げかける。狛枝の気持ちは痛いほど分かっていた。これは選択肢のない問いかけ。顔をとろんと蕩けさせた狛枝が、こちらを熱っぽく見つめていて、日向はゴクリと喉を鳴らした。深緑色のパーカーは肩からずり落ち、彼の白い首筋と鎖骨を曝け出している。しっとりと僅かに汗ばんでいるのが、緊密な距離の今だから認識出来た。頭がくらくらする。周辺にたちこめる狛枝の風情が日向を強く引き寄せているのだ。
「っ、………。…あ、……キミとキス、が、したい…」
混迷に揺れながらも、狛枝は途切れ途切れに望みを口にした。震える声は語尾に近付くにつれて、小さく消えていく。色白な頬を桃色に染めて瞳を逸らすその仕草は、誘惑してきた態度とは正反対の処女性を垣間見せていた。そのギャップが日向の胸を鋭く突く。キス…。セッションを続ける条件に1度だけしたが、唇を合わせるだけの児戯にも等しいものだった。
恐ろしくて閉じ込めていたコロシアイ修学旅行の記憶から、狛枝の唇の感触を引っ張り出す。意外と柔らかくて、少しだけ温かかったような気がする。狛枝のほんのり火照った頬を撫でながら、日向はそんなことを考えていた。
「狛枝、狛枝…、…こまえだ」
「ひなたクン…? 日向、クン……! ぁ、ん…」
日向はゆっくりと顔を近付け、狛枝の桜色にそっと自分の唇を重ねた。ああ、記憶のままだ。唇に焼き付いた感覚が段々と色濃くなっていくのが分かる。何回か触れるだけのキスをしてから、名残惜しさを感じながらもすぐに離す。ぽぅっと夢見心地に言葉を失った狛枝と目が合い、日向は顔に熱が集まるのを感じた。そして慌てて彼の顔に添えていた手をパッと離す。掌には薄らと汗を掻いていた。
狛枝と、キスをした。しかも自分から、進んで…。日向の心臓は未だかつてないほどにうるさく鼓動を響かせていた。狛枝に聞こえてしまうのではないかと危惧したが、どうやら彼もそれどころではないらしく灰色の瞳にぐるぐると螺旋を走らせている。
「…ひなた、クン…、今のって……、」
「狛枝…、これで満足したか?」
日向は狛枝をチラリと見ながら問いかけた。狛枝しか見えなかった視界が広がり、辺りに落ちている数冊の本、ニスの光る木製の本棚、硬質な床の木目が日向の目に映る。少しばかり頭が冷えた。それと同時に自分は何て大胆なことをしてしまったんだろうと、日向は数分前の自分をどこか他人事のように考えてしまう。
息を僅かに弾ませた狛枝は唇をしまりなく動かすが、日向からの積極的な行為に返事を窮しているようだった。2人の間に沈黙が走る。シンと静まり返った空間に気圧された日向は我に返り、狛枝に恐る恐る声を掛けた。
「…狛枝?」
「や…、もっと……」
「………っ!」
「……もっと、してよ…、日向クン」
「ああ」
くんっとネクタイを引っ張られて、日向は再び狛枝に覆い被さった。恍惚の表情を浮かべる狛枝は、餌を求める雛鳥のように形の良い唇を開いた。チラリと見える赤い舌に全身の血が騒ぐ。柔らかい唇を食むように優しく噛んだ後、日向は隙間からするりと舌を忍び込ませた。
「んぅ…、ッ…」
狛枝は体をビクリとさせたが、すぐに日向に自分の舌を絡めてきた。くるくると輪を描くように動く狛枝の舌を追いかけて、日向は口付けを深く深くしていく。歯列をなぞり、時には舌を吸い、狛枝をたっぷりと味わう。狛枝に一方的に責められるのとは違う互いが望んだキスの形。もう夢中だった。合わせた唇を離しても、またどちらからともなく引き合う。乾く間もない。
「はぁ、こまえだ…」
「日向クン…、んんッ、もっと、もっと…」
狛枝はなおも強欲に日向を求める。もちろん日向もキスを止めるつもりはなかった。唾液でピチャピチャと淫靡な音が辺りに響く。本棚に囲まれているからか、その音はやたら耳に残った。口元からは唾液が溢れ出て、顎を伝っていく。きっと狛枝のコートを汚してしまっているだろうが、今の日向には余所見をする余裕がなかった。もう狛枝しか見えない。キスがこんなに気持ち良いことだとは思わなかった。
「もっとか?」
「…ぁ、やだよ…、日向クン。やめないで……っン」
日向は空いている右手で、狛枝の体を肩口から臍の辺りへと撫でた。感度の良い狛枝の体がビクビクと跳ね、息遣いも荒くなる。弱々しく縋る狛枝の手が、日向の胸元を掴む。そろりと這わされた狛枝の指が胸の突起を掠め、その刺激に日向は唇を離してしまった。
「こ、狛枝…!」
「今更、驚くことじゃないよね?」
「え、」
狛枝の静かな声が辺りに散る。彼が何を言っているのか、日向には分からなかった。狛枝は相手に分かりやすいように1から10まで説明してくれるような親切丁寧な人間ではない。一応誘導して答えに辿り着くようにはしてくれるが、思考回路が常人とは異なる彼の言葉を瞬時に理解するのは少々骨が折れる。何かの暗喩なのだろうか。日向が聞き返そうとする前に、更に狛枝が言葉を続けた。
「キミはボクと、以前にもこういうことをしていた…」
「!?」
針で突かれたような決定的な答えが狛枝の口から零れ、日向の頭の中は真っ白になる。…今、彼は何て言った? 『以前』にも『こういうこと』をしていた…、と。アイランド修学旅行では一貫して、友達としての関係を突き通し、キスやそれ以上の接触は微塵もなかった。だとすれば、狛枝はいつのことを言っているのだろうか。
衝撃的な発言に、日向は指先1つ動かせなくなった。心臓のみならず、全身が脈動し、全ての世界が遠のく。ただ狛枝から目線を外すことは出来なかった。まるで日向の世界を彼が支配しているかのようだ。事実、彼の舌から落ちる言葉1つで何もかもが変わってしまうのだ。額に冷や汗を滲ませる日向を狛枝は凛とした表情で見ていたが、やがて考え込むように視線を落とし、顎に指を添えた。
「やっぱり気の所為なんかじゃない。ボクは…、キミの唇の味を知っている。キミの肌の温度を知っている。キミの汗の匂いを知っている…」
「………。何で…」
「それは…、ボクにも良く分からないよ。頭で感じるのとは違う…。体がもう知ってしまっているんだ。手続き記憶ってやつかな。ねぇ…、日向クン。ボクはキミと以前どこかで会った…、いや、そうじゃないね。………。ああ、頭が混乱するよ。この島で過ごした期間が全てではなかったのかな。…キミとボクがただの友達だったとは思えないよ」
狛枝は肩を竦めて、苦笑する。曖昧な記憶を手探りで浚いつつ、着実に正解へと近付いていっている。チェックメイト。日向のキングがどう動こうと、狛枝のクイーンが、ルークが、ナイトがそれを下すだろう。日向の詰みは狛枝からはハッキリと見えていないが、どう足掻いてもそれ以外の展開を思い描くことが出来ない。日向は怖気を震いながらも、何とか口を開く。
「お、…俺は、何も、…知らないぞ」
「…ふぅん。相変わらず、日向クンは嘘が下手だなぁ。答えを渋るってことは……、キミは何か知ってるんだね。そしてそれは表立って言えるような関係じゃなかった。違うかな?」
灰色の涼やかな視線が向けられた日向は思わず顔を青くし、狼狽した。透徹した狛枝の思考力には脱帽する。どう言い返せば良いのか。狛枝の顔を窺うが、彼は余裕のある微笑みで日向の視線をただ受け入れているだけだ。
「最初に図書館でキスをされた時から、何となくそうじゃないかなって思ってたんだ。あの唇に触れた時の感触というか、気持ち…かな。ボクの胸は確かに興奮と悦びで満ちていたけど、少しだけ既知感があった。初めてじゃないって」
「狛枝…」
「個人的にモヤモヤすることは白黒ハッキリつけたい性分でね。だから日向クンともう1度キスがしたかった。もちろん、キミのことを好きで愛してるからっていうのが最大の理由だけどね」
「………」
日向の唇が戦慄く。が、そこから言葉は出てこなかった。何故忘れていたのだろう? あの狛枝が日向に逃げ道を残すなんて真似をする訳がなかった。コロシアイ修学旅行で狛枝と過ごした熱情の夜、1度でも掴まれば逃げることは叶わなかったのだ。このセッションを行う理由と日向自身。天秤に掛けて軽いと判断した答えを狛枝に差し出したら、それは彼にとって二重の意味で垂涎もののご馳走だったのだ。

目まぐるしく日向の頭の中が切り替わる。しかし解決策など見つからない。完敗だった。素直に敗北を認めた方が楽だ。しかしリスクを伴う以上、狛枝に真実を話すことは出来ない。今の狛枝にはコロシアイ修学旅行の記憶がないのだ。記憶が、ない…。日向はハッとした。
狛枝には記憶がない。それはつまり日向が何を話しても、それを裏付ける事実を彼自身有していないということになる。嘘を吐けば見抜かれてしまうかもしれないが、核心に触れることのない真実なら話せる。むしろ真実でないと狛枝は納得しないだろう。絶望のことは絶対に話せない。だとすれば、話せることなど1つしかなかった。
「………」
日向は狛枝から顔を背けた。狛枝がどんな反応をするのか、想像しただけで悲壮感が胸一杯に広がる。彼に嫌われるのは目に見えていたが、諦められない気持ちも俄然残っている。だが他のみんなの命が掛かっている以上、背に腹は代えられなかった。個人の恋情とみんなの命、選べるのは1つだけだ。日向は肩に入った力を抜こうと、深呼吸をする。
「日向クン…?」
狛枝は優しい口調で名前を呼び、日向の額から零れる汗をそっと指先で拭った。恐ろしいほど鋭い洞察力を持つ狛枝を前に、どこまで通じるか分からないが、やるしかない。素早く頭の中で会話の流れを組み立てた日向は、心を何とか落ち着かせ、静かに話し始めた。
「狛枝、お前の言う通りだ。俺とお前は……、前にもこういうことをした。1度じゃない。何回も何回も…、こうして抱き合ってきた」
「!! ……そう、なんだ。あはっ、まさか本当に…。でもどうしてボクはそれを覚えていないのかな? 光り輝く希望たるキミと気持ちを通じ合わせただなんて、そんな幸運なことボクが忘れるわけないのに」
「いや、お前は忘れたんだよ。俺のことなんて消したかったんだ…。お前は…俺を、嫌ってたんだから。今のお前はその願望が叶えられたってことになるな」
日向はそこで言葉を切った。狛枝は困ったような顔をしている。いよいよだ。狛枝に自分の正体を明かす時が来たのだ。
「ねぇ、キミが何を言っているのか全然分からないよ…。ボクはキミを愛しているんだよ? なのに嫌うなんて…!!」
「お前が愛しているのは俺じゃない! 俺の中の、希望…なんだろ? ……俺にはお前の言うような希望がなかった。ただ、それだけのことだ」
もう発作的だった。狛枝に反論するように日向は声を荒げる。直接的な表現はしなかったものの、聡い狛枝なら日向が何を言わんとしているのか理解出来るはずだ。日向の想定通り、狛枝はしばらく体を強張らせてピクリとも動かなかったが、灰色の瞳を瞬かせ、長い睫毛を悲しそうに揺らした。どうやら日ならずも1つの解答に行きついたようだ。
「もしかして…、キミの、才能は…」
「……俺はお前が大嫌いな、才能を持たないただの凡人だ。希望ヶ峰学園の予備学科生。…それが、俺の正体」
狛枝に対して言ったはずなのに、それは自身へのトドメのように胸を貫いた。日向 創は予備学科。それは覆しようもない絶対的かつ完璧な現実だった。才能が、欲しかった。自分が胸を張れる確実な何かを求めていた。だけどそれは許されない。結局、日向は金で偽物のプライドを買ったのだ。
「嘘、だ…。………ボクは確かに、キミに希望を見たんだっ! 明るくて、優しくて、真っ直ぐで…。何があっても正面を向くキミの横顔は、キラキラ輝いていた。そんなの、…おかしいよ! キミに才能が、ないなんて。信じない…、信じない信じない信じない!! ふふっ、…分かったよ。わざとなんでしょ? ボクに嫌われたいから、わざとそんな、」
「嘘じゃない。事実だ」
「っ………。……………」
「? こま、」
「あはっ、………はははっ! ……はは、あはははははははぁっ!! あっははははははははははははははっ!!!」
「……狛枝」
狂ったように笑い出した狛枝を、日向はただ見つめることしか出来なかった。うねっている柔らかそうな薄い色の髪をぐしゃぐしゃと乱暴に掻き乱した狛枝は、「あああああ!!」と怒声を張り上げる。その挙動に日向は怯んでしまった。狛枝はカッと目を見開き、ふーっふーっと毛を逆立てた猫のように大きく息を吐いていた。かと思えば、今度は寒さにでも耐えるように己を抱き締め、カタカタと小刻みに震え出す。灰色の瞳はぐるぐると円状に螺旋を描き、視点は定まっていない。
「酷い、不運だ…」
「………」
「キミがボクにも劣る最低のクズだったなんて…。ははっ、ボクを騙してたんだね。………滑稽だったかい? キミを信じて、ひたすらに愛を囁くボクの姿は」
狛枝は涙を浮かべた恨みがましい視線を日向に向ける。その顔は笑顔だった。しかし笑っているのに、氷のように凍てついた表情だ。ぞくりと背筋を戦慄させた日向だったが、すぐさま否定の言葉を返す。
「違う…。それは違うぞ…、狛枝! 俺はそれでも…、お前が好きなんだ」
「は? 何それ。どの口が言うのかな? ははっ…、笑っちゃうよね。………あーあ、今までの時間を無駄にしちゃったよ。何で予備学科なんて、つまらない存在に構ってしまったんだろう。絶望的だね。気付けなかったボクも悪いけど、言わなかったキミにも責任はあるよね? ホント、最悪…」
狛枝の吐き捨てるような物言いに、日向の心には鋭いナイフがグサグサと突き刺さったかのような痛みが走った。こう返されることは分かっていたのに、いざ狛枝にそう言われてしまうとショックだった。虚脱感がいつまで経っても日向を離さない。唇はぶるぶると震え、視界がぼやけてくる。黙り込んでしまった日向に、狛枝はゴミでも見るかのような威圧的な眼光を送っていた。
「こ、ま、えだ…」
「ボクに触らないで。………。はぁ…、全く泣きたいのはこっちだよ」
伸ばした手をぴしゃりと叩かれ、日向は腕をだらりと力なく下げた。ああ、終わってしまった。彼との友情も思慕も、所詮は幻影だったのだ。
「そう、だよな。分かってたよ。狛枝がそんな反応することくらい。でもこれだけは覚えていてほしい。例え嫌われても、俺はお前のことが好きだ。…好き、なんだ。どうしようもないほど。それだけは嘘じゃない。…笑いたきゃ笑えば良いさ。才能も希望もないバカな男がお前に恋してるって」
「ふふっ、それじゃあ遠慮なく笑わせてもらうよ。あははははっ! 予備学科と恋なんて、ありえないね。…でも、まぁ友達くらいなら許してあげても良いかな。もちろん優先順位は最低で最下級で最底辺だけどね」
「狛枝……っ!」
予想もしない狛枝の言葉に、日向は勢いよく顔を上げる。それを見た狛枝は意地悪そうに顔を歪めて、せせら笑った。
「あれあれあれあれ? そんなので嬉しいの? …キミって本当にどうしようもないね。まぁいいや。予備学科のクセに約束は守ってくれたからね。ゴミと関係を持ったなんて、吐きたくなるほど最低な事実だけど、キミは嘘を吐いていないようだし…」
「………」
「どいてくれるかな?」
悲痛な面持ちの狛枝が、日向の体を乱暴に押し返す。バランスが取れず、尻餅を突きそうになるが、日向はどうにか足を踏み込んで立ち上がった。若干痺れが残っている膝を擦っていると、狛枝ものっそりと立ち上がり、コートやズボンをパタパタと強く払う。2人が接していた部分を厭うような行為だったが、日向は何も言えなかった。
「行こうか。セッションに戻らないとね」
「ごめんな、狛枝…」
日向の言葉に何も反応を返さず、狛枝は口を噤んだまま足を踏み出す。溜息を吐いた日向がその後を追おうとして、微かに狛枝の声が耳に入った。「キミに才能があったら良かったのに…」。恐らく独り言だったのだろうが、日向には聞こえてしまった。先ほどまでぶつけてきた怒りや苛立ちの欠片もない、悲愁漂うその声。日向はズキズキとした痛みを堪えながら、再び歩き出した。

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18.表裏
プログラムではジャバウォック公園がある中央の島に、その施設は建っていた。日向がプログラムにダイブして、しばらく経った未来機関の研究施設内。いつもは整然と機関の人間が行き交うその場所も、この時ばかりは混乱極まりない状況でそこにいる全員が慌ただしく動き回っていた。
『苗木、これはどういうことだ!? 説明しろ!』
劈くような鋭い怒鳴り声に、苗木はビクンと体を大きく震わせる。大きなスクリーンに視線をやれば、そこには予想と違わずこちらを睨み付ける十神の顔があった。正しく鬼の形相とでもいうのだろうか。眉間に何本も皺を寄せ、忌々しげに顔を顰めている。
「…十神クン、そんなこと言われても無理だって! ここにいる誰も状況を把握出来てないんだよ!?」
『この、役立たずが…!! まさか原因すら分からないとでも言うのではないだろうな?』
舌打ちを交えて、十神は威圧的にこちらを蔑んでいる。基本的に無茶を言うモニタの向こう側の人物に、苗木はひっそりと溜息を吐いた。彼の言う通り、明確な原因は分かってはいない。
「状況が分かっていない人物を役立たずと呼ぶのなら、あなたもそれに含まれるわね」
混乱の最中、きりりとした静かな声が辺りに響き渡った。苗木はその声が聞こえた方へ振り返る。
「霧切さん!」
細やかな三つ編みが混じった薄紫色のストレートヘアーを靡かせ、霧切はコントロールルームへと入室した。黒いスーツで身を固め、その指先ですら黒い革の手袋で包まれている。コツコツとヒールの音を響かせた彼女は苗木の隣に立ち、モニタの向こう側へキッと鋭い視線を向けた。
「十神君。文句を言う暇があったら、現状報告をしてくれるかしら? 時は一刻を争うのよ」
『く…っ、カプセルルームで11人全員の状態を確認した。脳波が正常に計測されているのは日向 創、狛枝 凪斗の両名のみ。小泉 真昼、澪田 唯吹、十神 白夜、花村 輝々、西園寺 日寄子の5名は大脳に微弱ながら反応があったようだが、俺が直接確認した訳ではない。今そちらに最新のデータを送る』
苦虫を噛む潰したような表情をしている十神の報告に、霧切は涼しげに瞳を閉じた。
「そう、分かったわ。…日向君と狛枝君を無事と考えるのは、少し安易過ぎるかしら。だけどこちらからプログラム内の監視が出来なくなった以上、ある程度の憶測で動くことも必要になってくるわね」
さらりと手触りの良さそうな髪を揺らし、慎重な面持ちで霧切は呟いた。そして現状を自らの目で見極めようと、サイドモニタの前に座り、プログラムのソースを確認している。
「まずはアルターエゴをこちらで捕捉しなければならないわ。ノイズ除去はサブコードで書き換えて、3-12からやり直しよ。それからプログラム同士を繋いでいるゲートをロックしなさい。新世界プログラムとクトゥルフプログラムで別々にサーチを掛けるわ」
「霧切さん。そんなことしたらアバターが分断されて、セッションに不具合が出るかも…」
「苗木君…。……私の予測が正しければ、回収すべき全てのアバターはクトゥルフ側にいるわ。そしてアルターエゴは新世界側に存在する。プログラム内に潜んだ何者かがアルターエゴから権限を奪い、新世界側に隔離した。そしてセッションを乗っ取り、進めているのよ」
「何者かって…」
「そうね…、江ノ島アルターエゴがまだ新世界プログラムに残っていた。可能性としてはこれが1番妥当かしら。3ヶ月以上も沈黙していたなんて、本当にしてやられたわね。プログラムごと爆破してやりたくらいよ…!」
「き、霧切さん!?」
不機嫌そうな霧切に、苗木は慌てて彼女の名前を呼ぶ。しかしすぐに霧切はいつもの冷静な表情に戻っており、苗木は困惑しながらもコンピュータのキーボードに入力を始めた。

新世界プログラムを再起動させ、元絶望10人のアバターを作成し、新たに上書きする。始まりはここだった。3ヶ月前にアイランド修学旅行をクリアし、アバター作成の工程を無事終えた所までは問題がなかった。しかしアバターを上書き出来ないというバグが見つかり、そのまま保留になっていたのだ。しばらく計画は頓挫していたが、今から1週間ほど前に事態は急変する。直接プログラム内にダイブし、アバターを回収するという作戦をアルターエゴが導き出したのだ。
そして今日、眠ったままの10人を覚醒させるアバター回収ミッションが行われた。クトゥルフ神話TRPGプログラムに流れたアバターを回収するために、まずは日向がプログラム内にダイブする。それを苗木、霧切、十神の3人を中心とした未来機関で監視していた。途中、狛枝が突然覚醒するという想定外の事態があったが、セッション進行は順調で、アバターは確実に回収可能だろうという予測を立てていた。

しかし、その希望的観測は見るも無残に打ち砕かれる。今のアバター回収ミッションは最悪と言ってもいい状態だった。ミッションがスタートした数十分後、プログラムにノイズが走り始め、システムメンテナンスが並行して行われることになった。思えば、そこから全てが狂い出したのかもしれない。正しいコードに書き換えても一向にノイズは無くならず、強制シャットダウンをしようにもプログラム側が信号を受け付けない。更にダイブした日向のアバターの所在が不明で、安否すら分からない。またサポートをしていたはずのアルターエゴ、七海ともコンタクトが全く取れなくなり、プログラムはコントロール不能になった。セッションがどのように進行しているのか、未来機関側からは見れなくなってしまったのだ。

「なぁ、苗木…。日向達がどうなってるかってのは、まだ…分かんねぇんだよな?」
遠慮がちな男の声が苗木に掛かった。焦りを必死で抑えているようなそんな声だ。苗木は手を止め、後ろへ振り返る。案の定、やり場のない苛立ちを滲ませた九頭龍がそこに立っていた。その傍には真剣な表情をした終里、心配そうなソニアがいる。左右田はメンテナンスチームから呼び出され、この場にはいなかった。
苗木はなるべく不安にさせないように表情を作ろうとするが、ひくひくと頬の筋肉が痙攣するだけで上手く笑えない。この絶望的な状況で笑える方がどうかしているか。心の中でそう自嘲しながら、苗木は九頭龍を見据えた。
「…そうだね。まだ彼の所在はハッキリしない。だけどカプセルルームにある本体に異常は出ていない。だから…、プログラム内の日向クンも狛枝クンもボクは無事だと思ってる。推測だから保証は出来ないけどね」
「クソッ! やっぱりあん時力ずくで止めときゃよかったぜ!!」
「終里さん…。それは今言っても後のお祭りです。わたくし達は信じて待つしかないのです…」
瞳を潤ませながら、ソニアは小さくしゃくり上げる。終里は頭をガシガシと掻いて、ポロポロと涙を流すソニアの背中を無言で擦っていた。寄り添う2人を見た苗木はそっと視線を伏せる。
「ごめんね…。完全にプログラムが修復されたと判断したボクが悪かったんだ」
恐らくプログラム内に潜伏しているであろう江ノ島アルターエゴ。それを見過ごしてしまったことが最大の過ちだった。肩を落とす苗木の胸倉を誰かがグッと引き上げた。
「!?」
「ソニアも言ったじゃねーか。後の祭りなんだよ。これから、日向を助けるんだろ? だったらやるしかねーだろッ」
「そうですね。日向さんも言ってました。なるようになるって…! だからわたくしも、出来ることをやらなければなりません!」
「オレに出来ることあるか!? つっても頭使うのはカンベンだな。荷物運びくらいなら役に立つぜ?」
「九頭龍クン、ソニアさん、終里さん…! ……ありがとう」
涙ぐむ苗木の肩に九頭龍が軽く手を置いた。終里が反対側から背中を乱暴にバシバシと叩く。それをニコニコとソニアが見つめている。そうだ、これからだ。絶対に助けてみせる! スッと顔を上げた苗木の瞳には強い意志が感じられた。
「サブコード認識しました。ノイズ除去スタートします!」
未来機関の研究員の声が上がる。黒ずんでいたメインモニタから徐々に映像が回復していく。さっきまで十神が映っていたスクリーンにもそれは反映されている。九頭龍、ソニア、終里もそれを固唾を飲んで見守っていた。今出来ることをしよう。唇を引き結んだ苗木はコンピュータに向き直った。


……
………

「うぷぷぷぷぅ〜。みんな、楽しんでもらえてるかな? いあいあくとぅるふ!ってね」
深淵にぽわっと浮かんだコンピュータに向かい、少女―――江ノ島 盾子はえげつない笑みを浮かべ、自身を抱き締めるようにして身悶えした。腕にみしみしと痛みを感じた頃にようやく指を解く。そして指の跡が残っている自身の腕を見て、グロスが塗られてキラキラと光る唇をひくりと吊り上げた。
「ん?」
江ノ島はモニタの変化に眉を顰める。どうやら未来機関側に動きがあったらしい。右から左へと流れ始めた新たな文字列を見て、江ノ島は一瞬でその意味を理解する。そしていつの間にか掛けた眼鏡を指でクイッと上げた。
「ふむ。サブコードで書き換えだなんて、考えたものですね。まぁ、予想はしていましたが。そこは特に制限していないので、ノイズは100%除去されるでしょう。…でもぉ、画面がクリアになったところでぇ、あなた達はなぁんにも出来ないんだよねぇ。ぷっ、それ何て絶望!?」
未来機関に画面を見せないようにしたのは、江ノ島の単なる気まぐれに過ぎない。セッションを見せびらかしたい気持ちもあったが、何が行われているか不可視な状態もまた絶望。とどのつまり、どちらでも良かった。
「…ってことはこれ全部丸見えじゃねーか!! ぎゃはははっ!! すみません……こんな絶望的に中途半端なセッション……、皆様に見られてしまうなんて……、超超超超超絶望的過ぎて……カイカン……です……」
ぞくぞくと背筋を走り抜ける快感に、口の端からはぽたりと涎が垂れる。江ノ島は半笑いのまま、現在の状況を確認した。
モニタの左上には図書館内部を映したウインドウが2つあった。1つはテーブルにGMと七海 千秋が向かい合って、静かに休憩している様子が映し出されている。もう1つのウインドウには本棚が映っている。その影に隠れるようにして、折り重なるように抱き合った日向 創と狛枝 凪斗が、激しく熱烈に互いの唇を貪っていた。
「狛枝センパイってば、絶望的…」
頬杖を突いた江ノ島はクスリと笑って、赤いマニキュアが塗られた爪でツンと画面の狛枝を突っつく。希望にしがみ付く分、そこから突き落とした時のショックは大きい。…脆い。真実を求める彼には、きっとこの先絶望的な答えが啓示されるだろう。江ノ島が何もアクションを起こさなくても、それは目に見えていた。
サブモニタからアラーム音が鳴り、江ノ島は今度はそちらに視線を向ける。ああ、忙しい。そんな素振りでツインテールにしたピンクベージュ色の髪をサッと撫でた。どうやら2つのプログラムを繋げるゲートの閉鎖信号を受信したらしい。未来機関が意図していることをすぐに見抜いた彼女は、早速それを妨害しに掛かる。目にも留まらぬ速さでカタカタとコードを打ち込み、いくつものウインドウが目まぐるしく展開した。
「うぷぷぷぷ! 今、不二咲アルターエゴと接触されると困るっていうか…、楽しくなくなっちゃうから。それはまだダーメ!」
ペロリと可愛らしく舌を出した江ノ島はエンターキーを乱暴に押す。すぐにそこから命令が飛んで、ゲートは彼女の意のままに閉じることを止めてしまった。江ノ島は「ふぅ」とアンニュイな吐息を零した。先が見え過ぎて、飽きる。それだけが彼女の悩みだった。

クトゥルフ神話TRPGプログラムのメンテナンスを終え、一息吐いた江ノ島はグッと両腕を大きく上げて伸びをした。反り返ったその胸元で、零れ落ちそうなほどに豊かなバストがふるるっと揺れる。そして独り言とは違う、少し大きめの声を張り上げた。
「ねぇ、これ…ツマラナイ? オモシロイ?」
先ほどから見られていることには気付いていた。背後の暗闇の奥深くにいるであろう、その少年―――カムクラ イズルに江ノ島は振り向くことなく話しかけた。水面のようにゆらゆらと円を描いたその先に、宝石のような赤く光る2つの瞳がある。音もなく静かに、足を踏み出したカムクラが江ノ島の後方に現れた。艶やかな絹のような長い黒髪が風もないのにふわりとたなびく。カムクラはその表情を変えることなく、江ノ島の問いに感情の籠らない冷たい声で答えた。
「………ツマラナイです」
「相っ変わらず可愛くないなぁ、お前さんはよ! オイラがこーんなに頑張って、エンターテイナーしてるんだぜっ!? ちょっとは褒めてくれたっていいじゃない…。いじわるぅ〜。でもそんなつれない所も絶望的に好きよ?」
「知ってますよ。僕はあなたのこと嫌いですが」
「やだぁ! そんなこと言われちゃったら、ますますゾクゾクきちゃうじゃない! 止めてよね〜」
「………」
こちらを向いて、きゃっきゃと楽しそうに笑う江ノ島に、カムクラは何も言わなかった。彼女の体の向こう側にあるモニタを一瞥した彼は状況を全て把握したようだった。
「もうそろそろ最終日、ですね…」
「そうそう! これからが佳境なのよね。アンタも結末は見えてるんでしょ?」
「……あなたの考えている結末と僕の予想が違うことを期待してますよ。退屈なんです、何もかも。あぁ、ツマラナイ」
「ツマラナイんなら、自分で楽しくする努力ぐらいしなさいよね。そんなんだから、いつまで経ってもツマラナイちゃんなんだぞ☆」
江ノ島のぶりぶりとした返答にカムクラは口を噤んだ。目をパチパチと瞬きさせて、「……自分で」と彼女の言葉を小さく繰り返す。江ノ島はカムクラの反応を気にすることなく、モニタに向き直った。
「うぷぷぷぷぅ〜。頑張ってるオマエラに出血大大大サービスゥ! 何とこのクトゥルフ神話TRPGプログラム、これからバージョンアップしちゃいま〜す。べっ、別に服が透けるとかじゃないんだからねっ! エロゲーじゃないんだし」
「……バージョンアップをすると、どうなるのですか?」
「んーっと、ぶっちゃけそんなに変わんないかな。プレイヤーがよりセッションにのめり込めるように、描写がリアルになるだけ。セッション内での体の状態が、現実にそのまま直結するようになるの。ま、大差ないでしょ?」
「なるほど…」
カムクラは短く言葉を返す。上方向に視線をやり、思案するような素振りを見せていたが、無言でまた闇の中へと溶けていってしまった。

江ノ島は笑う。そうだ。1人として逃すつもりはない。プログラムの中で絶望を抱いて死ぬのだ。超高校級の絶望らしく。そうでなくてはならない。江ノ島の中では既に決まっていることである。
「未来機関はポンコツの集まりだったのかい? 退屈だな…。足掻いてみせなよ、楽しませてくれよ、苗木クン。そう、全て…。全て全て全て!! 私様が真っ黒な絶望で染め上げてみせましょう…!」
セッションを見ている彼にも絶望を送りつけたい。生理的に受け付けないくらいに大好きな苗木 誠に…。江ノ島は苗木と対峙したコロシアイ学園生活の記憶を思い出しながら、恍惚な表情で熱い溜息を漏らすのだった。

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